特集 2016年4月2日

「幻のチーズ」を作る、「川崎のエジソン」とは何者か

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先日、デパートの催事でとても気になる「チーズ」と「人」に出会った。

何か手土産を……と思いふらっと立ち寄ったブースだったが、結果的に会話が弾んで1時間ぐらい居座ってしまった。川崎でスモークチーズ工房を営むということだったが、よくよく話を聞いてみると本業は「模型屋」だという。

模型屋の傍ら、趣味ではじめたこだわりのスモークチーズが評判を呼び、スモークチーズを通信販売やデパートの催事やマルシェなどの機会で移動販売をしているのだという。

非常に興味がわいたので、その日は名刺を交換して別れ、後日取材させてもらうことにした。
生まれも育ちも横浜。大人げない大人を目指し、日夜くだらないことを考えています。ちぷたそ名義でも活動しています。(動画インタビュー

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工房は閑静な住宅街の中にある
工房は閑静な住宅街の中にある
石戸さんのスモークチーズ工房は、川崎駅から南武線で10分程度、鹿島田駅から少し離れた場所にある。
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看板を発見したが、チーズって書いていない。ポストの付近にパンフレットがあるので、そこからここがスモークチーズを作っている工房なのだとわかる。

石戸さんのスモークチーズは、ネット販売やマルシェでの販売がメインだが、電話で前もって日時を指定すれば、店舗での販売も行っているそう。ポストには「スモークハウス 広工房」の文字のほか、「気功」や「カウンセラー」という文字もあった。本業模型屋のスモークチーズ屋さんの時点で面白いと思ったが、本当に何者なんだ……。
そしてこちらの方がスモークチーズ広工房の石戸 佑公太(広)さん。
そしてこちらの方がスモークチーズ広工房の石戸 佑公太(広)さん。
チーズ屋だけではなく、本業は模型屋であり、発明家でもあり、特許管理士、気功師、フードコーディネーターの側面も持ち、カウンセラーとしてメンタルナビゲートもする。作家デビューも去年したという。聞けば聞くほど何者なのかわからなくなってきた。

石戸さんの座右の銘は「驚きと感動」。人間が好き、ものづくりが好き、人を驚かせることが好き、と自分に出来ることを何でもやっていたら今のように肩書きがよくわからないことになっていたという。

そんな模型屋であり、発明家でもあり、特許管理士、気功師、フードコーディネーターの側面も持ち、カウンセラーとしてメンタルナビゲートもする作家であり、スモークチーズ屋さんの石戸さんに軽く工房を案内していただく。
魚卵もスモークされます
魚卵もスモークされます
「今ここで作っているのは魚卵です。たらこにすじこに辛子明太子。サバやスモークサーモンなども燻製にします」

ひとつ注目してもらいたいのであるが、この燻製に使う機器は石戸さんの手作りなのである。ドリンクを冷やす冷蔵庫を改造して作ったのだという。
工房も手作りです
工房も手作りです
ちなみにこの工房自体も石戸さんの手作りだ。業者に「この金額でできるところまで作ってくれ」と提示したところ、骨組みだけで終わってしまったそうだ。

そして仕方がないからガラスを自分で入れ、上には普通帯板を貼るところだが、時間がないからと妥協したのだという。

燻製も、それ以外も本当に何もないところから生み出しているのだ。

燻製に必要なものも作っている

燻製の機械から工房まで手作りしている石戸さん。もちろんその材料だって手作りだ。

ここで見せてもらったチップはリンゴの新芽のチップとケヤキ。リンゴの新芽なんて初めて聞くが……!
これがリンゴの新芽。枝度高い
これがリンゴの新芽。枝度高い
リンゴの新芽は農家さんに枝を取っておいてもらい、車に燻製の機械を積み込んで、青森や長野まで行きその場でチップにするのだという。

チップは段ボールに詰めて持って帰るが、途中で醗酵する。工房のある川崎に着く頃にはその温度は60度くらいになり、湯気が出る。

そのチップは一日天日干しをして段ボールにしまう。その次の日も醗酵するので……を繰り返し、チップを作ってから一か月かかるのだという。

そんな手間のかかる、チップを作る作業は現在だいたい年一回行っているそう。チーズが売れなくても困るが、売れすぎても自分ひとりでなんとかやっている作業が追い付かなくなるというジレンマだ。
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「幻のチーズ」を作る模型屋

そんな石戸さんの作るチーズはとてもおいしく、帰省の手土産にと試食をさせてもらいながら選んだチーズは大人はもちろん小3になるめいっこにも大人気で取り合って食べた。

スモークチーズは趣味でやっていた頃から評判になり、知人のツテで「買いたい」と言ってきた人が現れた。そうなると問題があるので保健所に許可を取ることにしたが、横浜は大手のチーズ工場があり、それと同じレベルの話をされて、なかなか許可が取れなかった。なのでその頃は食べたくても食べられない、「幻のチーズ」と呼ばれていたそうだ。

それでも、本業は「模型屋」。元々は商売にするつもりはなく趣味でこだわってはじめたもので、採算を度外視していたスモークチーズ。日々大変で、チーズを辞めたいと思うこともたびたびあるのだそうだ。

「そもそも、世のスモーク○○ってほとんどちゃんとスモークしていないものばかり。塩漬けして冷凍して、それから燻製を1、2時間くぐらせて出すものがほとんど。温度も低くてあまりに美味しくない。」

元々自分が本当に美味しいものを食べたくてはじめたスモークチーズ。市販の「皮のような茶色い膜があるスモークチーズ」は、燻製液や木酢液に漬けただけの「実際には燻製されていない」チーズであり、そんな世に蔓延る「燻製じゃない」スモーク製品には思うところがあるそうだ。

「元々寒い地方で長く食べられるようにという目的で始まった燻製は保存食。スモークサーモンの燻製は煙でいぶして、少し硬くなるまで……最低72時間燻製をするんです。」
石戸さんのスモークサーモン。皮ごと燻製してあるのが特徴だ
石戸さんのスモークサーモン。皮ごと燻製してあるのが特徴だ
個人的に大好きな燻サバ。少し皮表面がパリパリになるまで焼いてから食べると最高だ。お酒に合いすぎる
個人的に大好きな燻サバ。少し皮表面がパリパリになるまで焼いてから食べると最高だ。お酒に合いすぎる

世の中には「別のもの」がたくさん

「燻製と同様、世の中には本来と別になってしまったものっていっぱいある。例えばベーコン」

―― ベーコン!

「今のベーコンってカリカリになりにくいでしょ? あれは何故かっていうと日本のベーコンはたんぱくを注射してベーコンにするんだよね。」

「ベーコンは出来上がるまでに80%くらい縮んでしまう。食料品の値段が上がった時期に企業は縮まないためにたんぱくを注射する、という企業努力をした」

確かに、最近のベーコンはカリカリになる以前にブヨブヨになるとは思っていたものの、「これはこういうものだ」と思い込んでいてしまった気がする……。

「だから、昔みたいなカリカリのベーコンが食べたければ、表示を見て、『大豆たんぱく』とか『乳たんぱく』が含まれないものを選べばいいんだよね」

「同様、気が付いたら別のものになっているものってたくさんある。スモークチーズもそのひとつ」


当たり前にカリカリベーコンが食べられなくなった時代に、カリカリのベーコンを食べられる方法も教えていただいた。単純に自分の焼き方が悪くてカリカリにならないのかと思っていました……。
ものすごく美味しいが1/5の大きさに縮んでしまうので、手間とコストがとってもかかっている割に「コスパは悪い」というスモークカキ
ものすごく美味しいが1/5の大きさに縮んでしまうので、手間とコストがとってもかかっている割に「コスパは悪い」というスモークカキ
こちらはマッチ棒の細さに切ってウィスキーのつまみにすると最高だという。1/5の大きさに縮んでしまうが、その分凝縮された旨みが大変なことになっている。石戸さんとしても、手間がかかる上に元の材料から燻製すると縮んでしまうことで、どうしても燻製商品の値段が高くなってしまうのは悩みどころだという。

本業の模型屋についてもお聞きしました

お店の倉庫にはたくさんの発明品も眠る。大人の秘密基地感が満載
お店の倉庫にはたくさんの発明品も眠る。大人の秘密基地感が満載
石戸さんの作る模型はお客さんからの注文を受けてつくるものなので、手元に残ることはないそうだが、唯一かつてテレビ東京で放送していた「テレビチャンピオン」に出場した際に作った模型が残っているということで見せてもらう。
予選の際に作った模型。このとき一位で通過した
予選の際に作った模型。このとき一位で通過した
模型の良しあしについては素人だが、そんな私でもスゴイと思った。というのも、
模型なのに水が流せるようになっているのだ。本番では水を通して審査員を驚かせた
模型なのに水が流せるようになっているのだ。本番では水を通して審査員を驚かせた
屋上の板で星空を表現している
屋上の板で星空を表現している
アイディアがすごいのだ。ただ作るだけではなく、ちょっとした驚きをプラスしている。
「懐かしいなぁ、よくこんなの作ったなぁ」
石戸さんの「驚きと感動」という座右の銘はここにも生かされていた。

その他にも、
・25歳の頃ワーキングホリデーでオーストラリアへ行き、ワニのいる川で遭難しかけてUFOを見た話
・オーストラリア滞在中、アメリカの富豪の方のディナーに招待されて断った。後々その方がロックフェラーだったと知った話
・地井武男さんが「ちいさんぽ」の収録で工房に来て、「ここスゴイ面白い」と30分の予定が2時間半滞在した話
・昨年作家デビューした際に作ったアート作品が鎌倉彫の師範を驚かせた話
・気功で有名な先生に『千、万単位で何かが憑いていて、こんな強い気の人見たことない』と言われた話

などいろいろな面白エピソードを聞かせてもらった。そして結果、川崎のエジソン・石戸さんが何者なのか余計にわからなくなった。なお、川崎のエジソンの名前の通り発明・特許も多数取っている。
ネット上でも石戸さんのチーズや燻製は購入できるが、可能ならデパートの催事やマルシェなどの機会で対面で購入してほしい。石戸さんのユニークな人柄も、広工房のチーズが愛される魅力のうちだと思う。

特に甘い系のチーズが好きです。これはいちじくのスモークチーズ(無い時もあり)
特に甘い系のチーズが好きです。これはいちじくのスモークチーズ(無い時もあり)

ライターをしていると常にいろんな事柄や人に対してアンテナを常に張るようになるが、まさかデパートで「取材させてほしい」と思う人物に出会えるとは思わなかった。
チーズのおいしさと石戸さんの人柄で人を惹きつけている広工房の燻製。どうか一度味わってみてほしいと思う。
http://hirokoubou.com/smokehouse/
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