日本橋三越本店、すごい
百貨店とひと口に行ってもたくさんあるので、今回は東京は日本橋~銀座の中央通りを巡った。日本を代表する名百貨店が並ぶ通りである。
で、いきなり結論になってしまうかもしれないが、日本橋三越本店の階段室がすばらしかった。さすが日本における百貨店の嚆矢とされる名店である。
1935年竣工。その歴史の重みは階段室にも表れている。
まずはこちら。まるで額に納められた一幅の絵画のような階段室。
豪華な石貼りの空間。まるで石をくりぬいて階段室にしたのかと見紛う空間に、黄金の滑り止めが映える。
これのどこがすごいんだ、と思った方は、おそらく「階段ズレ」している。百貨店の豪華階段を見慣れてしまっているのだ。
ぼくもさいしょは「そうそう、こういうのね」ぐらいにしか思わなかったが、ほかの作品と見比べると、三越の階段への入れ込みようが分かってくる。
虚飾を排したシンプルな出来映えが、素材の豊かさを引き出している。
4階から手すりが変わったのはうれしい驚きだった。
一面石貼りでやや冷たい感じがあったものが、いっきにふんわりとした雰囲気に。息を切らせてここまでのぼってき者へのご褒美である。
この気の曲げ方! 凝ってる。すばらしい。
どうだろうか。
このように祝祭空間としての百貨店のありかたを存分に示した階段作品だが、日本橋三越本店のすごさはこれにとどまるものではない。
なんと、ここ、階段室がぜんぶで7つもあるのだ。こんなに階段好き百貨店はそうそうない。
もちろんほか6つもご覧頂こう。つまりこのあともこの調子でひたすら階段の写真が続きますので、よろしくお願いいたします。
しかもご覧のようにデザインが異なる。石の色が変われば、滑り止めの色も変えてきた。すてきだ。
この階段室はターン部分の柱の存在感がポイントだ。
あとコンセントがおもしろかった。
なんでこうなった。澄ました雰囲気の中にほほえましさを添えている。ナイス。
もしかして過去のものなのかな
思ったのは、もしかしたらこういう百貨店の豪華な階段は、過去のものになるかもしれないということ。
というのは、これら三越の階段が広々として数が多いのは、おそらく避難経路を兼ねているからでして。
三越本店階段室には「避難誘導旗」なるものが各踊場に設置されていた。
この避難階段機能は、現在では明確に分離している。たとえば実際に、三越向かいに最近できた「コレド室町3」には、豪華な階段室はない。
フロア面積が全く違うので単純に比較はできないが、この「コレド室町3」には、三越のような階段室はない。これは防災に関するの法律もあっての変化だろう。
あたらしい商業ビルの避難階段は別途外につけられることが多い(よくあるよね、すごい大きな階段が外についてるビル。あれもいずれ見て回りたい)。
最近
モールを見て回っているぼくだが、考えてみたらモールには豪華な階段はない。
つまり、豪華な階段は過去のもので、三越の踊り場にある誘導旗は百貨店における階段の役割の歴史を物語る存在といえるだろう。しみじみ。
いつにも増してまったく共感できない内容の記事を書いている気がしているが、続けたい。
三越本店の残り5つのすてきな階段をどうぞ。
3つめ。つくりは最初のものに似ているが、石の種類が違う。かっこいい路線だ。ここにもコンセントとスイッチがあるが、さきほどのように不思議な感じではない。残念。
4つ目こちらも同じつくり。コンセントとスイッチのケーブルに新展開。
5つめ。真横から見る階段がかっこいい、ということに今回気がつきました。
6つめ。最後の下3段が広がっていってるのがすごくすてき。
フロアの真ん中、天女の像もすごいか、吹き抜けの1階と2階をつなぐ階段がすばらしい。三越本店の階段へのこだわりの証明だ。
石貼りの豪華さ、数、そしてこのフロアの中心に鎮座。もうぼくは日本橋三越本店を「階段の百貨店」と呼びたい。
三越本店はエスカレーターもすてき。
田村さんの領分なので詳細は割愛するが、日本で実用エスカレーターが初めて設置された場所だそうだ。
新館にはがっかり
一方、階段趣味からするとがっかりだったのが、隣に建つ日本橋三越本店新館である。
2004年にリニューアルした新館。さぞかしすごい階段があるのだろうと思わせる外観。
しかしなんと、フロアマップに描かれた階段は、スタッフ用のものだった!
まるで「オリジナルの本店に7つもあるんだから、こっちはいいでしょ」といわんばかりのノー・階段。これにはがっかりした。
三越といえども、やはり新しい建築には階段は期待できないのか。
思い出の百貨店階段
さて、三越を離れてここから銀座方面へと階段巡りをすすめていくわけだが、その前にぼくの思い出の百貨店階段をご紹介したい。
東武百貨店 船橋店である。
思い出の階段。東武百貨店 船橋店。三越のもののように豪華ではないが、ぼくにとっては最高の階段室である。
ひさしぶりに訪れ、なつかしさに胸が熱くなった。色は違っていたような気もするが。
そもそも今回「そうだ、百貨店の階段を見てみよう」と思ったのは、この船橋東武の階段を思い出したからだ。
いわゆる駅ビルで、1階のJR改札から向かい、エスカレーターに乗ると、それは3階で終わってしまう。
それより上に行くためには、別のエスカレーターに乗り換えなければならないのだが、そばに階段があるので、3階から5階までは階段を使っていた。
5階に何があるのかというと、本屋だ。
わが青春の旭屋書店。この階段を上がっていく光景。久しぶりに来てなぜか泣きそうになった。
5階にある旭屋書店。中学・高校の頃、週に3回は来ていた。
ぼくの実家は西船橋で、自転車で隣駅のここ船橋まで来て、この階段をのぼって通った。
ぼくの文学体験の90%はこの本屋によっている。ローレンス・ブロックにはまったのも、ポール・オースターに出会ったのも、すべてここでだ。
時には買った本をこの階段に座って読んだこともある。そういう思い出の階段室なのだ。
みなさんにもきっとそういう「百貨店階段の思い出」があるのではないかと思うのだが、どうだろう。
書けば書くほど、この百貨店階段室への思いを分かってくれる人がいるのか不安になってくるが、中央通りに話を戻そう。
次は百貨店界のもうひとつの雄、日本橋高島屋である。
重要文化財に指定されている名建築。当然ながら、階段もすてきだった。
1933年製のこの歴史的名建築にいい階段がないわけがない。
三越と比べると、どこか女性的な雰囲気のある階段室。いいね。
重厚。
この柱とか、いいねえ。
ここも三越と同じように計7つの階段がある。この時代の百貨店建築はすばらしいな。
こちらの階段室は窓付き。ちょっとめずらしい。そしてこの隅のカーブがキュート。
後付けであろう防火シャッターが、階段室へのゲートのように見えて、これもまたよし。
そして、タカシマヤもまた、フロア中央に象徴的に階段を置いている。
フロア全体がゴージャスな中、その1階中央に地下への階段が口を開けている。
地下からあがっていくと、こんな景色が。とても百貨店とは思えない光景。
三越にしてもここタカシマヤにしても、地下鉄から直接アプローチできるため、階段が重要だったのだろう。
日本橋タカシマヤはエレベーターがかっこいいことでも有名だ。が、エスカレーターやエレベーターはどうしても「設備」然としてしまう。
しかし階段は違う。このフロア中央に主人公のように鎮座する階段を見て、階段は設備ではなく建築の一部として存在できるのが魅力なのだなあ、気がついた。
銀座松屋のニューウェーブ階段
さて、銀座へと進もう。なんども訪れていたにもかかわらずいままでまったく意識していなかったが、松屋の階段もすばらしかった。おどろかされた。
エスカレーターのとなりに!
百貨店の階段室はフロアの壁際にあるものだと思い込んでいたが、松屋はまんなか、しかもエスカレーターに平行しておかれている。
さきほどの「設備/建築」でいうなら、ここではその融合が図られているといったところか。ニューウェーブである。
エスカレーター好きにも、階段好きにもうれしい配置。松屋、さすがだ。
松屋の建築もオリジナルは1920年代のもので、三越やタカシマヤに劣らぬゴージャスさだったそうだ。現在のものは1964年の大改装以降のもの(
Wikipediaより)。
オリジナルの階段位置が現在と同じであったかどうか分からないが(ご存じの方いらっしゃったら教えてください)、この配置は小粋で良い。
しかも2つの階段を向かい合わせたこの形式。粋だ。気に入った。
同じ三越でも銀座は
さて、ここまで来たら銀座三越も見てみないと。
意外だったのは、日本橋であれほどの階段室を見せてくれた三越が、おとなり銀座ではたったのひとつだということ。
「ザ・百貨店」とでも呼ぶべき銀座の三越だが。
階段室はこのひとつだけ。しかも日本橋を見てしまったあとだとやや物足りなく映る。が、じっと見ていると、やはりそれなりの気合いが感じられる。ええ、じっと見てたんです。
鋭角にカットされたような、手すりのこのシャープさが気に入った。
東側に新しく新館ができているが、予想通りそちらには階段がない。現代とは階段不遇の時代なのだとあらためて実感。
百貨店ではないが、ここの階段すてき
さて、日本橋~銀座界隈の主要百貨店は以上。現在再開発中の松坂屋銀座店の階段がどうだったのか覚えていないのが残念だ。かくのごとく、階段は見過ごされやすいものなのだなあ、と今回思い知った。
で、この付近で2つ、百貨店ではないが是非とも推したい階段がある。
ニュー新橋ビルとパレスサイドビルだ。
ご存じニュー新橋ビル。
まずはニュー新橋ビル。1971年竣工。ぼくのひとつ年上だ。
いかに新橋とはいえ、都心ど真ん中でこの雰囲気!? と話題のこのビル。建て替えの話もあるので、行ったことのない方はぜひ今のうちに。
で、ここの階段が実にいい雰囲気なのだ。
日本橋界隈のゴージャス作品にいささか胃もたれしたところに、一服の清涼剤。
いい。実にいい。ぼくの百貨店階段室原体験は、さきの船橋東武だったわけだが、あれといいこれといい、こういうなんてことない階段室がほんとうは好みなのだ。
「なんてことない」と言ったが、隅のカーブや手すりの彫刻的な造形など、どうしてなかなかの遊び心。
しかし、このニュー新橋ビルの真骨頂はこちらの階段だ!
名物、螺旋状の階段。
まさに「階段室」としか言いようのない、階段のためだけのぽっかり空間。すてきだ。
いかにも新橋っぽい、片言の日本語で呼び込みをするマッサージ屋やチケット屋が、ビルの中なのにまるで路地のようにならぶフロアに攪乱されてはいけない。このビルのすてきさはなんといってもこの階段室にあると思う。
蹴込と踏面のこの断面形状。なんてキュート!
そしてパレスサイドビル
最後にどうしても紹介したいのは毎日新聞東京本社が入っていることで有名な、竹橋駅上のパレスサイドビル。
林昌二による日本を代表する名建築のひとつだ。すっかり陽も暮れました。
円周上にエレベーターが並ぶ。むかしのSF映画に出てきそう。そして正面に見えるのが階段室。
かっこいいい!
ふしぎな踊場空間。
白いっていうのがまたいい。
見下ろすとこんな。
これだけではない。このビルにはもうひとつ名階段がある。
それがこれ! こんな階段、みたことない。
ステンレスを編んで構造がつくられている。上り下りすると、ちょっと揺れる。ハンモックみたい。
1階と地下1階をむすんでいる。
中央コンコースに2つあります。これもぜひみなさん行ってみて。
名建築に名階段あり、だ。
いままで、百貨店ではエスカレーターばかり使っていたが、今後は積極的に階段を使っていこうと思う。
今回はつい豪華な事例を紹介してしまったが、ほんとうはなんていうことのない階段を愛でたい。地方の古い百貨店の階段巡りたい。そして、そこに思い出がある人の「階段話」を聞いてみたい。
けっこういると思うんだよね、百貨店の階段に思い出がある人。
今気がついたんだけど、今回紹介したものの中では、思い出の船橋東武の階段とパレスサイドビルの階段の2つだけが、折り返し階段を2つ横に並べた形式(名前なんていうんだろう?)だった。この形式、すき。
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