食べログで一位になっていた地元の星
東京Xについて検索してると福岡県と大阪府八尾市の有名店が見つかった。どちらも東京から遠くておもしろいが八尾の店マンジェは食べログとんかつランキング全国1位だった。
なるほど、うまいとんかつ屋があるとは聞いていたが全国1位だとは。
気づけばぼくのGoogle検索窓に八尾と打つと候補に「八尾 マンジェ」と出てくる。とんかつについて調べていたがそこまでとは。「八尾 若ごぼう」「八尾 歯ブラシ」ではないのか。
よし、八尾に行くか、家族で……あ、ただの帰省なんじゃないかこれは。これでしょぼいの書いたら編集部からものすごく怒られるな。
朝7時半。朝もはよからとんかつを食いにバスに乗るのである
おそらく日本で一番待ち時間が長い行列店
電話をしてみると「土曜に来るんですか? 気合入れて来てください」と店の人。実家では母から「あんた、マンジェさんスマステで行列一位の店になったんよ」と聞かされる。
調べてみると2015年10月17日の『SmaSTATIONで』待ち時間3時間59分で全国1位として登場したそうだ。すごいぞ。昼ごはん食べるのに朝ごはんの時間に並ばないといけない。
なので大阪には前日入り。開店は11時半であるが朝日の射す中でかけた。朝の7時台にとんかつに並ぶのは初めてである。
行列店中の行列店は案内のボードがしっかりしている
午前7時55分すでに3人並んでいる
店の前には3人並んでいた。何か話をしているが知り合いというわけではなさそうだ。どこそこのラーメンはたべましたか? あそこは並ぶ価値はありますよ、といったことをしゃべっている。
おおお、行列に並びながら行列の話をしている。これは知らなかった世界だ。行列の先っちょの方はなんて食いしん坊なんだ。
話を聞いてみると先頭の2人はお連れさんで7時に並んだらしい。「うわさにきいていたけど早く並びすぎましたわ」と笑っていた。
もう一方は常連さんだそうで「今日はまだまし。いつもは8時の時点で10人くらいですわ」と言っていた。それでもこの日は開店時で70人待ちだった。
8時45分あたりに店の人が来て順番待ちの紙に名前を書く。店の人より早く待っていた我々
「やっぱり東京Xですか?」
常連さんと話をしていると「やっぱり東京Xですか?」と聞かれた。これはもしかして(あんたも好きねえ)というやつか。東京Xってそんなにすごいのだろうか。
「何がというわけでなくていわゆるロースかついう感じなんですけどね。
食べるの初めてですか。うらやましいですわ。初めて塩とんかつでごはん食うたときの感動はね。すごいですよ」
し、塩でとんかつを……!? そんなことしていいのは和服着てたえず咳払いしてる人くらいなものじゃないのか。ぼくは今日Gジャンみたいなの着てるのだが大丈夫だろうか。
「ほんまにうまいとんかつは塩。ソースが邪魔なんねん。で、脂めっちゃ甘なんねん。ほんま」と先頭の人たちも言っていた。この人たちが記事を書けばいいのに!
紙に名前を書いて家などで待つ。実際の行列はほぼない。その代わり待ち時間が長い
行列の先頭に並ぶのっていいものだな
この店は何食べてもうまい、山ほど買っていく人を見た、初回の感動が忘れられなくて通っている、などなど、その後も楽しみになるような情報をどんどん注ぎ込まれる。
なぜみんな並んでまで食べるのだろうと思っていたがこれか。否が応でも期待が高まるのだなあ。
あの行列の先頭のお三方、もしかしたら実在してない前フリの妖精かなにかではないだろうか。
喫茶店で11時半まで時間をつぶし東京からやってきた妻と合流。塩でとんかつ食うたらめっちゃうまいらしいぞ、と早速口コミを横流した。妻はホックホクのおいもさん状態であった。
開店。カウンター席のみだ。なるほど混みそうだ
メニューの中でも花形の位置にあるTOKYO-X。定食にすると3190円だ(普通のロースカツ定食は1,170円)。だがそもそも高い豚らしく、5000円くらいで出してるところも多いとか
店主の坂本さん。元はホテルでフレンチのシェフをされてたとか。「とんかつはみんなから愛されるしね。大阪は牛肉文化でしょ」逆にとんかつをバシコン極めたったということか
目の前に炭が散らされた皿が置かれて戸惑う。黒炭ソルトという塩だそうだ。やっぱり塩でたべるのか!
家人の方は白トリュフ塩。塩からいい匂いがただよってくる……なめてみると
ビールがすすむ…!! 塩単体で料理として成立してるほどにうまい。
じゃぶじゃぶ揚げていってはザッ、ザッ、とトンカツを切る音。とんかつが楽しみ楽しみ……というかもはや楽しささえ感じてしまう
味の秘訣が全部黒板に書いてあるぞ。
揚がった揚がった、さあジャンジャンいこう
どどどっと出てきた特ヘレとTOKYO-Xの定食。漬物、赤だし、キャベツ、ごはん、オリジナルソース、オリーブオイル、塩の皿が並ぶ
余熱で火を通すといいますが、特ヘレのピンクさ…思わず頬を赤らめるレベルです
これか、TOKYO-X! Wikipediaに「肉に微細な脂肪組織が入り多汁性に富む」とあったがまさに……これ子供と一緒に見てたら「早く寝なさい」とチェンネル変えてたと思います
こういう隕石が地球に衝突するならブルース・ウィリスも助けなくていいと思う
正しい食べ方は断面をドンと塩につけるらしいが……あのうまい塩が!
東京から4時間かけて…いよいよ食べるときが来た
どうやらすごいことが起こってるようだな
黒炭の方もいってみよう
……これは!!
初体験の感動、これか!
とんかつを塩でたべる。それも脂身たっぷりのところである。あっと思ってすぐにご飯を口に放り込む。
そしてゆっくりと停止していく。
うまいものをたべたときに「くぅ~」と呻く反応があるが、あれが深く長く続きすぎて人として止まってしまった。
さて困った。どうやらこれは筆舌に尽くしがたい級のうまさのようだ。これは慎重に書かないといけないぞ。考えよう、よく考えよう……
一瞬を切り取ったように見えますが、これ止まっています。弁慶の死に様みたいなものです。
とんかつはとんかつ、しかし美味すぎる
口に入れたまま考える。これは何がすごいのだろう。
サクサク衣をつきやぶり、むっちりした肉を噛んでジュッと旨味がしみだす。ぷりぷりの脂がトロッと舌でとけて炊きたてのご飯を口に入れてムハーッ。
よく考えるとふつうだ。これがとんかつというものだ。しかしそのうまさの総量がでかすぎるのではないか。
(……あ、あそこにジャンプコミックス読んでる人がいるな。あれ? 近づいてよく見るとこれ単行本じゃなくて雑誌のジャンプだな。ああ、この人、身長4mくらいあるんだな。この大きさってこの人、人間なのかな)
こんな感じではないだろうか。
体験としては赤ちゃんを抱っこするのに近い
現に今この舌の上にあるものはずっと快感を発し続けている。もはや食べ物の快楽を超えてるといってもいいくらいだ。
体験としては生後半年くらいの赤ちゃんを抱っこしてる時に近い。申し訳ないが真顔である。
とんかつの最高峰はもはや赤ちゃんを抱っこして頬ずりしたり風呂あがりに真新しいシーツの上をゴロゴロしたあと平泳ぎしてたり……いや、もうなんでもいい! おれは今幸せなんだ!
ということは赤ちゃんを抱っこするのはとんかつを塩で食うようなものである
TOKYO-Xと天使の海老フライセット。嫁入り道具に持たせたい
天使の海老フライはサクサクもサクサク、そのうえ軽くて柔らかい。おらあもう幸せだ~!!
うますぎてウソ泣きをするというのも初体験。涙でも出さなければなんか悪い気がした。(さすがに涙は出ませんでした)
ここで妻からとんかつへのラブレターがあります
筆舌に尽くしがたいものをどうやって書こうかと悩んだ結果「おらあもう幸せだ~!」と描写を放棄してしまった。申し訳ない。
さて、ここで妻からマンジェのとんかつにあてたラブレターがあるので紹介したい。
妻がとんかつに打ちのめされ、ついにラブレターを書いた
高瀬克子 (たかせかつこ)
1968年秋田県生まれ。食べたり飲んだりしていれば概ね幸せ。興味のあることも飲食関係が中心。もっとほかに目を向けるべきだと自覚はしています。
前略
塩を付け、ひとくち口に入れたとき、私の身体にはカミナリに打たれたかのような衝撃が走りました。
あなたはいったい何者なのでしょう(※)。これまで逢ったほかのどんなとんかつとも違う、その華やかなうまみ、甘み、そして香り…。
※筆者註…手紙でも書いてはどうかとすすめたので妻がおかしくなったわけではありません
漬物にかかってるのも「まぐろですよ」と。鰹節じゃないのか。こだわりがすごい!
もちろん私も過去にはいろいろありました(※)。塩で食べろと言われ、その通りにしたこともあります。でもあなたほどの悦楽をくれたとんかつはいなかった。
あなたのおかげで、真の意味での「塩でとんかつ」を理解できた気がします。こんなにも素晴らしいものだったのですね。
あのときの快楽を、未だに忘れられない自分がいます。あなたとの逢瀬を思い出すたびに唾液が大量に分泌されるせいかエラがじんじんと疼くのです。いい齢をして、とお笑いになるでしょうが、いささかも恥じてはおりません。
※筆者註…やはり妻はおかしくなったのかもしれません
豚のすじ肉からダシをとった赤だし。豚の強い味だがくさみもない。こだわりがすごい!
あなた、自分がいかに凄い存在か理解していらっしゃいますか?
私はあのとき、咀嚼しながらも息をするのが惜しかった。鼻からあなたの余韻が抜けてしまいそうで…。でもあなたは消えなかった。白飯を口に含んでもなお、消えるどころかますます己の存在を主張しだしましたね。
「なんというお人(注:とんかつ)だろう…」と驚嘆すると同時に、私は快楽の海に溺れたのでした(※)。
※筆者註…配偶者として複雑な気分です
タ、タピオカ!! 味噌汁の具がタピオカ!! こだわりがすごい!
あなたをサポートする周囲の方々も本当に素晴らしく、赤だしも漬け物も、千切りキャベツまでもがひと手間もふた手間もかけられていて、嗚呼、わたしは一体どこまで堕ちてゆくのだろう…と恐ろしくなったものです。
こんな極上の体験をしてしまった私のとんかつ人生は、この先どうなってしまうのでしょう。いささか不安ではありますが、それを上回る満足感が私を支配したのは言うまでもありません。
ドレッシングもやはり自家製ですか…「うちは既製品一つも使ってないんですよ」こだわりがすごいっていう状態がつづきすぎて感情のベルトがだるだるになってるよ!
大人の階段ならぬとんかつの階段があったとして、あなたは間違いなく最上段に鎮座して然るべき存在であり、私は今回そこに足を踏み入れてしまったわけですが、決して後悔はしていないことをお知らせしたく、筆を執った次第です。
またお逢いできる日を心から楽しみにしております。それまでどうぞお元気で。
かしこ
いちいちうまい! この定食セットが全部うまい! とんかつにしてもそう。全部が「そんな突拍子もないことではないが思ってたよりうますぎる」状態だ
お土産の定番らしいかつサンド。柔らかいヘレ! 最高という状態が長くつづきすぎて疲れました!
今年一番の「食った食った」が出ました!
おれはとんかつ抱いてきた
「どうですか?」と店主の坂本さんが気を利かせて聞いてくれたが「うまい…圧倒的です…」と妄言のようなことしか言えなかった。
味の秘訣でも訊けばよかったのだろう。たとえばサクッと揚げるためにパン粉には糖分が追加されてるらしい。だがそんなことを知ってなんになるのだという気もした。
とんかつのすごいやつはすごい。赤ちゃん抱っこするみたいなものである。
小学校の担任の北川先生が「牛乳は"飲む"ではなく"噛む"っていうんよ」と言っていた。同じように「とんかつは"食う"ではなく"抱く"」と提唱したい。
さあ、これであなたの晩ごはんはもう決まった。
今日だけはもうカロリーのことなんて気にせずに思う存分抱いてやれ、とんかつを!
店の前で(満足した~!)という写真が何十枚もある。よほどである