いいえ、ネルソンさん、僕は本当に安土桃山時代が好きなんです。
僕は安土桃山時代が好きなんですよ、そう応えた彼の名前はフェルナンド君(27)。
その後の話で、甲冑を自作したとか、美大の卒業制作で「安土桃山時代について学べるeラーニングをつくった」とか、ドエライおもしろい話が出てきた。それからずっと、いつか突っ込んで話を聞こうと思っていたのだ。それが今である。
フルネームは、フェルナンド・エンリケ・ドナシメント・エイラスデ・ソウザ。
※以降の会話は、私ネルソンは「ネル」、フェルナンド君は「フェ」でお送りします。
フェ「今日はよろしくお願いします」
ネル「よろしくお願いします!ところで一緒に持ってきた長い袋は何なの?」
フェ「あぁ、『刀』です」
ネル「ん?カタ…えっ、今、カタナって言った??」
フェ「はい!刀です!」
シュラッ!(一本目)
シュラッ!(二本目)
カ…カカカ、カターーーーーナッッッ!!
ネル「ベトナム銃刀法違反あるよ!!」
フェ「平気ですよ、どうぞ抜いてください」
ネル「!?」
ネル「抜いて、って…」
ネル「なーんだ作り物かー…って、これはこれですげぇ!!」
だが、もっとすごい、ブラジルの実家にある自作の甲冑
ブラジルのリオで生まれ、日系人の街で育った
最初からガシッとハートを掴んできたフェルナンド君、日本好きが高じて刀や甲冑をつくるまでに至った経緯を聞いてみよう。
ネル「ブラジル生まれだろうけど、出身の街は何処なの?俺は聞いても知らないと思うけど…」
フェ「リオです」
ネル「知ってた!一番有名な都市じゃないか」
フェ「でもそれは4歳までで、それからはクリチバという街で暮らしました」
ネル「へー、どんな街?」
フェ「日系人の住む街です」
ネル「おぉ!日系ブラジル人、話には知っているが…」
4万人を超える日系人が住む街・クリチバ…の、市内にある日本庭園。
ネル「そうすると、日本に興味を持ったきっかけは地元の環境?」
フェ「影響していますが、きっかけは違います。最初はギリシャ神話について興味があり、そのあとに日本の神話や妖怪の話に興味が移っていきました。そんな時に具体的に教えてくれた存在が、地元に住む日系人の人達だったんです」
ネル「あぁ、そうか、そういうことか」
ベトナムも含め世界各地に住む日系人、特にブラジルの日系社会の歴史は100年以上と長い。
若い世代の多くは日本語を話せないものの、正月や盆踊りなどの季節ごとの習慣や行事はブラジルにおいてもしばしば行われ、ルーツである日本の伝統や文化を今もシッカリと引き継がれているらしい。
きっとフェルナンド君に日本を伝えた人は、親や祖父母からリアルな日本を聞かされ、かつネイティブ話者として現地の言葉で伝えられた世代だろう。映画「ベスト・キッド」の師弟関係っぽいな、と勝手に想像する。
日本庭園で日本史を紹介する映像を撮影する、フェルナンド君と友人。
ブラジル連邦大学の学生に向け、安土桃山時代の研究について講義。
ネル「恥ずかしい話、日系ブラジル人について詳しくないんだよね。ブラジルにどれくらい住んでるの?」
フェ「150万人です」
ネル「うおっ!想像の遙か上でした…」
日露戦争と太平洋戦争のあとの二回に渡ってブラジルに移り住んだ日本人、その人数は13万人。背景は、困窮によって止むに止まれず、事業家がビジネスチャンスを掴みに、などといろいろ。
2008年は日系移民100周年に当たり、日系三世の女性監督によって撮られた彼らの足跡を追い掛けた映画「ガイジン」がブラジルでテレビ放映された。ブラジルでブラジル人をガイジンと呼ぶ一方で、日本で日本人からガイジンと呼ばれた日系移民たち。所変われば言葉の意味も変わる。
率直に言えば、私はガイジンという言葉が嫌いだ。それは単純な話、自分自身がベトナムに住んでいるガイジンだからであり、それよりは外国人と呼んでもらいたいし、外国人よりは日本人と呼んでもらいたいし、日本人よりは名前で呼んでほしい。
この言葉を使う時に「私達以外」という意味を感じざるを得ず、未知の文化を遠ざけることはただただもったいない気がする。日本語を話せる外国人の方だってたっくさんいるし。
好きな漫画は、「るろうに剣心」や「幽遊白書」
ネル「話を戻すけど、日本の文化は地元の日系人の人達から教わったとして、漫画といったいわゆるサブカルチャー方面はどうだったの?」
フェ「高校の時によく読んでましたよ!好きな漫画は、るろうに剣心、幽遊白書、ドラゴンボール、聖闘士星矢とかです」
ネル「俺の世代とどストライクじゃねぇか!笑」
フェ「ゲームも、鬼武者や信長の野望をやったりしていました。当時は日本語が分からずやってたけど笑」
ネル「信長の野望とか、日本語を分からない状態でどうやって遊ぶんだ」
フェ「あと、ブラジルでは特撮が人気なんですよ! アニメが嫌いな人でも特撮は好きって人が多いんです」
ネル「えぇ!?たとえば?」
フェ「ジライヤとか、サイバーコップとか、ジャスピオンとか…」
ネル「絶対古いでしょ、名前の響きがすでに古いでしょ」
調べたところ、どれも1980年代後半の特撮番組だった。ウィキペディアからの情報で恐縮ですが、ジャスピオンが特にブラジルで人気を博したそうで、サッカーで日系人選手が好プレーをすると「よかったぞ!ジャスピオン」と声が掛けられるそう。何だそれおもしろいな。
フェ「NHKも、お母さんに(ケーブルテレビの加入を)お願いして観てました」
ネル「どんなの観てたの?」
フェ「新選組とか、功名が辻とか…」
ネル「渋いな、大河ドラマか」
ブラジルのフェルナンド君の部屋その1、左端にこれまた自作の火縄銃。
部屋その2、色々すごいんだけど、とりあえず窓の障子は自作だ。
余談ですが、これらの写真がフェルナンド君から送られた時、ファイル名は「shiro」となっていました。
安土桃山時代が好きすぎて、卒業制作でeラーニングのアプリをつくった
ネル「そもそも、どうして安土桃山時代が好きなの?」
フェ「ポルトガルと貿易していたからです」
ネル「あ!そっか…!」
フェ「多くのブラジル人のルーツですから」
ネル「それは確かに興味を持つ理由になるよね」
フェ「僕、大学ではデザインを専攻していたんですが、もともと趣味で日本史を学んでいて、歴史の先生になりたかったんですよね。卒業制作も…歴史を研究したかったけど、プロダクトをつくらないといけない。それで、違う大学で歴史を専攻していた友人と協力して、安土桃山時代のことが学べるアプリを開発しました」
ネル「安土桃山時代のことが学べるアプリ!…絶対にここでしか聞けない言葉だ」
アバターを動かして安土桃山時代について学ぶeラーニングアプリ、そのスクリーンショット集。
ポルトガルこぼれ話、ブラジルでザビエルは影が薄かった
ネル「ポルトガルで思い出したけど、フランシスコ・ザビエルって知ってる?」
フェ「もちろん知ってますよ!」
ネル「そうなんだ…彼って、ブラジルでも有名なの?」
フェ「うーん、聖人になったので知られてはいますが、フランシスコがもう一人いて、ほとんどのブラジル人は彼の方を思い浮かべると思います」
ネル「へぇ、どんな人なの?」
フェ「肩に鳥を乗せています」
ネル「キャラの濃さでも負けてるわ」
クリチバで開かれた展覧会(空手世界大会と同時開催)で、鳥居を制作。
袴にも着替えてくれた
最初に自作の刀を披露してくれたフェルナンド君、袴も持ってきたとのことで着替えてもらった。
フェ「これ、山本さんからの戴き物なんですよ~」ネル「誰や」
何気に立ち姿が坂本龍馬を狙っている。
北辰一刀流免許皆伝!(ではない)
自分は、ブラジル人らしくないブラジル人かも
フェルナンド君は日本以外にも、中国の孔子や陰陽についての考え方、モンゴルの遊牧民文化やジンギスカンなどが好きらしい。
将来について尋ねると、「Webサービスのプロデューサーとして、文化や歴史に対する興味を役立てたい。何故なら国の文化を知ることはユーザーの習慣の理解につながるから」とのことでした。なるほど、理に適っていて勉強になります。そして最後に、こう話してくれた。
「僕は、ブラジル人としては静かだし、日本人に近い気質なんだろうと思います。ブラジル伝統のカーニバルだって、伝統としての敬意はあるけど決して好きではないです。ときどき、自分の中で、アジアと西洋の文化がコンフリクト(衝突)することもあります」
きっと日本人が思う以上に、日本は世界に存在している
正直に明かせば、当初はおもしろ外国人としてフェルナンド君を紹介できればいいなと思った今回の企画。しかし、そこから掘り上げられたものは、同じ血を引く日系ブラジル人の歴史とフェルナンド君の日本に対するひたむきな愛情でした。
私もガイジンとしてベトナムを見ているからいろいろな魅力に気付くことが出来るように、彼もまたガイジンとして日本を見ているから、私達以上にその魅力に気付いているのかもしれません。
フェ「何ですかその表情」ネル「人斬り抜刀斎的な…」