特集 2015年8月18日

クモの網で魚を掬う

クモ網のタモ網。
クモ網のタモ網。
幼い頃、木の枝で作った枠でクモの網を掬って虫取り網を作ったことがある。小さなバッタやアブなどを捕まえて遊ぶのだ。

まあ、そもそもクモの網は昆虫を捕獲するために張られるものなのだから、これは別に驚くには値しない。

では、タモ網を作って魚を掬い捕ることはできないだろうか。
1985年生まれ。生物を五感で楽しむことが生きがい。好きな芸能人は城島茂。(動画インタビュー)

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> 個人サイト 平坂寛のフィールドノート

日本最強の網を張る日本最大のクモ「オオジョロウグモ」

魚を掬うには、激しく暴れる彼らの体を受け止め、かつ水中で振り回す際にかかる水圧にも耐える強度が必要である。一般的な昆虫を捕るのとはわけが違う。普通のクモの網では、たぶん無理だろう。

というわけで、おそらく日本で最高の強度を誇るであろう網を求めて沖縄へとやってきた。
薄暗くて蒸し暑い林に張られた巨大な網。
薄暗くて蒸し暑い林に張られた巨大な網。
南西諸島に生息する「オオジョロウグモ」は網を張るクモの中では日本最大種とされる。このクモが紡ぐ糸は非常に頑丈で、小鳥でさえ捕まってしまうことがあると聞く。
家主はオオジョロウグモ。網を張るクモの中では日本最大の種。
家主はオオジョロウグモ。網を張るクモの中では日本最大の種。
その糸はよく見ると黄色く、山歩きをしていてうっかり目に入ると妙に痛んだりもする。あらゆる面で普通のクモの糸とは格が違う感がある。

この糸で編まれた網なら、今回の企画を成功させてくれるかもしれない。
足の先端が鋭く、腕を歩かせるとチクチクする。
足の先端が鋭く、腕を歩かせるとチクチクする。
腹面は模様がひときわ毒々しい。
腹面は模様がひときわ毒々しい。
腕を歩く姿を観察していたら肩口から顔面に回られた。痛い。
腕を歩く姿を観察していたら肩口から顔面に回られた。痛い。
牙が太い!咬まれるとアシナガバチ程度には痛むと聞いたことがある。手を咬ませてみようと思ったが、さすがに見た目が恐ろしすぎて断念。
牙が太い!咬まれるとアシナガバチ程度には痛むと聞いたことがある。手を咬ませてみようと思ったが、さすがに見た目が恐ろしすぎて断念。
稀にだが、こういう真っ黒な個体もいる。
稀にだが、こういう真っ黒な個体もいる。
腹面や脚まで黒い。かっこいいぞ。
腹面や脚まで黒い。かっこいいぞ。

オオジョロウグモ網10枚重ねのスペシャルネット

ところで、クモの網を採取するタイミングは台風上陸の直前をあえて選んだ。

このクモは台風などで一度張った網を破壊されると、再建・再起にかなり難儀すると聞いた。どうせ強奪するならこのタイミングがベストなのだ。クモにとっても僕の良心にとっても。
ネットが破れて廃棄予定のタモ網。
ネットが破れて廃棄予定のタモ網。
作成するタモ網の枠には、ネット部分の敗れた市販品を再利用することにした。
枠だけになっても使い道があったのだ。
枠だけになっても使い道があったのだ。
クモには申し訳ないがいったん網の端へ避難してもらい、この枠で網の中心部をガバッと掬い取る。
網の真ん中、網目の細かい部分を掬い取る。たまにクモ本人もついてくる。
網の真ん中、網目の細かい部分を掬い取る。たまにクモ本人もついてくる。
タモ網としての生を終え、クモ網として生まれ変わった。
タモ網としての生を終え、クモ網として生まれ変わった。
クモの糸特有の粘着力によって、網は上手く木製の枠へ張り付いてくれた。

しかし、いかにオオジョロウグモのものとはいえ、さすがに魚捕りには通用しなさそうな見た目…。
うーん、さすがにちょっと頼りないか。
うーん、さすがにちょっと頼りないか。
強度に関してはメダカ程度の魚になら破られずに済むだろう。しかし、網の目が粗すぎてそんな小魚はすり抜けてしまいそうだ。

ならば、複数枚の網を重ね張りして強度を高めつつ目を細かくしてやればよい。
じゃあ10枚重ねでどうだ。
じゃあ10枚重ねでどうだ。
というわけで万全を期して木枠へ10枚の網を集めた。これならなんとかいけるかもしれない。

完成したタモ網はビニール袋に保管して台風が去るのを待ち、いよいよ実験開始だ。
右手に持った普通のタモ網で左手のクモ網へ小魚を追い込む。
右手に持った普通のタモ網で左手のクモ網へ小魚を追い込む。
フィールドには沖縄の都市部を流れる細い水路を選んだ。こういう場所のほうが獲物の魚を追い込みやすいのだ。

小魚の群れの下へクモ網を構えて一気に引き上げる。
あ、捕れた。一発で。数匹も。
あ、捕れた。一発で。数匹も。
…ファーストトライであっさり捕れた。何の問題もなく、クモの網で魚が捕れてしまった。

大きくても3センチ程度の小魚ばかりだが。
網目には膜のように水が張り、鏡か薄氷のようになっている。この網でシャボン玉を作るのも楽しそうだ。
網目には膜のように水が張り、鏡か薄氷のようになっている。この網でシャボン玉を作るのも楽しそうだ。
捕れた魚は2種類。これはティラピアというアフリカから来た魚の稚魚。
捕れた魚は2種類。これはティラピアというアフリカから来た魚の稚魚。
こっちはグッピー。ティラピアと並んで沖縄の河川に多い魚。写真上が雌、下の派手なほうが雄。
こっちはグッピー。ティラピアと並んで沖縄の河川に多い魚。写真上が雌、下の派手なほうが雄。
とりあえず実験は成功と言ってよさそうだが、より大きな魚を捕まえようと水中で網を振り回しているうちに問題点も見えてきた。

どうしても水の中で細かなゴミをからめ取ってしまうのだが、糸の粘り気のせいでそれらを取り除くことができないのだ。ゴミが付着すると、その部位の耐久性が落ちてしまう。

また、水を吸うと糸自体が脆くなってしまうようで木の枝などがぶつかると簡単に穴が開いてしまう。
今回最大の獲物となったティラピア。網の状態が万全ならもう少し大きな魚まで捕れそうだ。
今回最大の獲物となったティラピア。網の状態が万全ならもう少し大きな魚まで捕れそうだ。
網をボロボロにしながら頑張ったところ、どうにか10センチ程度の魚までは掬うことができた。

それ以上大きな魚は単純に素早すぎて網に追い込むことすらできなかったのだが、網の状態が万全でさえあれば20センチ級の獲物までなら捕まえることができそうに思えた。
釣り糸にもなるのでは!と思ったんだが…。
釣り糸にもなるのでは!と思ったんだが…。
また、これだけの強度がある糸なら、撚り合わせて釣り糸にできるのでは…、とも考えたのだが、ゴミを混ぜずに均等に撚るのが意外に難しく失敗に終わった。クリーンな糸だけを集めて丁寧に撚り合せることができれば、きっと手のひらサイズの魚くらいは釣れるに違いない。近日中にリベンジしたいと思う。
水でふやけるとちぎれやすくなる…。改良の余地あり。魚がかかる前に気づいてよかった。
水でふやけるとちぎれやすくなる…。改良の余地あり。魚がかかる前に気づいてよかった。

おそるべし、天然の猟具!

よくよく考えてみれば、クモの糸は自然界で唯一、地上の動物を狩るために使用される繊維なのだ。人間が工夫すれば、そりゃあ魚でも鳥でも捕れるだろう。

そういえば、最近はクモの糸の強度が繊維業界で注目されていると聞く。日本の企業が人工的に合成、量産できるようになったという報道も記憶に新しい。いずれは日常生活の中でも大いに役立つ存在となるのだろう。

ならば僕はそうなる前に、あえてどうでもいいことに活用していこうと思う。今回のように。
今度はバドミントンのラケットでも作ってみようと思う。スマッシュさえ禁止すればそこそこ打ち合える…気がする。
今度はバドミントンのラケットでも作ってみようと思う。スマッシュさえ禁止すればそこそこ打ち合える…気がする。
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