特集 2015年7月15日

貝族館がはんぱなかった

どこに逃げてもせまる貝、貝、貝
どこに逃げてもせまる貝、貝、貝
貝がらは南国情緒に欠かせないアイテムだが、そんな貝に骨董的なロマンを見出し、ひたすら蒐集して大変な事になっているスポットがあった。
南の島で偶然飛び込んだワンダー極まりない喫茶店での白昼夢のような2時間37分の記録である。
1975年神奈川県生まれ。毒ライター。
普段は会社勤めをして生計をたてている。 有毒生物や街歩きが好き。つまり商店街とかが有毒生物で埋め尽くされれば一番ユートピア度が高いのではないだろうか。
最近バレンチノ収集を始めました。(動画インタビュー)

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ハブを探して疲労困憊

2ヶ月前、私は石垣島でハブを探していた。その顛末は5月に記事にした通り、見つける事はできなかったのだけれど。
滞在3日目、朝からハブのいそうな林道や薮を探し、石垣島北部をがんがん歩き回っていた。
島の最北端、平久保灯台近くを探索。
島の最北端、平久保灯台近くを探索。
成果はかんばしくない。途中立ち寄った土産店の子供は「夜にいろんな家のトイレを探せばハブいるかもよ」と言っていた。突撃となりの何ごはんだそれは。
時刻は午後の2時を過ぎていた。疲労と空腹はピークに達している。とにかく昼食を食べないと目玉もぐるぐるまわっちゃうと、国道206号線沿いをさまよっているとそれは眼前に現れた。
なにやらパトカーの姿が。
なにやらパトカーの姿が。
パトカーの横には「貝族館」
パトカーの横には「貝族館」

雰囲気がありすぎる

草原に投棄されているかのように据え付けられたパトカーの隣に「貝族館」という看板、なんだか営業している事だけは確かなようだ。
バリケードのように積み上げられた貝やブイ。
バリケードのように積み上げられた貝やブイ。
サーフボード、微笑むイルカ、真っ赤なハイビスカスなど、ビーチが自慢の観光地にありがちなある種の過剰さをはるかに超越したビジュアルショック。
ひとつ積んではシャコのため
ひとつ積んではシャコのため
入口へ向かうと、敷地のいたるところでシャコ貝が積み上げられている。これはきっと賽の河原だ。トロピカルな恐山だ。ほどなく鬼が駆けって来てこん棒を一振り、せっかく積み上げた貝は無惨にも崩れ落ちて四散してしまい、一からやり直しとなるのだ。
そうか、ここはこの世とあの世の境目か。
おお、シャコの霊山も。
おお、シャコの霊山も。
しかし、おそるおそるトビラを開けると中は賽の河原どころの話ではなかった。
ウワー!
ウワー!
ヒャー!
ヒャー!
生存者はいますかー?
生存者はいますかー?
もはやどういう構造で成り立っているのかよくわからない。
もはやどういう構造で成り立っているのかよくわからない。
よく見るとカニも混ざっているのだ。
よく見るとカニも混ざっているのだ。
ちょっとこれは突破しすぎている。以前、「看板に貝がついてるとファンシー」という記事を書いたが、度がすぎた世界ではそんな軟弱な視点は木っ端みじん。ただ、放心するのみ。
やっぱり俺、死んだのかな
やっぱり俺、死んだのかな
足元にはでかいシャコ貝。
足元にはでかいシャコ貝。
食事メニュー、石垣牛か十勝牛か。
食事メニュー、石垣牛か十勝牛か。
動揺してつい石垣牛ではない十勝牛のスタミナ丼を発注してしまった。
うまい。やはり現実じゃないかこれは。
うまい。やはり現実じゃないかこれは。

名物、貝ぎっしりトイレット

「新婚妻はかいがいしい 夫のつまみに貝づくし… 愛してるかい 愛されてるかい つまんでみ~る~か~い」
まったく脈絡はないが、360度貝に囲まれて回路がどうかした私の頭の中では20年以上前に見たSSKの缶詰のCMの、あっけらかんと淫靡なフレーズが繰り返されていた。
床にはサンゴが敷き詰められてサンゴ山水。
床にはサンゴが敷き詰められてサンゴ山水。
食事を終えてなお放心していると、先ほどまで店内をいそがしそうに行き来していた店主から「うちに来たらトイレいっといたほうがいいですよ」と促される。
ギィィ…この圧迫感、呪術感たるや…
ギィィ…この圧迫感、呪術感たるや…
トイレには神様がいるんやでという歌があったが、こういうトイレにこそ神様は間違って降りてくるのではないか。
明らかに二枚貝の1種と化しているトイレット
明らかに二枚貝の1種と化しているトイレット
なんか神々しい。ひょっとしてここが世界のはじまりかな。
なんか神々しい。ひょっとしてここが世界のはじまりかな。
貝があふれてもうフィーバーですよ。ほんとうの海物語ですよ。
貝があふれてもうフィーバーですよ。ほんとうの海物語ですよ。
ボリュームだけでなく、この絶妙なバランスにも注目したい。
ボリュームだけでなく、この絶妙なバランスにも注目したい。
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そこに貝があるから

こちらが店主の中野 道晴さん。
こちらが店主の中野 道晴さん。
「ほらこのホラ貝、これ何十万年以上も前のやつよ、自然の骨董品、お金には換えられない価値があるのよ」
席にもどると私が何をたずねるともなく、中野さんのトークは始まっていた。
「石垣島はね、海底が噴火でなくて隆起しとるのね、この島で一番高い525mの於茂登岳(おもとだけ)も、もともとは海の底だったちゅうこと、今あなたが座ってるとこももとは海ですよ」
「おお、そんな悠久なところからはいりますか」
「だから今陸になっとるところからも貝がらが出てくる。うちにこんなでっかいシャコ貝があるんだけども、前の畑のおっちゃんが小屋立てるのにユンボで土掘って基礎作ってたら出てきたいうて、それもらってきた」
「へえ、ここにあるのはそうやってもらったり、海岸とかで拾って来たものばかりなんですね」
ソファーも押しつぶさんばかりの豊穣さ
ソファーも押しつぶさんばかりの豊穣さ
「そう、石垣だけ、他の島にも行かない。他んところから持って来ても意味がない。世界中から取り寄せましたってやっても面白くない、このあたりで拾ってきたから価値がある、そんでここには1800種類の貝と240種類のサンゴ」

香具師のごとくなめらかな口上でコレクションの妙を語る中野さん、油断していると深遠なコメントがヒュン!と通り過ぎる。
「貝以外のウキとかそういうのも漂着物なんですか?」
エアコンもどこに風送るか迷いそうだな。
エアコンもどこに風送るか迷いそうだな。
「全部流れ着いたやつ、世界各国から流れついたやつね、あとこのへんの顔みたいなやつあるでしょ、これはココナツの実なんだけどこれもマダガスカルやらセイロン、パプアニューギニアトラック島、もういろんなところから流れてきてるのよ」
あーあのかなりこわかったやつですね。
あーあのかなりこわかったやつですね。

骨董好きが高じて貝族館へ

「かなり昔から集めてらっしゃるんですか」

「この店は3年前からやってるから、そっからやね」

「あ、思ったより最近ですね、っていうか逆にたった3年でこれですか」

「ここ来る前はね、大阪で作詞、作曲をしながら僧職をしてたんですよ(※帰った後で少し調べてみたらラジオのDJなんかもしていたり、まあバイタリティあふれる活動をしておりました)。こちらに来たのは家内が冬のない、寒くないところで暮らしたいっていう事でね、そんで沖縄の本島に8年間住みながら永住する島を探して、ここに決めたわけね」
あつく語る中野さん。何かと間に貝が入るのでピントが合わせにくい。
あつく語る中野さん。何かと間に貝が入るのでピントが合わせにくい。
元々骨董好きで、農家の人が偶然掘り出してゴミ同然に置いておいた土器を見つけて引き取ったりもしていたとの事。
その蒐集と見立ての情熱が、石垣島で貝やサンゴに注がれた。

「何千年も何万年もかけて、殻がぼろっと落ちて顆粒になって地層の一部になろうとしとる、そういう過程にあるのがね、海岸で誰にも気にされずにごろっところがっとる、もうこれがたまらんわけよ。まさに自然の骨董ですよ、ネイチャーなのよ」
かなり年季の入ったシャコ貝。密度感がなくなってうちわに使えそうなほどに軽い。
かなり年季の入ったシャコ貝。密度感がなくなってうちわに使えそうなほどに軽い。
そして3年間、ほぼ毎日ネイチャー、つまり貝を集めては店内の床や壁に積み上げ、今日のような貝御殿を築き上げた。
「5千年くらいたったらここ、すごい豪族の貝塚だったと思われるでしょうね。パトカーなんかもあるし」

「それどころかもっとたったらええ石灰岩になっとるよ」
パトカー(とシャコ貝塚)ちなみに外のパトカーは交通安全協会が設置した、スピード出し過ぎを警告するオブジェとの事。
パトカー(とシャコ貝塚)ちなみに外のパトカーは交通安全協会が設置した、スピード出し過ぎを警告するオブジェとの事。
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「これはすごいのよ、ほら、サンゴの中に貝がすっぽりね、これ私が入れたわけじゃないのよ」
このビルトイン感
このビルトイン感
「他にどんな見所がありますか」
と聞こうとしたらまたも機先を制された。サンゴや石と貝がくっついてその境目があいまいになっている感のある融合系(勝手に命名)である。
石と融合
石と融合
さんごとグニョー
さんごとグニョー
発砲スチロールにもひっつく。
発砲スチロールにもひっつく。
しかし私だって多少はビーチコーミングをたしなむものだ。
「あーこういうのはちょっと見た事がありますねー」
と意地をはると

「あ、そう、ならこんなのは?貝に貝」
どすん、いや、なんですかこの不気味さ。
どすん、いや、なんですかこの不気味さ。
「いや。これはちょっと...やばいビジュアルですね」
「ほんま貝な、そう貝なちゅうてね」
なんかヒモほどいたらとびかかってきそうな…
なんかヒモほどいたらとびかかってきそうな…
「一番面白いのはこういうやつね、これが棚サンゴ、棚サンゴね」
「諸星大二朗みたいなビジュアルがそそりますねー」「え?」「あ、いや、」
「諸星大二朗みたいなビジュアルがそそりますねー」「え?」「あ、いや、」
「これ、大きく広がってるサンゴだったのよ、そんで台風で海の中が荒れて、小浜島、と竹富島と、西表島との海域がね、もうぐわーっと洗濯機みたいになって、えぐれるわけだ、で、ひとつが割れて他に全部当たっていって、サンゴをガンガン壊すの、で、これが波にうち上げられてくるのね」
「付いてた貝は巻き添えか…ジェットコースターみたいになって怖かったんですかね。口あんぐりあけたまま絶命したみたいになってますね」
まだまだコレクションは多岐にわたる。
軸?の部分が工芸品のような精細さ。こんなにきれいに残っているのはめずらしいとの事。
軸?の部分が工芸品のような精細さ。こんなにきれいに残っているのはめずらしいとの事。
ハチノス!
ハチノス!
「ほら、これもかなり古いサンゴよ、私は浜でこういうのひとつ見たらもうしびれるんですよ、おお、何万年も待っててくれたんやねー、会えたねーって、抱きしめたくなるわ」
「あーいいですねー」
貝への愛をまったく制御できない感じで語る店主の中野さんの話はとにかくエキサイティング。もはやここで食事をした事すら忘れてしまうほど話しこんだ。
掲載できたのはほんの一部です。ほんの。
掲載できたのはほんの一部です。ほんの。
ここにある無数の奇貝、骨董貝との出会いを生んだのはやはり偏屈といえる程の愛、大事なのは愛なんだ。
「愛があればハブにも会えますね、よし、僕もがんばろう」

「え、なに、あんたハブ探してんの?」
なぜか外で記念撮影、左は奥様
なぜか外で記念撮影、左は奥様
こうして両手いっぱいの愛と勇気をもらってハブを探しに林道に舞い戻ったがぜんぜん見つからなかったのは繰り返しますが5月に書いたとおりだ。

執着と情熱が産んだこの素晴らしいパラノイアの宮殿には海外からも観光客が訪れるという。「昨日なんかフランス人がいっぱい来ましたよ。メルシーメルシー言うてね」
そんなにメルシー言うんですかフランス人。
そんなにメルシー言うんですかフランス人。
石垣島を訪れた時はぜひ圧巻の貝族館を堪能してほしい。ちなみにお店の本当の名前は貝族館ではなく「伊原間 郷の駅(いばるま さとのえき)」と意外にスタンダードな名前なのでカーナビなどを使う際は注意していただきたい。

■ 協力:伊原間 郷の駅
沖縄県石垣市伊原間14-1
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