写真の不備
去る3月、DPZが石垣島でハトナイトというイベントを開催した。実は私も参加するために石垣島を訪れていた。
生まれてはじめての石垣島行きが決まった時、脳裏に浮かんだのはここに分布するハブの一種、サキシマハブ。以前ハブ博物館で見たことがあったなあ。どれその時の写真でも見てみるか。
ぎゃーぼけぼけ!というか幻影。
なんだこれは、なんですかこのクオリティは。撮ったそばから写真を確認できるデジタルカメラなのに何をやっていたのだ。それともこういう感じで表現したい何か、世に問いたいパッションがあったんだっけ。
こんな感じで撮れているはずだった。これは徳之島産のハブ。
過去の自分への怒りで心のひだに走る毛細血管まで震えまくった私は決意した。
「サキシマハブ、撮り直しだ!(倍返しだ!みたいに)」
現地の声を聞こう、そして従おう
石垣島とはいってもまだ3月、ヘビが活発になるにはちとはやいが、ハブは本州の爬虫類達と違って冬眠はしない。理屈では遭遇の可能性はある。
ヒゲなくしたらカール要素ないだろう。
レンタカーのスタッフにあの、ハブってどうですかね、とたずねてみる。
「え?ハブですか。まだこの時期だと全然出てきてないから安心ですよ」
いや、そうじゃなくてハブ見たいんです。したがって今のコメントで心が白く濁ったんですが、いいところありますかね。
「あ、そうだったんですか。今だとどうかなー、この近くだとバンナ公園か、あとは空港近くのサトウキビ畑の近くなんかいいかもです」
こんな感じのとこか!
空港の近く!そうなのか。有名な自然公園のバンナ公園はともかく、空港近くのサトウキビ畑とはまったく想定しなかった穴場だ。こういうのやはり現地の人に聞かないとわからない。ありがたや、レンズはHOYA。
「バンナ公園」「空港付近のサトウキビ」このへんです。
ハブは夜行性なので本格的な捜索は日没後となるが、明るいうちに下見しておく。そうすれば夜になった時の恐怖が少し紛れるからだ。
蝶は舞う、ハブはどうだ
バンナ岳のふもとに広がる自然公園「バンナ公園」にやってきた。
擬木が大迫力。
出た、ハブに注意!
それにしても肌寒い。曇天模様の空の下、蝶がリュウキュウアセビの周りをひらんひらん舞っているが、他には思いのほか生物感がないというか、やはりまだ真っ盛りという感じではないのか。
イシガケチョウ、どこで見てもなんかボロボロだ。
ヤエヤマカラスアゲハ。本州のカラスアゲハより地味に見える。
おとりこみ中のベニボタル
人ですら寒いのに、爬虫類はきつい
夜になった。風が強くて肌寒い。ハブは南国のヘビキャラとしてやっているが実はガチの暑さには弱く、日が落ちて気温もいい感じにこなれた夜に活動する。しかしそれにしてもこれは寒過ぎるか。
真っ暗闇の林道、農道をさまよい歩いたが撮影できたのはカエル1匹(あとは取り逃がした)
ヒメアマガエル。日本最小のカエル。
サトウキビ畑周辺も収穫なし。
うつむきながらホテルに戻ると、フロントにいた女主人に「カメラマンさんですかあなたは」とカメラを見ながら聞かれた。こういう時はなるべくでかいカメラ(厳密にはレンズ)を目立つ位置に置くようにしている。これが呼び水となって思わぬ情報が得られる事がたびたびあるからだ。
「ハブ?うちの庭にも出た事あるよ」
え?そしたら庭見てもいいですか?
「いや、もう駆除してますよ。ハブならここの山道で見たわよ」地図を指差したのが名蔵アンパル~名蔵ダム付近の道。
「でもまだ早いんじゃないかしら」
ですよねえ。でもほら、ハブは消えてるわけじゃないんだし……
情報はいろいろ入る、つまりハブはかなりいる
翌日、その名蔵地域を視察。
薮に飛び込む勇気はないのでこんな感じの道を探す。
名蔵ダム付近も夜は暗くなりそうだ(実際暗かった)
うろうろしていたら目の前に巨大なアンテナのような建造物があらわれた。
ただただかっこいい!
これ1台で世界中の衛星放送が視聴できそうだがマスプロのアンテナかなにかと一緒にしてはいけない。これは国立天文台VERA石垣島観測局の電波望遠鏡である。
スタッフの方の話によると、この石垣島をはじめ日本列島の4カ所に配置された巨大な電波望遠鏡により従来の100倍の精度で銀河系の観測が可能、その精度は月面上の1円玉を判別できるほどだという。
説明看板より。列島の4つの電波望遠鏡で同時に観測する事で巨大な望遠鏡として機能させるという、田中角栄や天海僧正なみにロマンのある話。
すごい。月の1円玉なんかに比べたら石垣島のハブなんて近いし大きいし、どこにいるかわからないですか。
「ハブね、このへんかなり出ますよ。ただ、活動はこれからかな」
「あとね、あくまで私の感覚だけど今年はいつもより寒い日が多いですよ」
ああ、また時期という超えられないハードルが立ちはだかる。
しかし、また、新しいスポットを聞くことができた。
「石垣島の国立天文台に向かう林道で何度かハブを見てますよ、あそこはうっそうとしていていい感じだと思いますよ。たしかハブ捕りの人もうろついていたような」
ハコガメも通るのか!
いい林道だ。このあたりはいるな、感じるんだ。
夕方から雨が降り出し、強風が吹き荒んだ。俺が沖縄行く時はいつも寒いな、なんなんだ。とうらみごとをつぶやきながら夜の林道を散策。
いい感じなんだけどさびしい…
オオサキシマガエルやヒメアマガエルはぴんぴん跳ねているのだが……。
最後の夜だというのにまたもカエルのみに終わった。感じた何かは勘違いだった。
なぜか景勝地へ
翌朝、最後の望みをかけ林道を再び探索する。ものすごくでかい物体がたむろしていて身構えたが野生化したクジャクの群れだった。
オスがたくさんのメスをひきつれてドヤ顔で歩いていた。
黄金に輝く繭を作る蝶、オオゴマダラ。
1000km以上を飛んで移動する「渡り蝶」アサギマダラ。
緑の矢のごときスピードで横切っていたサキシマカナヘビ。
人だ!
初老の夫婦が草を刈っていた。
「ずいぶんとでかいカメラですね」旦那さんに話かけられた。
営業力すごいな、カメラ。
「ハブはまだでないだろ、カメはいるかもな」
ハブ話をあっさり跳ね返されたがここで重要な提言が飛び出した。
「ハブはあれだよ、カビラ公園で見られるんじゃないか」
--え?カビラ?っていう公園があるんですか。
「そうそう、まあでも7年くらい前に見たっきりだけどなあ」
カビラ、そうかバンナ公園みたいな自然公園がまだ存在するのか。カビラ、カビラとカーナビで探索、あ、川平って書くのね、おお、ここから北に1時間足らずか。飛行機にはまだ間に合うな、レッツゴー!
あれ?
あれ??なんかブリリアントなんだけど。
カーナビはたしかに目的地に近づいたのでもうナビゲーションしませんと言っている。しかし眼前に広がるのはうっそうとした森ではなく、エメラルドグリーンのビーチ。グラスボートに観光客が列を作り、カップルが自撮りしながら微笑んでいる。
知らなかった私もそうとうだが、川平公園とは石垣島を代表する景勝地、川平湾に隣接した公園だったのだ。
見た事がない乳酸飲料を飲んで心を落ち着けよう。
まったくもってどうしていいかわからなくなったので土産店で「あの……このへんでハブって見られますかね」とたずねてみる。
「でない事もないだろうけど全然見ないですよ。あ、カビラガーデンっていうお店の中でハブ展示してましたけど今はもうやってないんじゃないかしら」
ハブ展示…そうか、林道で会ったおじさんに私は「野生の」ハブが見たいとは言わなかった。それで彼はヤマビルやクジャクの群れなどにおびえることもなくお手軽に出会える場所を提案してくれたのだろう。
カビラガーデン内、広いホールの奥になにか見える。
ハブ弁天様、供養の祠!
2000年まで行われていたハブとマングースの決闘ショーで死亡した多くのハブを供養するために作られた祠だという。
10年ほど前沖縄に行った時にショーのかわりに上映していた決闘の3DCGムービーを思い出した。ポリゴンで作られたハブがシャッ、シャッと首を投げだし飛びかかるも、カクカクしたマングーズに瞬殺される。グラフィックスの中でもやられまくるハブを見て、ああこの世界は様々な哀しみで満ちあふれているのだなあと感じたのだった。
背後にはガラスケースたちが!さてはこれがハブ展示!
平成23年で閉館とのこと。
ハブ館と呼ばれていたこの施設はすでに閉館しており、結局サキシマハブを見る事はかなわなかった。しかし教えてくれたおじさんありがとう、川平湾は風光明媚でいい所でした。
結局、この後寄った石垣市の公設市場の土産店でも「ハブ?まだはやいでしょ」と言われて帰路についた。
まさかのリベンジ
あれから2ヶ月、サラリーマンが働かずにサラリーを消費する魔法の期間、ゴールデンウィークに、私はふたたび石垣島に立っていた。3月にダメもとで行ったつもりがなんだか悔しくなって、帰るなりインターネットで予約したのだ。えらく値がはっていたが平気さ、サラリーを使うためのウィークなんだから、なんくるないさー!(なんくるあるんだけど)。
なんかいい気候だぞ!
到着日の日没前、スコールのような大雨が降り出す。天気予報では沖縄は梅雨入りの予報も出ていた。
アーケード中に弾丸のような雨音が響く
この打ちつけるような雨は、生物達に活力をもたらすであろう!特にハブに!天からの強壮剤じゃ!ハブアタックじゃ!と都合よく神がかりになった後、お気に入りの林道へ向かった。
ぬおっ!いい!
雨上がりのむし暑い林道は3月とはうって変わって騒がしかった。
不気味な鳴き声がこだまし、ライトに反応して大小の物体がうごめく。林道というハコにオーディエンスが集ったのだ。ただし、羽虫、クモ、ムカデ、カエルなどが大半なのでフェスというより百鬼夜行に近いかもしれない。
これは3月にも見たオオハナサキガエル。
ヤエヤマヤマガニ、「ヤマヤマ」のとこなんとかならないか。
リュウキュウカジカガエルかな?詳細不明。小さくてかわいい。
「タイタンの戦い」みたいなタイワンサソリモドキ。危険を感じると尻尾の先から刺激臭を出す。
突然落ちて来たサキシマキノボリトカゲ。終電で乗り過ごしたような顔をして枯れ葉の上を走っていった。
おびただしい数のトビズムカデ(とにかくでかいムカデです)とともにひときわ存在感をみせていたのがオオヒキガエル。
外来種だけあって違和感ありまくりのボリューム。
畑の害虫駆除のために移入されたが、その繁殖力、そして猛毒により在来種を減少させ、「世界の侵略的外来種ワースト100」にランクされて逆に駆除されまくっているカエルである。カウンターガエルだ。
すぐ上の枝ではリュウキュウコノハズクが鳴いている。
「石垣牛でも食いにいけばいいのに」アホを見るような目でこちらを見下ろしていた。
サキシマアオヘビ。きれいなヘビだなー。
サキシママダラ。石垣島では比較的よく見られるヘビらしい。
愛嬌のある表情、毒はないがくっさい臭いを出す。
ヘビたちは躍動し、エサとなるカエル達はぴんぴんその辺で跳ねている。ムカデはうざい。このぶんならサキシマハブなんて秒速で発見できるに違いない。
ネズミもいたし。
ところが、こんなご機嫌な夜でもハブには出会えなかったのである。
翌日からは時おり青空を見せるもののなにかすっきりしない天気が続く。
かっこいいハブ看板
ふらふらといい感じの林道を探して北部まで足を伸ばす。
昆虫は3月に来た時より確実に増えているが爬虫類を見かけない。
コハンミョウ。ハンミョウにしては地味だが上質感がある。
日本最小のセミ、イワサキクサゼミ。全長わすか20mm程。海洋堂のガチャガチャかと思った。
牧場の牛を撮ったら偶然ブレーメンの音楽隊みたいになってた。
こうして(どうして)めぼしをつけた山道を夜回り先生するのだが…
で、見つからない……
ハブどころかヘビすら見つからないまま最後の夜をむかえる。胃の底のほうから気管支の下ぐらいにかけて、もや~んとせりあがってくる嫌な感じを抱えた夜をこんな短い期間に2度も経験するとは。強くなれそうだ。
石垣市の市鳥カンムリワシ、かっこいい。ハブまで飛んでけ。
カンムリワシはヘビを好んで食べる。という事はこの鳥についていけばいつかハブを見つけ、襲いかかるに違いない。そこをさっと救い出すわけ。ハブには当然お礼を言われますわなあ。「いや、お礼なんて、いいですよお金なんて。そのかわりといってはなんですが、写真を少し…」
そんなサクセスストーリーをイメージして、尾行しようかと無謀な事も考えたが八重山そばをすすって冷静になった。
ハブをさしおいてレアヘビ!
結局最後の夜は原点に戻り、最初に探索したバンナ公園へ向かう、いや、ぶっちゃけ疲れていたのもある。しかし、探し始めるなりなんか褐色の尻尾が!
お、ハブさんか!?
あ~。サキシママダラかー。
サキシマアオヘビも姿をあらわした!
突然のヘビアワーズの到来にテンションを上げ、さらに探索を続ける。
シーサーの目が光ってこわい。
さらに園内を進むとまたシャープに細長い生物の気配が。
またサキシママダラか?いや、もっとなんかこう、トップロープからダイブしそうな身軽な感じが……
バイカダ!!準絶滅危惧種に指定されている。
サキシマバイカダ。八重山諸島に分布する小型のヘビで夜行性かつ樹上性(木の上で生活)のため発見例が少なく、生態の多くは謎に包まれている。レア度でいえば、サキシマハブよりはずっと上だ。
速い!そして弱そうなのに好戦的!
かま首をもたげて何度かこちらを威嚇した後、素早く木に乗り移って逃げて行った。やった!うれしい!バイカダブラボー!サキシマハブなんてもういいや、毒とか危ないし……あと、あとちょっと探そう……石垣島最後の夜はまだ続く。
むりやり会いに行く
翌朝、急遽石垣港におもむき、朝一番の船舶チケットをゲットした。
目指すは黒島にあるウミガメ研究施設「黒島研究所」だ。
レンタルサイクルですいっと行けます。
中にはウミガメをはじめ黒島に住む生き物達を展示しているブースがある。
いた!
つまり昨夜のサキシマハブ探索は残念な結果に終わり、急遽黒島まで海を渡って見に来たのだ。
なんか暗い……そうまでしたのにあんまりうまく撮れてないという……
画像はきちんと確認しよう
現地で情報を仕入れつつ、ハブ探しに奔走していたらはからずも石垣島内から黒島に至まるで観光地や景勝地を堪能する事となった。最後の写真がしっくりこなかったのも再訪したいという潜在意識からの意思がシャッターを押す指を狂わせたのだろう(まあ、オートなんですが)。また撮り直しにいきます。
ちなみに探索では林道や側溝を見て回り、深い薮の中など視界が悪くハブに咬まれる恐れのあるところには踏み込んでいない。これからハブはより活発になるので、石垣島を散策する際は無闇に草むらなどに入ったりせず、充分に注意していただきたい。