夢に出てくる
いきなり余談から始まるが(読み飛ばしてOK)、 子供の頃遊んだ場所がいまだに夢の中にたびたび登場する。
人は何のために夢を見るのか?
一説では、記憶を整理して脳に収めるプロセスの一環として夢を見るという見解があるようだ。しかし40年ぐらい前の記憶がたびたび現れることに何の意味があるのだろう?
「この記憶消して上書きしていい?」
「いや、とっといて」
みたいな作業が脳内で行われているのだろうか?
あまりにもたびたび夢に出てきて気持ちが悪かったので、ある時思い立って帰省した際に見に行ったことがある。
このポコンとした芝生の山がなぜか夢に出てくるんだよ。。
この公園なんかも、それほど思い入れがあったとは思えないのだが、なぜか夢にたびたび出てくる。
見に行って、多少スッキリしたような気がした。
実家は今も同じ市内にあるが、引っ越してからは用もなく、久しく訪れてなかった。ま、どこにでもあるような、なんでもない風景なのだが。
それが、先日の大山さんの記事「
つくばはもう未来都市じゃなかった」の中に、まったく同じ場所の写真が写っていて、ものすごく驚いた。(
3ページめに上2枚と同じ場所の写真がある)。他にも夢に時々出る建物なんかが数多く写っているではないか…。
いかん、また夢に出る。
しかし記事にもあるように建て壊しの時期が来ており、やがて記憶の中だけの風景になっていくのだろう。(その前にまた見に行かないと!)
…と、そういえば数年前まで住んでた団地が既に壊されたなぁ、ということを思い出した。
数年前に住んでいた団地
本題に入ろう。長崎に来てから私は3回引っ越しをし、そのうちのひとつ、数年前に住んでいたのが写真の団地。
築40年以上ということで建て壊しとなり、出ていった。
まだまだ住めそうではあったが、よく見ると(写真左側)、外壁の一部が剥げ落ちた跡などが確認できる(剥げ落ちたのではなく危なそうなところを事前に削り落とした、だったかも)。 排水管を足で蹴ってしまったらボコッと穴が開いたこともあった。
敷地内に小さな公園スペースがあり、子供たちがよく遊んでいた。
子供たちも大人になってからこの頃の記憶を夢に見たりするのだろうか。
全員退去完了。これから解体が始まる。嵐の前の静けさ。
解体開始
全住民の退去が完了したところで、解体が始まった。
まずは中の木材の部分、押入れ・納戸の敷居といったものが取り外され、次々と窓から放り出された。
木製部分がまず外された。
一階部が埋まるほどの山になっている。
「うひょ~」とか言いながらその様子を眺めていた。
次に通りに面した側に足場が組まれた。
高さ10メートル以上あろう足場。
足場には防音シートがかけられた。
でかい重機もやってきた。
ズガガガガッ!
本格的な取り壊しが始まった。
重機でズンズン壊していく。
あっ、虹。 (粉塵が撒き散らないように水をかけながら作業している)
白と水色のストライプは階段部分。こうしてみると意外ときれいなカラーリングだったんだなぁ…などと思ったり。(住んでる時は一度もそう思ったことがなかった)
雪の日も。
だいぶ解体が進んだ。
向かい側はこれぐらい。
ぐにゃぐにゃに丸められた鉄筋。
ドア。
夕日に照らされると、うっかり感傷的な景色にも見えてくる。たそがれ。
建物部分はあらかた無くなった。
建物がなくなったら、「そろそろ終わりかなぁ」という感じがしてくるが、その後が意外と長かった。
同じ場所から撮った写真を時系列で見てみよう。
建物はほぼ姿を消した。
でかいコンクリート塊を集めて運ぶ作業。
今度は別の砂利をどこかから運んできた。
砂利を均等に敷き詰める作業。
シャベルカーの子供が生まれました、みたいな。
こうしてすべての作業が完了。
丁寧な仕事ぶりにより、完全な更地となった。
雨降って龍、現れる
更地になった横を子どもと一緒に歩いていたら、そこにできた水たまりを見て、子供が
「龍だ!」
と言ってきた。
龍?
あ、たしかに!
住んでいた団地がなくなって、
更地になった跡に龍が出てきた。
坊や~良い子だねんねしな~♪
まんが日本昔ばなしのメロディが流れてくるんじゃないか?と思った。