着るのは鯖のTシャツ
罠ではないらしい。
言うまでもなく人生初のモデル仕事の依頼である。しかも少女マンガ誌。たぶん10回くらい人生を繰り返しても初めてのままだろう。
凡夫たるぼくがモデルだなんて身の程知らずとも感じつつ、せっかくのお誘いに是非にと承諾した。
デザート編集部内でどういう紆余曲折があったのかわからないが(きっと相当な紆余曲折があったのだろう)、もしかしたらあの壁ドンがかなりよかったのかもしれない。
実績はこれしかない。(壁ドンする(される)様子)
で、なんのモデルかというと、こんどデザート全作品のオリジナルTシャツプレゼントが実施されるそうで、そのTシャツを着るのだという。
そしてそのうち僕が着るのがこのTシャツ。
鯖(さば)
「鯖」である。
なんのことやらと思いきや、漫画「3D彼女(リアルガール)」の主人公「つっつん」が作品内で着ているシャツが元だそうだ。いわばコスプレである。
たしかに着ている!©那波マオ/講談社
彼は「オタクだったがリア充女子と付き合うようになった少女漫画界最弱男子」なのだそう。今回はぼくが彼つっつんになりきって撮影に挑むことになる。
「少女漫画界最弱男子」の通り名(?)には惹かれるものがある。たしかに漫画を読んでみるとセリフに「……」が多くてシンパシーも感じる。
だが根本的にぼくと似ているところといえば、メガネをかけていて髪の毛がぼさっとしているところだけでは……。
大丈夫か?
今日からモデルです
いったん引き受けた仕事である。不安な気持ちと浮かれそうになる気持ちを抑え、きちんとその責務を全うする必要がある。
とりあえずモデルだし、顔パックというものをしておくか(浮かれてる)。
これが本当にダサいTシャツだぞ!と本家に負けない気持ちで。
パックが果たしてお肌に効果があるのかわからないがなんとなく効いた気がする。
そういえば依頼のメールには「ジーンズとスニーカーは自前のものを用意してください」との指示があった。自前の服はかなり着古しているが大丈夫だろうか。
なので友人数人に「今度モデルやるんだけどさー、『自前の』って言われたんだけど、新しいの買ったほうがいいかなあ……?」と尋ねてみる。
というか質問するフリをした自慢だ。答えは聞いていない。けっきょく服は新品を用意した。
服は新品を揃えた(言われていない靴下も)
撮影前数日は浮かれていたのだが、やはり撮影前日となるとかなりそわそわしてきた。こんな自分が紙面に載ってしまっていいのだろうか。
そんな気持ちを落ち着けるように、そして「少しでもキレイに写りたい!」という乙女心から、普段ならちょっと効果を疑っている美容ドリンクにも手を出してしまう。
効くか効かないかじゃなく「効いてくれ」という思いで飲む
できることはやった(腕の毛を剃るかは当日まで迷った)。
あとはできるだけ自動車にひかれないように撮影当日を待つだけだ。
おこがましさが我を襲う
5月某日講談社打ち合わせスペースで講談社デザート編集長の鈴木さんを待つ。これから漫画の主人公になりきるのだと思うとものすごく緊張する。
凄まじき緊張
ふつうに待っているだけで緊張するのだが、隣の席では漫画の持ち込みが行われているようで、自分とは全然関係ない緊張が流れ込んでくる。緊張の汗でシャツがしっとりしている。
程なくして鈴木さんがやってきた。さっそく撮影スタジオに移動する。
腕の毛は剃りませんでした
撮影機材が本気!
四方がライトで囲まれた撮影スタジオの本気っぷりに驚かされるが、実際本気なのでしょうがない。
撮影→編集→発行→読者へ…という未来を考えると怖気づいてしまうので「へーここがスタジオね」と今だけを楽しむスタイルでいきたい。
中央のイラストは3D彼女のヒロイン。2Dだ。
企画の説明を改めて聞く。やはり3D彼女の主人公つっつんになりきって……とのことだった。こ、このぼくが!
主人公に扮するというおこがましさの波がおしよせてきて、今まで我慢していた悪い自意識があふれだす。
おこがましさの波
しかも、キャラクターになりきるために、ヘアメイクアーティストさんまでいるのだ。おこがましさよ!
「おこがましい」とは漢字で「痴がましい」と書くそうである。今まさにぼくは痴がましい人、つまり「痴人」である。
鏡の周りに電球に照らされる痴人
当然メイクをされる経験もない。
丁寧にブラシで顔に化粧を施されると、何故だか嫁入りするお嬢さんみたいな気分になるのであった。
ブラシの数も本気だ
お嫁に行きます…
ぼくの戸惑いとは無関係にメイクは進み、最後にヘアスタイルをつっつんに寄せていく。
ちなみにヘアメイクさんに話を聞くと、彼女は有名な女優さんも担当したことがあるという。同じブラシを使ったかもしれない。
軽い会話でおこがましさもぐんとアップする。
コテで前髪を伸ばすのがポイント
おこがましさに次ぐおこがましさで、何がおこがましくてなにがおこがましくないか分からなくなってきたところでスタイリングが完了。
あとはカメラの前に立つだけだ。
そしてヘアメイクが完成し…
件のTシャツを着て
撮影へ
新品の服を買ってきてよかったと思った瞬間
僕の心の中の荒れ具合とは無関係にバッチリ撮れているではないか。撮影された写真はリアルタイムで確認できるのだが、ちょっとイケてるかもと自分で思ってしまった。
「服装の乱れは心の乱れ」と中学時代の先生が言っていたが、こういう整いすぎてるのはどうなのか。会って問いただしたい。
だがまだ棒立ちである。真につっつんになりきれているかどうかは、ポージングにかかってくるだろう。
撮影は続く。
ポーズもおそろいで
つっつんになりきるため、作中でつっつんがとっているのと同じもポーズで撮影する。例えばこれ。
これがオリジナルのポーズ
ちょっとかっこよすぎて自分がやるには恥ずかしい。だが、ここで恥ずかしがっていると余計恥ずかしいことになるな、と思って気合を入れなおす。
全国1京人デザート読者(僕の心の中の数値です)に嫌われたくないじゃないか。
キメッ!
かなり様になっていると思うのだがどうだろう(記事を書いている今、無理に言っている部分もある)。
スタジオ内のみんなから「そのポーズはこうなんじゃないの?」とアドバイスをもらって少しずつポーズを修正すると、だんだんと「これは共同作業だから恥ずかしがらなくてもいいのでは……?」という気分になってくる。
編集さんとヘアメイクさんに(ちやほや)ポーズを指導されながら
愉快な撮影は続く
つっつんは無理でも
ふっふんならいけるのではないだろうか(本名が筒井だからつっつん、藤原ならふっふん)。
どうだろうか
この自信はどこからやってくるのだろうか
見ての通り、だんだんと恥ずかしさや自信の無さなどのマイナスの感情はなくなってきた。
強いポーズが強い気持ちを生み出すという話を聞いたことがあるがあながち嘘ではないのかもしれない。
モデルがよくとるポーズも平気でできるようになる。
こういうキメキメのポーズも撮れるように
もうほぼプロのモデルといってもいい写真ではないか。
例の「首が痛い人」のポーズもこのとおり
ぽきぽき
カッコいいポーズ!
声を出す必要はないのだが必ず「カッコいいポーズ!」と叫ぶのがしきたりである
おれはモデルだぜ
どうみても紙面に使うはずがない。もう記念写真だと思って撮った。
余計な提案もできるように
一旦着替えて、漫画「ライアー×ライアー」の「もち湊T」シャツに着替えて撮影。
これはなりきるキャラのモチーフがないので、表情も自然に。ふつうのTシャツのモデルだ。
「ライアー×ライアー」のもち湊Tシャツ
このとおり、ふつうに撮影すればいいだけだったのだが、机の上に置かれていたおにぎりが目に飛び込んできたので「おにぎり両手に持って撮らなくていいですか?」と口走ってしまった。
なのでこんなことになった。
どんなシチュエーションだ
「あげる」
絶対使わないだろうな、と思いながら撮影した。スタジオにいた関係者全員がそう思っていたはずである。
ただ「いかにもモデル」になりきっていないぶん、思いがけず自然な表情になって、ようやくモデルと自分のバランスがとれたような気がする。
だがやはりおにぎりを持っているシチュエーションは謎
2時間程度の撮影で500枚の写真を撮った。撮影を無事終え、メイクを落とし家路につく。
帰り際、ふとスマホを確認する。友人から「でかいアリがいた!」という写真つきメッセージが届いていた。
このことが妙に脳裏に焼き付いているが、それがなぜだかはわからない。
たしかにでかい……。
カッコいいポーズとおにぎりが出るかどうかがみどころ
どれが採用されるか知らされていないので、意表を突いてカッコいいポーズやおにぎり写真が出てくる可能性も無きにしもあらずである。
この写真が載る(はずの)デザート8月号は6月24日発売だそう。交通事故に気をつけながら実物を見る日を待とう。