もともと菊人形が気になっていた
戦艦が美少女キャラになったゲーム『艦これ』が出てきたときどこかで見た気がしていた。あ、これ菊人形じゃないかと思い当たった。
菊の花と日本人形、戦艦と美少女キャラ。好きなものと好きなものの強引な組み合わせがなぜこれほど人気なのか。愛知県碧南市にむかった。
愛知県の海沿い碧南市。農地と工業地帯の中を走る
カーネーション人形は閉館中の直売所で
碧南駅から工業地帯、港湾地域を抜けると広大な農地に出た。大きなビニールハウスがいくつも並ぶ。昨日まで行われていたここの農産物直売所のお祭でカーネーション人形がかざられてたらしい。
「祭りがやっとる土日に来れんなら月曜でいいでの」と鳥居さんとは電話で約束してたのだが、ついてみると「カーネーション人形見に来たんか? 閉まっとるで」と休園中のあおいパークの前で鳥居さんが出迎えてくれた。
大丈夫なんだろうか。諸々、今日は大丈夫なのか。
「まいった、今日やっとらんでの」この人が菊人形を作る鳥居さん
カーネーション人形、閉館中の直売所で
鳥居さんは軽トラで裏口まで回ってくれた。車は予科練から帰ってきてすぐ運転させられたからもう60年乗ってると語る。
自動ドアを手動で開け、あそこだ、と指さした先にはいた。カーネーションをまとった柳生十兵衛である。
裏から回ろう、と軽トラで連れてってくれる
ある、ある。だれもいない直売所に…
柳生十兵衛がカーネーションをまとって登場。すごい! なんでこんなことになってるのかわからないけどとにかくすごいな!
ぐっと近寄ると美しい花だが
ちょっとはなれると柳生十兵衛。かっこいいといえばいいのか美しいといえばいいのか
見るやいなや鳥居さんが手入れをする。職人として展示が終わった今でも気になるのだろう
カーネーション300本で柳生十兵衛
――すごい! すごいですね!
「これでな、カーネーション300本くらい使っとる。一本70円か80円せんもんな」
そこに「取材のデイリーポータブルさん(※)ですか?」とあおいパークの職員さんがやってきた。
そのとき鳥居さんは「あんたが取材の人か! わしはてっきりただ見に来た人かと思った!」と驚いていた。
閉館中なのに裏口に通してカーネーション人形見せたりしてるのか、鳥居さん。
※よくもちはこびやすい形に間違えられます
だれもいないスーパーみたいな場所にカーネーション人形がある
基本的には花であればなんでもできる
鳥居慶昭さんは86歳。碧南市で菊人形をつくりつづけて60年、市の無形文化財でもある。
――なんでカーネーションなんですか?
「今は菊がないもんでカーネーション。昔カーネーションでやったことあるでじゃあやろうってなって。
ここは平成12年からか。毎年やっとる。1月はこれ、5月はバラ人形。11月は菊人形。一年に3回やっとる。バラはここではじめてやった。バラの展覧会があるもんで、バラをやれやって」
――なんの花でも人形になるんですか?
「そりゃなんでもやれるな。なんとかなる。菜の花もツツジ人形もある。
11月の菊人形から今にかけては花が持つ。寒さでな、花がもつ。バラなんて一週間しかもちよらん。しかい、あんたが東京から来たのか! なーんだ!」
鳥居さんは花ならなんでも人形にできるという。さすが市の文化財はすごい。ところでこのあともずっと「あんた取材だったのか!」はつづくのだがそろそろ割愛させていただく。
柳生十兵衛の背中。ダクトが見える。最初に胴体をカゴのような胴殻をつくり、花を植えていくらしい
菊人形の中はどうなってるの?
――どういう風にできてるんですか?
「人形部分は大分の人形師からきとる。胴体はわしが作るだ。胴体はカゴになっとる。カゴの中にペットボトル入れてね、そんなかに水を入れてさしてね」
――ペットボトル!
「入っとる入っとる。ふつうだったら水苔いうのがあるだけんな、それと藁で根を巻いてやる…ペットボトルは水苔の代わりだな」
この人形、すべての花に水がいくようにしてある。菊人形って人の形をしたでっかい花瓶なんじゃないか。
柳生十兵衛の背中にはペットボトルがあって花の水分を保っている
人形作りのむずかしさ
――やはりつくるのは難しいんですか?
「花つけるものはそこそこおるけどな。胴体までやるのはそんなおらへん。男と女で胴体の大きさに差もあるし難しいわな。
カーネーションやってる人はそりゃおらんわな、バラ人形でもなんでも。よそにおるかもしれんけどきいたことない。
カーネーションでやったら花はきれいだけど、節が折れる折れる。花を曲げて、ペットボトルのとこに持っていくでな。途中でカーっと抜けちゃう。
色はこれで三色か。男だもんな。女の人のほうが色をいるもんな。男でもたとえば白ばっかでやっちゃっても、あんまり愛想がないもんだな。
下はヒノキの葉だ。あんまり同じような花でやるとわけわからんようになる」
色にも一定の形があるようだ。現実の色から離れてここでは黄色、オレンジ、ピンク。袴は花でなくて葉っぱ。むしろ袴そのままだとだめなのかという気もするが、100年以上の歴史がそうしてきたものなのだろう。
ビニール袋越しに見るカーネーション人形も味わい深い
最初は桃太郎だったが…
――なんで柳生十兵衛にしたんですか?
「去年は水戸黄門やって、その前は大岡越前。毎年ちがうんだ。今年は桃太郎やるいってたのに、人形作っとる大分のが『柳生十兵衛やったほうがいいで』いうもんだで変えた。なんでもどこでもいいで」
人形師の人の一声で決まったそうだ。根拠もとくにないらしい。花のむずかしさにくらべてモチーフの決定は驚くほどかるい。
過去の作品。バラをまとった大岡越前。ベルサイユのばらにも出られそうだ
年を食ってもやれるで、菊をやれ
――鳥居さんはどこで菊人形をおぼえたんですか?
「学んだのは吉浜。高浜市吉浜地区(※吉浜の人形は全国的に有名)。もうあんた、60年やっとる。
戦争行って帰って農協いってな。町には車が四台あって農協に2台。兵隊いったりして乗る人があらへん。農協のに乗れっていってむりやり乗せられちゃった。
27のときに女房のお母さんが吉浜の出で、年を食ってもやれるで菊をやっちゃあどうだ、っていう沙汰があってからそいじゃあまあやるかってなって」
――もともと菊人形に興味はあったんですか?
「見たこともなかったものなあ。やれっていうもの、しょうがねえでやらないかんなっていってはじめたら、そら簡単にはいかんよ。骨だけで50本くらい入れた枠を作って糸でくくって……一日は絶対かかっちゃう。それでまた糸がいるし藁がいるしな」
菊人形の菊師になるのには10年くらいかかるらしい。やれ/しょうがねえ、で10年。そこからさらに50年。長い命令だ。
碧南市の無形文化財でもある鳥居慶昭さん(86)
吉浜は菊人形のメッカ
――吉浜は菊人形の職人さんがいっぱいいたんですか?
「そら菊人形の一番元だ。吉浜は昔からやってる。わしが人形やっとったときは70いくついう人もおったもんな。
吉浜にはもともと細工人形というのがあるだ。胴体に貝殻や葉っぱをつけたりして模様をつけるんだ。蒲郡のほうへあさりの殻をとりにいくってきいたな。
名古屋の大須にな、黄花園というとこで菊人形かざっとった。わしは黄花園がはじめたいう気がするな。それからあんたどんどん菊人形が世間に広まっていった」
えっ、菊人形ってここの吉浜というのが元なのか。ということで調べた。
突然ですが菊人形の歴史です
そもそも19世紀はじめの江戸で植木屋による菊細工が人気となる。19世紀中頃には歌舞伎モチーフの菊人形も誕生したようだ。
愛知県では1893年にその黄花園ができる。ここに吉浜の細工人形を作ってた人たちが合流していく。黄花園では電気や活動写真をつかった菊人形などもあったそうだ。なんだそれは。エレクトリカルパレードみたいなものか。
そしてこの黄花園から人気が爆発。人気は全国にも広がって吉浜の菊人形師たちが全国をかけまわる。鳥居さんも時代はちがうが技術を覚えると各地の菊人形をてがけるようになったとか
※参考(『都市の自然としての菊人形 ―高浜市の吉浜細工人形と菊師』 著:野地恒有 出典:愛知教育大学歴史学会 歴史研究. 2010, 56, p. 1-24.)
「いっぺん大怪我やったから、顔をな。長い顔をしてたのがぺしゃんこなって、入院してな。その時に宇部で菊人形やらないかんかった。お医者さんも止めたけど行ってな。それで帰ってたら治っててお医者さんにほめられた。気で直したと。
大概な、人形やる前に大体なんか考えてな。大概、怪我。怪我な」
人形やる前には考え事して怪我するそうである。生きるか死ぬかの世界なのか、菊人形作り。
大怪我して長い顔がぺしゃんこになったらしい。菊人形作りの世界は奥深すぎる
ライバルはジェットコースター
――やっぱり昔は大人気だったんですか?
「そりゃあもう。秋になったらみんな菊人形見にいく。習慣になっとっただわ。子供もみんな見たな。
でもだんだん時代が変わってきて、今は他のなんていうだ、長島ディズニーランドってあるだろ、長島に」
――長島スパーランドですね
「ああいうとこのほうがな、子供やなんや魅力があるようになっただ。だんだんジェットコースターだなんじゃらかんじゃらって出てきたもんで、そっちの方にあこがれちゃった」
まさかジェットコースターをライバル視していたとは。菊人形は遊園地にもあったりするからだろうか……しかし長島スパーランドのCMで流れるジェットコースターはむちゃくちゃでかいから鳥居さんそれ見てショックを受けたのではないか。
長島スパーランドのジェットコースター。これと戦うのか、菊人形。
蓮如上人をやったら子供が泣く
「西端のお寺で菊人形やるときは子供がくるだな、花菖蒲見に。だもんで誰が見ても喜ぶようなやつをやっとる。花咲じじいだとか浦島太郎とかね。
歌舞伎もいっぺんやったけど、蓮如上人なんかやったら子供が泣くだ。怖い、怖いって。
歌舞伎は今やったって大人でも知らんの。ああいうもんが菊人形に似合うだが。そんな、孫悟空やあんなもん菊つけてあんた、昔はそんななかったよ」
子供に泣かれるの、おじいちゃん的には相当きついだろうな。「一寸法師でも泣く」と鳥居さんはいっていた。菊人形を作ってる方はみんなそういう時代との攻防を繰り広げているのかもしれない。
H24年度作『孫悟空』はバラ人形。時代と年齢と対象世代とのすり合わせでこういうことになってるようだ。
なるべくテレビ出るやつをやる
――どのモチーフをやりたいとかあるんですか?
「なるべくテレビのをやった方が、よっぽどみんなが見てくれるもんでやりがいがあるわな。
菊人形はだいたい大河ドラマが多いな。『あれだ、官兵衛だなあ』とわかるのが魅力あるもんな」
菊人形の記事は人気が出ずともやらなければならない。そんな使命感に燃えてたのだが、その菊師のおじいさんが「見てくれるものの方がやりがいがある」とあっさり言ってるのである。
60年のクリエイティブは重い。へたこきゃ子供が泣く世界だからなおさら重いぞ。
清水の次郎長の兄弟分吉良の仁吉もバラ。こんなファンシーな侠客がいたらすぐに逃げる。
きれいだなあ"花が"
――菊師やっててよかったな~というときってありますか?
「できたときはやれやれと思うわな。えらかった(※しんどかった)なーばっかりや(笑)。
やっぱりみんながな、きれいだなあって言ってくれるときが一番いいな。きれいだなあ花がっていってくれるときが一番いい。
でもちょっとずつ枯れてくると、人形がかわいそうになってくるわな。顔はおんなじで花が茶色になってくると…そうなったらもうとっちゃうわな」
最後になって菊人形の見方のようなものがやっとわかったのだが、鳥居さんの口ぶりだとポイントは花のようだ。
花が「きれい/枯れてる 」の評価軸であって、柳生十兵衛かっこいいとかはあまり話題に上らなかった。
花に見とれるような目が備わるまで、菊人形の本当のよさをわかりはしないのだろう。ぼくはまだまだ長島スパーランド行きだ。
さあ見に行こうとしたら休館中でドアが開かなかったときの一枚
なぜ柳生十兵衛をカーネーションで作るのか
菊人形を解説したサイトに花を生き生きといけるのがむずかしいと書いてあったが、鳥居さんは「どんな花でも基本的にはできる」と言ってのける。その技術はすごいのだろう。
その最高の技術でできるのがこのカーネーション人形なのだ。そこまでしてなぜカーネーションで、バラで、菊で人形をつくるのか。
江戸の植木屋さんが菊の細工をはじめ、当時は歌舞伎が人気で菊人形になり、そういうことになってきた。でも今の大人は歌舞伎を知らないし子供は長島スパーランドに夢中だし、モチーフは孫悟空なんかになってきた。そして冬もやってくれという施設側とそれに応える鳥居さんの技術でカーネーションになってきた。歴史と時代と事情がからみあってこういうことになっている。
こういうことになっていたのだ。
車で送ってくれる鳥居さん「これ新聞に載るんだか? インターネット? し、知らん…」
碧南市農業活性化センターあおいパーク
住所: 〒447-0825 愛知県碧南市江口町3-15-3
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