特集 2014年12月5日

50年前のガイドブックに書かれたメモのお店に行く

50年前の人が残したメモです!
50年前の人が残したメモです!
学生時代、教科書にアンダーラインを引いたり、大切なことをメモしたりした。あるいは付箋をはったり、ページの隅を折ったりなど、新品の教科書はだんだんと自分仕様に変わって行くわけだ。

これは教科書に限った話ではない。ガイドブックにもメモを残す人もいる。今回は約50年前のガイドブックに書かれたメモを頼りに、そのお店を訪ねたいと思う。
1985年福岡生まれ。思い立ったが吉日で行動しています。地味なファッションと言われることが多いので、派手なメガネを買おうと思っています。(動画インタビュー)

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50年前のメモ

美味しいお店や話題のお店が掲載されているガイドブック。本屋に行けばズラリと並んでいて、毎年新たなる情報が記されたガイドブックが出版されている。そんなガイドブックは50年前にも存在する。
昭和42年のガイドブックです
昭和42年のガイドブックです
約50年前です!
約50年前です!
昭和42年と言えば、森永製菓が「チョコボール」、トヨタ自動車が「ハイエース」を発売した年であり、パリーグでは「阪急」が優勝している。約50年前の出来事。東京のあちこちで、まだ都電が走っていた。
このガイドブックにメモと落書きがありました!
このガイドブックにメモと落書きがありました!
このガイドブックは古本屋で購入したのだけれど、元の所有者がメモを残していた。行ったお店の感想を書き込んでいるのだ。「美味い」や「不味い」だけではなく、「行かない方がいい」など率直な感想も書き込まれている。今回はそんなメモが残されたお店に行こうと思う。
元の持ち主はどうやらドクターらしい!
元の持ち主はどうやらドクターらしい!

神田の出雲そば

最初は神田にある「出雲そば」に行こうと思う。元々の持ち主によれば、「手打ちを行い、味は残らずよい」とのこと。味が残らずよい、というのは、水みたいなことだろうか。それを確かめるために向かうのだ。
出雲そば
出雲そば
このガイドブックには地図があるから、迷うことはないだろう、と思ったけれど50年前だ。50年前の地図に、50年前のメモ。いま3回50年前と書いたので、足すと150年前だ。ただその足し算には全く意味がない。
地図に従い、
地図に従い、
神保町に来ました
神保町に来ました
地図にある理髪店を探してみると、そこは「銀だこ」になっていた。もちろん都電も走っていないし、ガイドブックの頃からは随分と変わっているようだった。メモにある「味は残らずよい」も変わっているかもしれない。ガンガンに味が残るものに。
ガイドブック当時は理髪店だったが、今は「銀だこ」
ガイドブック当時は理髪店だったが、今は「銀だこ」
地図に従い、出雲そばがある道の角を曲がる。細い道だ。このメモの主も約50年前にここを歩いたのだろう。

どんな人だったのだろうか。字の感じからおそらく男で、先の画像から察するにドクターらしい。そしてお金持ちだ。軒並み高級店にメモを残している。
昔はこんな感じでしたが、
昔はこんな感じでしたが、
現在、「出雲そば」はありませんでした!
現在、「出雲そば」はありませんでした!
メモにある味を食べてみたかったが、お店はなくなっていた。味だけではなく、店も残っていないのだ。

現在はビルになっていて、私が訪れた時は、どうやら近日中に四川料理のお店がオープンするようだった。四川料理は辛いので、きっと味は残る。真逆の変化だ。
近くオープンするらしい
近くオープンするらしい
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麻布の永坂更科

次は麻布にあるそば屋さん「永坂更科」に行ってみようと思う。前の持ち主によると「味よし。天かけは天の味が強すぎる」とのこと。それは褒めているのだろうか。あるいは批判しているのだろうか、難しいところだ。
味よし、らしい!
味よし、らしい!
地図の辺りにやってきました!
地図の辺りにやってきました!
地図を見ると、この辺りには映画館があったようだ。名画座と元日活。日活の方は「元」がついているので、きっとガイドブック当時にはすでになかったのだろう。本の持ち主も映画を見て、そばを食べたりしたのだろうか。そんな推測を楽しめるのがメモの醍醐味だ。
名画座はスーパーになっていた
名画座はスーパーになっていた
ただし名画座はスーパーになっていた。ちなみにガイドブックの地図を頼りに歩いたが、全然辿り着かず、この辺りの地理に詳しそうな方に話を聞いて教えてもらった。地図と全然違う気がするが、街の作りが変わったのかもしれない。
元日活もスーパーになっていた
元日活もスーパーになっていた
映画館はスーパーになる法則があるのかもしれない。そして、その方に話を聞いた時に教えてもらったが、「永坂更科」も当時と微妙に場所が変わっているそうだ。つまり、そば屋自体はあるということだ。そばに疎いのであれだが、有名なお店だった。
「味よし。天かけは天の味が強すぎる」お店が、
「味よし。天かけは天の味が強すぎる」お店が、
こちらです!
こちらです!

若き者にはイエーイエー

ガイドブックの紹介文を読むと、「若き者にはイエーイエー、ウオーウオーの狂燥曲もよろしいが、たまにはこんなお店でそばをすすり、古きよき日本の品格を」と書いてある。つまり落ち着いた大人のお店なのだ。
品格に緊張する私
品格に緊張する私
本の持ち主であるドクターのような感じがこのお店には似合う。私は一度もイエーイエー、ウオーウオーの狂燥曲のような状態になったことはないが、この品格はまだ早いかもしれない。「御前そば」は当時150円だったそうだが、現在では886円。キリの悪い数字になっている。
当時の値段!
当時の値段!
現在の値段
現在の値段
問題は本の持ち主が書いた「天かけ」である。天ぷらとかけそばのセットだと思うが、これがイエーイエー、ウオーウオーの狂燥曲世代の私には少し早かった。当時の値段は分からなかったが、今は3000円弱。高いのだ。
私は財布の事情により「竹」ではない方を頼みました!
私は財布の事情により「竹」ではない方を頼みました!

天かけを食べる

本によれば「あるかなきかのまつ毛の尻尾をチカチカと痙攣させるほど」に蕎麦が白いそうだ。この本は文体が面白く、最近よく見かけるタイプのガイドブックとは異なる。そこにあるメモ。情報は古いが最高のガイドブックな気がする。
これが白すぎるそば「御前そば」
これが白すぎるそば「御前そば」
「御前そば」についてのメモはないが、白さを見たくて頼んでみた。食べてみると腰があり、美味しい。その美味しさにまつ毛の尻尾をチカチカと痙攣さてしまった。普段私が食べている100円で3袋入っているそばとは、天と地ほどの差を感じる。
美味しい!
美味しい!
さて、メモにある天かけである。天ぷらそばなのだけれど、蕎麦の上に天ぷらが乗っておらず、天ぷら用にお皿を使う辺りに高級感が漂う。犬で言えば血統書付きだ。見るからに美味しそうで、食べる前から「美味しい!」と言ってしまった。
天ぷらそば
天ぷらそば
眩しい、眩しいよ!
眩しい、眩しいよ!
そばをすする。ゆずの香りと腰のある麺、風味の良い鰹出し。イエーイエー、ウオーウオーと騒ぎたくなる。美味しいのだ。再従兄弟辺りまで呼んで食べさせたくなる味なのだ。本の持ち主が「味よし」と書いた理由が明確に分かった。
この状態ですでに美味しい!
この状態ですでに美味しい!
食べてももちろん美味しいよ!
食べてももちろん美味しいよ!
いよいよ天ぷらである。「天の味が強すぎる」の意味が分かるはずだ。最良の胡麻油をブレンドした特製油を使った天ぷらの実力が。おもむろに箸でエビ天を取り、つゆに少しつけて、食べてみる。
海老だよ!
海老だよ!
美味しい!
美味しい!
海老の味がした。ウソのないエビ天だ。メモにある「天の味が強すぎる」はきっと、まとめると「美味しい」ということだと思う。だって、美味しいのだ。素材の味がつゆに絡み、マリアージュという言葉が浮かんだ。意味は知らないが、そんな言葉が出てくるほど美味しいのだ。
ものすごく綺麗に食べきった!
ものすごく綺麗に食べきった!
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ストレートな感想!

最後に行くのは銀座にあるおでんのお店「お多幸」。本当はもっと回りたいのだけれど、本の持ち主がドクターなだけあり、お金持ち過ぎて高いのだ。お店が今あっても、私のお金では行けないのだ。若干なくなっていて欲しいと思う本末転倒ぶりだ。
最後はこちらです!
最後はこちらです!
すごいことが書かれている!
すごいことが書かれている!
今までと違い、勢いよくネガティブなワードが書いてあった。恨みがあったかのような書き方だ。また「行くな」と書いてあるあたり、この本が違う持ち主に渡ることを予感させている。もはや私へのメッセージだ。
銀座に来ました!
銀座に来ました!
銀座でおでん。赤信号は止まれ、くらい分かりやすい高いやつである。当時は30円、40円で食べられたようだが、時代は21世紀。そんな値段でおでんは食べられないだろう。コンビニでももっとする。このページからはいろいろな恐怖を感じる。
地図にある三笠会館に来ました
地図にある三笠会館に来ました
地図通りならば三笠会館の前の細い道にあるようだ。本には、銀座のデパートのバーゲンセールでパンツの紐を買った帰りによれば、その美味しさに感泣するとある。メモと真逆だ。真実を確かめなければならない。
本ではにぎやかなお店だったようだけれど、
本ではにぎやかなお店だったようだけれど、
なくなっていた
なくなっていた
地図の場所にお多幸はなかった。ビルとビルの間。冷たい風が通り抜け、その寒さに感泣しそうになる。

念のため近くを通る人に聞いたら、「お多幸ならあっちだよ」とお店の場所を教えてくれた。以前とは場所が変わっているようだ。
ありました!
ありました!
地図の場所から新橋の方に5分ほど歩いたところに、ネガティブなメモが書かれたお多幸があった。問題はこの日が日曜日で、ガイドブックにあるようにお店が休みだったことだ。違っていて欲しい情報が合っている。
21世紀の道具「スマホ」の出番です
21世紀の道具「スマホ」の出番です

新宿へ!

スマホで調べたら「お多幸」は新宿に支店があるらしく、そちらは日曜日でも開いているようだ。もう口はおでんになっている。新宿でもいいではないか、ドクターが書いたメモが正しいか確かめに行かねばならない。
ということで新宿の、
ということで新宿の、
お多幸にやってきました
お多幸にやってきました
新宿にある「お多幸」にやって来た。本の持ち主が勢いある字で「行くな」と書いたお店にやって来たのだ。しかし、どうだろう、暗い街に赤い提灯は安心感を与え、お店に入れば、勢い良く「生中?」と店員さんが聞いてくる。粋だ。
そして、おでん登場!
そして、おでん登場!
本によれば、特に煮詰まった豆腐とつみれがなんとも言えないそうだ。ちなみに本の持ち主はそこに線を引いて、これでもかというほどにバツ印をつけている。いや、それは違うと思う。食べる前からもう美味しいと感じるのだ。
ほら美味しい!
ほら美味しい!
本の通り具材に美味しさがしみ込んでいる。そして深みである。その味の深みは沼に近い。抜け出せないのだ。これをなんで「まずい行くな」と本の持ち主は書いたのだろう。なにか個人的な恨みがあったのではないだろうか。文句なしに美味しい。
値段は私的には高いが、(これが銀座店で新宿店はもう少し安いです)
値段は私的には高いが、(これが銀座店で新宿店はもう少し安いです)
頼まずにはいられない!
頼まずにはいられない!
だって、美味しいんだもん!
だって、美味しいんだもん!

メモを残そう!

一般に落書きやメモのある本は古書店では嫌われる傾向にあると思うが、ロマンチックなことを言えば、それは前の持ち主から次の持ち主へのメッセージなのだ。

今回行ったお店だって、前の持ち主の足跡をたどったということ。そして、分かったのは前の持ち主が金持ちだったことと、おでんが嫌いなのではないか、ということだ。だって十分過ぎるくらいに美味しいのだ。
この温泉マークの謎は解けなかった
この温泉マークの謎は解けなかった
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