ハードボイルドなはじまりでしたが
高松の街。うそみたいにうどん屋ばかりあるところだがレンタサイクルが充実してて自転車専用レーンも多い。自転車の街でもある。
たしか昨日のバーテンは朝のうちから魚を売るおばちゃんサイドカーがいると言っていたような…
これじゃないか、サイドカー
サイドカーのおばちゃんいた
いた。朝の7時をすぎたあたりに商店街をサイドカーで走っていくおばちゃんがいる。サイドカーと聞いて、ゴーグルとヘルメットつけた犬が座ってるイメージだったがこれか。たのしさゼロのモロ業務用だ。
だがその後はぱたりと見なくなった。魚屋のおばちゃんは一体どこで見られるのだろうか。
とりあえずバーテンがうちの近くでよく見かけますと言ってた海沿いの方へ行く。
あった、これだ。家の前に停まっていた
自転車にサイドカーがボルトで留まっている
サイドカーがありまくる海沿いの一角
海の近くの住宅街で一台のサイドカーを見つけた。と思ったらそこからもう一台、もう一台と次々見つかった。この住宅街の一角にやたら集中している。
スチロール箱を積んだものが多い。やはり魚屋か、そうでないにしても漁業関係の人だろうか。
よく見ると自転車に後付でサイドカーがついているようだ。ひさしのあるものなど色々なタイプがある。
緑の普通の自転車にスチロール箱。魚関係の仕事なんだろうか
荷台の板が日除けに。この見た目、機能100%である
ひさしがついているものがある。機能的だ。
石の塀みたいなものがサイドカーの壁になっている。機能超えてよくわからなくなってきた。
小径の自転車にもついているようだ。おばちゃんテイストあふれるサイドカーだ。
海沿いにありまくる町を発見
あるある。どれも家の外に停められている(幅があって敷地内に入らないのだろうか)のでよく目立つ。
と、そこへサイドカーで日用品を大量につんだおじいさんがあらわれた。それそれそれ。お父さんすいません、それなんですか?
「なんな! 兄ちゃん、なんな!?」
そうだ、サイドカーよりサイドカーに興味もつ人の方がここではおかしなことなんだな。それにしても怖いな…
買い物帰りのおじいさんがあらわれた。たしかにこれだけの日用品を買って帰るのはふつうの自転車だとむりだ
横付けというものらしい
おっかなびっくりおじいさんの話をきくとこのサイドカーは「横付け」というものらしい。そしてこれで魚を売っているのは「いただきさん」とよばれる行商の魚売りのおばちゃん。
「兄ちゃん、こんなん撮ってもしゃあないけんのう、いただきさんやってた人にきいてみよか」
とおじいさんはいう。いいんですか!と感激していると、すぐ向かいの家のチャイムを押した。だいぶ近いな。
屋根があるのがいただきさんの横付け(サイドカー)らしい。長時間外にとどまって売るのだろう。
元いただきさんのおばちゃん
「わたしはもうやめてしもたから写真はええわ~」という向かいのおばちゃんによると、昔は100人ほどいた"いただきさん"と呼ばれる魚の行商のおばちゃんも、今では10分の1くらいになって街の方に魚を売りに行ってるらしい。うーん、見つけるのは大変そうだ。
しかしどうやらその中の一人がいつも決まった場所でやっているという。それだ! やったやった、ありがとうございます、探してきます!
「兄ちゃん!」
角を曲がったあたりでおじいさんが呼ぶ声がしたのでもどってみると
「これ持っていき!」
とブラックの缶コーヒーをくれた。ありがとう、ありがとうおじいさん。なんかものすごく盛り上がってきました。
缶コーヒーは常温だった。おじいさん、やっぱり買いだめしてくるの好きなんですね。さあ急げごう!
いた、これだ。お客さんが魚を買っている。この方のあとにもすぐ別の方が。
サイドカー部分に台を置いて注文を受けた魚をさばいている
「氷入ってるけんの、重い」というが…
それ以上に荷物が多すぎてめちゃめちゃ重たそうだ
いただきさんは大分へったらしい
いただきさんは聞いたとおりの場所にいた。おばちゃんに話をきく。やっぱり「大分へってしもたけん」という。
「ここに氷たくさん入ってて重いやろう、みんな年いってやめてしまうけんのう」
自転車のサイドカー部分には魚と氷が、そしてそのケースにまな板がとりつけられてその場でお客さんに魚をさばいている。
しかし先ほどいたお客さんが帰るとまた別のお客さんが、けっこう繁盛してる。
「さっきのはあそこにある店の人での、やさしいんで昔から来てくれるのぅ」
アーケードがある商店街のいただきさんは屋根なし
このいただきさんを生んだ自転車屋がある
調べたところ、このいただきさんの自転車はとある自転車屋がはじめに開発し、その後も全部この店が作っているそうだ。
それがこのB&Cまえだの前田正文さん。
突然の訪問だったが、インターネットのサイトなんですがというと「インターネットにわしのこといっぱい載っとる(笑)」といってニッカリ笑っていた。
自転車屋B&Cまえだの前田正文さん。いただきさんの横付けを生んだ人
このいただきさんを生んだ自転車屋がある
――ここでいただきさんの横付けを作ってるんですか?
「実用車いうてな、ふつうの自転車よりごつい自転車があったんや。二年くらい前からその自転車がもう製造中止になって作っとらん。
今あるところは古いの直しもって使いよる。修理しもってな。直すゆうてもなんちゅうかタイヤ換えるくらいでの、他はもう、かっちりしとるけんの。壊れるもんでもない」
――横付けというのは前田さんが考えられたんですか?
「横付けいうんは昔からあったんや。昔はな、氷屋さんいうてな、今は冷蔵庫やけ氷はいらんけど、横付けに氷積んで家々をずっとまわりよったんや。家の前でガリガリひいて細かにして、家庭の冷蔵庫に氷屋さんが入れよる。毎日な」
氷屋さんが使ってたものだったのか。あの横にはでかくて重いものが乗りそうだ。
「わしが弟子入りしてたところがその氷屋さんの横付けの修理をしよったんや。そやけど氷屋さんの横付けではごつすぎてな、重運搬いう横付けをつけとったからな。女の人にはむりな自転車やったんやな。
それを改良して細かい自転車に、後ろをしっかりしたのに改良したんがわしや」
――ということはそれまで行商の魚屋さんは横付けに乗ってなかったんですか?
「魚屋さんはもともとつこてへんな。ここでは手押し車での。リヤカーいうんは使いよらんな。
八年間氷屋さんの横付け修理したりしよったからな。自分が商売したときにこれを魚屋さんがこれを使ったら思てな」
B&Cまえだ。一見よくある街の自転車屋っぽいが…
スポークは穴を開けて40本全部換える
――それいつ頃の話ですか?
「昭和34、5年くらいからか。はじめはみんなようめげおったんや。スポークが折れたりの。それを改良して改良して現在のんになっとる。
街に売りにいっとるやろ。スポーク折れたら動かんのや、リムがいがむから。せやからむこう行って直してあげよったんよ。
それを今度、スポークを太いのに改良したんや。細いスポークでは、あんだけの大きなもん横につけたら角曲がったら折れてしまう。
スポーク通すところは40本くらい全部ドリルで穴開ける。リムにもドリルで穴開けるん。ギアもうちがつけとんのは大きな22枚のギア。これで踏んでも軽くなる。
それと横付けいうんはな、2つこうハマが両脇にあるやろ、これがな、まっすぐ平行におらんことにはタイヤがちびれてしまう。その中心を出すのがなかなか。なんぼ他の自転車屋さんが作っても横付けの中心の出しかたがわからんからの。
横付けが壊れたらもううちへ電話がかかってくるんよ。他の店がみたかって、うちではでけんいうて断られる。
そらあ、できあがりいうんは見たら『ああ、なるほど』ちゅうもんやけんど、さあそれを考えて実際に作るゆうんはなかなかできないんよ」
スポークという自転車のタイヤにある細い線というか円と中心を結ぶ細い柱、あれを40本全部換えるらしいのである。相当めんどくさそうだ。
前田さんは横付けを「かっちりしとるけん壊れるもんでもない」というがそれは壊れないように工夫されたものだった。
スポークが太いのはこれかな。たしかに太い気がする
横付け3万5000円也
――いただきさんが減ってるってききましたが
「もうしよらんな、魚屋さん14、5人しかおらんわ。後継者がおらんけんの。みんなスーパーで買ってしまう」
――これいくらくらいするんですか?
「自転車が七万で、横付けが三万五千円くらいやった。全部穴開ける。大変や。よそではもうせんいうて。
屋根? あれも作ったんや。あれはうちが溶接屋いって寸法いうての、テントは寸法はかってテント屋にいく。そこまでせなあんた(笑)」
いただきさんと同じく自転車もスーパーができて安く売られるようになった。しかしこちらは客のほしいものを売るだけでなく開発までしてしまう。さすが専門店だなというレベルではない。やりすぎである。
こちらの屋根は木製の骨組み。この辺は独自にやってる人も多いのだろう
よそいったら恥ずかしい
――横付けは高松だけですか?
「高松だけやない、もうここだけや。わしが作るんやけん。坂出いってもあんな横付けいうのんはおらん。
はじめ珍しいゆうて岡山のほうから自転車屋さんが一台ほしいゆうての。せやけんど一台売っても二台は売れん。やっぱりここの場所ではあの横付けいうんは走っても恥ずかしないんやけんどの、よそいったら恥ずかしい」
たしかにそうかも。サイドカーだ!ってなるからな。独自の地方文化ってそもそもよそへいくと恥ずかしくなるものなのか。その認識はなかった。
輪タクの系譜
「それとやっぱり道路がの。ここは戦前から氷屋さんの横付けがあったし、厚生車しゃいうてな。高松の駅前に今のタクシー代わりに輪タクいうんが並んどったんや、昔。
横付けに、横に箱をのせてな、前から乗れるようにして、箱に窓つけて、人が載ったらタラーンとカーテンおろして、そういうなん昔はあったんや。それをわしが修理しよったんや、弟子入りしたところでな」
本物のサイドカーだ。そうか、そういえば映画なんかでは見るなあ。下記のリンクはその厚生車を今も残す熊本の料亭のWebページ。ああ、これだ。横付けってこの生き残りなのか。
料亭倶楽部喜楽オフィシャルWEB『厚生車』
いただきさんと前田さんは地方文化紹介的にちょうどいい感じのポジションにいるようで新聞やら公的機関のWeb媒体やらでたくさん取材記事がある。あるある。そういうの。
今は一般用横付けが元いただきさん付近で普及している
――いただきさん以外にも普通の自転車に横付けがついてませんか? 小さい自転車だったり。
「あれもわしが作ったんや。魚屋さん専門やないんや。細かい箱のせて。自転車自体をもうスポークも換えんと。荷物をようけつけんと走る横付けいうんはようけあるわ。
昔からの氷屋さんが使うような大きな横付けいうんはな、あれは作るとこはある。昔はここにもあったが今残っとんは坂出だけ」
こういうことになっている。図がわかりづらくてすいません
「小さい横付けもな、あれも便利がいいんや。魚売りよるけどもう年がいって、載せるのにあんなこんまいの作ってくれいうて作ったんや。それが発端でずーっと今でもあれは作りよるよ。
大きな分はもう自転車がないけんの。せやけどステンレスで作りよるけん、もう末代もんやけんな」
末代物。末代物にもいろいろある。いただきさんの商売はどうなるかわからないが、あのサイドカーはいつまでも残り続けるのだ。
魚と自転車の街に残る風景
「香川県に行くならうどんばっかり食べるのがいいよ」
と聞いたのでうどんばかり食べていた。するとやはりうどんばっかり食べてられるかという気持ちになった。人間とは業の深い生き物である。
他にないかなと検索していると瀬戸内なので地魚は何をたべてもおいしいと書いてあった。そして自転車の走りやすさ。実際に行ってみた高松は魚と自転車の街だった。となるとその象徴はいただきさんであり前田さんである。
いただきさんは後継者がいないという。実際に見たいただきさんの横付けは(…これほんとに走るのか?)と思うほど重そうだった。町家カフェとか金継ぎ職人とかならわかるが、これ継ぐのは相当なふくらはぎが要りそうである。
病院の前にとまった横付けは、サイドカーであることがわからないほどに馴染んでいた。
魚を売る人はいなくなってもこの街に車は残るのだろう。さすがステンレス製はちがう。
横付けは駐輪場でも幅とるので路上に停めてあった。高松の風景。