いつの間にやらインペリアル
私が頂いたのは、ジュニアスイートルームの宿泊チケットであった(それでも涙が出るほど有難いお話である)のだが、実際にチェックインしてみると、ホテル側のご厚意でインペリアルスイートという部屋が用意されていた。
周囲には背広を着た宿泊客しかいない中、私の身なりがあまりにアレだったのだろう。エレベータを案内してくれた初老のホテルマンは、私が最上階を告げたことに少し驚いた様子であった。
なんせ、最上階にはスイートルームしか存在せず、廊下からして高級感漂うたたずまいなのだ。人の気配がほとんどない中、部屋の扉を開けた私は思わず我が目を疑った。
扉を開けたその中に、さらに二つの扉が現れたのである。部屋の中に部屋があるという事実に、思わず腰が引けてしまう。
……というワケで、ここからは皆様にもインペリアルなスイートルームを追体験していただくべく、昔懐かしのテキストアドベンチャー形式でお送りします。
素晴らしい旅行の締めとなった
この一晩のインペリアル体験は、連日のキャンプ旅行で疲労がたまっていた中、これ以上ないくらいに嬉しいプレゼント&サプライズであった。
私の中のスイートルームのイメージは、まぁ、少し部屋が広く豪華になるくらいだろうと思っていたのだが、まさかの貴賓室クラス。部屋に入った瞬間、テンションだだ上がりである。部屋の見学だけで一つのアトラクションというくらい、自分の中で盛り上がっていた。
ちなみにこれは余談だが、たとえインペリアルスイートであっても、テレビの有料放送はカード式である。
そりゃガウンを羽織って、夜景をバックに自撮りしたくなるというものだ
目の前には二つの部屋。左の部屋は照明が明るく、右の部屋は薄暗い。
さて、どうしようか。
テントが張れそうなくらいに広い玄関スペースに、二つのドアがたたずんでいる。
一つは今しがた私をこの異次元空間にいざなった入口のドア。もう一つはトイレのようだ。しかし、今は特に催してはいない。
なんという事だ! この部屋はホテルの最上階、かつ一番デカい部屋であった。
図面で見るとその大きさに驚愕する。他の部屋と比べると、倍以上の床面積だ。インペリアルという名は伊達じゃない。
私は急に恐ろしくなり、荷物をまとめてホテルから飛び出した。
安息の寝床を求めて山へと向かい、行きずりのキャンプ場に飛び込む。使い慣れたテントを張って、ほっと一息。
あぁ、やっぱりコレだよ、コレ。
そこは、まるで会社の応接室のようなリビングルームであった。
家具をどかさなくても、ゆうにテントが5張りはできるだろう。それくらいゆったりとして広々空間である。
どっしりとした革張りの椅子が鎮座し、その奥にはカウンターらしきスペースも見える。
非常に立派な部屋ではあるが、ここで一体何をすれば良いものか。その活用方法を見いだすことはできなかった。
普段この部屋を借りる人々は、この部屋で何をするのだろう。何をしているというのだろう。新たな人生の疑問がまたひとつ。
1.
辺りを見回す
2.
さらに奥へと進む
3.
玄関ホールに戻る
ピカッピカに磨き込まれたチェストの上に、フリスビーのような皿が鎮座していた。なんかの展覧会に出品されるような、大層キレイな逸品である。
暴漢の襲撃を受けた時など、これを投げつければ撃退できそうだ……などと妄想に耽ってみたりもしたが、そんなことをしたら、きっと目が眩むばかりの損害賠償を請求されることになるのだろう。
接地面積が少なく、なんとなく不安定な感じもするし、不用意に近づかない方が良さそうだ。特に酔っぱらった時などは、この部屋に立ち入らない方が賢明だろう。
1.
触らぬ神に祟りなし
奥のカウンターには、お茶やお菓子がずらりと並んでいた。
ヘタに手をつけたら後から料金を請求されるのではないかと少し身構えたものの、周囲に料金表の類は見当たらない。純粋なサービスなのである。
さすがはインペリアル。至れり尽くせりである。
暖色の落ち着いた照明の中に、大きなベッドが二つ並んでいる。どうやら寝室らしい。
ビジネスホテルならば三室は作れるであろう空間に、様々な家具が贅沢に配されている。
もしやと思いチェストを開くと……予想通り! そこにはタオル地のガウンローブが納められていた。
やっぱり、スイートルームにはガウンが常備されているものなのだ。
早速、服を脱ぎ棄てガウンを羽織る。
うむ、たったこれだけでインペリアルな気分に浸れるのだから、まったく不思議なものである。
1.
部屋を見渡す
タンスを開けると、当然ながらハンガーが掛かっていた。
しかしそのハンガーは普通ではなく、白いリボンが結ばれた、なんともおめでたい雰囲気のハンガーであった。
なるほど、ようやく私は理解した。
このホテルには、結婚式場も完備されている。
そしてこのインペリアルスイートは、式場で結婚式を挙げたカップルがその日の夜に泊まる、そんな用途に用いられる部屋なのだ。
徐々に解き明かされるインペリアルスイートの謎。うーむ、盛り上がってきたぞ。
1.
部屋を見渡す
部屋の入口正面にドンと置かれた、なんとも印象的なテーブルである。良い感じのデザインだが、仕事のデスクとするには少しばかり小さいか。
とりあえず座ってみるが、この机でやるべきことなど何も思い浮かばない。
これだけ家具や備品が揃っているにも関わらず、用意されていないモノが二つだけあった。冷蔵庫と電子レンジである。
ビジネスホテルにすら備わっているこれらの家電が、なぜインペリアルスイートには存在しないのか。
その疑問を解く鍵は、テーブルの上に置かれていた数々のパンフレットにあった。
要するに、この部屋に泊まるような人々は、下のレストランで食べるか、部屋にルームサービスを呼ぶのである。食料品を持ち込んだりなどしないのだ。
私とインペリアルスイートの間に立ちはだかる、超えようのない隔たりを感じた瞬間であった。
1.
悔しいけど弁当を食べる
2.
落胆しながら部屋を見渡す
まぁ、他の人がどうしているかなんてどうでも良い。私は私なりに、このインペリアルなスイートを堪能するとしよう。
夕食はあらかじめスーパーで買っておいた。せっかくインペリアルスイートに泊まるのだからと、少々奮発して刺身なんかもつけてみた。
インペリアルスイートでうまいものを食べるなど、当たり前の事だ。
この部屋であえて半額弁当を食べ、安ウイスキーと麦ップをカッ食らう。これこそ、なかなかできない体験というものではないだろうか。
1.
満足しつつ部屋を見渡す
広々としたダブルベッドが二つ。しかしここにいるのは私だけ。
今夜、私はここで一人で寝るのである。……なんと素敵で贅沢なインペリアルスイートの使い方なのだろう!
明日も朝早いワケだし、早々に就寝しても良いのだが、その前にシャワーを浴びてサッパリするのも良いだろう。
もちろん、部屋の探索を続けるのも自由だ。
1.
洗面所に入る
2.
満足して寝る
3.
部屋の入口に戻る
洗面所もまたテントが二張りできそうなくらいに広く、服を脱ぎ散らすのが申し訳ない感じの空間であった。
鏡は銭湯にあるもののようにデカく、おまけに鏡台まで備わっている。もちろん、アメニティも充実しており、私には使用用途が分からないものまであった。
旅行中の日課として、服の洗濯は欠かせない。こんなにも立派な洗面台で汚れた服を洗うのはいささか気が引けるが、まぁ、致し方ない。
洗面台の金属部分には全て金メッキが施されており、それらを擦らないように気を付けながらシャツの洗濯を終えた。
重いガラス扉を押して風呂場に入ると、そこもまた四畳半くらいの面積があった。普段私が生活している部屋よりも広く感じる。
とりあえずシャワーを浴びてみる。熱湯が一瞬にして出てきて、いささか熱い思いをした。
しかし、このような広い風呂場の中、バスタブに立ってシャワーを浴びるというのも、傍から見たらなかなか珍妙というか、滑稽な感じだろう。
やはり西洋人よろしく、バスタブにお湯を溜めてその中で体を洗うというのが正解なのだろう。きっと。
1.
トイレを使う
2.
洗面所に戻る
風呂場にはトイレもあるが、ここで用を足すのはいささか気が引けた。
こんながらんどうの広い空間では、出るモノも出なくなるというものだ。
トイレの隣には、なんとビデも備わっている。欧州では割と普通だが、日本で見たのは初めてだ。かなり西洋を意識している感じである。
インペリアルスイートということは、各国の要人が泊まることもあるのだろう。どのような人が来たとしても、恥ずかしくない部屋作りをしているということか。
1.
洗面所に戻る
ベッドに身を横たえた私は、そのまま泥のように朝まで熟睡した。
iPhoneのアラームで目を醒まし、朝食券を持ってカフェテリアへ向かう。
相変わらず背広を着た人々ばかりの中、Tシャツにフリースという格好で混ざるのはいささか恥ずかしかったが、係の人は丁寧に席まで案内してくれた。
料理は和食あり洋食ありのバイキング。メニューも豊富かつ食材も良いものを使っているようで、どの料理もおいしかった。特にウインナーが美味く、朝から何本も行けてしまう。
ホテルをチェックアウトし、荷物を背負ってカブに跨る。ふぅ、ようやく現実に戻ってきたという気分だ。
たった一晩過ごしただけではあったが、随分長くいたような感じさえする。インペリアルスイートは、普段の生活にはない不思議な非現実感で満ち満ちていた。【終】
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