特集 2014年7月16日

国語辞典の語釈をたよりにコロッケをつくる

世界観がよくわからない写真
世界観がよくわからない写真
例えば、ぼくがプレアデス星団あたりからワープしてきた異星人だとして、誰かに「コロッケつくっといて」と頼まれたとしましょうか。

とうぜん、異星人だから、コロッケなんてものを知らない。見たことも聞いたこともない。

困った。コロッケとは何なのか。人に聞くわけにもいかない。じゃあ、国語辞典でコロッケを調べて、その語釈(言葉の解説)通りに作ればいいんじゃないか? そうしよう。
鳥取県出身。東京都中央区在住。フリーライター(自称)。境界や境目がとてもきになる。尊敬する人はバッハ。(動画インタビュー)

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国語辞典はコロッケをなんと説明するのか?

プレアデス星人であるぼくは、地球の日本人の38歳男性ぐらいの日本語能力は持ち合わせているけれど、コロッケだけ知らない。

以下、そういう設定で国語辞典のコロッケの項目を調べているとお考えください。
家にある国語辞典かき集め、コロッケを調べる異星人(という設定)
家にある国語辞典かき集め、コロッケを調べる異星人(という設定)
まず手にとったのが1983年(昭和58年)の『新小辞林』。辞書、辞典類の出版で有名な三省堂の小型辞書だ。
三省堂の小型辞書
三省堂の小型辞書
どれどれ、コロッケ、コロッケと……あった、なになに。
コロッケ 【フランスcroquette】西洋料理の一。
語釈短っ!
語釈短っ!
ほうほう、西洋料理の一。って、短っ。

どうせ辞書でコロッケ調べるやつなんかいねーだろということなのかどうかは知らないけれど、かなりレンジの広い説明をしてきた。

『新小辞林』はそもそも小型の辞書として発売されたものなので、語釈がスッキリしすぎてるところは否めない。

ちなみに、コロッケの三つ前の「殺す」を見てみると。
ころ-す【殺す】(他五)←→生かす
と、対義語しか書いてない。意味を調べなくても分るような言葉の語釈は極力短く書くという方針なのだろうか。

そういう行き方もありだとは思う。でも、この語釈では、ぼくの中でのコロッケジグソーパズルはカドの4つが見つかった程度の完成度しかない。

まだコロッケはぼんやりしている。

三省堂の辞林ブランドの辞書をぐいっとさかのぼってみてみたい。

1925年(大正14年)の『廣辭林』。ちなみに、ぼくの持ってる辞書の中では復刻版をのぞいていちばんふるい。
『廣辭林』
『廣辭林』
牛肉を刻むのか
牛肉を刻むのか
コロッケ (名)(「フランス」語Croquette)西洋料理の名、牛肉をきざみて蒸したる馬鈴薯・小麥粉等を交へ、これをかためて油にて揚げたるもの。
おぉ、具体的だ。なるほど、これでコロッケは牛肉を使った料理ということがわかった。

「きざみて蒸したる」のあたりなんかはリズムがいい。古い文体の心地よさである。コロッケが、大正末年のころには国語辞典に載るぐらいメジャーなものだったということもわかって面白い。

ただ「蒸したる馬鈴薯と小麥粉等を交へ」というのは、どういう状況なのか、いまひとつつかみきれない。

同じ頃(1935年)に出ていた『辭苑』の方も調べてみよう。『辭苑』はその名のとおり、後に『広辞苑』として大ヒットする中型辞書の初期バージョンだ。
この頃の辭苑は、岩波書店ではなく、博文館(当時、日本最大といわれた出版社)から出されていた
この頃の辭苑は、岩波書店ではなく、博文館(当時、日本最大といわれた出版社)から出されていた
コロッケ[佛Croquette](名) 西洋料理の一。牛・豚の挽肉等を油でいため、蒸して潰した馬鈴薯と混ぜて丸め、パン粉をまぶして油で揚げたもの。
『廣辭林』よりもさらに詳しくなった。

肉は牛でも豚でもよいが、挽肉をつかう。そして油で炒める。さらに馬鈴薯は蒸して潰すこと。混ぜて丸めること。など、だんだんイメージが明確になってきた。

コロッケジグソーパズル、四隅から四辺が揃った感じである。

もうちょっと調べてみよう。

蒸すの? ゆでるの?

少し時代をすすめて、戦後の辞書をひいてみたい。

1963年(昭和38年)の『岩波国語辞典』
クセのない簡潔な語釈で人気の高い『岩波国語辞典』
クセのない簡潔な語釈で人気の高い『岩波国語辞典』
コロッケ ゆでてつぶしたジャガイモの中に、ひき肉などをまぜて丸めフライにしたもの。▽フランス croquette
ジャガイモの調理方法が変わった。ゆでている。蒸すんじゃなかったのか? 『岩波国語辞典』は、最新の第7版に至るまで、すべて「ゆでてつぶした」となっている。

たしかにゆでようが蒸そうが、ジャガイモが柔らかくなることには変わりがない。ゆでる方が手間がかからないだろうなとは思う。

それともう一つ気になったのは、ジャガイモの説明が最初にきていることだ。

今まで、牛肉だとか挽肉の説明が最初だったため、肉がメインの料理かと思っていたが、ここにきて「ゆでてつぶしたジャガイモ」の存在感が増してきた。

コロッケとはジャガイモ料理なのか? 肉料理なのか? どっちだ。

他の辞書はどうなのか? ひとクセある語釈で人気の高い『新明解国語辞典』を古い方から調べてみた。

まずは1972年(昭和47年)の初版。
コロッケの語釈はあっさりしてる
コロッケの語釈はあっさりしてる
コロッケ(1)(2)[フcroquette] 牛・(豚)のひき肉を、ゆでてつぶしたジャガイモに交ぜ、丸めてパン粉をまぶして揚げたもの。
岩波国語辞典と違い、肉の説明が最初に来ているが、ジャガイモを「ゆでてつぶし」ているぶぶんはおなじだ。

ほかは「まぜ」の漢字に「混」じゃなく「交」を使ってるところがちょっと変わってるな、と思うぐらいで、まぁ普通の語釈だ。

しかし、これが1981年(昭和56年)の第3版になると、とつぜん饒舌になる。
急にどうした?
急にどうした?
コロッケ(1)(2)[フcroquette] よくほぐした牛・豚肉やカニなどの肉をホワイトソースであえ、小判形に丸めてパン粉をまぶして揚げた食品。本来は高級品。[大正末年以降わが国で広まった、簡便な おかずとしての中身は、ゆでてつぶしたジャガイモに牛・豚のひき肉を少量まぜたもの]
いったいなにがあったのか? 商店街の肉屋でうっかりうまいコロッケでも食べて感動したのだろうか。

ここで注目したいのは、コロッケの主成分がホワイトソースとなっているところと、形が小判形だと明言されているところだ。

『新明解国語辞典』によると、コロッケとはホワイトソースを使用したものが本物で、今までイメージしていた「ゆでてつぶしたジャガイモ」を使ったコロッケは「簡便なおかず」らしい。

突如あらわれた、コロッケの中身としてのホワイトソースという存在。ソースみたいなゆるいものをまとめて油で揚げるなんてことができるのか? いったいコロッケとはなんなのか。混乱に拍車がかかる。

ただ、形については明確なイメージをつかむことができた。小判形である。

コロッケ調理法の変遷

ここで、家にある70冊ちかくの国語辞典のコロッケの項目をすべて調べ、表計算ソフトでまとめてみた。
せっかく作ったデータなので、シェアさせて頂きます。クリックすると、PDFが閲覧できます
せっかく作ったデータなので、シェアさせて頂きます。クリックすると、PDFが閲覧できます
まず明らかになったのが、ジャガイモの調理法が「蒸す」となっていたものはすべて戦前か、初版が戦前に発行されたものだということ。

戦後、ジャガイモの調理法が記述されているものはほぼ「ゆでる」ことになっている。
戦後の辞書のほとんどはジャガイモを「ゆでてつぶし」ている
戦後の辞書のほとんどはジャガイモを「ゆでてつぶし」ている
さらに、ゆでる派の辞書はほとんどすべて「ゆでてつぶした」とひらがな表記である。

「わざとひらがなで書いて、シズル感出してるのかな?」と思っていたのだが、調べてみると「茹でる」も「潰す」も当用漢字外の文字だったかららしい。

「ひらがなで書いたほうがうまそうじゃね?」という理由でひらがな表記にしたわけでは無かったようだ。

ホワイトソース派の台頭

そして、もうひとつ気になっていたのは「ホワイトソース」に関してだ。

ぼくの持っている辞典の中でホワイトソースが最初期にでてくる辞書は、上であげた1981年の『新明解国語辞典』だが、初版発行年で言えば小学館の『新選国語辞典』の1959年(昭和34年)のほうが早いかもしれない。
1982年版の『新選国語辞典』初版のころからホワイトソースの記述があるかどうかは不明
1982年版の『新選国語辞典』初版のころからホワイトソースの記述があるかどうかは不明
ただ、ぼくが初版の『新選国語辞典』を持ってないので、そのころからホワイトソースだったかどうかは未確認だ。
最近は、ホワイトソースの記述のある辞書、無い辞書。半々ぐらい。
最近は、ホワイトソースの記述のある辞書、無い辞書。半々ぐらい。
いずれにしろ、1980年代をさかいに、ジャガイモのコロッケだけではなく、ホワイトソースのコロッケもあるぞということを記述する国語辞典が増えたのは確かだ。

その中でもいちばん詳しかったのは、三省堂の『現代新国語辞典』
コロッケ愛にあふれる語釈
コロッケ愛にあふれる語釈
コロッケ〈名〉[←コロケット(フランスcroquette)]①ゆでてつぶしたジャガイモに、バターでいためたタマネギ・ひき肉をまぜて まるめ、パン粉をまぶして、油であげた料理。ポテトコロッケ。②かためのホワイトソースに、エビ・カニ・とり肉などをまぜて まるめ、パン粉をまぶして、油であげた料理。クリームコロッケ。
70冊ちかい国語辞典の中で唯一「ポテトコロッケ」と「クリームコロッケ」をわけて記述していた。

しかも、ポテトコロッケのほうは、「ゆでてつぶしたジャガイモに、バターでいためたタマネギ・ひき肉を加える」というかなり具体的な調理法まで載っている。

もう、この語釈だけでもコロッケ作れそうな気がしてきた。ぼく、なんでもできそうな気がする!

というわけで、さっそくコロッケ作りにとりかかりたい。

とりあえず、ポテトコロッケを作ることに

みなさんもうお忘れかもしれないけれど、いちおう、ぼくは「コロッケだけ全く見たことも聞いたこともない異星人」という体でやっている。

異星人だけど、国語辞典を調べて自分なりにコロッケとはどんものかをまとめてみた。
コロッケ(名) 洋風料理の一。ゆでてつぶしたジャガイモに、塩、胡椒、バターで炒めたタマネギ、ひき肉をくわえて小判形にし、小麦粉、溶き卵、パン粉をつけ、油であげたもの。
70冊近くの国語辞典を調べて総合し、導き出した異星人なりのコロッケの語釈がこれだ。

クリームコロッケは、別途ホワイトソースを調べるところから再スタートになるので、今回はパスさせていただき、ポテトコロッケでご寛恕いただいきたい所存です。

致命的な欠陥にいまさら気づく

これがコロッケになるのか……
これがコロッケになるのか……
国語辞典で作り方を確認
国語辞典で作り方を確認
しかし、国語辞典を調べただけで、これだけ完璧なレシピができるのだ。レシピ本なんてはっきりいってもう時代遅れじゃないか? これからは国語辞典だけでレシピは十分だろう。そんな気持ちになっていたところ、重要な事に気づく。
分量がまったくわからない
分量がまったくわからない
調理に必要な調理時間、例えばジャガイモをゆでる時間や、適切なジャガイモの分量がまったく分からないという事実が判明した。
仕方ないので、買ってきたジャガイモ全部ゆでた
仕方ないので、買ってきたジャガイモ全部ゆでた
というか、まずジャガイモの皮をむいてからゆでるのか、ゆでてからむくのか。そもそも皮をむくのかむかないのか。そういうことすらも国語辞典だけでは不明なことに今気づく。

さっきまであったあの万能感はいったいなんだったのか? だれだこんなこと考えたのは、ぼくなんだけど。

とはいえ、大雑把な目分量でなんとかなるだろう。そう、おおらかなんです、この異星人。

ジャガイモの皮はどうしたらよいかは、テレパシーで人に聞いたのでなんとかなった。

キャラ設定の甘さを痛感

ジャガイモをゆでている間に肉とタマネギの準備をしなければいけない。
タマネギをみじん切りに……
タマネギをみじん切りに……
今、この原稿を書いていて気がついたのだが、国語辞典にはタマネギをみじん切りにするなんて一言も書いてなかったにもかかわらず、何のためらいもなくタマネギをみじん切りにしてしまった。

我ながら「コロッケのことを何もしらない異星人」という設定の甘さを痛感している。

まあ、その辺は細胞の実験とかではないので、大目に見ていただければ幸いです。

コロッケづくり面白い!

豚ひき肉とタマネギをバターでいためる
豚ひき肉とタマネギをバターでいためる
豚ひき肉とタマネギのいため具合ももちろん不明、すべて自分の目でみて「これぐらいかな……」というところで引きあげる。 完全に手探り状態だ。
においはウマそう
においはウマそう
ジャガイモのゆで加減を計る方法もテレパシーで人にきいた
ジャガイモのゆで加減を計る方法もテレパシーで人にきいた
とりあえず、ひき肉とタマネギをいためおわり、ジャガイモもゆであがったのでジャガイモの皮をむく。
あつ! あつ!
あつ! あつ!
ゆで上がったばかりのジャガイモはめちゃめちゃ熱い。あつ! あつ! と、完全に吉本新喜劇のギャグみたいな状態に。そういう方面の知識はくわしい異星人なのである。
「ゆでてつぶしたジャガイモ」をつくる
「ゆでてつぶしたジャガイモ」をつくる
ゆで上がったジャガイモはとても柔らかく、マッシャーで押せばすぐにグニュッとつぶれる。
わ! すごいジャガイモがすぐつぶれる!(あたりまえ)
わ! すごいジャガイモがすぐつぶれる!(あたりまえ)
異星人の設定はなしにしても、今までコロッケは作ったことがなかった。だから、熱々のジャガイモは皮がぺろんとむけるとか、マッシャーでいもをつぶす感触やらがいちいち新鮮でおもしろい。

小麦粉、卵、パン粉の順番で悩む

小麦粉、卵、パン粉の順番が重要(らしい)
小麦粉、卵、パン粉の順番が重要(らしい)
小判形に成形したタネに、小麦粉、卵、パン粉をつける。小麦粉、卵、パン粉をつける順番は適当でいいのか、それとも順番があるのか? で、またつまづく。

ただ、よくわからないものの、パン粉をまぶす。ということがどの辞書にも書いてあったことを考えると、卵にパン粉をつけるのだろう。

そうすると、卵、小麦粉、パン粉だとパン粉がちゃんとつかない感じがするので、小麦粉、卵、パン粉の順番でつけるのではないだろうか?
辞書では「小麦粉、卵、パン粉」の順番で書いてある(『新版小学国語辞典』教育同人社)
辞書では「小麦粉、卵、パン粉」の順番で書いてある(『新版小学国語辞典』教育同人社)
この順番があってるのか間違ってるのかわからないけれど、まあ、間違ってても食べられないものはできないだろうから、国語辞典に書いてあるとおりにつくる。
じょっわー
じょっわー
油の温度は皆目見当がつかないのだが、ガスコンロに「揚げ物センサー」がついていたのでそれを活用することに。

ここで「ズルい」とかそういうふうに思った人は、もうちょっと肩の力をぬいて、おおらかなものの見方をしないと早死にしますよ。

国語辞典のコロッケ、ついに完成

さて、肝心のコロッケを揚げる時間。これもまったく不明。5分ほどすると、泡があまりでなくなってきて、コロッケの色が変わってきた。もういいかな? と、引き上げる……。
できた……
できた……
ついに完成……したものの、コロッケは油の中でなぜか爆発して中身が一部流出していた。原因は不明。

おそらく、いまgoogleで「コロッケ 爆発 なぜ」で検索すれば答えがでるだろう。しかし、これは答えを求める企画ではないので、あえて検索しない。

素材の味がする

70冊よれば文殊の知恵! 国語辞典でもコロッケつくれたぞ!
70冊よれば文殊の知恵! 国語辞典でもコロッケつくれたぞ!
さっそくコロッケを食べてみる。
うめぇ!
うめぇ!
コロッケがうまい、なんてこと、世の中のほとんどのひとが知っている事実なわけだけど、それでもあえていいたい。このコロッケうまい。破れた部分なんか全然きにならなかった。

ちなみに、コンビニで売っていた出来合いのコロッケを買ってきて並べて比べてみた。
左がコンビニのコロッケ、右が国語辞典コロッケ
左がコンビニのコロッケ、右が国語辞典コロッケ
ぼくのコロッケはジャガイモ、タマネギ、ひき肉など、それぞれの素材のうま味がわかる感じだけど、コンビニのコロッケはすこし甘みがつよく、タマネギやひき肉の存在感があまりない。

どっちかというと……国語辞典コロッケの方がうまいな。

国語辞典でもコロッケはつくれる!

以上、国語辞典の語釈だけをたよりにコロッケをつくってみた。最終的にはなんとかできたものの、分量や調理時間が書いてないのは厳しかった。

ただ、国語辞典の語釈だけで、ここまでコロッケが作れるとは思わなかった。

「国語辞典はどれも同じ」というような偏見を持っている人も多いかもしれない。

しかし、コロッケひとつとっても、辞書によってこれだけ語釈の違いがあり、どれも同じなんて簡単には言えないほどの個性があることがわかった。

また、最新のものだけではなく、古い辞書を調べることで、その言葉やものが社会の中でどのように受容されてきたのかの変化を大まかに知ることもできる。

結論としては「国語辞典やばい」ということだろうか。
やば-い [形]〔俗〕 危険や悪い事が起こりそうな形勢だ。あぶない。「―仕事」「みつかると―」▽品の無い言い方。ならず者の隠語から。近年は「すごい」(2)の意味でもつかう。[派生]-さ

岩波国語辞典第七版
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