ビッグサイトの、あの三角の部分へ
当サイトではこの「FOOMA JAPAN」の展示部分については過去2回記事になっておりその興奮が既に存分に語られている(「
ごはんロボデックス 」、「
見本市で癒されよう」)。
両記事を読んで以来例年この展示会は気にしていたのだが、今年これはと思ったのが展示以外に行われているフォーラムやシンポジウムといった講演イベントだ。
会議棟の6階がそういった講演イベントの会場となっていた。写真左のエスカレーターでまずは2階へ
そこから6Fへは一直線。あれ窓の外の壁はもしや
そうか、私いまここにいんのか!
エスカレーターを降りた会議棟の6Fは、なんとあの三角形の内部であった。うおお。
講演内容以前に場所に早くも興奮してしまったが、そんなわけで今回取材させていただいたのは6/10に行われた「日本食品工学会 フォーラム2014」である。
受付から静かである。展示会場とはかなり切りはなれた雰囲気
難しい? でも身近?
このフォーラム、会期中に行われたセミナーやシンポジウムのなかでも専門性が高いハードコアなイベントである。
が、講演テーマ一覧を読むと、
「乾燥現象の数値シミュレーションについて(コンブ・そば粉の乾燥を例として)」
など、テーマが食品とあってどこか身近なのだ。
300名収容の会場は、行われた7講演ごとに聴講者数を増減させながら進行した。各講演終了後には活発に質問の手が上がりまさに「静かな興奮につつまれる」という感じ
私の大好きなコンブやそばの難解な一面。むしろぜひ見てみたいというのが食を愛する者としての人情ではないか。
思い切ってFOOMA JAPANを通じてこのフォーラムの主催である日本食品工学会に素人であることを説明しつつ取材の許可を申し出ると、なんとご快諾いただけたのであった。
はじまった!
「実際やる前に、コンピュータでどうなるか計算してみるっぺ」がテーマ
今回のフォーラムの大きなテーマは「食品製造プロセスをシミュレーションする」。
つまり、実際に大きな食品製造ラインを動かす前にコンピュータを使って「やってみたらどうなるべかな」を計算する技術について語ろうか、という会である。
かつてスーパーコンピュータを使わなければできなかった高度な計算がコンピュータの技術の革新で一般の研究者でもできる時代になっているのだそうだ。
一方その頃、FOOMA開会のテープカットも行われていた。華やかな催しの同時刻帯にすでにはじまっている講演イベントもあるんですな
わかんなすぎてそれが面白い?
フォーラムは昼休みをはさんで7つの講演が賞味5時間強にわたって行われた。
どの講演にも業界や技術について素人だからこそ興味をそそられる部分が多くあった。白状すると、理解があまりにも及ばずその状態が面白いというシーンもあったわけだが、意外にもそうではなく純粋に「へえ!」と思わされた部分が多かったのだ。
たとえばコンブの乾燥やヨーグルトへの果肉ソース混合、飲み込みやすさの科学、粉体という専門分野の存在と最新高速度カメラの食品業界への貢献などなど、ピンポイントにみどころをご紹介しますぞ。
「理解が及ばなさすぎるという状態が面白い」の例。コレハナニカノ模様デスカ
コチラハ完全二模様デスヨネ? つまり基本的に私などにはもったいない講演の数々であったのは間違いない
航空機の技術でコンブを乾かす?
まず最初に講演テーマ「乾燥現象の数値シミュレーションについて(コンブ・そば粉の乾燥を例として)」を発表されたのは岩手大学工学部機械システム工学科の船崎健一さん(「先生」と呼ぶには私の専門性が低すぎるのでここは「さん」づけにさせていただきたくお願いいたします!)。
主な研究テーマは、航空エンジン?!
講演内容をざっくりいうと、
航空機や人体の血流のシミュレーションが専門の岩手大学工学部のチームが、熱移動や気流のシミュレーション実績を生かし、震災以降競争力の強化が求められている三陸の漁業をバックアップすべくコンブやそば粉の乾燥を効率化させるためのシミュレーションを実施、効率を改善させた。
というもの。
すでにお分かりかと思うが、この講演の素人としての見どころは「飛行機やロケットのエンジンまわりのシミュレーションが、コンブの乾燥にいきるのか!」という部分につきる。
かっこいい!
この研究のおかげでこれまで生産者が忙しいなかでなかなか工夫をこらすことが難しかった乾燥工程にかかる時間や燃料費もカットできたそうである。
船崎さんはシミュレーション用のデータを集めるためコンブ乾燥の現場をおとずれてまず「シミュレーションする前に気流の観点から体感的に効率が良くなさそうな部分が分かった」ともおっしゃっていた。
この、別の業界からスペシャリストを連れてきてその専門性が問題を解決するってほとんど「美味しんぼ」の世界である。
仕切り板の設置が有効と判明
ちなみにシミュレーションにあたる実験の際には模擬昆布として水にひたしたキッチンペーパーを用いたそうだ。
模擬昆布!
ここにこなければ一生聞くことのできなかった言葉だ。正直、これが聞けただけで来てよかったと思った。
また「コンブを吊り下げた状態でのシミュレーションとなるとこれがまた難しい」というお話もあった。生産者が平置きではなく吊り下げて乾かすことだってあるだろう、あるんだろうな。
身近なことが本気で科学されているのだということがじわじわ伝わってくる。
「擬似昆布乾燥棚」、声に出して読みたい日本語である
ヨーグルトに混ぜるソースをどこから入れようか
ブルガリアヨーグルトでおなじみの株式会社明治からは技術開発研究所の神谷哲さんが登壇。
タイトルを「食品製造におけるコンピュータシミュレーションの活用事例 ~ブルガリアヨーグルトの攪拌・混合から生体における嚥下現象まで~」とした講演が大盛況だった。
書いてあることは難しいのだが、ブルガリアヨーグルトたちが並ぶのがかわいくてなごむ
ざっくり言うと、テーマは2つ。
これまではメーカー単体で製造工程についてシミュレーションすることが難しかったのが技術革新で行えるようになってきており、その一例としてヨーグルトへの果肉ソースの効率的な混合方法をコンピュータシミュレーションによって可視化し導き出した。
また嚥下(食べ物の飲み込み)をシミュレーションするための装置を開発、噛み砕いたあとの食べ物がどのように飲み下されるかが分かってきた。
ということだった。
色が緑色になっている部分がヨーグルトとソースが「均一混合」されている状態
ヨーグルトへの果肉ソースの攪拌シミュレーションは、それによって壁面の穴から注入する現行のやり方ではなく、ノズルを真ん中まで入れて注入する方法がよく混ざるということが分かったらしい。
今後ブルガリアヨーグルトを食べる際はぜひ思い出してその均一な混ざりぶりを堪能したい。
誤嚥を防ぎたい、だから嚥下がいま熱い
2つめのテーマは食品の飲み込みである「嚥下」のシミュレーション。
食品業界で、いま嚥下は注目のトピックなのだそうだ。というのも、高齢者の死因に多い肺炎が誤嚥といって、誤って気道に食べ物入れてしまうことから起こることが多いそうなのだ。
誤嚥を防ぐには飲み込みやすい食品の開発が必要である。それで嚥下に注目が集まっているという。
スライドは難しいものもあったものの、お話は素人にも分かりやすく進行された。「濡れ性」ってまた初めて聞く言葉
明治では、すでにブルガリアヨーグルトが介護の現場などで飲み込みやすいタイプの食品であることが分かっているため、その価値をさらに正確に検証したいということでこの研究に着手したということだった。
時間の経過ごとにどのように嚥下されているかが分かる
現在までに2人の人の喉のシミュレーション用モデルを2年をかけて開発している。
飲み込む際にどれだけ圧力と時間がかかっているか、食塊(また良い専門用語が出ましたぞ)がどのような形状になるかが分かるようになっているという。
世界初の3次元嚥下動態シミュレータ“Swallow Vision(R)”の画像。水がドバドバしていて、ヨーグルトはスルッといってる のが分かる
その結果、飲み込みの際多くの飛まつを伴う水にくらべ、ひとかたまりになって飲み込まれゆくヨーグルトが誤嚥されにくいということが分かった。水って結構飲み込みにくいのだ。
ただし、のみこみやすさがイコールのどごしの「良さ」として官能的な評価できるかどうかはまだリンクさせられていないということだった(のみこみの速さについては、いわゆる「キレ」につながっているのではというお話もあった)。
飲み込む、という動作だけをこんなに長期にわたり研究し、そして注目を集めているということにはかなり目が開いた(カッ!)。
こちらも“Swallow Vision(R)”より。飲み込みを科学する表現に等高線が使われるとは
時間もお金もハンパなくかかる分野のようだが会場の興奮度も高く嚥下がこれからグイグイくるトピックであるということは私にも熱をもって伝わった。
今のうちに注目しておけば、近い将来自慢できるかもしれない。
シミュレーション界の難関「粉体」
ここまではコンブやワカメ、ヨーグルトに嚥下と、日常にとっかかりのあるトピックが並んだが、粉体、つまり粉についてのシミュレーション技術について語られる講演もあった。
テーマが、粉。
広いような狭いような、なにかとりとめのない気持ちになる。しかし、シミュレーションの世界では「粉」というワードの迫力はけっこうなもののようだ。気体、液体に比べて計算が難しいらしく、業界じゃあ泣く子も黙る、粉。という印象を受けた。
パウダーテクノロジー! 粉に対して「かっこいい!」と思う日が来るとは
登壇したのは東京大学大学院工学系研究科レジリエンス工学研究センターの酒井幹夫さん。
「産業の粉体プロセスの数値シミュレーションを1台のPCで実行する方法はあるのか?」というテーマの講演であった。
冒頭で「粉体を形成する固体粒子は、Discrete Element Method(DEM)と呼ばれるラグランジュ的手法が用いられる」という部分について、今日はこれだけ覚えて帰ってくださいと述べられていた。
こんなに高度な「今日はこれだけ覚えて帰ってください」もなかなかないんじゃないか。
物量と回転あたりの混ざり具合などをシミュレーション
「これだけ覚えてください」が難しいくらいなので、全体的にかなり高度で資料(スライドは英語だったが資料は日本語だった)を読みながら日本語を聞き解くので精一杯であったが、話のはしばしに「粉というものは湿っていると粉同士がくっつく、付着力が出ますね」など、あ! それなら体験的に知ってる! というくだりもあった。
難解なお話が急にこちらに寄ってくる、ゆれ幅があるのがおもしろい。
講演自体はざっくりいうと
小さい粒子を大きい粒に見立ててシミュレーションの計算を簡易化する
というお話だった。ざっくりの度が過ぎている部分に講演内容の高度さを感じてほしい。
ご著書の書影がとんでもないかっこよさ
講演後の質問コーナーでは粉ミルクについて研究しているというメーカーの方から「粉がダマになる様子のシミュレーションなども可能か」といった質問が飛んでいた。
現在のシミュレーション技術では悔しいですがほぼ不可能、というお答えだったが、そうか、こういう技術がミロとかみんな大好きおなじみの粉末飲料の開発にも役立つのかと最後の最後ではっとした。
「今日は時間が限られていますが…」ということで、午後いっぱいみっちり粉体のシミュレーションについて学べるスクールの案内も添えられた。午後いっぱい、粉…!
ミルククラウンになるのは、たらした方かたらされた方か
全講演のなかでも異色だったのは株式会社フォトロンの桑原譲二さんの講演だ。
フォトロンは高速度カメラメーカー。「踊る大走査線」や「海猿」、最近では「永遠の0」で有名なImagica robot holdingsのグループ会社だそうだ。
食品の話だからと来てみたら、冒頭では航空機が出てくるし、今度はエンターテインメントの世界からも刺客がやってきた。
全てを巻き込む食の力、である。
ROBOTとかIMAGICAとかエンタメ界で有名な社名が
高速度カメラというのは言わずと知れた、1秒間に何枚もの写真の撮影が可能なカメラである。
冒頭では分かりやすくミルククラウンの写真についての話題が出た。あのミルククラウン、クラウンになる部分はたらされた液体(すでにある液体に突っ込んでいった方)なのだそうだ。へえ!
この話題で完全につかみはオッケーである。
出ました、高速度カメラ
講演テーマは「最新高速度カメラとその応用事例の紹介」。
ざっくりいうと、
食品製造にあたり製造機器が動く様子などを最高秒間10万コマまでの撮影が可能な高速度カメラで撮影することで、目に見えない挙動が可視化される。コンピュータシミュレーションを行った後で、シミュレーション結果と実際の現象を比較するのに役立つ。
ということだった。
そう、こちらのメーカーのカメラはなんと秒間10万コマの撮影が可能なのだ。
気体と液体が混ざり合う様子(気液二相流)が見える!
秒間10万コマあるとどうなるかというと
「スプレーから液体を噴射した場合『液膜』から『液し』になって『液滴』になるまでの様子が分かる」
のだそうだ。見えすぎである。というか、「液」の状態にそんなに種類があったのか。
いつもの水だが実は大暴れみたいな形状になっているのが分かる
さらに、製造ラインの機械を撮影することによって、工程にエラーが出た際の原因解明にも役立つということであった。
たとえば、超高速でジュースのキャップをしめる機械があって1万本に1本エラーが出るとする。その1万分の1のエラーも高速撮影することで原因が目で見えるというわけだ。
性能が高まりすぎてとんでもなく高速化した製造ライン機器のエラーを見守る
性能が高まって速くなりすぎたラインの動きを、超高性能のカメラが見張る。目には目を、速さには速さを、という形の未来である。
分子動力学やってみよっかな~♪ という方々
さらに今回のフォーラムの実行委員でもいらっしゃる東京海洋大学大学院海洋科学系食品生産科学部門 萩原知明さんによる「オープンソースソフトウェアによる分子動力学シミュレーションの実際」ではシミュレーションの計算につかわれているオープンソフトウェアのお話も。
マグカップにプリントして柄として眺めたい良い分からなさ
「これから分子動力学やってみよっかな~、なんて方には良いと思います」ということだった。
「分子動力学」という言葉と「やってみよっかな~」の気軽さのギャップがすごい。
しかし会場には「やってみよっかな~」という方も大勢いたのだろう。そんな方々に紛れ込んで1日過ごせた、というだけでもなんだか得を積んだ思いであった。
「増殖の話ばかりではつまらないので、死滅の話をしたいと思います」
素人が、題材は食品と身近とはいえ専門性の高い学術イベントに参加するとどうなるか?
答えは「日常聞きなれない、意味のわかる言語に興奮し(模擬昆布!粉体!嚥下!)、思いもよらぬ身近な話題に「へえ~」が出(水は飲み込みにくい!)、わからない部分もあまりの分からなさに圧倒される」ということが分かった。
単純に普段聞けないような貴重なお話を聞かせてもらった、という手ごたえがすごい。
取り上げた以外にも「増殖の話ばかりではつまらないので、死滅の話をしたいと思います」という話題の切り替えが完全に殺し文句でかっこよかった有害微生物のお話や、カジノがもとで名づいたという「前もって予測できないこと」をシミュレートする「モンテカルロシミュレーション」についてのお話なども興味深く本当は紹介したかったのだが核心の難解さにうまく説明ができず諦めたことを白状しよう。
記者が聞いたことを説明できない。こんな取材記事はなかなかないぞということだけ、ギリギリ誇りたい。
終わって帰る途中、赤い甲冑を着ている企業ブースの方がいた。そうか、今日は見本市に来てたんだった