特集 2014年5月28日

「蝶境」リュードルフィアラインをゆく

ギフチョウの境界、それは存在する。
ギフチョウの境界、それは存在する。
デイリーポータルZのトップで検索するとざくざく記事がヒットする字がある。

それは「境」。

県境や区境、そして意識上の境界。もはやDPZは境目ポータルサイトと言っても過言ではない。

そんな境目サイトにあらたな境界の1ページを記したい。春に現れ、日本を東西にわけるギフチョウの「蝶境(ちょうざかい)」、リュードルフィアラインである。

リュードルフィアラインという語感がすごくかっこいいので今回の記事ではうざいくらい繰り返すと思いますよ。
1975年神奈川県生まれ。毒ライター。
普段は会社勤めをして生計をたてている。 有毒生物や街歩きが好き。つまり商店街とかが有毒生物で埋め尽くされれば一番ユートピア度が高いのではないだろうか。
最近バレンチノ収集を始めました。(動画インタビュー)

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「春の女神」ギフチョウ

春になり、山桜やスミレ、カタクリの花が咲くと共に他の蝶に先駆けて日本の里山を飛び回る美しい蝶「ギフチョウ」
写真はヒメギフチョウ。
写真はヒメギフチョウ。
アゲハチョウ科の中では小型で、成虫が活動するのはわずか1ヶ月程。岐阜県で発見されたことが名前の由来になっているが、岐阜県のみに生息しているわけではない。ちなみに私の知人は最近までWEBアニメーションでおなじみのgif形式のファイルを「ぎふファイル」と呼んでいた。なんだそのご当地ファイル形式は。

ギフチョウの境目「リュードルフィアライン」

日本にはギフチョウとヒメギフチョウの2種が生息。大まかに西にギフチョウ、東にヒメギフチョウと明確に棲み分けをしており、基本的にこの2種が同時に見られる事はない。しかし、分布地の境界である山形の最上川流域や新潟県の糸魚川~長野県白馬村など一部の地域では2種が混じって生息しており、これらを結ぶ線がギフチョウの学名にちなんで、リュードルフィアラインと呼ばれている。
東西にわかれるギフチョウ・ヒメギフチョウの分布(ざっくりです)幼虫の食べる草の違いや好む温度帯(ヒメギフチョウはより冷涼な環境を好む)などが原因と言われている。
東西にわかれるギフチョウ・ヒメギフチョウの分布(ざっくりです)幼虫の食べる草の違いや好む温度帯(ヒメギフチョウはより冷涼な環境を好む)などが原因と言われている。
これが冒頭で述べた「蝶境」、ここならギフチョウ2種を一気に観察できるのである。

まさに一石二蝶、すごい、ナイス効率!

ギフチョウの季節にサラリーマンを山に向かわせるために設定されたと言われているゴールデンウィークという制度を活用し、リュードルフィアラインへゴーだ。リュードルフィアライニングだ。

湿地でへこむ

あふれるパッションと望遠カメラを携えて長野県へとやってきた。姫川沿いに白馬村へ伸びるリュードルフィアラインを目指す。
おやき村に後ろ髪を引かれつ……
おやき村に後ろ髪を引かれつ……
どんどん増えていくカメラ。宿の人に「すごい装備ですねー」と言われたが、このうち2台は充電機を忘れたためにすぐ使い物にならなくなったことは内緒だ。
どんどん増えていくカメラ。宿の人に「すごい装備ですねー」と言われたが、このうち2台は充電機を忘れたためにすぐ使い物にならなくなったことは内緒だ。
まずは木崎湖の東に位置する、居谷里(いやり)湿原へ。ここではヒメギフチョウの幼虫の食草であるウスバサイシンが群生し、保護されている。
いきなりバーンて広がると「蝶なんて探せねえよ」って気持ちになる。
いきなりバーンて広がると「蝶なんて探せねえよ」って気持ちになる。
天候にも恵まれ、あたたかな春の日差しの中をがんがん飛び交って春を謳歌しているに違いない、せずにおれまいと木道から湿原を覗き込む。
いい擬木だ。
いい擬木だ。
しかし成虫が好んで吸蜜するカタクリの花が見当たらず、まったく姿が見られなかった。
落ち込むと水面を見ます。
落ち込むと水面を見ます。
カナヘビはかわいい。
カナヘビはかわいい。
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カタクリの聖地は恋人の聖地だった

将を射んとすればまず馬をではないが、まずはカタクリの花を探すべきだという当たり前すぎる結論にいたり、次なる目的は決まった。その名も、「五竜かたくり苑」
めちゃめちゃ気になったが今回はスルーだ。
めちゃめちゃ気になったが今回はスルーだ。
祭が始まっているではないか。
祭が始まっているではないか。
でた、恋人の聖地。
でた、恋人の聖地。
さて、脇道を登るか……
さて、脇道を登るか……
まだうっすらと雪の見える白馬スキー場。

逆シュプールを描くようにジグザグ道を登って行くと緩斜面に咲きほこるカタクリ。
おお、一面カタクリ!
おお、一面カタクリ!
よく見ると花びらにクモが。
よく見ると花びらにクモが。
なんと可憐な。なんと優美な。白馬のカタクリは今まさに満開。ここにはヒメギフチョウがよく飛んでくるらしく、看板にもその旨が記載してある。
センターですよ。
センターですよ。
こりゃ楽勝だとカタクリの周囲を移動しながら探すが見つからない。
もっと、こう、天国みたいに乱れ飛んでるのかと思ってました…
もっと、こう、天国みたいに乱れ飛んでるのかと思ってました…
風が強くなってきた。カタクリの花は茎から自由になろうとしているかのように激しく揺れて、撮影しようとスマホを近づけるおばちゃんをイラつかせていた。

こんな状態の花につかまって蜜を吸うなんて、時計台の針にぶらさがるジャッキー・チェンみたいなアクロバティックなギフチョウはいないだろうなあと半ば絶望しながら座ってぼーっとしていた。
心のよりどころはスマホ。
心のよりどころはスマホ。
おばちゃんは花の揺れに合わせてスマホを持った上半身を動かしはじめていた。

ヒメギフチョウとの出会い

その時、揺れるおばちゃんに誘われるように一羽の黄色がかった小さなチョウがせわしなく羽ばたきながらカタクリの花へと飛んで行くのが目に入った。
偶然撮れていた一枚。ギフ感あふれる飛翔フォーム!
偶然撮れていた一枚。ギフ感あふれる飛翔フォーム!
あわててベンチを立ち、蝶の行方を追う。サッと望遠レンズのファインダーを覗き込むと、どこを見ているかわからなくなった。もういい、肉眼で追おう。

「たぶんヒメギフ(ヒメギフチョウ)ですね」

私と同じく望遠レンズを抱えた初老のおっちゃんが横に並び、話しかけてきた。カタクリで有名なこのスポット。ギフチョウを待っていたのは私だけではなかったのである。

粘って後を追ったところ、ついにカタクリに止まった!すかさず私とおっちゃんでシャッターを連打。そしてその隣にはいつしかスマホのおばちゃんも立っていた。
強風の中、フォトジェニックな止まり方を!
強風の中、フォトジェニックな止まり方を!
アップ。
アップ。
腹部の先には交尾嚢(こうびのう)、つまりメス。
腹部の先には交尾嚢(こうびのう)、つまりメス。
交尾の際に、オスはメスの腹部の先に「交尾嚢」と呼ばれる棒状の突起をつける、これはいわば貞操帯のようなもので、これによりメスは2度と交尾ができなくなる。雄の独占欲こわい。甘くない、甘くないよギフチョウ界。

この貞淑な春の女神はカタクリの蜜を吸うでもなく、ちょっと弁当買いに来たけどいいもんなかったみたいな感じで飛び去っていった。
おっさん&おばはん達よさらば。
おっさん&おばはん達よさらば。
この後、雑木林の遥か上方を高速で飛び回るのを見かけただけでカメラにおさめることはできなかった。

ギフチョウ見てこそ蝶境

ヒメギフチョウは見つかったものの、もう一種のギフチョウを見ない限りはリュードルフィアラインのメリットを享受したとはいえない。「いや~一カ所で2種のギフチョウが見られてこれがほんとの一石二蝶っすよ~。違うか、違うか、違うかwww」と言うために新幹線とレンタカーを駆使してやってきたのだ。
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カタクリのテンションを下げる雨

翌朝、とにかくカタクリを探そうと意気込んで宿を飛び出す。
あんたもう死んでるじゃないですか。
あんたもう死んでるじゃないですか。
白馬よりやや南下し、姫川源流自然探勝園へ。ここにもカタクリの花が群生しており、ギフチョウの姿も時おり見られるという。

さあ待っていろギフチョウ、と近づくにつれ降り出した。降り出しましたよ、豪雨が。
「もう、だめだ」真下を向くカタクリ
「もう、だめだ」真下を向くカタクリ
私がギフチョウでも野球部でも外に出ないねこりゃという悪天候。この後雨足は弱まったものの気温も低く、ギフチョウは見られなかった。
そのかわりカタクリのところにはシカが来ていた。
そのかわりカタクリのところにはシカが来ていた。
結局かっこいい砂防ダムとかながめてましたよ。
結局かっこいい砂防ダムとかながめてましたよ。
林道にはカワラヒワ。
林道にはカワラヒワ。

ギフなやつ、ついに降臨!

翌朝は昨日が嘘のような晴天。また白馬方面でスポットを探し、林道沿いにカタクリが咲く絶好のギフチョウバー(勝手に命名)を発見。
林道はほんといいですよね。側溝があればなお良し。
林道はほんといいですよね。側溝があればなお良し。
おお、カタクリ!
おお、カタクリ!
テンションの高いカタクリはベジータみたいだな。
テンションの高いカタクリはベジータみたいだな。
野生の九官鳥が!と思ったらクロツグミ。
野生の九官鳥が!と思ったらクロツグミ。
ここもギフチョウスポットとしては有名な場所らしく、カメラをかかえた蝶愛好家達が飛来を待ちかまえていた。

雑木林の杉の枝に隠れて休んでいるギフチョウは、日が昇って気温が上がってくると舞い降りて花の蜜を吸ったり日光浴をするらしい。

「そろそろ降りて来ますよ」と一人が言った途端、目の前の枝から黄色い蝶が地面の枯れ葉に向かって急降下するのが見えた。

「ヒメギフチョウですね」
ヒメギフチョウだった。なんですぐにわかるんだ。
ヒメギフチョウだった。なんですぐにわかるんだ。
「ギフチョウは向こう側の道の方が多いかもしれないですね」とありがたいアドバイスをいただき、歩き回ると出勤するヒメギフチョウががんがん舞い降りて来た。
ヒメギフチョウ。
ヒメギフチョウ。
またしてもヒメギフチョウ。
またしてもヒメギフチョウ。
鱗粉のタッチが細やかですごい。
鱗粉のタッチが細やかですごい。
「カタクリの蜜はどうですか」「いや、あれですよ。ウィダーインゼリーみたいなもんですよ」
「カタクリの蜜はどうですか」「いや、あれですよ。ウィダーインゼリーみたいなもんですよ」
写真を撮っては拡大し、ヒメギフチョウか、またヒメかと坊主めくりみたいな事をしていたが、継続は力なり、ついに現れたのだ、坊主が。
はい坊主登場。これがギフチョウです。姫札没収。
はい坊主登場。これがギフチョウです。姫札没収。
目の前でひなたぼっこしているちょっとコントラストが強めの一羽をカメラに収め確認すると、ギフチョウであると判明。

やった!ついにリュードルフィアラインで一石二蝶を達成した。

ギフチョウが姿を現した所で、「いや、これヒメと同じでしょ」と感じる方も多い事と思う。かくいう私も「最悪はフォトショップでごまかせるでしょ」と邪念が浮かんだくらい両者は似ている。見た目の主な違いをアシュラ男爵のような写真に加工してまとめたので参照してほしい。
いい感じで連結してるかどうか見るのがはやいかな。
いい感じで連結してるかどうか見るのがはやいかな。
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ギフチョウフィーバー

日が高くなるにつれ、「ようこそ、リュードルフィアラインへ」とでもいいたげにギフチョウが次々と姿を現した。
真っ正面がモフモフ!
真っ正面がモフモフ!
2次会の場所おさえました!
2次会の場所おさえました!
だんだんパリパリしたチョコのアイスが食べたくなってくるからギフチョウってすてきさ。
雪に止まる姿も絵になる。
雪に止まる姿も絵になる。
ハイテンションでシャッターを乱射する。この時バレーボールをプレイしていたら、レシーブ、トス、アタックを全部一人でやって反則を取られたに違いない。

回りの愛好家の人達も嬉々として写真を撮っている。

かわいい鳥がこわかった

キビタキが近くに止まっても目もくれない。
キビタキが近くに止まっても目もくれない。
「やっぱ鳥よりチョウですか」
「そりゃギフチョウ撮りにここ来てますからねえ」
「まあそうですよね」
と談笑しているとまた近くの枝に鳥が止まった。

「あ、オオルリですね」
「なに!!」
どうかしてる色彩。
どうかしてる色彩。
とたんにそちらにカメラを向け、高速でシャッターを切りだした。ギフチョウ目当てでもオオルリは別腹だという事が判明した。

まあ、姿だけでなく日本三大鳴鳥と呼ばれるくらいにさえずりも美しく愛らしいのだから無理もない。ギフチョウ探しで殺伐とした気持ちに一息入れるべく鑑賞する。

かわいい。幸運を呼ぶブルー。平和と友愛の使者。腹が白い。

すると突然、そのかわいくて平和の使者然としたオオルリが羽音をはためかせ、素早く私の足元の草むらに急降下して突っ込むと、また枝へと戻っていった。

口に何かをくわえている。
ケムシだ。
ケムシだ。
ガン!!目がこわい。
ガン!!目がこわい。
さっきまで愛らしくさえずっていたオオルリがでケムシをガンガン枝にぶつけてとどめを刺し、ひとのみに飲み込んだ。
また愛らしい声で鳴きだした。それ仕事か。
また愛らしい声で鳴きだした。それ仕事か。
すぐに幸せを呼びそうなポジショニングに戻ったが刹那に見せる捕食者としての顔はやっぱりたくましい恐ろしい。

「板垣死すとも自由は死せず!」みたいなことを叫ぶケムシの声が聞こえたような気がした。

「ギフチョウもぱくぱく食べそうなテンションですね……」
話かけようとしたが周囲には誰もいなかった。

ギフチョウ、ヒメギフチョウを見る事が出来たうれしさはさることながら、この「境目にいるんだ」感がまた格別だった。また1年後に日本をがっつり分割するために、オオルリとかに気をつけて元気に子孫作りに励んでほしい。

リュードルフィアラインの魅力はギフチョウだけではない。
白馬から北上して姫川温泉界隈をぶらりなんてのもおつなものですよ(要するにギフョウが見つからなかった)
ハン・ソロみたいな消火栓(姫川温泉にて)
ハン・ソロみたいな消火栓(姫川温泉にて)
尚、ギフチョウならびにヒメギフチョウは今回訪問した
白馬村をはじめ、幾多の地域で天然記念物に指定されており、自治体によっては無断で採集すると条例により罰せられる。そっと観察したり写真を撮るだけにしよう。
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