脱皮のやり方
まず今までの手のひらの脱皮をおさらいしよう。
手のひらでもどこでも、水を吸わないような部分に水のりをうすく塗る。そのままはがしてもいいが、数回塗り重ねて厚くする。
水のりを手のひらにぬって乾かす
ぶ厚い皮ができた
授業中だとバレるおそれがあるので2回が限度だったが、大人になった今いくらでも塗れる。
今回は合計5回ほど塗り重ねた。極厚だ。これが大人だ。その先は(……もう辛抱たまりません!)となってあきらめた。その辺はまだ大人になれなかった。
手のひらが今、脱皮しようとしている
はがすのが最高に気持ちいい
そしてはがす。これが気持ちいい。新品の液晶画面のフィルムをはがすのに似ているが、ペリペリとはがしていく気持ちよさ。わかるだろうか。
なぜ気持ちいいのかとかはすぐ性の話とか幼少期のトラウマとかの話にいきそうなので深くは考えないでおこう。虫のいいことを言うようだが、とにかくできるだけ変態だとは思わないようにして共感しよう。
皮。手のひらの皮ができた
この皮が天才少年を生む
総工程で30分くらいだろうか。ついにできた。皮である。指紋までくっきり出ていてほれぼれするような出来だ。
授業中、まわりの小学生がかけ算をならっているときにひとりこんな再生医療を行っていたのだ。つると亀の足の計算なんてバカらしくてやってられるか。こっちのライバルはIPS細胞やSTAP細胞なのだ。
細部の凹凸がうつしとられていて満足度が高い。授業中にできる遊びとしては高ランク。
伊東家の食卓に出ていた裏ワザ
さて、これを思う存分やってみようと思ったわけだが、家人が「それ伊東家で似たようなやつ出てたよ」という。
なんでもリモコンに木工ボンドを塗って乾かしてはがすと汚れが隅々まできれいに落ちるという裏ワザらしい。
たしかに手についた木工ボンドをはがすときも皮っぽい感じがある。ボンドがいいのか水のりがいいのかリモコンでためしてみよう。
電池を抜いたリモコンにのりを塗って乾かす。水のり、ボンド厚め、ボンドうすめ、ボンドを水でうすめたもの、の4層にわけてテストをした
4層にわけて実験
上から水のり、ボンド厚め、ボンドうすめ、さらに水でうすめたボンド、と4層にわけてリモコンを塗った。そこからドライヤーをあてるも中までは乾かず、サーキュレーターの上において一日待った。
翌日、これはいい皮ができていた。
水のり、あ~、いい。ぶちぶちの凹凸をきれいにはがしていくきもちよさ。これはいい脱皮だ。
ボンドを水でうすめたものもいい。フィルムをはがしてる感じが実にいい
そして番組表ボタンが死んだ
厚めに塗った水のりと薄めのボンドをはがす時間は至福である。新品のリモコンについたフィルムをとるような快感。しかもボタンの隅がたしかにきれいになった気がする。
ところが問題もある。厚めのボンドを乾かすのは1日では足りなかったようだ。ボンドが残り、うちのリモコンは番組表ボタンが死んだ。
ちゃんかあ(母ちゃん)にどやされる、というやつである。
1日置いたがボンドは丸2日乾燥させないといけないらしく、隅まできれいにはがせなかった。このはがせなかった分でうちのテレビは番組表ボタンが死んだ。
色々なものを脱皮させよう。氷結の三角形の凹凸はうつしとれるか?
色々なものを脱皮させよう
ボンドは時間がかかるので不採用。早く乾くうえに安価な水のりを何度も塗り重ねることにする。
さあこれで色々なものを脱皮させよう。
まずは凹凸をうつしとる特性を生かすため、缶チューハイの氷結を選んだ。この缶には小さな三角形がうろこのように並んだデコボコがある。
ごらんください。缶チューハイの脱皮です。野生の缶チューハイは脱皮を繰り返すことで成長をするのです
ワオ! サービスショット!
これが氷結の皮だ。三角の凹凸は皮にはないようだ
手だけでなく、でかいものもいける
メリメリメリ…と皮をはがしていく気持ちよさといったら。いけるか?いけるか?と氷結に声をかけていくボクシングのトレーナーのような気分にもさせてくれる。
そしてついに脱皮。残念ながら三角のデコボコまではうつしとれなかったが、これぞ脱皮というような一枚皮になった。
さてここでもう一つ脱皮させたものがある。これは何の皮だろうか。
これは一体なんの皮でしょう?
鏡餅も松の内をすぎると脱皮をするようになります
複雑な形がスポッと抜けるときもちいい
この鏡餅で問題となるのはみかんの部分のくびれ。いけるか、いけるか、とじりじりと周りをはがしたところで一気にいく……と思わせておいて、一休憩入れる。ふ~っ、ハリウッド。
ハリウッド映画なみのスリルとサスペンス。ミッション・インポッシブルの続編はトム・クルーズが鏡餅に水のりをぬって丁寧にはがす映画になるだろう。
これが鏡餅の皮です。(This is a skin of Kagami-mochi.)
一生の思い出に、掃除機の皮を
ああ、最高だった。鏡餅も氷結も途中でちぎれることなくスポっとぬけてくれて最高に気持ちがよかった。これが脱皮の楽しみだ。
さあ最後は大物にいこう。授業から解放されて時間も金もある今なら、でかいものに挑めるのではないか。
何がいいかなと思って探した結果、掃除機がいいと思った。なかなかのでかさ、そして形状の複雑さ。これはまちがいなく上級だ。
よし、せっかくならこれでいこう。一生の思い出に掃除機を脱皮させよう。
水のりブチャ―とやってはけと手で塗る。ホース部分がめちゃめちゃ塗りにくい
エアコンで部屋の温度を高めにし、扇風機で乾かす。1時間くらいで乾く。繰り返す。
山となったのりの空容器
こんなねちょねちょの掃除機見たことない
掃除機に水のりを6回塗った日が終わって
東京に大雪が降った日、ぼくは家で何回も何回も掃除機にのりを塗っていた。
一番最初に水のりをぬった瞬間に電撃が走る。(……これはこわれるかもしれんな)という不安がシナプスを伝わりニューロンをかけめぐる! ちゃんかあ(母ちゃん)にどやされるどころじゃないぞこれは。
そして10分かけて水のりを塗りおわるとそこにあるのはべっちょべちょの掃除機。これが掃除機か……エイリアンじゃないのか、これは。こんなねちょねちょの掃除機見たことないぞ。
そんな異形の物でも何度も何度も塗り重ねていくと次第にがんばれがんばれと愛着も出てくる。ナイチンゲール症候群だ。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で見た。
6回目の塗りを終え部屋の電気を消す。いよいよ、明日は晴れのデビュー。がんばれよと声をかけるも、水のりをぬった掃除機は「ギョエー!」と鳴きそうな異形感。
とにもかくにも今日はふつうじゃない。
翌朝、できた。6回の重ね塗りを終えた掃除機が今まさに脱皮しようとしている
掃除機の端はどこととらえるか。学者の間でも意見が分かれるところだが、一番オーソドックスな説、口の端とした
いよいよ脱皮がはじまった
そして夜があけてよく晴れた一日。雪遊びをする子供たちの声が窓の外からきこえてくる。さあ、いよいよ掃除機の脱皮だ。
一晩サーキュレーターにあてた掃除機は完全に乾いていた。掃除機の端にドライバーをあて、慎重に慎重に皮をむいていく。
掃除機の脱皮がはじまった
がんばれがんばれ! 馬のお産に立ち会っている獣医のような感覚
至福の時間である
それは幸せな時間だった。
新品のスマートフォンの液晶画面のフィルム程度じゃ物足りないな、もっと全体にフィルム貼っといてくれないかなと思ってた皮むきファンにとってこんな夢みたいな掃除機はないんじゃないか。
全身フィルムに包まれているのである。どこまでいっても終わることのない液晶画面である。
しかもその形状も複雑。こんな難しいもの一体どこまでつづくんだと悲鳴をあげているその顔は満面の笑みである。
ホースは縦にはいかず、5つくらいの溝を束にしてらせん状にはがしとっていく
夢中になっていた。このときはじめて、小学生のころにもどれた。
脱皮をくりかえす掃除機はついに最大の大物、ボディ部に
馬のお産に立ち会う気持ちだ
皮をはがしているのは自分なのだが、だんだんと脱皮を手伝っている気分にもなる。愛着がわいたからか、こんなにでかいものだからか、本当に生き物っぽく思えてくるのである。
脱皮、脱皮、となかば冗談のように言ってきたが、これは本当に脱皮なんじゃないか、そんな風に思えてきた。
がんばれがんばれ、もう少しだ。馬のお産を手伝う獣医のように、掃除機の脱皮を手伝う気持ちになる。いかん、逆子だ。複雑すぎる形状のときは獣医さんも慎重になる。
丁寧に、より丁寧に。がんばれがんばれ。あとすこしだ。
そして30分に一度くらい、集中が切れたタイミングでわれにかえる。なにしてるんだおれは、と。
この電源ボタンをくっきりとれたうれしさ。人生のハイライトがやってきた
大物がとれた。さあこのプレゼントの応募はデイリーポータルZ編集部まで。
そして脱皮を終え、一皮むけた掃除機
掃除機を脱皮させた日
たっぷり2時間半かけて掃除機の皮をむき終えた。
さすがに細かい作業の連続で疲れた。目もつかれたし集中力も切れた。掃除機の皮もベリっと一枚でというわけにはいかず、いくつもの部位に分かれて皮は山となった。
しかし怒涛のようにあふれ出る達成感。成し遂げた、成し遂げた。考えてみれば、こんなに大きなものの皮をむいた経験は今までに一度もない。
ああ、もう一度就職活動ができたなら。あの日書けなかったエントリーシートをびっしり埋めることができたろう。
これが掃除機の皮である
「学生時代の私はテニスサークルのリーダーとしていろいろな大学から集まった仲間をまとめていくことに喜びを感じていました。また、居酒屋のバイトでは誰よりも率先してお客様の気持ちを考えて先へ先へと行動していました。
そして脱皮では水のりを使って誰もやったことのない掃除機の脱皮に成功しました。
とにかく集中して丁寧に丁寧にはがしていけば、どんな複雑な箇所の皮もはがせる。脱皮で学んだ信念を持って御社での仕事もきっと成し遂げてみせます」
ちょっとだけピカピカになった
これこそが大人の趣味ではないか
仲人の家に男が訪ねていく。離婚が決まったことを報告しにいくのだ。仲人の家の居間にはうずたかい黒い山がある。報告の途中、たえかねて男はこの山はなんだときく。
シティボーイズの「ピアノの粉末」というコントである。
ピアノの粉末を居間に飾っていた男の話だ。この話を見たときからいつかそういうピアノの粉末みたいな特別な趣味ができたらいいなと思っていた。そして掃除機の皮ができた。
それはたしかに価値のないものかもしれない。しかしその分、労力が浮き彫りになっているじゃないか。そこにあるのは水のりがかたまったパリパリのフィルムではない。徒労だ。
あらぬ方向への情熱と徒労の山、それこそが大人の趣味というものではないか。たとえばゴルフは適当なとこにポカッと打って「ファ~ッ」と叫んで一日足を棒のようにして歩くのだろう。
ぼくはあまりゴルフを知らないが、この皮をもって「こういうことですよね」とそういう大人の趣味に仲間入りしたいと思う。