市場には無い!
聞いただけで気の遠くなる話だが、わざわざそんな手間をかけてまで食べるということはそれだけ美味しいということだろう。そう考えると試さずにはいられない。ハリセンボンは沖縄では「アバサー」と呼ばれ、少々値は張るものの割と一般的な食材。市場へ買いに行こう。
ハリセンボン類は皮を剥がれた姿で市場に並ぶ。これはやや短めの針が特徴的なネズミフグという種類。
ここで重要なことを思い出した。沖縄の市場で売られているハリセンボンは皆、すでに皮をきれいに剥がされているのだ。
皮を剥いでみると意外なほどボディーの肉付きは貧弱で、代わりに顔がでかい。食べるところが極端に少ないのもハリセンボンの特徴だ。
市場のおばさんに剥いた皮を買い取れないかと尋ねてみた。すると、海人(うみんちゅ)の方が獲ったその場で皮を剥いてから市場へ卸しているため、残念ながら不可能であるという返答をいただいた。
では直接分けてもらうからその海人さんを紹介してくれと頼んでみる。しかし今度はハリセンボンを専門に狙う海人はおらず、その日その日にたまたまハリセンボンと遭遇できた海人だけが獲っている程度なのでそれもあまり現実的でないとおっしゃる。
おお、早くも八方塞がった。
確かに以前に漁港で競りを見学したときも、ハリセンボンはすでに裸だった。
なら自分で獲ればいい
いや、まだだ。一番単純明快な方法が残っている。人に頼らずとも自力で捕獲してしまえばいいのだ。
日が落ちる頃に漁港へ
ハリセンボンを捕まえるのはとても簡単だ。漁港を歩きながら岸際を泳ぐハリセンボンを探し、タモ網で掬ってやればいい。
ライトで照らしてもなかなか逃げない
ハリセンボンはさほど数が多い魚ではないのだが、動きがのんびりしている上に警戒心が薄い。よほど針を使った鉄壁ガードに自信があると見える。そんなわけで探せば意外と簡単に見つかるのだ。ちなみに、ハリセンボンを探すなら夜の方が見つけやすい気がする。
そっとタモ網を水面に入れ、掬うだけ。
とにかくのんびりしている魚なので、掬うのも簡単だ。こちらに気づくとゆ~っくり方向転換して逃げようとするが、落ち着いて丁寧に網を差し出せば、かなりの確立で捕獲できる。
無事確保!簡単すぎる。
今回も小ぶりではあるが、この方法で難なくハリセンボンを数尾キャッチできた。ハリセンボンはやたら身肉が少ないので、このサイズは普通なら逃がしてやるところだ。しかし今回は皮も食べるのでこれでよしとしよう。ちょっとかわいそうだが。
陸に揚げた直後。まだ自分の身に何が起きたのか理解していない様子。
写真を撮っていると、いまさら膨らんで威嚇してきた。違う意味でびっくりだ。
ハリセンボンの顔は角度によってやたら男前に見えたりする。
背後から見ると、シルエットも模様もなおさら魚と思えない。
ちなみに、水や空気を吸って膨らでしまうとすぐには元に戻れない。そのまま逃がすと潜れずに水面をちゃぷちゃぷ泳いで行くのでたいへんかわいい。
身と肝は鍋の具に
獲れたハリセンボンは料理店に持ち込んで皮を剥いでもらい、身と肝を鍋料理にしてもらった。針を抜く作業を考えると、少しでも自分でこなす作業を減らしたかったのだ。要はサボりである。
フグの仲間だけあって、肉と肝の味は絶品。今回は皮が主役とはいえ無駄にはしない。
まず口の周りに切込みを入れて皮を剥いていくのだが、今回はプロに頼んだため手際が良すぎて工程を撮影できなかった。ネット上に詳しいハウツーがたくさんあるので、気になる人は調べてみてほしい。
アバサーことハリセンボンの台湾風鍋
ハリセンボンの肉は火を通すと鶏肉やカエル肉のような歯ごたえと味に。左の野菜はシカクマメ。
肝。ウマイの一言。
シメはラーメン!スープにアバサー出汁が効いてて最高。
湯に通してから針を抜く
さあ、遊びは終わりだ。ここからが本番だ。ついに料理店で剥いてもらった皮と対峙するときだ。いや、退治するときだ。
ぱっと見だけならまあ何とかなりそうな気もするが…
ハリセンボンの針は鱗が変化したものだという。しかし包丁でこすっても落とせない。
と言って力づくで引っ張っても抜けない。実は皮膚に埋まっている根元にスパイク状の突起が付いており、正攻法ではどうやっても除去できない構造になっているのだ。
ハリセンボンの針。根元のでっぱりが皮膚の内部しっかり埋まっており、引っ張っても抜けない仕組み。本当に抜けない。
ならばどうするか。針自体はどうしようもないので、スパイクが食い込んでいる下地を柔らかくすればいい。湯通しするのだ。中国語のサイトで調べた…わけではないのだが、台湾での主な調理法も湯引きだというし、おそらくこの方法で合っているはずだ。
剥いた皮が生前の姿を取り戻す
というわけでフグ皮の湯引きのレシピを参考に数十秒茹でてみる。すると予想外の現象が起こった。
おや?ハリセンボンの皮の様子が…?
加熱された皮が縮み始めた。ここまでは想定内だが問題はその後である。
生皮一枚から生前の姿へと復活を果たした。これを奇跡と言わずして!ずいぶん小さくなってしまったが。
冷水で締める頃には皮が元のハリセンボンの形に戻ってしまっていた。いや、かなり生前より縮んでしまっているし、目も口も無いのっぺらぼうではあるが、それでも一瞥した程度ではもぬけの殻の薄皮一枚とは信じがたい有様だ。
魚を料理しているとき、こういう発見があるととてもうれしい。
元に戻る過程の詳細は動画でどうぞ。
裏側から抜くのがコツ
サッと火が通ると、頑丈だった皮も一気に柔らかく、そして脆くなる。とはいえ、単に先端を引っ張ってもスパイクのせいで針はなかなか抜けてはくれない。無理にぐりぐり引けば抜けないこともないが、皮が破れたり針が抜けた後の穴が大きくなってしまい見栄えが悪くなる。
湯通ししてもなお表からの引張りにはそこそこ耐える
そこでスパイクが干渉しないよう、皮を裏返して根元のほうから抜いてやることにした。
皮を裏返してテンションをかけると、例のスパイク状突起が透けて見える。これを骨抜きでつかんで引っ張る。
ずぽぉ…ときれいに抜けた!快感!!
この作戦が功を奏し、スローペースではあるが着実に針を抜けるようになった。だが敵は数の暴力でこちらを苦しめてくる。抜いても抜いても終わらないのだ。だがここからは小細工の使いようも無い。根気の勝負だ。
抜いても抜いても抜いても抜いても…。抜けども抜けども抜けども抜けども…。
中学か高校生の頃、テレビ番組でハリセンボンの針は1000本じゃなくて実は350~400本程度しか無いという話を聞いた。「何だよ、意外と少ないな~。誇大表記じゃん。」と思ったものだが、今こそ考えを改めたい。400本でも十分多い。多すぎる。やってられない。
初公開、ハリゼロホンの皮。目立つ大きな穴は表側から無理やり抜いた際に開いたものと胸ビレの跡。
3時間以上はかかっただろうか。ようやく特に小さな二尾を丸裸にできた。ここで完全に精根尽き果てた。もうこれ以上は無理だ。味見するには十分な量だろう。残りの皮には一旦冷凍庫へ戻っていただいた。
美味い!美味いよ?美味いけど…。
さあ、いよいよ待ちに待った試食である。努力の結晶である皮を刻んでネギともみじおろしを添えればハリセンボンの皮の湯引きの完成だ。
一手間どころか四百手間はかかっている湯引き。
透き通っていてとても美味しそうだ。
さっそく添えた薬味とポン酢で食べてみる。これだけ頑張って不味かったらどうしよう…。
あー、なるほど。確かにイケる!
…美味しい。特に味らしい味や匂いがあるわけではないのだが、食感が良い。プリプリしてクニクニした、いかにも「コラーゲンの塊です!!」という食感はなかなか心地良い。
なんだろう。上品というか「オツ」な食べ物だなという印象を抱いた。
でもこの程度なのか?と言う思いも大いにある。だって目茶苦茶な手間をかけたのだ。ちょっとの美味しい!やそっとのデリシャス!では割に合わない。悪あがきとして湯引き以外の料理も模索してみたい。
加熱しすぎると溶け去る
というわけで中華炒めの具にしてみることに。
だが、鍋に皮を投下した瞬間にその選択が間違いであったことに気づいた。
炒めると溶ける!
みるみるうちに溶けていく!冷静に考えれば想定できそうなものだが、このときはあまりに疲れていたのだ。急いで火を止め、皿に盛る。
これくらいトロトロになれば針を除くのも簡単だろうな。残りの皮は煮こごりにでもしてしまおうか。
炒めた皮は流れ出しそうなほどに溶けてしまっており、食感も何もわからなくなってしまっていた。分厚く頑丈で手ごわい皮だったが、加熱しすぎると溶けてなくなってしまうようだ。なるほど、道理で現地のレシピを調べてもほぼ湯引きしか出てこないわけだ。
美味しかったけど、もう作らない
針を抜いたハリセンボンの皮は美味しかった。確かに美味しかった。だがまたあの作業を繰り返してまで口にしたいとまでは思えない。おそらくもう二度と国内でハリセンボン皮の湯引きを食べることは無いだろう。沖縄の水産試験場が種無しブドウよろしく針無しハリセンボンを開発してくれれば話は別だが。
沖縄の漁港には巨大なガンガゼ(毒ウニ)の一種が多い。こいつの針は何本あるんだろう。