板垣退助の百円札みたい!
名刺……なのだが、どうみても「お札っぽい何か」だ。
しかも、よく見ると緻密な彩文(曲線を組み合わせた幾何学的模様)、額面や発行元の書体など、デザインの端々から、てきとうにつくったものではないという本気さがじわりとにじみ出ており、作者のお札に対する「いつくしみ」や「尊敬の念」というものがビンビン伝わってくる。
「森翔太印刷局製造」や記号の書体がそれっぽくて震える
これは相当なお札好き(お金好きではない)に違いない……。
駄菓子屋でよく売っている、お札のデザインをそのまま流用して文字だけ子供銀行券に変えたようなオモチャとは一線を画した「それっぽさ」に、ぼくすっかり惹かれてしまった。
これはぜひ会って話を聞きたい
これらの「架空紙幣」を制作したのは都内在住の会社員oloさんだ。
わざわざ作品をもってきてくださったoloさん
話をうかがう前に、まずはその「架空紙幣」のいくつかを見ていただきたい。
二千円ではなく、偽円。昭和初期ごろの紙幣っぽい
現在日本で使用されている紙幣をイメージした「誤万円」
「ワンダーランド銀行券」ふしぎの国のアリスをモチーフにしている
ヴェリスト中央銀行券 5000ヴェスメ紙幣。
キャエルーラ国立銀行券 20000スカラ紙幣
カリオストロ中央銀行券 1000カリオストロリラ紙幣
ネクターレ連邦銀行券 1000アルメント紙幣
プチ銀行券 5000テクス
めくるめく架空紙幣の数々。ここにあげたものはほんの一部である。
それぞれに「これはアフリカの国っぽい」とか「あの映画がモチーフでは?」などという想像がどんどんふくらみ、とても楽しい。
特に、最初にあげた日本風の架空紙幣は、パラレルワールドの紙幣のようで見てるとワクワクしてくる。
しかも、潜像風の模様まで再現されているのだ。
傾けると「1000」の文字が浮かび上がる「潜像模様」風の模様も再現
「誤万円」の潜像風模様
潜像とは、お札をかたむけて見ると、インクの盛り上がりによって「1000」「NIPPON」などの文字が浮かび上がって見えてくるというあれだ。
架空紙幣は傾けても文字は浮かび上がらないが、線の幅を微調整することによって、正面から見てもなにか文字が書いてあるかのように見せている。
潜像の仕組みを理解してないとできない技だし、相当すきじゃないとこんなこと思いつかない。
oloさんとは一体どんなひとなのか?
「美しい印刷物」としてのお札
oloさんは以前より様々な「架空の紙幣」をデザインし、ネット上で発表している。そのおかげで、最近は様々なところから架空紙幣デザインのひきあいが多いという。
いったい何のため、どうやって作っているのか?
ロケーションのせいで怪しい雰囲気になってしまったが、普通の好青年です
ーー潜像や文字の書体のそれっぽさに驚いたんですが、これはすべてご自分で描いてらっしゃるんですか?
「すべてではないです、一部ですね。基本的にフリー素材などを組み合わせて作るんですが、細かい潜像模様や書体などは自分で作ることが多いです」
ーーそもそも、なぜ架空の紙幣をデザインするようになったんですか? もちろん、お好きだからなんだとは思いますが……。
「最初のきっかけは、4歳ぐらいのときにいとこからもらった「お金と切手のひみつ」という本なんです」
すでに絶版になって久しく、古書店でもなかなか手に入らない
ーーあ、学研のひみつシリーズですね。ぼくもその本大好きでしたよ。
「もう手元にはないんですが、何回も繰返し読みました、で、その本に載っていた聖徳太子の1万円札を見た時に衝撃を受けたんです、こんなに美しいデザインが印刷された紙は見たことがない!と」
olo少年が衝撃を受けた聖徳太子の「壱万円札」(「知育アルバム04 世界のお金200」講談社より)
ーー紙幣のデザインに魅せられた?
「そうです、で母に「これが欲しい」とねだったんですが、ダメでした」
ーーお金ですからね……。
「あと、当時はすでに福沢諭吉の1万円札に代わっていて、聖徳太子の1万円札はもうないって言われたんです」
ーーなるほど。
「でも、昔の千円札、伊藤博文ならあるっていうんですが大事なものだからって見せてくれないんです。夏目漱石とどこが違うか見比べるだけだからって言って、やっと見せてくれて」
ねだった末にようやくみせてもらった千円札(「知育アルバム04 世界のお金200」講談社より)
ーー親としては小学校に上る前の子供にお札をねだられたら、ちょっと心配になりますね。
「ですから、子供がお金のことを考えるのはあまり良くない。というようなことも言われたんです、でもそのうち『どうやらコイツはお札の貨幣価値ではなくて、お札の模様が好きらしい』ということがわかったみたいで、貸して見せてくれるようになりました」
ーー良かった!
「本当は手元に置いておいてずーっと眺めていたいんですが、そういうわけにいかないので、お札を模写しはじめたんです」
ーー鉛筆でですか?
「そうです、最初は新聞のチラシの裏にトレースして描いたのが最初でした、それ以来お金を借りてはトレースするという毎日でした」
夏目漱石の千円札を何度もトレース
ーー子供らしい情熱ですよね。
「納得行くまで何回も模写しました、お札を借りては眺めたり、模写して返す、そんなことを繰り返すうち、五百円札を模写したものを友達にあげるようになったんです」
ーー1ランクステージがあがった感じしますね。
「まあ、子供が鉛筆で模写したものですから、たかが知れてますが、たいていの友達はよろこんで受け取ってくれるんです。でも、中には『いらない』といって受取を拒否する子もいるんです」
模写のレベルが低かった? (「知育アルバム04 世界のお金200」講談社より)
ーー本物じゃないから?
「うーんどうでしょう? そこで、私は『彼はなぜこの五百円札(模写)を要らないと言ったんだろう? 何が不満なんだ?』と考えるんですが『それは模写のレベルが低いからだ、もっと完成度をあげないと!』と思い至るようになるんです」
ーー完全にそっち視点なんですね
「ただ、完成度を上げると言っても鉛筆では限界があるんですよ、主線をどこに引くのかとか……そのうち、模写には興味を失って見る専門になってしまいました」
お札にとどまらない「再現することへの興味」
oloさんは、基本的に自分では手に入れられない、公的な権威のある印刷物を模写するのが好きなのだという。
ーー見る専門になったのは何歳ぐらいなんですか?
「小学二年生ぐらいですかね? ただ、それ以降はテレビの刑事ドラマに出てくる警察手帳を工作用紙で作ったりしてました、テレビドラマでチラッと写る瞬間にビデオを一時停止してよく観察して自作するんです」
ーー涙ぐましい努力ですねえ
「当時はドラマで写ったものをそのまま信じて再現してたので、警察のマークの下に『警察手帳』なんて書いてましたけど、ほんとは大阪府とか神奈川県みたいに都道府県の名称が入るんですよね、昔の警察手帳は」
ーーそうなんですか。
「ただ、中学生ぐらいですか、もっと重要なことに気づくんです」
ーーなんですか?
「『これ、犯罪かも?』って気づいたんです」
--あぁ、気づいちゃった。
「で、高校生の頃にはやめたんです」
自分の趣味を突き詰めていくと、法律という壁につき当たることを感じたolo少年。そこで自らの「好きなもの」を封印してしまうのだが、パソコンとネットの存在がその封印を解く鍵となる。
架空紙幣はどこまでがセーフなのか
ーーパソコンで架空紙幣を作るようになったのはいつ頃からなんですか?
「1年ほど前なんですよ」
ーーえ! 最近ですね!
「そうなんです、最近はもっぱら架空の国の架空の紙幣を制作してます」
外国の紙幣と架空紙幣、並べるとどっちがほんものなのか区別がつかない(右側のお札が外国の紙幣)
さて、ここで気になるのは、架空紙幣はどこまでがOKでどこからがアウトなのか? ということだ。
ーーさっき、中学生の頃に「犯罪かも」と気づいたと仰ってましたが、架空紙幣を制作する上で気をつけていることってありますか?
「基本的に『お札に見えるもの』を作るとマズいことには変わりないんです、ただ明確な線引がないので、警察や裁判官の印象次第になっちゃうんですよ」
--確かに、ただ趣味で作ったものと、悪用しようとして作ったものの線引は難しそうですね。
「だから、あきらかに誰の目にもみても本物のお金じゃない。ということがわかるように、金額を実際にはありえない0000にしたり、裏側をメモ帳にしたりとかの工夫はしてます」
最近の紙幣の特徴とは?
--しかし、架空の紙幣だとわかってても雰囲気が伝わるのはすごいですね
「デザインに関して言えば、最近の日本の紙幣は透かしの入ってる空白の部分が真ん中にあるのが特徴なんです」
え、そうでしたっけ? と思ったら資料の書籍を見せてくれた。
今のお札(「知育アルバム4 世界のお金200」講談社より)
昔のお札(「知育アルバム4 世界のお金200」講談社より)
真ん中に透かし用の空白があるので最近のお札っぽい
模様がみっちり詰った感じが昔っぽい
ーーあ、たしかに。昔のお札は透かしの入ってる空白がないですね。
「ただ、これも外国の紙幣になるとまたデザインのロジックが違ってくるんです」
「もちろん例外はたくさんありますが、紙幣の特徴として、横長、四辺に余白がある、算用数字が四隅にある、だいたい左右対称といったような点を踏まえてデザインすると、お札っぽくなるんです」
なんだか、人間の特徴に「呼吸してる」とか「定期的に寝る」ってこたえるような話だけど、お札のお札っぽさなんて考えたことないのでへぇと思ってしまう。
ちなみに見せていただいた資料の書籍は「知育アルバム4 世界のお金200」という本だ。子供向けの絵本だが、680円ほどで世界の紙幣を網羅的に見ることができるのでとても便利だ
巷にあふれる似せ札はどうか?
ところで、ぼくは以前よりお土産物屋や雑貨店などでよく売っている、お札っぽい物を「似せ札」と呼んで少しづつ集めていた。
せっかくなのでこの機会にoloさんに見ていただくことにした。
全部「似せ札」です
ーーぼくもお札に関しては以前より興味があって、ただ自分で作るというよりも、コレクションするという方向に行きがちなんですよ、で、こういうお札っぽい物、似せ金って勝手に呼んでるんですけど、集めてるんです
「あぁ、なるほど」
ーーこれ、ダイソーで売ってた子供銀行券なんですけど、oloさんから見てどうですか?
なぜか2種類の大きさがあるお金持ちセット
「これ「国立印刷局製造」ってそのまま使っちゃってますね、国立印刷局製造を名乗っちゃだめですよね」
あちゃー、見つかっちゃったか!
ーーやはりそういうところ、気になりますか。
「そうですねぇ、あとこの「総裁之印」ってやつ、流通印って言うんですけど、そのまま使っちゃってますね」」
ハンコもそのまま使ってる
ーーたしかにこれはデザインとしては「日本銀行券」となってるところを「子供銀行券」に変えただけですね。
「まあ、大きさも紙質も全く違いますし、子供のおもちゃなので問題になることはないと思うんですが、やり方としては架空紙幣よりもよっぽど悪質ですね」
子供のおもちゃといえども手厳しい。
ーーこれなんかどうですか? ユーロ紙幣とドル紙幣を模した紙ナプキンなんですけど。
お札風紙ナプキン
「これも、どうなのかはわかりませんが、もし財務長官のサインそのまま流用してるとしたら、マズいですね」
アメリカ財務長官のサイン、日本のお札の「総裁之印」のようなもの
いずれにしろ、似せて作るのであれば、そのまま流用するのではなく、ちゃんと作り変えたほうが良いということだ。
ただ、万札の裏がトランプになっているという「札束トランプ」は評価が違った。
ハイパーインフレトランプ
「この「総裁之印」をいちいち「総裁偽印」と篆書っぽく改変してあって、よく出来てますね、記番号もNISE4649になってますし」
確かに偽という字に改変してある
札束トランプ、子供銀行券よりも流通印の改変や記番号のダジャレ等、一手間かかってる感じは好感持てる。一手間とか、食べログの寸評みたいになってしまった。
紙幣に貴賎はない
最後に、日本の紙幣と外国の紙幣と、好きなのはどちらが好きですか? と聞いてみたところ、少し悩んで「……どちらも好きですね」という答えを頂いた。
紙幣に貴賎はない、とのことらしい。円もドルもユーロも元もウォンも……どんな紙幣も素晴らしくカッコイイ。紙幣博愛主義である。
みんな使ったこともないのに、不当に「使いにくい」とのレッテルを貼られてしまい、活躍の機会が失われている二千円札に関しても「あれはおかしいですよね」という意見で一致した。
我が意を得たりの心持ちであった。
個人的にデザインが好きな紙幣をあえて一つあげるとしたら……古いブルガリア紙幣らしい