まずは現物をみてほしい
くどくど説明するよりも、まずは現物をごらん頂いたほうが早いかもしれない。
取材のあとで作ってもらいます
ゆでたうどんを別盛にして、きのこや油揚げ、豚肉が入ったちょっと濃い目のつけ汁につけて食べるものだ。
こんなうまそうなうどんを消防士さんは毎日食べているというのだ。
消防署だからこそ「うどん」
やって来たのは神奈川県川崎市の川崎消防署。「消防うどん」はこの消防署で食べられているらしい。
主に川崎駅前の繁華街が担当地域だそうです
厚かましいお願いにもかかわらず、対応してくださった消防士の野田さんと高司さんはまだ若い。
ふたりともおそらくまだ20代前半ぐらいの好青年だ。うっかり年齢を聞き忘れたが、肌のハリとツヤが私のような30代のそれと明らかに違うのでわかる。
取材に対応してくださった野田さんと高司さん
まず聞きたいのはなぜ昼食に「うどん」なのか? ということだ。昼休みの食事であれば各々が好きなところにいって好きなものを食べればいいのではないか?
「なぜうどんか? のまえに、消防署は緊急に出動しなければいけないことがあるので、勤務中は消防署外に外出できないんですよ」
そうだった。このひとたち、消防士だ。
119番通報が入ってるのに、OLのランチみたいに「ただいま食事に出かけております、帰ってから折り返しましょうか?」というわけにはいかない。
「(川崎消防署では)外出できない職員のために、希望者から昼食費を徴収して、昼の休憩時間に希望者が交代でうどんを調理しているんです」
したがって、昼食の調理は職務ではなく、自発的な活動なのだそうだ。
調味料や乾麺など、数週間は持つよう食料が備蓄してある
「で、なぜうどんを食べるのか? に関してはいくつか理由がありまして……まずは保存が効くという点があげられます」
消防うどんに使ううどんは乾麺のうどんを使っている。このうどんは、ふだん昼食で食べるほか、万が一、災害時には消防士が自給自足して救援活動をするための備蓄食料となっているのだ。
乾麺のうどん(イメージ)
「ほかにも、食べている途中で緊急出動となった場合、うどんを別盛にしておけば帰ってきてから食べても麺がのびてなくていいというのもあります」
いつ何時、出動しなければいけないかわからない状況では「つけうどん」という選択がベストだったのだ。
川崎市内から119番された通報はこの消防指令センターで適切に処理される
材料はスーパのチラシを見て買う
ーーうどんの材料ってのは誰が買いに行くんですか?
「地元のスーパーに協力していただいて、持ってきてもらうんです。だからスーパーのチラシをちゃんとチェックして、安い食材を買うようにしてるんですよ」
棚の扉にはチラシが貼り付けてある
消防署でスーパーの特売チラシを発見するとは思わなかった。ファイヤーファイターという、豪快でかっこ良すぎる英語名と特売チラシのギャップは否めない。
味のバリエーションは多い
ところで、毎日うどんだと味に飽きてしまうようなことはないだろうか? その辺をきいてみると「味はけっこうバリエーションがあるんですよ」といって「食事ノート」を見せてくれた。
あらやだカワイイ
ーーこれはレシピを記録しているんですか?
「レシピというか、朝昼晩の賄いに、どんな食材をどれぐらい使ったかとその金額を記録してるんです」
昼の部分を見てみると、確かに「うどん」に混じって「パスタ」や「ラーメン」もある。
「うどんしか食べない」というわけではないのだ。
テレビでみたときは毎日々々来る日も来る日もうどんをズルズルすすっている感じにみえたが、そんなものはこっちの勝手な思い込みの印象でしかなかった。
「土日はうどん以外の麺類が出ることが多いんです」
やはり乾燥状態で長期保存できるような麺類に落ち着くあたりはおもしろい。
中には……
ーーよくみると、うどんの味にもバリエーションありますね
「そうです、サバ缶を入れたサバうどんなんかはわりと人気ありますよ」
普段は豚肉入りの肉うどんが多いのだが、豚肉の値段が高い時は生姜とサバを入れた「サバうどん」の時もあるらしい。
使った食材がびっしりと書き込まれている
ーー味付けは醤油以外にもある?
「カレー味や味噌味などもありますよ」
「保存がきいてのびないから」という、あくまで実用本位の理由で消防署内で食べられていたつけ麺うどんは、やがて消防署という閉じられた世界の中にあって、その味のバリエーションを着実に増やし、独自の進化を遂げて「消防うどん」となった。
中国から輸入されたお茶が、日本という国の中で「茶道」にまで発展したような、文化といわれるものの発生の瞬間を目の当たりにしたような気がする。
レシピは特にない
ところで、やはり気になるのは「レシピ」だ。これをうまく訊き出すことができれば「消防うどん」を家庭でも再現できる。
ーーところで、うどんのレシピってのは決まってるんですか? 醤油どれぐらいでみりんはどれぐらい、のような……。
「いやー、ないですね」
ーーえ? ない?
「ないです。だいたい、色とにおいと味を確かめて、だいたいこれぐらいかな?って調整しながらやってます」
「消防うどん」にはこれといったレシピは、ない。
レシピはないでーす☆
……ただ、ないといわれてそのまま引き下がるのもちょっとくやしいので、実際に作っているところを見せていただいた。
本日のメニューはスタンダードな「豚肉入り消防うどん」だ。
食事ノートに記載されていたメモによると、つけ汁に投入する食材は「豚コマ」「さつまあげ」「油揚げ」「しめじ」「えのき」「しいたけ」「長ネギ」「ニラ」「玉ねぎ」である。
材料はこれ
まずは食材の下ごしらえである。当番の人たちが集まって食材を切る。あれよあれよという間に食材が切られていく。
みるみるカットされる野菜
目の前で、手ぎわの良さの見せ物が行われているかのようなキビキビした動きに目を見張った。
こういった「手ぎわの良さ」は消火活動や救護活動にも通じてるんだろうなと思うと、目の前の若者たちがきゅうに頼もしく思えてきた。
その次は鍋に食材を投入し「醤油」「みりん」「料理酒」「砂糖」「うま味調味料」で味付けを調整しながら煮るだけである。
油揚げの湯通しとか豚肉を炒めるみたいな、まどろっこしい下処理はやんないのだ。
ぐつぐつ煮るだけ
油揚げの湯通しなんてあれ、つねづね意味あんのか、油ついててもいいじゃねえかと思っていたのだけど、べつにやんなきゃやんなくてもいいんだなという、勇気をもらった。消防うどんに。ありがとう。
そうこうするうちに、うどんが茹で上がった。
ものすごい量のうどんが茹で上がった!
うまそう以外の感想がでてこない
テキパキとお椀にもられる
さらに盛られるうどん
当番全員でもって次々と皿に盛られていくうどんとつけ汁……。
完成!
オリジナリティに富んだ食べ方
ラー油はほぼ全員かけてたべていた
出来上がったうどんにはお好みで、薬味の揚げ玉、ニンニク、おろし生姜、ラー油、食べるラー油などをかけて食べる。
特に、ラー油と食べるラー油はある署員が自宅で作ったという自家製だ。薬味のかけ方は様々で、つゆに直接入れるひともあれば、麺同士がくっつかなくなるという理由で麺の方にかけるひともいた。
麺に直接かける……そういうのもあるのか
ちなみに、救急隊のひとは患者やけが人の人が気分悪くならないように、ニンニクを入れないらしい。
うまい
「取材の方も、ぜひどうぞ……」この言葉を待ってたかのように「い、いいんですか? ありがとうございます!」と、わざとらしくお礼をいって出されたうどんを食べることに。
初心者なので、つゆの方にラー油を……
ラー油かけ過ぎたか(でもうまそう)
うめー!
甘みの強いつけダレに、野菜やきのこの風味、肉のコクが合わさってじつにうまい。ラー油もいいアクセントになっている。
若干、うどんにつゆが絡みにくいかなと思うところもあるが、具といっしょに食べればまったく問題ない。
撮影係として同行してくれたライター地主くんも満足
具の種類が多いので、味が込み入ってて食べてて飽きることがない。たしかにこれであれば、ほぼ毎日食べても大丈夫だ。と同行してくれたライター地主くんも言っていた。
昔からずーっとうどん食ってる
ベテラン消防士の富樫さん
昔からうどんくってるぞ、というベテラン消防士の富樫さんにすこしお話しを伺った。
ーー消防署でうどんが食べられるようになった経緯はわかったんですが、いつ頃からなんでしょうか?
「さぁ、私が消防士になったころはすでにうどんだったからなあ、だから、すくなくとも40年以上になるんじゃないか?」
ーー40年ですか……ほぼ、ぼくの年齢です。
「聞いた話によると、もともとは東京消防庁で食べられていたものがこっちに伝わって、それで食べるようになったというような話を聞いたことがある」
ーー消防署同士、横のつながりがけっこうあるんですね。
「ただ、今でも東京消防庁でうどんを食べてるかどうかは知らないけど、さらにその前は「武蔵野うどん」が元なんだろうね」
ずーっと昔からうどんくってるぞ
ーーたしかに「武蔵野うどん」って具の多いつゆにうどんをつけて食べますね。
「やっぱり、味は作る人によって微妙に違ってくるね、若い子が作ると濃い目になるし、ベテランが作ると薄味なんだよー、ハハッ」
商売しているうどん屋であれば「味にムラがある」という話になってしまうわけだが、消防署の賄いなのでそこは「作る人の個性が味に出る」という長所になる。
食べ終わったら皿を洗う
もちろん、うどん屋ではないので、食べ終わったあとの皿は各自が洗わなければならない。
皿洗いは手慣れたもんです
うどんの調理から後片付けまで、一貫してすべて消防署員の自発的な活動によって運営されている「消防うどん」の賄い。
これは災害派遣のさい、現地の食料に頼ること無く自己完結した支援活動をするさいに役立っているのだという。
正午に調理開始し、お昼休みの終わる午後1時にはだいたい食べ終わるという手際の良さ
さて、消防署で消防うどんをごちそうになった。
「レシピはない」と言われたものの、だいたいの作り方は分かった。ぜひ自宅で再現してみたいと思う。
家ではサバうどんを再現してみることに
消防署で食べた消防うどんがとてもおいしかったので、作り方を思い出しながら消防うどんを再現してみたい。
消防署では豚肉の消防うどんを食べたので、家ではサバ缶いりの消防うどんを作ってみることにした。
豚肉もいいが……ここはサバ缶で決めよう
材料はニラ、長ネギ、玉ねぎ、油揚げ、さつま揚げ、しいたけ、しめじ、えのき、サバ缶、生姜。
分量はすべて目分量だ。
それぞれの食材を食べやすい大きさに切る。
えのきは適当にほぐす
長ネギは食べやすい大きさに……
切り終わった材料は水を適当に入れた鍋の中にどんどん投入する。
うまみの出そうな食材から入れていった
何も考えずに鍋に材料をドバドバ投入するのはある種の快感を感じざるをえない。なんかきもちいい。
サバの水煮を汁ごと投入
サバ缶を投入するタイミングがよくわからなかったけれど、千切りにした生姜と一緒に野菜とともに投入。よかったのだろうか?
味付けが難しい……
さて、材料を鍋に投入し終わったところで今度は味付けである。材料の投入と違い、これがいささか難儀した。
まずは醤油を……
調味料は、醤油、みりん、料理酒、ほんだし、砂糖。
まずは料理酒、醤油、みりんを同量ずつ追加してみる。しかし、甘さが足りないので砂糖を大さじ3杯分ほど追加。すると、今度は塩味が足りないので醤油を追加……甘みが足りないのでみりんで調整……。
あちらを立てればこちらが立たず……という状況でどんどん汁の色が濃くなる。
こんなもんかしら……
記憶にある消防うどんの味を思い出しながら行き過ぎないところで味付けを止める。
玉ねぎと長ネギがしんなりし始めたらニラを投入して少し煮る
こういうのでいいんだよ、こういうので
果たして、味は消防署の消防うどんに近づいたのか……。
麺をつけて食べる……
髪型が鳳啓助みたいだけど、うどんはうまい
自家製消防うどん、自画自賛で申し訳ないのだが、うまい。
サバのうまみが生姜や野菜の風味と合っており、醤油味のつけ汁もしつこくなく、具の味を際立たせて正解だ。
「消防うどん」の再現率としては、9割5分ぐらいまでは近づいたのではないだろうか?
もう少し砂糖が入ってても良かったかもしれないが、そのへんは好みだ。
しかし、こんなに適当でいい加減な作り方でも、そこそこおいしいものが出来てしまうのが消防うどんのすごいところである。
各々の好きな味付けでどうぞ
以上、消防署でごちそうになった「消防うどん」を自宅で再現してみた。
買ってきた材料をすべて使ったため、ものすごい量のつけ汁が残ってしまった。この後、2日かけてすべて食べきった……。自宅で消防うどんを作る際は量に注意だ。
消防士のみなさんの明るい部活のような雰囲気がまぶしかった……若いっていいですね
せっかくなので、クックパッドにぼくの作った消防うどんのレシピを載せておきます。今後、自宅で作りたいとおもった方はぜひ参考にしてください。
クックバッド→消防うどん