下山だけしたい
「もうね、あれなんですよ。いきなり富士山の頂上にいるわけですよ」
「でね、その事には一切触れずにひたすら下山の行程をですね…」
ノリノリで企画の概要を説明していた筆者に編集部からアイスピックでぶっさり刺すような指摘が入った。
「それ頂上へはどうやって行くんですか?」
「いや、そりゃ登るんですけど…」
「登るんですか?登らずに降りてこそ下山家じゃないんですか」
「いや…そりゃそうですけどそんなことが…」
可能だった。富士山の5合目から。
バスで5合目まで行って下るだけ。これだ。下山家の第一歩だ。
こんな中腹まで行ってくれるんですよもう。
あえて車道を選択。
一口に5合目と言っても、山梨県側からのアプローチとなるスバルライン、静岡県側からとなる富士宮口、須走口、御殿場口(新5合目)など、様々な5合目がある。
ネットで調べてみると、さすがは我が国の象徴、世界からみたら世界遺産。1~5合目も良質のハイキングコースとしてトレッキングを楽しんでいる方々が結構いる。
御殿場駅。我が山は世界遺産なりき。
その中でもあまり話題になっていないコースをあえて行こうと設定したスタート地点は御殿場口。もっとも標高が低い5合目である。
駅前にスタルクみたいなのがあった。
ここから御殿場駅まで下山する。駅で聞いたら「え、新5合目からここまでですか?バス通りなんでまあ車道ですよ」との事。のぞむところだ。車道で下山。距離にすると約16~7km 時間にして約4時間程だという。
「車に気を付けてくださいね」と言われた。山に行く趣ゼロ。 まず御殿場が楽しい。
前日の午後、御殿場入りし、アタックに向けて作戦を練る。
まあ、近隣をぶらぶらしただけだったのだが、観光協会の事務所で「感動証明書」がもらえる事や、御殿場市役所がやたらかっこいいということがわかった。
駅前の観光協会でもらえます(無料)おそらくこの記事で一番役に立つ情報です。
全然ファッションじゃない。
今にも成層圏へむかって飛び立ちそうだ。
乗り遅れると11時過ぎまで次のバスが出ない。
なんか山というか坂道だなと思いながら車窓を流れる景色を眺めていたらある高さから突然、道の両脇を林が覆い尽くす。
普通に緩斜面の住宅地
がらりと林。自衛隊の演習所なんかもありますね。
低い5合目からスタート!
木々の間に見える黒い砂礫の地表がああ、富士山の登山口にやってきたのだと気が引き締まる。
まあ、ここから下りる、つまり引き返すんですが。30分程バスに揺られ、新5合目に到着。
いわゆる5合目と違ってこじんまりとして閑散としている。
日本初スキーの地。エゴン・フォン・クラッセルがスキーを「した」別にスキーの普及に努めたりしたわけではなく、滑っただけのようだ。
標高は1440m。他の5号目たち(約2000~2400m)よりぶっちぎりで低い。つまりここから登るのはきつい。私は下りる。これが私の人生だ。
余裕しゃくしゃくでしたね。この時点では。
この靴に履き替えて!
下山専用靴がアツい!
装着!
歩き出す前にいきなり阿呆のように取り出した履物はいったい何か。
この度、下山を快適にするために開発された「下山靴」である。
かかと用の靴底を
クッションゴムを挟んでつま先に接着
プラ板で靴底を囲い、一心不乱に補修剤を流し込みます。
グロテスクに乾いたら出来上がり。
カルビーのピザポテトにとろりとチーズをつける「メルトフレーク製法」にヒントを得て開発された(うそ)マッシブソールを搭載し、下り斜面に最適化された、要するにつま先が厚い靴だ。
これで私のようなおっさんの足腰を悩ます斜面の角度をチャラにして、平地のように、軽やかに山を下るのだ。それが下山家というものだ。
しもやまけと読まないでほしい。
一見、ラバーソウルだ。目を凝らすと気付く異形さ。
お、意外にいい!
思わず意外にとか書いてしまったが、これを作った時はいろいろ想定されすぎるトラブルがそれはもう恐ろしくて当日まで試用できずにいたのだ。
ちょっとわかりにくいが…
ほう、これはなかなか…
坂道に立っているのに足首の角度は水平近くに矯正され、歩く度に生じる頭で認識している角度との違和感。快適というよりも、かってない感触の面白さに夢中になる。
思わず荷物を置いたまま身ひとつでほいほほいと歩を進めてしまい、いっけねーと微笑ましくリュックを取りに戻ろうとした時、うねるように突然やってきた。デメリットが。
デメリットその1:登りにちょう弱い。
ぐおお、登れん。
振り向いた途端にさっきまで従順だった角度が牙を向いておそいかかってきた。なんで今更そんな事に気付いたのか。拷問のように反り返ったつま先。
しゃべります。なんでもしゃべりますから!
硬直した私をすぐ下の駐車場から歩いてきた老夫婦が怪訝な顔で見つめながら追い越して行った。
うう… 荷物よ
角度よ…
諸星大二郎の漫画に似たような設定があったが、登ってくるスリにすれ違いざまに財布を盗られたらまず取り返せないな、などと妄想しつつやっと荷物にたどり着いたのだが…
デメリット2:かさばる。
これを脱ぐわけなんですね。
で、持ち運ぶわけなんですね。
のっけからいろいろ忙しいが気を取り直してレッツ下山。
急斜面になると楽になる
下山といってもずっと下っているわけではなく、緩斜面になったと思いきや若干登り坂になっている事もある。そんな時はそうさ
ムーンウォークさー
ぐりんぱ→ノスタルジー→コース変更
最初に書いた通り、このままバスで通って来た道を下ってゆくつもりだったが、行きのバスのから見えたこの看板が気になっていた。
ぐりん..ぱ…?
歩き始めてから撮り直したもの。たしかにぐりんぱと。
富士山2合目の遊園地「ぐりんぱ」である。富士山麓にこんな遊園地があったなんて知らなかった。
と思ったらここ昔の日本ランドか!子供の頃、はじめてスキーをしたのが日本ランドだった。こけにこけまくった上に早々にスキーが壊れて、スキーの面白さを1ミリも理解できないままレストハウスのロビーでゲームをしながら大人達の帰りを待っていた。
今調べたらたぶんそのゲームは「B-WING」というやつだ。それにしてもざっくりした名前だな日本ランド。琴欧州か。
あの頃はまったく場所の感覚がなかったがこんな所で再会するとは。ぜひとも立ち寄ってビバークせねばならん。
というわけでよせばいいいのにコースを変更。富士山スカイラインを逆方向へ行き、水が塚公園、フジヤマリゾート方面へと向かう。
あまりもの緩斜面で下山靴がつらすぎて一旦登山靴にチェンジ。
道路沿いの地面にはキツネのチャブクロ(たぶん)。胞子を粉のように噴出する。
ぐりんぱ無念
途中、きのこをつついて胞子を出したりしながら歩く事約1時間。
おお!ここ左折でぐりんぱ!
え?有料道路
歩行者通行禁止のお達し。
有料道路につき通るべからずとの事。
一休さんみたいに真ん中通りましたなんて言っている場合ではない。
死んでしまうし。地図を読む能力の欠如をうらむ。
ぐりんぱでビバーク、この為に迂回してきたのに。
悩ましや…(昼食の水餃子ラーメンatスカイポート水ヶ塚) 結局山道へ
水餃子ラーメンおいしいけどどうしたものかなあ。と地図をにらむと、先ほどの有料道路(富士山スカイライン)と平行して下る須山口という登山道がある。
地図上ではゴルフ場の敷地を突っ切っていたりぐりんぱの裏手をかすめていたりとなかなか興味深いのでこのルートを行く事にした。
赤い線が須山口登山道。隣のオレンジの道路が入れなかった有料道路。
想定外の山道。
真っ白なキノコ。キツネノチャブクロの幼菌だろうか? 不明です。すみません。
ふたたび下山靴を装着!
ついにオフロードで履いてしまい、もう4歩で壊れるんじゃないかと思った下山靴は意外にも頑強だ。
そして硬いソールを使用しているため、たいがいの道は歩き心地がイマイチだが、つま先の厚みとぴったりマッチした角度(水平に近くなる角度)の傾斜を通った瞬間だけはたまらなく快適になる。
あ、今しっくりきた。
でこぼこしている山道ではそんな「しっくりくる角度で
気持ちいい一瞬」を求めてくぼんでいる地点や
よさげな斜面を狙って歩く。これは角度との対話に他ならないのではないか。「ではないか」と言われても困りますよね。
こういう道はすごく快適だった。
かっては竹のパイプでここの水を下の須山地区まで送水していたらしい。
集水隧道とな。かっこいい。
ヤマアカガエルの若手。
水源地から1.5kmほど進むと、地上には人工芝やゴルフボールが目立ち、フェンスを隔てた丘陵では「ナイッショッ!」というプレイを鼓舞するゴルファー達の叫び声が聞こえる。
ボールが落ちてるって事は飛んでくるってことだよね。
道はさらにゴルフ場に近づく。最初に地図で気になっていたゴルフ場を突っ切ってるんじゃないか地点のあたりである。
すると…
いきなり大パノラマ。
目の前に調整池が広がり、その向こうにはぐりんぱの観覧車がゆっくりと回転している。滅亡した文明の足跡みたいな、どことなく寂寥感のある光景だ。あほな靴を履いて思う事ではないが。
そして調整池の堤防がたまらなくかっこいい。
中央下のゲート部分には動物の足跡が散乱していた。
時計を見ると14時半を回っている。4時間近く歩いてきてまだ全体の半分にも達していない事に気付き。ああ、富士の裾野をなめていましたねとうすうす悟りながら進む。
壮年のヤマアカガエル。
豊穣すぎる調整池
ポップ体が散らかされている。
「フジバラ平」と書かれた看板に出くわし、なに平だって?とその向こうに行ってみると
わーなんかすごい幻の場所感。
足下に湿地のような水辺が広がっていた。動物の足跡が散りばめられ、水面では水鳥、木々の枝では野鳥がさえずる。なんだここは。しっかり看板が立っていることはさて置いて、ここは秘境ではないのか。私は死んだのか。後で調べたらなんだここも調整池らしい。なんかもう調和しかかっていたが。
ハヤブサ?襲来
時間がやばい事も忘れてぼけーっと眺めていたら、上空から1羽の猛禽類が地上でさえずっている野鳥をめがけて急降下してきた。
しかし、狩りは失敗。
写真が鮮明ではないのでなんとも言えないがハヤブサか。
うおお、すごいかっこよかった。狩りは失敗したのにかっこよかった。
失敗しても「いや、べつに通りかかっただけですよ」みたいな顔して去って行った。
望遠レンズを持ってきていればもっとちゃんと撮影できたのに。
今回は下山靴のおかげで荷物がかさんだため、持ち込まなかったのだ。
「くそう、下山靴さえなければ!」身も蓋もない心の叫びがこだました。
進行方向に「弁当場」それにしても低い。
さらにすすむと、標識に弁当場というよくわからない行き先が追加される。登山道から見える谷底をふさふさした哺乳類が闊歩するのが見えた。
あっという間に岩壁に姿を隠してしまったので何だかはよくわからなかった。
これじゃなかったと信じたい。
ここまでなだらかになって来るともはや生田緑地だ。
ここに来てまた足がかなりつらくなり、下山靴を登山靴にチェンジ。下山中に登山靴に履き替えるのは無念であるがやっぱりトレッキングシューズいいわ。心地いい。
余裕が出て来て裸眼で歩いてみたり(全然見えなくてやばかった)
やがて、標識がしきりに案内する「弁当場」へと着いた。
いったいどんな場なのだ。
あたたかみのある名の割には橋が細くてこわい。しかも熊注意。
1193年、時の将軍源頼朝が武威を天下に誇示するために富士の裾野で、数万の将兵が参加する大規模な巻き狩りを行った。
その祭に、水源がとぼしい富士山中の貴重な湧き水地であるここが炊事万端の基地とされたことから弁当場と呼ばれたとの事。
左の岩の所に水が湧いている。
鎌倉武士が大きな犠牲を払ってこれを設置(うそ)
やはり最後は浅間神社で。
そして下山もいよいよ佳境に入り、舗装路に出て南富士グリーンラインを南下する。実はこれと平行して登山道も走っていのだが、気づかずにこちらに来てしまった。
しかしかえってこちらの方がアメージングだったりする。
富士山資料館の雪上車かっこいい。やっぱり屋根はいるんだな。
そのおかげで生まれてはじめて富士サファリパーク(の前)を訪れる事ができた。
ここがうわさの、猛獣達が放し飼いされているという!
すっかり閉園時間だったので中の様子を想像して堪能し
先を急ぐ。
忠ちゃん牧場をさっと通過し。
見逃せないロードサインを激写すると。
俄然生活感が出てくる。
標高が下がり、人家が増えてくると歩いている人とすれ違ったり、ジョロウグモなんかも増えてきて勇気凛々だ(なにが)
結局、さらにくだって時刻は17時30を過ぎ、須山浅間神社へ到着したところでタイムアップ。
わーい浅間神社だーと思ったらここじゃなかった。
よっしゃー浅間神社だーと思ったらここでもなかった。
来た!浅間神社
余裕くしゃくしゃでゴール。
近くのバス停から最終のバスに乗り、御殿場駅に到着。
8時間におよぶ下山行はこうして下山靴のかさばりを感じながら幕を閉じた。
下山だけでも見所いっぱい。
GPSロガーで軌跡を見てみたら、富士山まで行って怖じけづいて引き返してる感がなんかおもしろかった。
下山靴はいき過ぎたつま先の厚みを調整してバランスを取れば俄然実用的になるのではと考えたが、それが登山靴になるのではないか。
青い線。玄関のピンポン押して逃げてる感じ。