難しそうな本にそう書いてありました
「足にニンニクをこすりつけると、すぐに口の中でニンニクの味がする」
このにわかには信じがたい情報のネタ元は「ボルハルト・ショアー現代有機化学」というでかくて重い本だ。
化学同人刊「ボルハルト・ショアー現代有機化学」
この本は、大学で有機化学を専攻する大学生や専門家が読むようなとても難しい本なのだが、ちょっとした写真やコラムに「ん?」と思うような面白いところがあるので密かな人気をよんでいるらしい。
著者自ら実験して確かめている
問題の部分は上巻の456ページのコラムに書いてある。以下引用。
“アリシンは皮膚を通じて容易に吸収される(中略)したがって、足にニンニクをこすりつけるとすぐに口の中でニンニクの味がするということが、以前からいわれていたが、この事実は本書の著者の一人によって確認された”
(「ボルハルト・ショアー現代有機化学」上p.456より)
すぐ、口にニンニクの味がすると書いてある
コラムでは、実際にやってみて確認したと、そう書いてある。
こんなにでかくて重くて、しかも定価で買うと上下巻合わせて1万3千円もする専門書に記述してあることである。ムーや女性自身のエンターテインメントな記事とは違うのだ。信じるなという方が難しい。
考えれば考えるほど納得できる
「アリシン」という成分は、あのニンニクのにおいそのものがそれだ。たしか「アリナミンV」の成分のひとつでもあったような気がする。(うろ覚え)
言われてみれば、若干思い当たるフシがある。
子供の頃、家で祖母がお灸をしているのを何度か見たことがあるけれど、必ず薄くスライスしたニンニクの上にもぐさをのせてやっていたことを思い出した。
当時はなんの意味があるのだろう? と半信半疑であったものの、アリシンは皮膚から取り込まれやすいということを考えればうなずける。
しかも足は「第二の心臓」と言われるほど血が巡っていると言われている。当然、足から取り込まれた成分はたちまち体中をめぐって口の中にも達するだろう。
もう、考えれば考えるほど納得がいく話だ。実際にやってみるしかない。
口臭チェッカーでにおいを測ります
もちろん、口の中でニンニクの味がするということは、息もニンニクくさくなるはず。
ということで、口臭チェッカーを入手し、足ににんにくをぬって口臭を確認してみたいと思う。
まずは、ニンニクをぬってない状態の口臭レベルはいくつなのか?
Amazonで1000円ちょっとで買えた口臭チェッカー
息を吹きかける
もちろん匂いはレベル0
この口臭チェッカーは「レベル0」から「レベル5」まで6段階あり、レベル0はにおいがしない。大丈夫! ということだ。
足にこすりつける
さっそくニンニクを切って足にこすりつける。
奮発して青森産のいいやつを買った
輪切りにしてニンニクの汁を出す
「皮膚から吸収される」いうことなので、なるべく皮膚の薄いところ、ふくらはぎやひざこぞうの裏を中心にニンニクをこすりつけた。
ゴシゴシ……
両足にくまなくぬりつける
すぐにするんじゃなかったの!?
本には「すぐ口の中にニンニクの味がする」と書いてあった。
ニンニクの味は……?
……しない。
ニンニクの味。しない……。
すぐってどれぐらいだよっていう話でもあるんだけど、少なくともぬった直後はニンニクの味はしてこない。
おかしいな。
本には「すぐ」と書いてあったんだけど。血のめぐりが悪いのだろうか? ちょっと体動かして見よう。
スクワットで心拍数をあげる
ニンニクの味……やっぱりしない
口臭チェッカーもまったく反応せず
さっきとかわらないレベル0
念のため、口臭チェッカーで口臭を計ったものの、まったく反応はない。レベル0。
何だこの写真
撮影を手伝ってくれた編集部の安藤さんに直接口臭のチェックしてもらったけれど、息がニンニクくさいのか、さっき切ったニンニクが直接におってるのかよくわからない。と言われた。
よくわからない。というのは要するににおいがしない。ということだろう。
結果の出なさに呆然とするわたくし
こまった。このまま口がニンニクくさくならなければ、この記事、ボツになってしまう。
まずい。
神様お願いします。ぼくの口をニンニクくさくしてください……。
専門家の意見をきく
しかし、理屈ではすぐニンニクくさくなるはずだったのになぜ口はくさくならないのか?
看護師の友人に電話して聞いてみた。
電話で株取引してる香港人ではなく、ニンニクを足にこすりつけた日本人
彼の話によると、すぐといっても経皮で取り込まれる成分は少なくとも60分ぐらいしないと効果がでないのではないか? ということだった。
ニンニクの成分が、口の中でニンニク味になったり、呼気として出てくるかどうかについては「うーん、出ないことはないと思うけど……どうだろう?」と困惑していた。
部屋の中でしばらくまつ
看護師の友人に、結果がでるまで少なくとも60分以上はかかるのでは? と言われ、ニンニクをぬりたくった足もそのままに会議室の中でおとなしく待つことに。
部屋の中は切ったニンニクのにおいで充満
会議室の中はさっき切ったニンニクや足にこすりつけたニンニクのお陰でかなりニンニクくさいことになっていたけれど、口の中は相変わらずなんの変化もない。
この日待たせてもらった会議室では、
インターンの大学生がデイリーポータルZの取材と原稿執筆を行うということで、真剣にパソコンに向かっていた。
そんな中、足にニンニクをこすりつけた自称ライターのおっさんがやって来て何もせずぼーっと椅子に座っていたのだ。
明け方の夢みたいな話だけど、学生諸君にはくさい思いをさせてしまい、本当に申し訳なかったと思う。
願いが通じた!
そろそろ1時間かな? というところで、口臭チェックをしてみる。静かな会議室に口臭チェッカーの電子音がピピッと鳴り響く。
あ! ちょっとだけくさくなってた
やった
「レベル1」が出た。
レベル1とは、おそらく英検でいうところの5級か4級ぐらいだろうか? ささやかだが、願いが通じた。
思わず「やった」と思ってしまったが、口がニンニクくさくなって嬉しかったのは生まれてはじめてだ。
実際ににおってもらう
口臭チェッカーで出た「レベル1」のにおいとはどんなものなのか? その場にいた安藤さんと、ライターの大北さんに実際ににおいをかいでもらった。
口のにおいかがせてー
安藤「なんかだか、かすかにニンニクのにおいがすると言われればするような、遠い山の頂きに立っているひとをみているような……」
ん? ちょっとまってくれ、これは……におうのか?
大北「ニンニクのにおいがかすかにするようなしないような……精神を集中させてかぐとかすかにするかもと思うが、おっさんの口臭だと気づくとウェっとなる」
おっさんの口臭だと思うと……
ふたりともボンヤリとだが「ニンニクのにおいがしたような気がした」という結論に達しました。
たしかにニンニクのにおいはする(かすかに)
「足にニンニクをこすりつけると、すぐに口の中でニンニクの味がする」という噂。結果は「すぐではないが、しばらく経てばかすかに口がにおうようになる、でも味はしない」が真相だ(たぶん)。
難しい専門書なのにコラムでは「すぐ口の中でニンニク味がする」と話をちょっと盛ってしまうところなど「ボルハルト・ショアー現代有機化学」という本はお茶目である。
「専門書に書いてあるから正しい」とか「ネットの情報だから信用できない」というような論争が野暮に思えてしまった。