特集 2013年7月25日

一日一便の都バスと地図に載ってないバス停で心拍数を計る

激レアバス停
激レアバス停
過疎化が進む地方のバス路線にはよく数時間に一便とか、朝と夕方に一便づつというような、極端に便数が少ないバス路線があったりする。

吉幾三の『俺ら東京さ行ぐだ』の中でも、田舎のあるあるネタとして「バスは一日一度来る」と自嘲気味に歌われていたりするのだが、実は東京の都心を走る都バスの路線にも、一日一便しかないバス路線がいくつか存在する。

一日一便しかないバス。そんなバス、本当に来るのだろうか? 実際に乗ってみた。心拍計をつけて。
鳥取県出身。東京都中央区在住。フリーライター(自称)。境界や境目がとてもきになる。尊敬する人はバッハ。(動画インタビュー)

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どれぐらい興奮するのか、心拍計をつけて乗ります

一日に一便しかないバス路線。そんな激レアなバス路線に乗ったら必ず興奮するに決まってる。

心臓もバクバクするはずに違いない。

ということで心拍計をつけて、バスに乗ってみたい。
実際は肌に直接巻き付けます
実際は肌に直接巻き付けます
秋葉原で5000円弱で購入した心拍計だ。

胸のちょっと下あたりに装着し、心拍数はブルートゥースでiPhoneに転送されて自動的に記録される。

自分の心拍数が、携帯電話に記録されるなんて、どれほどの未来に生きているのだろうかと武者震いがする思いだ。

巣鴨から西日暮里まで一日一便のバス

心拍計をつけ、まずやってきたのは巣鴨。

この巣鴨から西日暮里まで一日一便しかないバス路線がある。「里48出入」というバス路線がそれだ。

駅前の路線図にもしっかりと描かれているが……
駅前の路線図にもしっかりと描かれているが……
巣鴨駅前のバス停の時刻表。ホントに一便しかない!
巣鴨駅前のバス停の時刻表。ホントに一便しかない!
ご覧のとおり、一日一便のみしかない。しかも、土曜と日曜日の運行時間が微妙にズレているのもまた味わいがある。

「不便」とか「乗りづらい」といったレベルではなく、もはや「まぼろし」といっても過言ではない。
これは、オオクワガタやイトウを捕まえるのと似た感覚があるはずだ。

ぼくのきもちとしては、すでにこの時刻表を見た時点で十分に体中の血がたぎっている。

しかし、実際の心拍数はいくつだったか?
そこそこドキドキしてる?
そこそこドキドキしてる?
心拍数、約107bpm前後。

一分間に107回心臓が脈打つペースで鼓動していたということである。これはすこし早歩きしたときの心拍数と同じぐらいだ。

おぉ、そこそこ興奮しているのでは! と思うが、実はこのバス停まで早歩きできたので、バスの時刻表を見てこの心拍数になったのか、ただ早歩きで息切れしただけなのかは判然としない。

ホントにバスが来た!

そうこうするうちに「里48出入」がやってきた。
行き先が「回送車」だったが
行き先が「回送車」だったが
バス停直前で行き先表示が出た!
バス停直前で行き先表示が出た!
わ、ホントに来た!

上富士経由、西日暮里駅行き。これが一日一便しかないバス「里48出入」だ。これはいいもの見た。眼福眼福。

しかもこれからこれに乗って西日暮里まで行くのだ。
こんな昼間なのに終車の文字
こんな昼間なのに終車の文字
側面の行先案内には、いきなり「終車」の文字が見える。これはすごい。

普通この「終車」表示は夜、しかも9時や10時といった時間でなければなかなか見かけることはできない表示だ。

それなのに、こんなにあかるいうちからいきなり終車の文字。こんなに挑発的でセクシーな行先案内は見たことがない。

さて、これだけ興奮すれば心拍数もそこそこであろう。

今の心拍数はいくつか?

あれ?
あれ?
86bpm前後。

ぼくの「終車表示だ!」という興奮とは裏腹に、心拍数はさっきより落ち着いてきている。なぜだろう?

いつもならば左折しない交差点を左折!

心拍数の落ち着きぶりにいささかの疑念をいだきつつも、バスに乗り込む。
乗客はぼくの他に男性が1名のみ
乗客はぼくの他に男性が1名のみ
バスの乗客は、ぼくと、男性がもうひとり、計ふたりだけだ。

もうひとりの男性は、里48出入が来る前に来たバスは見送っていたので、この「里48出入」を狙って乗ったものと思われる。
この交差点で左折する都バスはこのバスだけ!
この交差点で左折する都バスはこのバスだけ!
バスは白山通りを南下し、千石一丁目交差点で左折する。

都バスで、この交差点を左折するのはこの「里48出入」のみだ。
と言うことは、この交差点を左折するバスは一日一回、このバスしか左折しない。

今、この文章を書いていて、興奮のポイントがわかりにくいだろうな、ということはわかる。

でも、左折をするバスはこの時間のこのバスしかないのだ。

そんな興奮ポイントでの心拍数はいかほどなのか?
あれあれ?
あれあれ?
85bpm前後。

普段「部屋の中で静かに座っている状態」であれば75~85bpmの間を行ったり来たりなので、まさに「部屋の中で静かに座っている」状態と同じでしかない。

体は正直である。

これが俗にいう「体がいうことをきかない」という老化現象のひとつだろうか。

老いはすぐそこまで迫っている。

終点でじゃっかん心拍数があがる

その後、バスは滞りなく運行し、西日暮里駅に到着。
バスは回送車として去っていった
バスは回送車として去っていった
バスを下車し、回送車として立ち去るバスの後ろ姿を撮っているとき、一時的に心拍数が110bpmまであがった。
出ました110bpm
出ました110bpm
しかし、これはカメラを持って動きまわったからであり、純粋に興奮したからこの心拍数になったのかどうかは疑わしい。

なんともモヤモヤした結果になってしまった。
心拍数の冷静さに、遠い目のわたくし
心拍数の冷静さに、遠い目のわたくし
一般的には理解されづらい興奮ポイントを、自らの心拍数でもって分かりやすく伝えようというもくろみに、早くも暗雲が垂れ込めてきた。

地図に乗ってないまぼろしのバス路線

一日一便の都バス路線は「里48出入」だけではなく、いくつもあり、その中には路線図に掲載されていないものも多い。

次に紹介する「渋88出入」も路線図に掲載されていない。
いくら探しても「渋88出入」は載ってない
いくら探しても「渋88出入」は載ってない
こういうルートで渋谷まで運行する
こういうルートで渋谷まで運行する

特にこの「渋88出入」は、台風で電車が止まったときによくニュースで中継される新宿南口前の甲州街道を走る。

この場所を走る都バスは、この一日一便の「渋88出入」しかない。

ようするに、新宿南口で都バスを見かけることができるのは、一日一回しかないのだ。しかも早朝である。

女子高生や若い女の子の間で「新宿南口の甲州街道を走る都バスを見かけると、好きな人に告白される」という都市伝説があるぐらいレアなバス路線だ。
日曜日は運休
日曜日は運休
「渋88出入」は休日運休なので、最初に乗った「里48出入」よりもさらに運行本数は少なく、レア度が高い。
6時25分、やっこさん、お出ましになったぜ
6時25分、やっこさん、お出ましになったぜ
乗客はぼくひとり、妙な緊張感が漂う
乗客はぼくひとり、妙な緊張感が漂う
新宿発が朝6時27分という早朝のため、乗客はぼく以外に居ない。バス運転手さんの「え、乗るの?」というような顔が印象的であった。そんな顔しないでほしい。

バスは甲州街道を東へ進み、新宿南口を横切る……。
南口の前を横切るのはこのバスだけ……
南口の前を横切るのはこのバスだけ……
都バスの車窓からこの景色は珍しい。一日に一回、しかも平日と土曜日しか見られないレアな風景。

これだけ貴重な体験であればさぞかし心拍数も上がりっぱなしではないだろうか? 果たしてその結果は?
落ち着いたもんです
落ち着いたもんです
約82bpm、そんなに心臓はバクバクはしてない。最終的に渋谷まで測ったけれど、平均心拍数は80であった。

十分興奮しているのだが、なぜか結果が伴わない。もともと感情が顔に出ないタイプだからだろうか?

出入庫系統はあまり心拍数あがらないのか?

以上、一日一便しかない出入庫系統のバス路線を二箇所めぐってみたが、興奮度合いに比して心拍数はなかなかあがらない。

ちなみに、出入庫系統とは、バスの運行が始まる前や終わったあと、始発バス停に向かうバスや、終点から車庫に帰るバスを回送車にせず、お客を乗せて運行するバス路線のことをいう。

都バスでは系統番号に「出入」と付いているものはそうで、出入庫系統には上記のように一日に数便しかないような路線が多い。

今度はこのような出入庫系統ではなく、時間によって出現するまぼろしのバス停で下車するというレアなバス路線に乗ってみたい。

夜だけ現れるまぼろしのバス停

次に訪れたのは新橋から業平橋までを結ぶ「業10」というバス路線である。
これがまぼろしのバス停に停車するのか……
これがまぼろしのバス停に停車するのか……
この業10系統は、夜20時以降、運行経路が一部代わり、銀座のメインストリート中央通りを運行するルートにかわるのだ。
20時以降にしか出現しない「銀座六丁目」停留所
20時以降にしか出現しない「銀座六丁目」停留所
バス停の経路図にはきちんと「銀座六丁目」という停留所名が描かれているものの、なぜか地図には載っていない。
本来なら中央通りの上に路線が描いてあるはず
本来なら中央通りの上に路線が描いてあるはず
20時になるのを待ち、バス停にやってきた業10系統に乗り込む。出入庫系統と違い、乗客は15人ほど。そこそこ多い。

しばらくするとバスが発車する。
まぼろしのバス停だ!
まぼろしのバス停だ!

「次は銀座六丁目」との車内アナウンスが流れ、停留所表示板に銀座六丁目の文字が現れた。

いよいよ次はあの、まぼろしのバス停。

さて、気になる心拍数はいくらか。

73bpm、かつて無いおちつきぶり
73bpm、かつて無いおちつきぶり
70台である。

瞑想でもしているのかとも思ってしまうが、バスの中で座っているわけだから、至極まっとうな数字ではある。

ぼくは常々、一般的には理解しづらい県境やあまり知られていない鉄道、バス路線などのおもしろさを「鼻血がでそうなほど興奮する」とか「全身の毛穴が開く」といったような言葉をつくして、その興奮のさまを伝えようと試行錯誤してきたのだが、この心拍数の、この落ち着きぶりはなんだ。

今までの努力を水の泡にする勢いで、心拍数は落ち着いている。

本当は興奮してないようにみえるじゃないか。自身の心拍数のことながら不甲斐ない。

今後、このような興奮や感動をどんなふうに書いたとしても、どれも嘘っぽくなってしまいそうこわい。恐るべし、心拍計。

ついに! まぼろしのバス停で下車

夜の銀座を走り抜ける都バス
夜の銀座を走り抜ける都バス
20時以降の銀座中央通りは、両脇に客待ちのタクシーがズラリと並んでいる。黒光りする車体に反射するネオンが美しい。
へー、これがあの幻の銀座六丁目停留所かー
へー、これがあの幻の銀座六丁目停留所かー
新橋を出発した業10系統のバスは、路上駐車するタクシーの列の真ん中を走りぬけ、銀座六丁目停留所に到着した。

心拍数は?

109bpmが出た
109bpmが出た
109bpmが出た。

しかし、お察しの通り、これはバスを下車してカメラをもって歩きながらバスを撮ったのでこの数値なのだ。

平均心拍数は83bpmだった。

興奮してるんだかしてないんだか、よくわからない数値である。


落ち着きつつも興奮はする

銀座のタクシーの海に興奮した
銀座のタクシーの海に興奮した

官能小説の常套句に「口では嫌がっても体は正直」というセリフがあるが、今回の企画はまさに「口では興奮したような事を言っていても体は正直」という結果になってしまった。

しかし、心拍数ではあまり期待したほどの数値はでなかったが、今回乗ったバス路線はいずれもレアであるということには変わりないし、ぼくは実際に乗って全身の毛穴が開くような感覚になったのは確かだ。(開き直り)

なお「新宿南口の甲州街道を走る都バスを見かけると、好きな人に告白される」っていう話はさっきぼくが考えた嘘です。
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