まずは看板から
最初に断っておくが、選挙の見どころを、といってもどの政党の政策があれだとか、そういう話ではない。そういう大切な話はニュースサイトやNHKで見てもらいたい。
今回はもっと上っ面の部分に注目する。僕は町が選挙の雰囲気に包まれていく、これからの時期が好きなのだ。
手始めに看板から見ていこう。
ご存じこういうやつである。
これが設置され始めると選挙来たな、って思いますよね。
そうそう、こういうの。
いいねー。
いい。
普段の町がある日を境に戦いに突入する。イベントといっては語弊があるけれど、あの独特の緊張感とか盛り上がりが選挙の醍醐味である。
ところでいま何気なく看板を3つ並べてみたが、気づいたところはないだろうか。
そう、実は一つ一つ、建て方に個性があるのだ。
たとえば足部を見てもらいたい。その固定の仕方ひとつとっても愛が出る。
金網に針金で固定しているもの。
杭を打ってそれに針金で固定、さらにガムテープで補強したもの。
別の枕木を一本横たわらせて固定したもの。
そもそも何もない場所に角材で看板を建てるわけで、そこにはある程度ノウハウというか工夫が必要となるのだ。
足部に関して言えば、今回僕が見て回った中で秀逸だったのがこれである。
すばらしい。
わかるだろうか。
足となく角材が表に出ていないのだ。とはいえそれでは固定する場所がないので、花壇の中に一本杭を打ってそれに角材を継ぎ足して固定しているのだ。さらに本体の重さで杭が沈下しないよう、手前のコンクリートに少しだけひっかけている。このひと手間、見る人が見ればにやりとするに違いない。
作った人の署名があってもいいくらいだ。
たとえ角材一本でも公道にはみだして設置するのは気が引ける、そういう律儀さすら伝わってくるではないか。仕事だから、と割り切らず、自分の作品として昇華した趣すらある。
かと思えば道に直接クギを打って止めているワイルド派もあるから目が離せない。
血も涙もない。
このように看板ひとつとっても見どころがあるのだ。選挙はだいたい急ごしらえのことが多いので、随所に工夫が生きる。
他にも、背後の構造に傷をつけないよう施された養生にも個性があって面白いのだが、きりがないのでちょっとだけ紹介してやめる。いろいろ見たい方は近所の選挙看板をぜひ見に行ってみてください。
滑り止めシートで保護しているパターン。
布。
生看板建築現場に遭遇
僕が選挙看板の写真を撮り歩いていると、なんと偶然その設置現場に遭遇することができた。どうしようもない僕に天使が降りてきた、と思った。
男が5人で設置していた。
行政から委託を受けた業者さんだろうか。いかにも慣れた手つきで看板を取り付け、調整し、検分し、そしてもと来たトラックに乗って次の現場へと走り去っていった。時間にして15分ほどの出来事だった。
作り終えると、即次の場所へ。トラックの荷台には選挙看板の山が。
見よ、これができたての選挙看板の足である。
選挙看板の面白いところは、既製品にはない自由度と「期間限定だからいいや」という雑さ具合なんだと思う。選挙が終わるまで耐えられたらいい、ただその間に台風とか来るかもしれない。そういうギリギリのいい加減さと強度のバランスで建てられた瀬戸際の建築物なのだ。
次のページでは専門家に最新の選挙用品について教えてもらいました。
新人議員の水先案内人
最新の選挙グッズ事情について、お話を聞いたのは新人議員の水先案内人を自負する「
選挙用品ドットコム」の田村亮さん。田村さんの運営する「選挙用品ドットコム」はその名のとおり選挙用品の専門サイト、選挙に必要なものでここにないものはない。
いま一番忙しい時期のはずなのだが、なんとかお願いして時間を作ってもらいました。
ポロシャツからダルマまで、選挙に関して思いつく限りなんでもある。くす球や神棚もある。
田村)はい。
※いきなりかっこいい写真が出てきて焦るんですが、インタビュー当日に写真をお願いしたところ「ちゃんとしたの送りますんで!」と言われて、送られてきたのがこのかっこいいやつだったのだ。実際のご本人はもう少し親しみのわく感じの方でした。
先を急ぎます。
お話を伺った。
--選挙についていくつか教えてください。まず、何も知らない新人さんが選挙に出ようと思った時、最初に手配すべきものってどのあたりでしょう。
田村)一概には言えないですね、グッズはその人の戦い方によって決まってきますから。
とりあえずこの辺りはマスト?
田村)たとえば手伝ってくれるボランティアが何人いるか、予算がどのくらいか、どういう活動をしたいか、それによって作るグッズは変わってくると思うんです。
田村)選挙ってもともと非効率なものですからね、そんな中で選挙戦を効率よく戦うには、なるべく無駄をなくす必要があるんですよ。
出てくるものすべてが選挙っぽい。
これが大量に届いたらテンション上がるだろう。
田村)選挙は投開票日の前日まで誰に入れるか決めていないっていう人が2割くらいいると言われています。その2割をいかに効率的に拾っていくか、僕はそこだと思っています。
田村です。
--その2割の方々にアピールするために、何をしたらいいんでしょう。
田村)選挙のゴールは投票所で名前を書いてもらうことです。その時に知っている名前ならばやっぱり書かれる可能性が高い。限られた時間内でとにかく印象付けることです。
--しかしどうやって。
田村)たとえば色。これは重要です。選挙のポスターが最近ではフルカラーになって顔写真が入って、かなり進歩していますよね。でも重要なのはどれだけ有権者に印象を残せるか、です。そこで色なんです。
--それはポスターの背景とかそういうことですか。
田村)全部です。ポスターからジャンパー、たすき、ポロシャツ、トータルに活動した方がいい。名前にちなんだ色で活動できるとベストですね。たとえば赤城さんなら赤、青木さんなら青を使うべきです。家が水道屋さんなら水色だ。
--色でそこまで影響しますか。
田村)とにかく少しでもいいからフックがほしいんです。青い色が印象に残っていたら、いざ投票所で鉛筆持った時に青木っていう名前に目が行くかもしれないでしょう。
本人たすきも自分のカラーで。
田村)ライバル候補の色も重要になってきます。これがかぶるとどれだけ運動しても相手の得点になってしまいますからね。
--なるほど。
最近のポスターはこうやってはがしてすぐ貼ることができる。こんなところにもテクノロジーが。
--最近の選挙活動のトレンドみたいなものってありますか。
田村)2000年くらいだったかな、沖縄の県知事選ではじめてうちわが配られたんです。ビラよりもお祭り感でますからね。そうやって徐々に新しいものも出てきますが、選挙はまだまだ昔ながらの戦い方がほとんどですよ。もちろん10年、20年後はわかりませんが。
ポスターは防水。しかもビニール素材で破れない。
--今話題のネット選挙についてはどうでしょう。
田村)正直今はまださほど大きな影響があるとは思っていません。ネットで投票できるようになったらもちろん大きいですけどね。一つのツールとしてうまく使う、そのくらいの位置づけです。
田村さんの事務所、壁には候補者(おそらく当選者)からのメッセージでいっぱいだった。聞くとこの仕事を初めて6年ですでに4000件以上の選挙に携わってきたのだとか。そんなに選挙があるのか、と思うだろう。田村さんいわく「政治家は全国のコンビニと同じくらいの数いるんですよ」と。もはや選挙、特別な話ではないのだ。
若者が選挙にハマる
田村)選挙って、若い人がとくにハマるんですよ。
--ハマる?
田村)選挙活動のボランティアとかあるでしょう。誰か他人のために熱中して何かをする、ゴールは当選っていう一つですから、それに向かって一致団結するわけです。こういう経験はちょっとした非日常ですよね。一度やるとやめられなくなるって言います。
確かに選挙グッズを身に着けると血が騒ぐ感じがしました。
田村さんと話していると(おれ、勝てるんじゃないか)と思わされるから不思議だ。正直政治にはさほど興味がなかったのだが、選挙にだけ出てみたくなった。
「選挙は一子相伝、勝ってもその方法は外には出したがらない」と田村さんが言うように、選挙は公職選挙法というルールの中でいかに効率的に戦うか、それが極意となるらしい。候補者がなんとかして自分をアピールしようとする頑張り、こまかい工夫、それにハマる若者、そのあたりにも注目して次の選挙を迎えたい。
知識をつけたら現場を見に行こう
田村さんに教えてもらった選挙戦の見どころを胸に、今実際に選挙が行われている現場を見に行くことにした。野球でもなんでも、予習をしてから見に行った方が面白いだろう。そいういうことである。細かいところを指摘して存分に通ぶりたい。
取材は投票日のまさに3日前でした。
やってきたのは神奈川県横須賀市。週末が投票日の木曜日、まさに市長選挙まっただなかである。1つのイスに候補者が3名。これは白熱した舌戦が繰り広げられていることだろうと期待しながら現場に入った。
まずは駅前の商店街。ここには候補者の一人の選挙事務所がある。
駅前商店街にある選挙事務所。やはり白熱していた。
駅を降りてすぐ、ある陣営の選挙事務の前では「最後のお願いです!!」と声を張る支持者の方々が横一列に並んでいた。対して事務所の奥では静かに打ち合わせらしきものが行われており、その対比がただならぬ雰囲気を作り出している。田村さんの言うとおり、陣営の色は青一色で統一されている。候補者の名前に特に青は入っていなかったけど。
これは期待できそうだ。他の候補はどうだろう、街を歩いてみた。
横須賀で見つけた選挙看板は生垣にぴったり設置された意欲作。なかなか美しい。
選挙戦と言えば駅前、そして商店街である。その熱気で八百屋の野菜が腐るくらいの戦いが繰り広げられているのだろう。
横須賀といえばここ、ドブ板通り。
ペリーの顔ハメ。
派手なマネキン。
グッドフィーリング・トコヤ。
選挙のポスターかと思ったら商店街のアピールだった。
やってないな。
壮絶な舌戦、やっていない
最初に駅前商店街の選挙事務所前で局所的に盛り上がっていた他は、繁華街をくまなく歩き回ってみたのだが、ほぼまったくと言っていいほど選挙っぽさはなかった。事前情報では今回の選挙はかなりの接戦が予想され、毎日の街頭演説と選挙カーによる呼びかけがかなり白熱していると聞いていたのになぜだろう。もうこの時点で大勢が判明してしまったのか、それともどこか別の場所で火花を散らしているのか。
いずれにせよ選挙のプロ、田村さんを連れてきて解説してもらおうかと思っていたのだが、お願いしなくてよかった。二人で横須賀を散歩して無言で帰るところだった。
源氏。
駅前の飲み屋の提灯を見て、田村さんが今でも選挙事務所には提灯をつけるところもある、という話をしていたのを思い出した。これは違うけど。
横須賀の町は
前に来たときと同じようにハトが多くて潮の香りがして、ダイエーの裏にはやはり軍艦が見えた。スタバがいっぱいだったのでダイエーでコーヒーを買おうとしたらレジの前にタオルが安売りされていて、記念というわけでもないけどそれも買った。タオルに包んだペットボトルのコーヒーを飲みながら帰りの京急に乗ったら、なんだか旅の終わりみたいだなと思った。
見どころは多い、だが謎も多い
僕にはまだ選挙のツボみたいなところがわかっていないのかもしれない。もしかしたらこの次期、駅前よりも少し離れたところでガツンガツン火花が散りあっているのかもしれない。そうじゃないかもしれない。
選挙の季節がやってきますね。
横須賀で入ったセブンイレブンのレジが超省スペース仕様だった。