インターネットの繁栄に伴うなめ茸自作化の流れ
エノキの醤油炊きとしての「なめ茸」。白いご飯によし、冷奴によし、パスタに絡めるといった使い方もあるようでレシピを見れば思いのほかに夢がひろがる。みんな大好きあのうまくてどろどろしたアレである。
これですな。どこのメーカーもなめ茸といえばこの形状の瓶。なんで2瓶あるかというと
キャップがかわいくてつい買ってしまったのだ。他にもカニのイラストや、玉ねぎの頭に体がついているという謎のイラストもあった。集めたい
さて、つい先日までなめ茸について私は「買うもの」だと思っていた。実家がなめ茸をあまり食べない家だったからというのもあるだろう、作り方を考えたこともなかった。
しかしなめ茸をよく食べる家では昔から脈々と手作りされるものだったらしいのだ。最近ではそのレシピが広まって手作りする人が増えていという。
なぜ自作レシピが広まったか。訳はインターネットの繁栄に他ならない。平たくいえばクックパッドの広まりである。「私んちのレシピ」が表面化して拡散しやすくなっているのだ。
最新技術により人類はタイヤのない車でチューブの中を走る前に「なめ茸を手作りする」ようになったわけである。
いつものエノキにも今日は未来を感じる
いっぺん黙って作ってみようか
なめ茸の自作はネットレシピ界での一時のちょっとした流行を乗り越え現在はすでに一般化しているようで、レシピ数もネット上ではとんでもないことになっている。
ざっと見てみると概ねは切ったエノキを醤油とみりんで炊くようだ。酒や酢を加えるというのもあった。
って、それだけでいいの?!
うん。それだけでいいらしいのだ。まじか。
長さを3等分に切ったエノキを醤油とみりんで炊く
調味は保存を効かせたければ濃く、そうでなければ薄くても大丈夫。「えのき茸の味の濃さを自由に決められる」と書いて多少の未来感が出たような気が一瞬したが、料理をしているだけである。
一瞬でそれっぽいものができて驚いた。こりゃみんな作るわ
4分も火にかけ続けるとぬめりも出て色合いもすっかりそれっぽくなった。こりゃみんな作るわという簡単さ。
左:手作りなめ茸 右:市販の「なめ茸」
とろみ慣れている市販品
比べてみると市販品の方がとろみがたっぷりしている。とろみ慣れているとでもいおうか。
なめ茸の世界には「固形分量」という尺度があり、今回用意したコマツというメーカーのものは固形分が60%。つまりそれ以外の40%はとろみなのだ。半分近くが、とろみ! そりゃとろみ慣れもするはずだ。
世のなめ茸には固形分80%というものも売られていて、こちらは自作のものに近いそうです。へー!
味もメーカーによってかなり違うらしいが、買ったものは改めて食べてみると思いのほか酸味があった。さわやかだ。
とろみ慣れの正体は「増粘多糖類」だろうか。調べてみたら「かんきつ類や藻類、マメ科植物の実から抽出したり微生物で生成したりする」らしい。とろみの出自、方々すぎである。
自作品は自然なとろみ、というかぬめり、という感じだろうか、で、まんま醤油とみりんで炊いたエノキの味。
市販品とは別物のようにも感じたが何かと聞かれたらなめ茸ですとしか答えようがない。どっちみち美味しいのだからなめ茸の世は平和である。
「なめ茸」と「ナメタケ」は違う?
さて、なめ茸がむちゃくちゃ簡単に作れることはわかったところで再度確認しておきたいのが「なめ茸」という言葉だ。
きのこで「なめ」まで聞いてするっと出てくるというとナメコではないだろうか。しかしてなめ茸に使われるきのこといえばナメコではなくエノキである。ややこしや。
調べてみると、きのこの世界では「なめたけ」とはきのこの俗称らしい。時にナメコのことをそう呼んだり(!)地方によっては全く別のきのこをナメタケと呼ぶこともあるという。
ん? んんん?
どちらも「なめたけ」!
輪をかけてややこしいことに、ネットではエノキではなくナメコ(ナメタケ)を使ったなめたけ(なめ茸)のレシピもたくさん見つかった。
なんだろうこのきのこ界で知らぬ間に起きていた俺がお前であいつが俺でみたいな入り組み具合は。
ナメタケのなめ茸を作ろう
いかんせん通りかかった船なのでナメコでもなめ茸を作っておくことにしたい。
作り方は簡単である。先ほど作ったエノキのなめ茸のきのこをナメコに変更するだけなのだ。
通常のナメコのほか「オッキー なめこ」なるものを見つけたのでこれでも作ってみようか
パックからあふれ出るナメコ。家に生えてくるとしたらこんなきのこなんだろうなと思わせる風貌
5分で完成
間違いのないうまさである。傘の大きさの感じやぬめりの多さ、それに味もどこか納豆のようだった。さわやかな納豆。
ややこしいとばかり思われるナメタケとなめ茸の両者が一緒になってややこしさは加速したが、これは「美味ければいいや」の典型である。
毎日作ってもいいぞこれ
……ん? あれ?
はっ。
さて、なめこなめ茸ごはんをかき込みながら気づいた。ナメコがありなら、なめ茸ってエノキじゃなくてもいいということなのだろうか。
白いご飯や冷奴にかけて食べればそれでなめ茸。定義としてはここまで広げちゃって大丈夫ですか。
ギ、ギギギ…バッターン。
なめ茸の扉が開いた瞬間である。
ちなみに「オッキー なめこ」の方はでかすぎて違和感が面白いかなと思いきや、きのこ狩りが盛んな地域のおいしい朝ごはんみたいな感じできれいにまとまってしまったのだった
八百屋さんのミックスきのこなめ茸
それで思い出したのがかつて通っていた八百屋さんだ。お惣菜も扱うお店で、よくキノコの炊き合わせが売られていた。
エノキ、シメジ、エリンギ、シイタケに生姜を加えて甘辛く炊いたものでよく買っていた。思えばあれも広義のなめ茸だったのだ。
ほぼ同じものが再現できた。あの頃も買わずに作ればよかった
こうなれば、どんなキノコもなめ茸化が可能である。
煮てぬめりが出ないキノコでもエノキを一緒に炊けばよいだけの話だ。
肉っぽいキノコをなめ茸に
たとえば、スーパーで見かけてなんだこの肉みたいなきのこ! と思って買った、ヒラタケのなかまのトキイロヒラタケ。
肉っぽい! という理由で398円という高価さにもかかわらず買ってしまった。肉をも買えた値段である
初対面のキノコは天ぷらで食べるのが妥当だろうと思うのだが、今日は迷わずなめ茸である。
ヒラタケは煮てもぬめりが出ないのでエノキと一緒になっていただいた。
火が通ったら色が変っていよいよ肉だ! と心躍る、が
このトキイロヒラタケ、開封した段階で既に野性味あふれるキノコのかおり、言ってしまえば菌くささがビンビンでひるんでいた。炊いてもその威力は衰えずだ。
だ、大丈夫か。なめ茸になれるか。
なめ茸だ! (小鉢に盛るとなめ茸っぽくなるというライフハックでもある)
きのこ独特のかおりはそのままに、味はものすごく、いかにもキノコである。肉みたい! というひやかしを颯爽と裏切ってきた。
ベースはあのなめ茸でありながら、ワイルドな味わい。期せずしてなめ茸に野性味を付加することに成功した!
ポルチーニはまだか
と、タイトルにまで出した「ポルチーニ」をいよいよここいらで登場させたい。
ミックスキノコもなめ茸になり、未知のキノコも十二分になめ茸化させることに成功した。もっともっと、意外なキノコをなめ茸にしちゃいたい。
そこでポルチーニである。
なんだか分からないけれど生きているとそこそこ視界に入ってくる多分高級なキノコ、ポルチーニ。マツタケやトリュフを用意するのは予算的に難しくてもポルチーニならなんとかなる。
よし、スペインの君も今日からなめ茸だ。おしゃれなめ茸を作ってやろうじゃないか。
Usted es grave?(翻訳機で「マジで?」をスペイン語化しました)
手に入ったのは乾燥もの、20gで683円のものであった。道ですれ違ったら口笛を吹いて振り向きたい価格である。
と、じつは不勉強にもポルチーニというものがそもそもどういうものか全く分かっていない。
わけもわからずなめ茸にしてしまうのも乱暴すぎるのでまずは相手の流儀にのっとって調理してみることにしよう。
ポルチーニのリゾットです
うまいキノコだ、ポルチーニ
これあれだ、お客さんに出せる料理だ。
ポルチーニがうまいのか、干したキノコというもののうまみの強さか、分からないがこのリゾットがえらくおいしかった。使ったのは乾燥ポルチーニと米と大麦とバターだけなのにすごいぞおしゃれきのこ。
食べながらとったメモには「かおりがしぶ重い」とある。なにしろしゃれた味だ。お客はまだか。
急ぎ残りのポルチーニ、惜しいなと思いつつ全部一気に戻す。なめ茸できのこの国際交流プロジェクトがいま動き出した
おしゃれキノコでおしゃれななめ茸を作ろう
20g買った乾燥ポルチーニは残り15g。ぬるま湯で戻すとはいえ量が少ない。そこでポルチーニなめ茸製作にあたってバックアップ要員を買い集めてきた。あの八百屋さんのミックスきのこなめ茸のおしゃれ版である。
キノコはその名前を知らなければ知らないほどおしゃれであるという法則があるだろう。
「ポルチーニくらいおしゃれであること」を条件として集めたのが以下のきのこたちである。
上から時計と逆まわりに、コプリーヌ(誰?!)、ポルトベーロ(どこ出身?!)、マッシュルーム(あっ! あんたならギリギリ知ってる)というメンバー
生のキノコだけあって、コプリーヌもポルトベーロもマッシュルームも国内産であった。
ただコプリーヌはイタリア料理に良く使うそうで、名前もイタリア語らしい。和名はササクレヒトヨタケだそうだ。
ささくれ。指、ということだろうか。
コプリーヌことササクレヒトヨタケ。パッケージではベーコンに巻いて焼く食べ方が推奨されていた
続くポルトベーロ。名前はスペイン語のようだが、なんだろうと思ったらブラウンマッシュルームを大きく育てたものだそうだ。キノコって大きくなると名前が変るのか。魚か。
そんなポルトベーロの本気度の高さは裏側。胞子出す気満々である
そしてブランマッシュルーム。
缶詰や水煮のものは昭和のかおりすらするのに、生だとオシャレ度を俄然あげてくる。スイーツ業界では生キャラメル以降、依然として「生」がもてはやされ続けているがその元祖はマッシュルームなんじゃないか。
サツマイモやニボシは干してあろうが生であろうがほとんどステイタスが変わらないことを思うとずるい。
しかもブラウンマッシュルームといいポルチーニといい異国きのこの容赦ないかわいさときたらどういうことか(マッシュルームは千葉産ではあったが)
醤油とみりんでなめ茸になーれ
さて集まった聞きなれぬきのこたち。今日は皆さんに、ちょっとなめ茸になってもらいます。
気持ちが荒ぶり無意識に言い回しが「バトルロワイアル」の北野武風になったが構わず突き進む。
フレッシュおしゃれきのこたちは適宜細かく切る。この時点でポルトベーロは完全にシイタケになった
そしてポルチーニ。もどし汁も適量は使う(残った分はしかと保存した。うまいうまいだし汁!)
一瞬、せっかくのポルチーニを醤油やみりんで炊いてしまってはもったいないのではとも思った。が、シイタケやマイタケのような日本料理によく使うきのこをスペイン料理であるパエリアに使ってもおいしいことを考えれば大丈夫だろう。
もしかしたらスペインでは日本食好きの方がポルチーニで茶わん蒸しを作っているかもしれないじゃないか。
きのこを通して目線がワールドワイドになりながら、さあ出でよポルチーニなめ茸よ。
八百屋さんのミックスきのこなめ茸にならい、しょうがも加えた
なめってないけどなめ茸です
今回はおしゃれなキノコだけで作りたかったのでとろみ物質生成要員としてのエノキはメンバーから外した。
エノキの力がなくとも、なんらかのとろみが出てくるかなと期待したのだが出ず、結果的にさらっとした佃煮のようなものが出来上がったのだった。
なめ茸という言葉の定義が「なめっとしたきのこの煮物」だとするとその定義からは外れてしまうことになるが、私はせっかくここまできたのだから彼らをなめ茸であると認めたい。
しかし見た目はかつて厚木で食べたタニシの佃煮である
う、うまい…
正直、異国のきのこがどの程度素直に醤油とみりんに応じるか不安であった。
留学先で現地の食事になじめず残念な思いをしたというのはよくある話だろう。ポルチーニ君は大丈夫だろうか。お醤油のしょっぱさには抵抗ないだろうか。おかずをみりんで甘く味付けるという文化も初めてなんじゃないか。
しかしこれこそ杞憂である。杞憂という言葉を教えるときの参考エピソードにしたいくらいの杞憂さであった。
うまい。ポルチーニなめたけ、超うまい。
青いものと合えても抜群のマッチング。エノキのなめ茸と同じ仕事ぶりであった
ポルチーニ効果だろうか、後味がやけにさわやかだ。ブラウンマッシュルームとポルトベーロはコリコリしていて食感がよく、そして頑張ったのはポルトベーロがじゅわっと甘い。おい!
おい!(おいしすぎるので2回どやしました)
瓶にも入れて、いよいよ立派ななめ茸だ
ラベルも貼った
OL(わたし)のご褒美に
エノキは1束高くても100円あれば買える。瓶詰のなめ茸も安いものなら100円程度だ。
今回作ったポルチーニなめ茸にかかった金額は、買う店を選べばもっと安くすむだろうとは思うが全部で1517円かかった。たわむれがとんでもない高級品である。内訳は以下の通りだ。
乾燥ポルチーニ 683円
ブラウンマッシュルーム 298円
コプリーヌ 238円
ポルトベーロ 298円
1517円。OLのご褒美ランチか。あたしだってOLなんだからご褒美ランチ食べたいわと語気を強めつつ、しかし1517円分ポルチーニなめ茸がちゃんと美味しかったというのがなにか憎らしい。
ポルチーニ、完全に帰化
ボーナスが出たらまた作ろう。少なくとも乾燥ポルチーニはまた買うんだ。結果OLの自分にご褒美っぽいことにはなっている。満足である(中国産のポルチーニはもっと安いらしいので探してみようとも思う)。
未来が来たのでポルチーニがなめ茸になった
自作化が進めばアレンジも進む。
今回はなめ茸自作の流れにともない、一足飛びにポルチーニをなめ茸化させていただいた。実際できあがったものはなめ茸っぽさで言うとそれほどでもなかった(むしろ見た目はたにしの佃煮)かもしれないが、これも進化の過程なのだ。
意外な未来を創出したと無理やり思って今日は鼻息荒くすごそうと思います。
ポルトベーロのキャラクターのポップじゃなさにファンになった