東祖谷のかずら橋
6年も前の話なので、まずはかずら橋と観光モノレールのおさらいを。
徳島県三好市の東祖谷菅生地区にある「奥祖谷二重かずら橋」は、その名の通り葛などのつるを使って架けられた吊り橋で、長さの違う「男橋」と「女橋」の2つが架かっている。
こちらは高くて長い男橋
いろいろな部分が心配になる構造をしている
平安時代末期、それまで栄華を誇っていた平家が壇ノ浦の戦いで源氏に敗れて滅亡し、落ち延びた一部の人々がこの奥祖谷に隠れ住んだ。そのとき、もし源氏の追手が来たら切って落とせるように、蔓を使って橋を架けたのがかずら橋のはじまり、と言われている。
それから800年以上経って、かずら橋はいまだ現役である。もちろん現在の橋は復元されたものだし、追手をかわすどころか観光客ウエルカムな状態だけど。
そして、植物で作っているということ以上に、この吊り橋が観光資源になっている大きな理由はこれだ。
いやーおれまじ歓迎されてるわー(棒読み)
これがかずら橋の正常な状態である
構造上の理由なのか、資源節約のためなのか分からないけど、吊り橋でいちばん肝心の踏み板がスカスカなのだ。広いところでは靴のまま踏み抜きそうなほどの幅が開いていて、下を流れる川がよく見える。そして今はそれが最大のウリになっている。ものすごいスリル。
むしろ「植物の蔓で作られた」という部分は渡っている最中は忘れていて、スカスカの踏み板の間から足を落とさないように一歩一歩踏みしめるので精一杯。何とか渡り終えてから、そういえばこの橋、植物だったんだと思い出して2度目のスリルが襲いかかってくる。
たぶん、家に帰ってもしばらくの間は夢に出てきて、がばっ、と夜中に起きることがあると思う。
こういうシーン夢で見た
こういうシーンも夢で見た
その二重かずら橋から車で十数分のところには観光モノレールがある。
東祖谷のモノレール
みかん畑やお茶畑がある山でよく見かける農業用モノレールに乗りたいなあと昔から思っていたところ、あれとほとんど同じレールを山の中に引きまわした一般向けの観光施設を見つけた。それが「奥祖谷観光周遊モノレール」である。
森の中をものすごい急坂で登っていく
総延長は4,600mで乗車時間はなんと70分。高低差590m、最頂標高1,380m、最大傾斜40度はどれも世界一らしい(6年前の情報)。「観光周遊」と言っても、特にこれといった見どころがあるわけでもなく、見晴らしが良いわけでもなく、原生林が生い茂った山の中をのんびりと登ったり降りたりするだけだけど、これがなんとも楽しい。
この森の中をこの角度で登るにはモノレール以外ありえない
スピードは変わらないけど下りはものすごいスリル
上り坂は背もたれにぐいっと身体を押しつけられ、下り坂は前で足を踏ん張らないとつんのめりそうになるほどの傾斜で、特に降りはじめるまでレールの先が見えないほどの下りはスリル満点。実はこれがハイライトなのだと乗ってから気づいた。
レールだけ見るとジェットコースター(実際はのろのろ降りて行く)
それにしても70分はさすがに長いかな、と思ったけど終わってみればあっという間だった。
このあたりは人家もまばらな山間部で、最寄りの駅や高速道路ICからも2時間近くかかる秘境である。そんな場所に作られたアトラクションとしてはこれ以上ない楽しさ。実際、休日になると2時間待ち、ということもあるらしい。
こんな山奥でディズニーランド並みの待ち時間が起こるという
遠いけど、ぜひ、また乗ってみたいと思う(注:改修工事のため2013年7月中旬まで運休中)。
西祖谷のかずら橋
さて、ここまでは徳島県三好市の東祖谷地域にある「かずら橋」と「観光モノレール」の情報である。今回ふたたびこの地に向かったところ、1時間くらい離れた西祖谷地域でも「かずら橋」と「モノレール」を見つけた。
ただでさえ珍しいかずら橋と観光用モノレールが東祖谷と西祖谷に。四国の山奥はいったいどうなっているんだ。
東祖谷のかずら橋から西へおよそ1時間。川沿いの細い県道を走っていると、対岸に巨大な駐車場が作られているのが見える。なんとこれ、西祖谷のかずら橋へ行く観光客専用の駐車場だった。観光バス用のレーンや料金所もあって、もしかするとバスツアーのコースに組み込まれているのかも知れない。
秘境の谷間に不釣り合いな巨大駐車場
車を降りると、目の前にこれも巨大な土産店が。レストランもあって、大勢の人がお土産を選んだり食事をしたりしていた。
橋の土産店としては日本有数の規模ではないか
東祖谷のかずら橋を思い返して、確かに吊り橋としておもしろかったけど、それでもかずら橋ひとつでここまで多くの観光客を見込めるのだろうかと心配になる。でも確かに、土産店の中やかずら橋へ向かう道は、平日のこの日でもそこそこ多くの人で賑わっていた。ひょっとして、東祖谷のよりはるかに規模が大きいかずら橋なのだろうか。
その先で、いよいよ西祖谷のかずら橋が姿を現した。
そ、それほどでもない?
しかし長さ、高さとも東祖谷のかずら橋と大差ないように見える。あんな巨大な駐車場とお土産店建てちゃって大丈夫なのだろうか。
真相を確かめるべく、さっそく渡ってみることにした。
両脇の手すりに掴まらずには渡れない
素材はほぼ天然由来成分
そして例によって足元はスッカスカ
うん、確かに、これは、何と言うか、ちょっと、いや、そうとう、やばい、怖い。
構造も踏み板のスカスカ具合も川面からの高さも東祖谷のかずら橋とほとんど同じ。一歩一歩、足を滑らさないように踏みしめて進む。
まわりを見ると、蔓のワイヤーに掴まったまま「怖い!怖い!」を連発して立ち往生している人が大勢いる。僕も蔓を掴みながら進みたかったけど、そういう人を避けるときは手を離して真ん中を歩かなくてはならない。
まじ勘弁してよこっちも怖いんだよ。
逆に冷静になってあたりを見回すと、狭い橋の上で大勢の人が何かしら口走りながらよたよた進んだり腰を抜かしたりしていた。ちょっとした地獄絵図である。
さながらパニック映画のワンシーン
でも絶叫マシンだと思えば楽しそうにも見えた。そうかこれはアトラクションなのか。ちょっとした休みに四国まで旅行に来て、大声を上げながらかずら橋を渡れば、それだけで日常のストレスは吹っ飛ぶかもしれない。
都を追われた平家の落ち人たちが、肩を寄せ合い怯えながら暮らしてきた象徴であるこの橋が、いまやストレス発散の観光名所になっている、という現実を、過去の人たちはどんな思いで見ているのだろう。
西祖谷のモノレール
西祖谷のかずら橋から車で5分ほどのところに、祖谷ふれあい公園という公園があった。何気なく通り過ぎようとしたところ、公園の脇の山の斜面に、何やら見覚えのあるレールが這い回っているのが見えた。モノレールだ!
しかもその上にはカラフルなてんとう虫型のゴンドラが動いていた。まさか、東祖谷の観光周遊モノレールの成功に気をよくしてこちらにも作ったのだろうか。
慌ててハンドルを切り、駐車場に車を入れた。
あーもう間違いなく楽しそう
この土産店の中を抜けて向かう
モノレールではなくモノライダーと呼ぶらしい
理論上この乗り物より爽快なものはないことになる
ここも産直農産物などを売っている売店の中を通ってアトラクションに向かう。その先で独創的なデザインの橋を渡るとモノライダー乗り場だ。
かなり攻めてる形の橋
東祖谷の観光周遊モノレールと同じような、数キロにもわたってレールが敷いてあるのを想像したけど、こちらは全長およそ400mで乗車時間8分。一瞬ちょっと短いな、と思ったけど、冷静に考えればこちらが正常である。いきなり70分に挑む前の体験としていいかも知れない。ちなみに開業もこちらの方が2年先。
東祖谷のカブト虫に対して西祖谷はてんとう虫のライド
乗り心地はほとんど同じ
こちらはまわりに木がないので眺めはいい
そしてやっぱり下りは怖い
乗ってしまえばほとんど同じで、急なアップダウンのあるコースをのろのろ進んでいく。こちらは木がほとんどない山肌を縫うようにレールが敷かれているので、見晴らしはすばらしい。でも70分を体験した身にはちょっと物足りないかな。小さい子連れの方とかにはちょうどいいと思う。
もっと造ろう
四国の中でも特に山深く、秘境と言われる東祖谷と西祖谷にそれぞれ存在するかずら橋とモノレール。それなりに雰囲気も違うので、TPOに合わせて使い分けてほしい。
個人的には、山の急斜面を上り下りしながら木々の間を縫うモノレールはすごく楽しいので、全国各地の秘境にそれぞれ大規模なのがあったらいいんじゃないかと思っています。