はじまる前から雰囲気すごい
山口県山口市の南西部にある「湯田温泉」
室町時代に白狐が浸かって湯治しているのを和尚が発見し、開湯したという伝説を持つ山路地随一の温泉街である。
白狐がみつけた湯田温泉。けっこうな市街地です。
詩人中原中也の生地でもあり、高杉晋作や伊藤博文、高杉晋作など、幕末から明治維新にかけて活躍した維新の志士たちが度々訪れていたという、日本史にその名を残す英傑達とゆかりの深い土地でもある。
なるほど、歴史はわかった。では、今、この温泉街に何があるのかと問われたら私はこう答える。
「女将劇場ではないですか」
ファンタスティックなことになっている。
手にハトなんて持っている。
「女将劇場」とは、湯田温泉にある大旅館「西の雅 常磐」で連夜開催される、旅館の大女将、今井高美さん主演のショーの事で、毎晩8時45分近くになると、宴会場には宿泊客やそれ以外のお客さんがわらわらと参集し、がやがやと賑わいを見せる。
想像の2.8倍大きかった「西の雅 常磐」
そして、今か今かと皆が見つめる無人のステージは、はやくもこちらが困惑するほどシュールな事態になっている。
ありえない組み合わせが雑然と….
手作り感満載のイリュージョンセットらしきものや
維新の志士達が置いてあります。
そしていよいよ、この雑多な舞台の袖から、主役の女将がその姿を表す。
待ってました!紫の衣装が凛々しい。
「女将にございます。本日はよう、お越しくださいました」というハスキーボイスのシンプルな前口上の後、イケメン達を従えた山口名物「維新太鼓」でショーが幕を開ける。
ドンコドンコドンコドンコ…おお!かっこいい!
精悍な若者(しつこいがイケメン)とともに一糸乱れぬ早打ちを見せる。
体を揺さぶらずにはいられない、躍動感あふれるリズムがこだまする。
もっとチープなものを想像していたが、なかなかどうして、ものすごくちゃんとしているではないですか、と襟を正したのだが、これはほんの序章に過ぎず、次の演目より女将のワールドがうなりをあげて加速しだしたのである。
太鼓の次がハンドベル演奏。衣装が光りだした。
もはや宴会場ではなく「独壇場」
ほぼノンストップで次々と繰り出される芸の数々。女将が演じる、喋る、こける、客をいじる。その度に場内は爆笑と歓声につつまれる。
紙細工の胡蝶をパタパタ。
セクシーかつシュールな表情でせまる。
イリュージョンはじまった。
舞台に引きずり込むお客さんを物色。
女将が浮いて出てまいりますので」何を言っているのだ。
ウワー!いつわりなし!
恐るべきハイテンションでダンス、太鼓、マジックから水芸まで、約1時間半の間に30以上もの芸が詰め込まれた抱腹絶倒のステージ。最初の10分でさっき食べた夕食が何だったか忘れた(たしか魚のなにか)。なんという濃厚さ。そして場を掌握することの巧みさよ。
それもその筈、女将は4歳の頃より芸事を始め、キャリアは60年以上、身につけた芸も60を越える。
場面転換のつなぎにいちいち光る!
レオタード姿になった女将は最強である。衣装はその強大すぎるパワーを抑えるためのリミッターにすぎない。
ただのおふざけではなく、修練を重ねた確かな技術で真剣にばかばかしさを追求し、やたら高度な芸事をレオタード姿で、前歯や身体をぴっかんぴっかんきらめかせながら全力投球で披露する。その姿が観客に、笑いと共に、言い知れぬ感動を与えるのだ。
水量の過剰さがすごい水芸。
西の雅常磐につとめて43年のお姐さん(83歳)も登場、 日本舞踊を披露。
私のもっとも好きな演目のひとつである、ラインダンス。お姐さんの舞踊をバックに悪鬼も逃げ出すボルテージで重さ20kg以上!の人形と共に踊り狂う。
冒頭でぐったりしていた志士達に生命が吹き込まれる!
人形は女将の手作り。瞳孔開きっぱなしのピンクパンサー(まあ女将もだが)
すぐさま違う人形(オバマ&ミスターX)に「乗りうつる」もうモビルスーツだな。
そして、なにより魂を震わすのが琴の演奏というか狂奏。アンプをつないだ琴を荒々しく、たたきつけるようにかき鳴らす。しまいには太鼓のバチで琴を乱打。
後半に入り、女将劇場はますます混沌の度合いを深めてゆく。もちろん、エネルギーはそのままに。
参加してなお、おもしろい
「女将劇場」は最前席で鑑賞する事をおすすめする、いや、すべきである。私は最前席で見ていたのだが、ショーのクライマックスに幸甚が訪れたのである。
お姐さん(83歳)装いも新たに再登場…っておい!
なぜか女将とチャンバラがはじまる。
このなぜかに答えはない。
ししまいに転生して戦いは続く。
白装束のお姐さん(83歳)と刀をまじえながら女将が叫ぶ。
「私この芸いちばん好きよ~」
これなんだ!太鼓どんごどんご叩いたり、ずぶ濡れになったり、20kgの人形と走り回ったりしてたけどこれ一番好きなんだ!いや、いい芸だと思いますけどね。
どうしようもないので見たまま書くが、ひとつ目の変な妖怪と黄色い鳥を背負った赤ら顔の京劇風天狗面が入場。
黄色い鳥を客席に投げ入れる。もうわけわからん。
そしてついにはお客さんをどんどんステージに上げて、マツケンサンバに合わせて踊り狂った後、いよいよショーも大団円に近づいたかと思われたが。
歌謡曲をBGMにしっとり舞って終了かな。
あれ?なんか見られてる。
カメラを向けて気分を害してしまったのだろうかと思ったら当然そんなわけではなかった。そこから何が起ったのか。カメラは見ていた。
せまりくる女将。戦場カメラマンみたいな感じになった。
そのままステージに引き上げられ、女将と不思議なおどりをマンツーマン、白昼夢のようだ。
やはり恥ずかしがってかたくなにステージへ上がるのを拒むお客さんも多いらしく、水族館のアシカのように素直に踊ってハグした私をものすごく褒めてくれたが、「これが見たくて泊りに来たんですよ、東京から」と言ったら「ありがたい事ですが、大丈夫ですか?」と心配された。
うまくいえないけれど、宝物だよ。
その「余力を残さなさ」が素敵すぎる
気がつくと22時をとっくに過ぎて、女将の慇懃な挨拶と共に「女将劇場」は万感の拍手を浴びながら終演を迎えた。
「とにかく私がバカをやるのを見て、来た人が楽しんでくれればそれでいいんです」
サイト掲載を快諾してくれた女将こと宮川さんの、やりつくした感にあふれた満面の笑みが印象深かった。
明日になればまた、女将としてロビーで出発する客を送り出し、芸をみがき、「女将劇場」を演じるだろう。もう70歳に手が届く女将だが、「80、90までずっとやり続けます!」と力強く宣言していた。いや、ほんと、頑張ってください。
笑って笑って、1回転して最後にちょっとじんときます
この女将劇場、年末年始等をのぞいてほぼ毎日、休み無しで開催されており、なんと宿泊していなくても無料で楽しめるのだ。旅館としての設備、サービス、女将グッズとどれも素晴らしいので宿泊をおすすめするが、そうでなくとも、近くに行った際はぜひ立ち寄って女将のパワーというか法力をわけてもらっていただきい。
マスコットとミニタオル、饅頭など、女将グッズも充実。会場では「魔除けにどうぞ」と言われた。