その1.入院までの経緯を話の種にする
私が足首を骨折したのは、去年の春から夏にかけて歩いたサンティアゴ巡礼の終盤である。ワインをしこたま飲んでべろんべろんに酔っ払っていたところ、階段を踏み外してしまったのだ。
足首は腫れ上がり物凄く痛かったが、きっと捻挫だろうと考えた私はそのままサンティアゴまで歩き続けた。
サンティアゴ巡礼路の終盤、ビジャフランカという町
その宿の宿で見事に足を踏み外してしまった
杖を突き、足を引きずりながら山を越えた
誤った自己診断をした上に医者にもかからず長距離を歩き続け、その後も4ヶ月間放置していたという事で、まぁ、弁解の余地がない自業自得な愚行である。
……とまぁ、このように、ケガをした顛末をある種の自虐ネタとして話せるくらいの余裕があると、幾分気も楽である。
特に入院している患者さんはたいてい時間を持て余しており、同室の人に「どうしてここに入ってきたの?」と聞かれる事もよくある。笑いながら“やっちまった”事について話せれば、コミュニケーションもスムーズだ。
その2.入院を旅行として捉える
複数日に渡り家を空けるという意味で、入院は旅行のようなものである。しかも一ヶ月ともなると、それはもう海外のホテルに長期滞在しているようなものだ。
ここはテンションを上げ、常夏気分(病院内は冬でも暖房効いてるし)で入院生活を楽しむとしようじゃないか。ただし、病院や他の患者さんの迷惑にならない程度で、だ。
入院中、私はカメラを持ち込み、事あるごとに写真を撮らせていただきた。旅行中における記念撮影のようなノリである。
おー、しっかり割れてますね(クリックで骨折部を表示)
へー、折れた部分の上下を削って、腰から骨を取ってはめ込み、金具で固定するんですか!
入院は手術の前日だったのだが、私はサンティアゴ巡礼で使っていたザックに荷物を詰め病院へ行った。
今回の旅行(入院)にはこのザックこそがふさわしいと思いながら一人ほくそえんでいたのだが、それを見た看護師さんには「山へ行ってきたんですか?」と聞かれたりもした。
おぉ、巡礼宿よりも立派なベッドだ
入院してすぐにネームバンドを装着
もはや断食だって楽しいイベント
手術は全身麻酔の為、前日の夜から飲食が禁じられていたが、まぁ、それも旅行先でイスラームのラマダン(断食)に遭遇したと考えれば、ちょっと楽しい異文化交流である。
もちろん、手術だって人生初めての一大イベント。術前術後の記念撮影も忘れない。
写真を撮る事で緊張もほぐれる
麻酔切れの直後で朦朧とする中、撮ってもらった
骨折部分が埋まり、金具が入りました
その3.食事を満喫する
入院中の楽しみは、何と言っても食事である。食事を楽しまずして何を楽しむのかと言うくらい、食事が占めるウエイトはでかい。
病院食というと、薄味でおいしくないというイメージが強かったが、入院中に出された食事はどれもおいしいものばかりだった。
基本的な和食メニュー
こちらはパン食。モロズミのイチゴジャムが懐かしい
うどんやラーメンが出る時もある
こういう小細工がちょっと嬉しい
味噌汁の具がみじん切りだったり、ホウレンソウがトロトロになるくらいに茹でられていたりと、通常とは違った部分もあるにはあるが、それが逆にアクセントとなってくれる。普段の食事にない部分を探す事にも、楽しみを見出せるのだ。
また週に一度、水曜日には「おたのしみメニュー」という、通常よりもちょっと凝った食事が出る。
ハイカラなおたのしみメニュー
シジミご飯と豚の角煮的なもの
これがとろっとろで凄まじくうまかった
私が通っていた小学校では、子どもたちが好むメニューが出る「おたのしみ給食」が週に一度あった。この病院の「おたのしみメニュー」は、それに近いノリなのだろう。
小学生の頃、私は「おたのしみ給食」の日を心躍らせながら待っていた。大人になってからも、私は「おたのしみメニュー」の日を待ちわびている。三つ子の魂百まで、とはよく言ったものだ。
その4.ご飯大盛り、腹いっぱい
病院食は想像よりもおいしかったが、ただ量がそれほど多くないのが難点だ。正午に昼食を取っても、午後4時くらいには空腹になり、お腹がぐーと鳴ってしまう。
その事を看護師さんに相談したら、「なら大盛りにしましょうか?」と提案された。しかも無料で可能なのだという。「それならぜひ!」と力強くお願いしたら、次の食事からビックリする程の量になり、思わず笑った。
ご飯増量に加え、おかずも大盛り
って、ひじきが山のような大盛りで出てきた
パンもトレーからこぼれんばかり
ご飯が大盛りになってから、私はお腹が減る事が無くなった。米一粒たりとも残さず全部食べ、食後はいつも腹いっぱいである。
いやはや、満腹とは幸せな事だ。身も心も満たされ、楽しい気分になる。
病院内でほとんど動いていないという点を考えると、いささか体重が心配になるが……いや、そのような些末な事、気にしない、キニシナイ。
その5.洗面台でシャンプーしてみる
左足首の手術をした私は、骨がある程度くっつくまで足を地面につく事ができない。なので、最初は車椅子を使って移動していた。
基本的にはベッドで寝てる感じ
免荷(足ついちゃダメ)W/C(車椅子)なので、動きたくても動けないワケだ
まぁ、車椅子でもトイレに行くくらいならば問題無いのだが、風呂に入るとなるとかなりの苦労を伴う。
病院の風呂は入れる時間が決められているし、足を上げたまま頭や体を洗うのは結構辛い。忙しい看護師さんの手も煩わす事になるのも気が引ける。
おしぼりが配られるので、それで体を拭くのが基本
風呂もあるにはあるのだが……
いろいろ面倒なので、利用を避けがち
しかしながら、いくら風呂が面倒だからと言って体が汚れたままというのは嫌すぎる。
体は毎日おしぼりで拭くからある程度は何とかなるとして(キャンプ旅行でも濡れタオルで体を拭いて風呂代わりとするし)、せめて頭くらいは洗いたいものである。
おあつらえ向きに、洗面所にシャンプーのボトルが用意されていた。なるほど、ここで頭を洗う事もできるというワケか。よし、やってやろうじゃないか。
洗面所にはシャンプーを始め各種アメニティグッズが
服が濡れないようタオルを被って、いざシャンプー
洗面台でシャンプーするのはそうそうある事ではないので、最初のうちはどうしてもびしょびしょになってしまう。
しかし何度かやっているうちに上達し、最終的にはほぼタオルを濡らさずに頭を洗えるようになった。洗髪技術が徐々にレベルアップしていく様が、ゲーム感覚でなかなか楽しい。
その6.売店に入り浸る
病院には売店が存在する。車椅子に慣れて自由に動かせるようになってからは、この売店にもちょくちょく足を運んでいた。
この売店は品揃えの良いキオスクくらいの規模でこぢんまりとしているが、お見舞いの品や暇つぶしグッズなど、病院らしい品々も並んでおりなかなか楽しい。
病院奥の一角にある売店
大きな店ではないが、品揃えは結構豊富
なぜか婦人服まで売っていた
何度か足を運んだお陰で店員のおばちゃんと仲良くなり、この売店についていろいろ教えてもらう事ができた。なんでも、このお店はチェーンではなく個人商店なのだそうだ。洋服店の友達がいて、店先に婦人服が並んでいるのはその為だという。
前はもっと目立つ場所に店があったのだが、奥まった場所に移動してからは客が少なくなったとか、最近は病院が患者に消耗品を(有料で)提供するようになったので売り上げが落ちたとか、世知辛い話が聞けた。
他にも、昔は同室の患者が退院する際にはみんなでお金を出し合って、ちょっとした退院祝いのプレゼントをする習慣があったなど、なかなか興味深い話もあった。
その7.夜の病院で肝試し
病室の消灯は午後9時なのでそれまでにはベッドにいる必要があるが、それ以前なら病院内をうろつく事もできる。
夜の外来は照明が落とされ人がおらず、少々怖い感じである。しかし逆に言えば、その独特の雰囲気を味わう格好のチャンスでもある。一人肝試しとしゃれ込もうではないか。
エレベータに乗って一階に降りる
緊急の外来の為か、受付付近は比較的明るい
ここまで病院に人がいないと不思議な感じだ
そして暗いエリアはやはり怖い
普段は大勢の患者さんで賑わっている病院も、夜はひっそり静まり返っており、ひとけがあるのはシャッターを僅かに開けた受付だけだ。
特に廊下の奥は暗く、まさに夜の病院といった趣である。いいね、いいね、この感じ。
その8.病院内で期日前投票
去年の12月には衆議院選挙があった。私は一応有権者として、できるだけ投票に行く事を心掛けているが、入院中で投票所に行けない場合はどうなるのだろうと看護師さんに聞いてみた。
すると、書類に一筆書けば入院中でも病院で期日前投票が可能なのだという。特殊な形で選挙に参加できる、なかなか稀な体験だ。
「依頼書」に氏名と住所、生年月日を書く
すると、投票日の数日前に選挙管理委員会の人が病室にやってきて、その場で投票する事に
投票用紙を入れる封筒は二重になっており、投票者は内側の封筒に投票用紙を入れて封をする
次に、選挙管理委員会の人が内側の封筒を外側の封筒に入れ、封をする。これで投票完了
私はてっきり、病院の一室に臨時投票所みたいな場所を設けてそこに投票しに行くのかと思っていたが、実際には担当者が有権者の病室を個別に訪問して投票を行うシステムだった。
まぁ、患者さんの中には動く事ができない人もいるだろうし、必然的にそのようなやり方になるのだろう。しかし、一人一人を回る担当者は大変そうだ。
その9.季節のイベントを楽しむ
入院中は気軽に外へ出たりできないので、季節の移り変わりが実感しにくいフラットな日々を送る事になる。だからこそ、季節のイベントは全力で楽しみたいものである。
私の入院中には、ちょうどクリスマスがあった。きっと24日には何らかの特別メニューが出るに違いない、そう期待して夕食を待ったが――
あら、意外と普通のメニュー
あ、ひげおじさんの鶏箱、いいな……
まぁ、人生などそのようなものである。そう、ここは病院なのだ。季節のイベントなど、過度に期待してもいかんだろう。
そんな事をしみじみ思いながらご飯を食べていると、同室の男性がひげおじさんのボックスを抱えながらこちらに車椅子でやってきた。そして箱を差し出し一言「お見舞いに貰ったんですが、僕一人だと食べきれないのでどうぞ」。
救いの神はここにいた。
神々しい、金の衣をまとった鶏肉である
いやぁ、嬉しい。病院にいながらもクリスマスらしい食事ができた事も嬉しかったが、それ以上に鶏肉を振舞ってくれた男性の思いやりが嬉しかった。
調子に乗った私はさらにクリスマスらしい事をしようと、ベッドに靴下をひっかけて寝てみたりもした。
朝起きたら何か入っていてくれないだろうか
まぁ、当然のごとく何も入っていなかったワケだが(検温に来た看護師さんには見て見ぬふりされた)、私としてはクリスマスっぽい雰囲気が出せたので良しとする。……可愛げの無い黒い靴下だったのが悪かったのかな。
実は、クリスマスの25日は私の退院日でもあった。昼過ぎに病室を出る事になっていたので、その前に最後の昼食を頂く。すると、そこに出てきたのは……。
おぉ、ケーキだ、ケーキが出たぞ!
24日に何もないと思いきや、25日の昼にまさかのクリスマスメニューである。直後に退院する事と相まって、いやはや、最高のプレゼントを頂いた。
ちなみに退院後の通院で小耳にはさんだ情報だが、正月には刺身や尾頭付きの鯛が出たらしい。やはり病院とはいえ、特別な日には特別なメニューが出るものなのだ。
その10.素直に退院を喜ぶ
というワケで、25日に無事退院する事ができた。幸いにも術後の経過は極めて良好で、退院日が予定より大幅に早まり、年越しを待たずの退院となったのだ。
毎日、リハビリやりました
オステオトロンという治療器で超音波を当てたりもした(刺激になって骨折の治癒が早まるらしい)
そして装具を付けて、地面に足をつく事ができるようになった
ずっと装着していたネームバンドを切って退院!
いやぁ、約一ヶ月間の入院、長かった。長かったからこそ、退院時の喜びもひとしおである。
ここは素直に退院できた事を喜び、ハッピー気分で入院生活の幕を下ろすとしよう。俺は自由だ!
さっさと直して歩きたい
という感じで、なんとかポジティブに入院生活を楽しむ事ができたと思う。まぁ、長い時間ではあったが、たまった本を消化できたし、それなりに充実した日々を送る事ができたと思う。
現在は骨折がほぼ治り松葉杖も取れたものの、まだ足首が固まっていてシャキシャキ歩く事はできない。早い所元通りに治して、また長距離をガリガリ歩きたいですな。