小田急江ノ島線「片瀬江ノ島駅」から歩いて約5分、湘南海岸沿いにトンビを従えながら鎮座している新江ノ島水族館。
愛称「えのすい」
前身の「江の島水族館」時代も含めると約60年もの歴史を持つ水族館である。
同県出身の私にとってなじみの深い水族館で、小学校の遠足でイルカのショーを観た時、
「イルカと握手したい人手あげてー」
というコールに元気よく応えた私は
「そこの灰色のトレーナーの子!」
と指名を受け、同時に席を立った灰色ジャージを着ていた同級生を
「お前はジャージだろ!トレーナーは俺の事だよ!」
としりぞけ、握手権を勝ち取ったのを憶えている。
君達の先輩と固い握手をかわしたんだよ僕は。
約8,000匹のマイワシが作る巨大なボールの、ターミネーター2のような、なめらかでメタリックな質感が圧巻の相模湾大水槽(いい名前!)
おっさんなのでつい大企業とか連想しがち。
深海生物コーナーには迫力満点のモンスター達が集う。
二日酔いっぽいダイオウグソクムシ。
そして、えのすいといえば、幻想的な空間の中で、約15種類のクラゲを1年中鑑賞できる癒しスポット「クラゲファンタジーホール」である。
サカサクラゲのやる気のなさがすてき。
と、ファンタジーたっぷりに紹介したが、今回の舞台はこのようないかにも水族館的な華やかなところではない。
強風、決行「えのすいくらげの日」
朝の9時、まだ閑散とする入り口前にクラゲファン達が集う。
「えのすいクラゲの日」
毎月9日開催、18歳以上・15~20名限定参加。
大人達が海を泳いでいる小さなクラゲを網で救い、観察しながら生態などについて学習するという、なんともしぶいイベントである。
晴天だがかなりの強風、トンビもカモメも風にあおられほぼ真横に飛んでいる。
「わはは、今おれ横に飛んでるよ」って思っているにちがいない。
写真だとわかりにくいがかなり荒れている。そんな中でもサーファーは躍動。
雨や台風等の荒天の場合、屋外採集は中止となり、バックヤードツアー等の屋内イベントとなるのだが、今回のような「強風」というケースは実施29回目にして初めての事らしい。
「せっかくなので、行けるところまで行きましょう!」
トリーターと呼ばれる飼育展示スタッフさんのアナウンス。
吹きすさぶ冷たい風は外に立つ我々の顔に容赦なくビーチの砂をぶつけてくる。
場所によっては眼を開けているのもつらい状況だが、イベント決行の決定に異論を唱える人は一人もいない。強風にも揺るぎない皆さんのクラゲ愛。素敵だ。
参加者に秘密兵器(網)がくばられ…
移動開始。
なんだこの集団は。
すれ違う人達から声をかけられる「何しに行くんですか?」
「江の島名物シラス漁の豊穣を願い、江ノ島神社へ「お網様」を奉納しにゆくのです」
喉元まで出かけたボケを飲み込み、ほんとうの事を伝えると、それでも釈然としない様子。
無理もない。吹きすさぶ強風の中、網をかかげた20人の大人達が修験者のごとく行進しているのだ。
知らないで見たら、いったいどんなニューウエーブな荒行かと思うだろう。
やってきたのは江の島漁港。
普段は立ち入り禁止。
クラゲは勘で捕まえろ!
レクチャーをするのはクラゲ飼育担当のトリーター、足立さん。
クラゲエキスパートによる機材説明。
伸ばして…
伸ばして…
ながっ!!
今まで乱暴に「網」と呼んできたが、これはえのすいオリジナルのクラゲ捕獲装置「クラゲット(注意:私が勝手に命名)」である。
勝手に名付けといて以後「網」と呼びます(すいません)
如意棒のように3m以上の長さまで自在に伸びるこの網を海中に突っ込み、クラゲをさらうのだ。
どこを狙っていいのやら…
ここでとれるクラゲは水族館で優雅に漂っているものよりも格段に小さく、大きいのものでも2~3cm程。つまり、眼で見て捕らえる事はほぼ不可能。
足立さんに「コツはあるんですか?」と聞いたところ、「勘です!」との事。
シックスセンスを信じて網をふり「捕れたかもしれないなにか」を容器に移す。
あの辺が感じるんだよなー。なにか出てるんだよなー。
ラゲがぽんぽん入ってくるイメージで。
よーしとれたとれた。
よーしよしよしよし(エア)
全体はこんな感じ。クラゲの探しっぱなし(ゴルフの打ちっぱなしみたいな感じで)
足立さんいわく「何回も参加されている常連さんは勘が研ぎ澄まされていますからどのあたりで捕れやすいかわかると思いますよー」
ええ、そんなジェダイなみの非凡なスキルを身につけている人がいるのですか。
いるのです。ケースのぞきのフォームが熟練を感じさせる。
「そうですねえ。大体のポイントはわかりますね。ちょくちょく変えてみてもおもしろいですよ」と言いながら達人は別のスポットへと歩きだす。
「あの人についていけば!」と初参加の人が後を追う。皆、クラゲットを目指して感覚と戦略を駆使しているのだ。
ビジュアル的にはひたすら地味だが、大人になって一心不乱に網で海をかき混ぜるというのはなかなか経験できることではない。皆、ひたすら夢中である。
海の水全部汲み上げてくれるわ!ぐらいの勢いで。
あっという間に時は経ち、タイムアップとなった。
運び出した微生物群を水族館に持ち帰る。
何か…いる。私には見える。(見えていない)
調子のいい時はこの時点で水の中をぴんぴん動く小さなクラゲが見つかったりするらしいが、今回は特にそのような報告は聞かれず。気持ち的には「水」を持ち帰る感じである。
この強風が凶と出たのか。一抹の不安を抱えながら一行は漁港を後にするのであった。
すごいのが紛れ込んでいた
「皆さん、この強風の中、まずは無事に帰ってこれてよかったですね」
体験学習室でお互いの無事の帰還を喜びあった後に、いよいよ持ち帰った小宇宙(水)をライトと顕微鏡で探索する。
皆砂まみれである。
容器に移した海水をライトと顕微鏡を駆使して探索。
全神経を目の前の水に集中。
声がかけづらい雰囲気…
部屋のいたる所で事件現場の鑑識のような繊細な水検証が行われる。
前述のように港では目立った成果は見られなかった。どうなる事やらと思われたが意外にもすぐに沈黙は破られた。
「いた、見つけた!」
わずか数ミリの小さなクラゲをいきなり発見。
足立さんが種類の同定を試みる。
「ん?なんだこれ?」
クラゲマスターの思わぬ台詞にあたりが騒然となる。
「はじめてみた!」
他に立ち会ったトリーターさん達がかわるがわる顕微鏡を覗き込むが結果は同じ。
なんといきなり未知のクラゲが採取されてしまったのである。
大きな特徴は7本の触手。
拡大写真。007は触手の番号。
通常は2本、4本、6本、8本...等、偶数の触手を持つが、これは奇数。
もちろん、なにかのアクシデントで一本取れただけという可能性も否定できないが、少なくとも、当イベントでは初めて確認されたクラゲとの事だ。
ホワイトボードに書かれたイラストもハイテンション!
なんとすばらしい。海底火山の蒸気が立ちこめる地獄のような深海の世界や、怪鳥奇獣がうごめく未開のジャングルでなくとも、国道沿いの漁港、我々の足元にまだまだワンダーは隠されているのである。
この気づきを貰っただけでも強風の中、ひたすら網を振った甲斐があったというものではないか。
なんかいきなり達成感すごいよ。私が見つけたわけでもなんでもないけど。
このクラゲは研究者のもとに送られ、同定が行われるとの事、結果がたのしみだ。
当初の心配をよそに、つぎつぎと発見されるクラゲやその他のプランクトン達。
オオタマウミヒドラ
なんとなく古典的な名前だがビジュアルはSF。
古事記に出て来そうな名前だが比較的よく見つかるこれもかなり小さなクラゲである。
クラゲというと、潮流に体をまかせてのんびりとロハスな感じで漂っているイメージがあるが、こやつはやたらアクティブに動き回る。
写真と間違えて動画を撮影していたものがあった。
(1秒もない、一瞬ですが。。)
ウミグモの一種
シラスとツーショット。食事か抱き枕か。
言い得て妙!なネーミングだが、分類状上クモとは関係ない。
常連の方が捕獲したものだが「これなんでしょうかねー」と聞いたら「ウミグモの仲間じゃないですかねえ」と即答された。
すごい。
えびの仲間?
うまく撮れなかった。
この他にもチリメンモンスターさながらの個性豊かなプランクトン達が発見されたのだが、動きが早かったりして写真が撮れなかったので足立さんがホワイトボードに書き出したかわいいイラストで紹介しよう。
(左から)夜光虫の仲間、ゴカイの幼生、ケンミジンコ
一番右は写真で紹介したウミグモ>
女性の参加者がゴカイの幼生を2匹連続で発見し、周囲の人達(私含む)から「ゴカイマニアになった方がいいですよ!」と無責任な推奨をされていた。
ほんとうになってしまったらどうするのか。いや、いいんだけど。
ヨコエビの一種
かわいい。ウミウシの次はヨコエビが来る!とは足立さんの言。
フジツボの抜け殻
蔓脚(まんきゃく)と呼ばれる部分のもの。初心者がクラゲと間違えやすい。
思いもよらない発見を持って採集、観察イベントは終了。
次は水族館内でクラゲ飼育の施設を見学する、クラゲバックヤードツアーである。
ワンポイントクラゲレッスン
バックヤードは基本的に撮影禁止。
えのすいで展示されているクラゲ達の飼育、繁殖の設備を見学しながら、トリーターの足立さんに水族館のクラゲを少し(少しね)マニアックに楽しむポイントを聞いていみた。
「体の構造を意識しながら見てみすると面白く観察できると思います」
「例えば、よくクラゲをキャラクター化したもので傘の真ん中に目があったりしますが実際、人間の目にあたる部分は感覚器といって傘のふちに複数ついています」
「ミズクラゲだと、傘がくぼみになっているのが目印です」
ほぉー。機能としては光を感じ取ったりする程度らしい。「おお、あれが目か」って興奮しよう。
「餌は細く長い触手でキャッチして真ん中の太い足のようなもの(口椀)に運びます」
「あーあのきしめんみたいなやつですね」
アマクサクラゲ。触手が長いため、狭いところで多数を飼うとからまるらしい。
「きしめんて。足とかきしめんに見えたりしますが、あれは人間で言うと唇のようなものなんですよ。」
「へー、唇!で、真ん中の根元の方に運んで取り込んでいくわけですね」
「そうです。触手が餌を捕らえると縮まりながら、このきしめんみたいな(気に入ってるじゃないですか)口椀に運びます。注意深く観察しているとその様子が目撃できるかもしれません」
最後に、有毒生物愛好家として聞いておきたい事があった。
「えのすいで展示しているクラゲの中で、毒が一番強いものはどれですか?」
「まあ、毒自体の強さ、毒針の大きさ等いろいろ要素があると思うんですが、私たちの経験上ではアマクサクラゲですね」
飼育員さんが選んだ痛いクラゲ大賞の栄冠はアマクサクラゲの手に!傘にもがっつり毒針を持つ全身凶器だ。
「け、経験上では…やっぱり刺されるんですね…」
「そうですねえ…程度に差はあれクラゲ飼育に関わっているとどうしても…」
しみじみと語る足立さんの表情にはそれでもクラゲ愛が溢れていた。
当サイトの生き物取材で、刺されたり、咬まれまくっているライター(平坂さん)の顔が頭をよぎった。
人は愛ゆえに刺されるのだな。いや、皆さんはいけませんよ。むやみに刺されたら。
こうしてクラゲとの濃密な3時間は幕を閉じた。
「えのすいくらげの日」イベント概要
日時:毎月9日開催 9:00~12:00 ※荒天時は館内でクラゲの飼育現場を見学
場所:江の島周辺/新江ノ島水族館「なぎさの体験学習館」
料金:1,000円 ※別途水族館入場料が必要です
参加資格:18歳以上 20名 ※希望者多数の場合は抽選となります
応募などの詳細は
新江ノ島水族館ホームページで
リピーターが多いのもうなずける。また参加したい。
水族館のイベントで大人限定とは珍しいなあと思って参加したが、かなり充実した体験学習だった。
水槽や照明で鑑賞用につくられた空間ではなく、海を相手に網をやみくもに振り回す。
この、ばかでかいおもちゃ箱の中に手を突っ込むようなワクワク感は子供だけのものではない。
探究心と知的好奇心をばしんと刺激する大人のエンターテインメントなのだ。
終了後は普通に館内を閲覧。イルカショースタジアムでイルカまん(季節限定)食べたりして。
取材協力:
新江ノ島水族館
〒251-0035 神奈川県藤沢市片瀬海岸2-19-1
TEL:0466-29-9960