特集 2012年11月13日

命がけの紅葉狩り~黒部峡谷下ノ廊下を歩いた

危険、落ちたら死ぬ
危険、落ちたら死ぬ
北アルプスのど真ん中を貫く黒部峡谷。切り立った山々によって囲まれた険しい地形の為、明治時代に入るまでほとんど人が立ち入らなかったという、まさに日本の秘境というべき場所である。

黒部峡谷を紅葉の時期に歩きたい。そう思い立ち、旅行の計画を立てたのが3年前の事だ。しかし黒部はあまりに遠かった。一昨年は仕事に追われて時間が取れず、去年は行く直前になって崖崩れが起きてしまい道が閉鎖されてしまった。

その3年越しの願いが今年ついに叶ったのだ。喜び勇んで向かった黒部峡谷は、あらゆる意味で凄かった。
1981年神奈川生まれ。テケテケな文化財ライター。古いモノを漁るべく、各地を奔走中。常になんとかなるさと思いながら生きてるが、実際なんとかなってしまっているのがタチ悪い。2011年には30歳の節目として歩き遍路をやりました。2012年には31歳の節目としてサンティアゴ巡礼をやりました。(動画インタビュー)

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徒歩でしか行けない黒部峡谷の中心部

今回私が歩いたのは、黒部峡谷の中でも特に景観が良いという「下ノ廊下(しものろうか)」と呼ばれるエリアである。

しかしそこはあまりに険しい地形ゆえ峡谷沿いの登山道以外に道は無く、約30キロメートルの道のりを自力で踏破しなければならないらしい。

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下ノ廊下のルート図
……30キロメートル。なかなかしんどい距離である。だがしかし、そこは夢にまで見た黒部峡谷。なんとか頑張って歩くとしよう。

スタート地点は黒部ダム

さて、下ノ廊下を歩くにあたりそのスタート地点はどこかというと、ご存じ、日本一の高さを誇る黒部ダムである。下ノ廊下は黒部ダムの直下から始まるのだ。

なので、まずは黒部ダムを目指す事になる。
やってきました、長野県の信濃大町駅
やってきました、長野県の信濃大町駅
バスに乗って黒部ダムの入口、扇沢を目指す
バスに乗って黒部ダムの入口、扇沢を目指す
扇沢周辺の山々も既に色付いてきていた
扇沢周辺の山々も既に色付いてきていた
トロリーバスでトンネルを越え、いよいよ黒部ダムに突入
トロリーバスでトンネルを越え、いよいよ黒部ダムに突入
そうして到着した黒部ダム、さすがの貫録である
そうして到着した黒部ダム、さすがの貫録である
こんな険しい場所に、よくもまぁ作ったものだ
こんな険しい場所に、よくもまぁ作ったものだ
黒部ダムから見下ろすこの峡谷が下ノ廊下である
黒部ダムから見下ろすこの峡谷が下ノ廊下である
早速下ノ廊下に入りたい所ではあるが、黒部ダムに到着したのは午後4時。

この時間に出発するのは無謀にも程があるので、今日は黒部湖畔のキャンプ場に泊まって明日の朝歩き始める事にする。
湖畔を歩いてキャンプ場へ
湖畔を歩いてキャンプ場へ
紅葉もなかなか良い感じだ
紅葉もなかなか良い感じだ
黒部湖の標高は約1500メートル。訪れたのは10月の中旬であったが、既に紅葉がだいぶ進んでいた。これなら峡谷の景観も期待が持てそうである。

そして朝6時、私は表面がパリパリに凍り付いていたテントを片付け、再び黒部ダムに向かった。峡谷を歩くには、まずは谷底に下りなければならない。
峡谷へ降りる入口はトロリーバスのトンネル内にある
峡谷へ降りる入口はトロリーバスのトンネル内にある
なかなか良い雰囲気のトンネルを進む
なかなか良い雰囲気のトンネルを進む
標識に従って進むと、狭い横道に案内された
標識に従って進むと、狭い横道に案内された
秘密の抜け穴から出たような、わくわく感である
秘密の抜け穴から出たような、わくわく感である
急な山道を下って行くと――
急な山道を下って行くと――
黒部ダムの下に出た
黒部ダムの下に出た
峡谷の底から見る黒部ダム。この写真だとさほど大きくは見えないが、これは周囲のスケールがあまりに巨大すぎて遠近感が狂っているのである。

ちなみにこの写真を撮った位置からダムまでの距離は500メートル以上。それでもこの大きさに写るダムと谷。黒部峡谷がいかに険しいV字谷なのか、お分かり頂けただろうか。

本日の目的地はこの黒部ダムから約18キロメートルの地点にある阿曽原温泉。その山小屋の前にテントを張って寝る予定だ。いやはや、この先どのような道が続いているのだろう。それを考えると身震い、いや武者震いがする。さぁ、本番はこれからだ。
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ほとんどムリヤリな峡谷沿いの道

黒部ダムに別れを告げ、下ノ廊下の登山道をてくてく歩く。

登山道とはいっても普通の山道のようなものではなく、峡谷を流れる黒部川に沿って作られた比較的平らな道だ。とはいえ、大きな岩がゴロゴロしているので歩くのに結構苦労する。
最初の辺りはまだ歩きやすかった
最初の辺りはまだ歩きやすかった
しばらくすれば岩ゴロゴロ。ホントに進んで大丈夫?という感じ
しばらくすれば岩ゴロゴロ。ホントに進んで大丈夫?という感じ
しかしまぁ、凄い所である
しかしまぁ、凄い所である
まださほどの距離を進んではいないが、それでもこの景観。V字谷とはいうものの両岸の斜面はほぼ垂直で、体感的にはまるで壁のような迫力がある。

そしていよいよこの辺りから、黒部の道が牙を剥き始める。
うわ、ヤバい道がきた(斜面の中腹に走る筋が道)
うわ、ヤバい道がきた(斜面の中腹に走る筋が道)
ちなみに、歩いている人がこの大きさ
ちなみに、歩いている人がこの大きさ
いやはや、なんというか。歩ける場所が無いから岩盤を削って作りました、というようなムリヤリな道である。

ちなみにこの道、今でこそ登山道として使われているものの、本来は水力発電所の事前調査目的で開かれたものだそうだ。その名も、「旧日電歩道」。

黒部ダム、そして黒部ダムから水を送って発電している下流の黒部川第四発電所は、この旧日電歩道による調査の結果を元に作られたというワケだ。
峡谷の景観、そして紅葉は期待通りの良さ
峡谷の景観、そして紅葉は期待通りの良さ
矢印を頼りに岩をよじ登る場所もある
矢印を頼りに岩をよじ登る場所もある
そそり立つ岩盤に圧倒される
そそり立つ岩盤に圧倒される
またもや現れた、ムリヤリな道
またもや現れた、ムリヤリな道
一応、木道が通されてはいるものの
一応、木道が通されてはいるものの
足を滑らせたら奈落の底
足を滑らせたら奈落の底
ワイヤーを握る手に力がこもる
ワイヤーを握る手に力がこもる
本来、このようなワイヤーやロープはあくまで補助。それを頼りっきりに歩くのは良くないのだが、しかしここではそうも言ってられない。常にワイヤーを握りっぱなしである。

もし足がつるっと滑ったら、せり出した岩にザックが引っかかってバランスを崩したら、などなど考えてしまうと、思わず足がすくんでしまう。
谷底には雪渓が溶けずに残っていた
谷底には雪渓が溶けずに残っていた
大きな岩を梯子で迂回する。これがまた怖い
大きな岩を梯子で迂回する。これがまた怖い
ファイト、一発!的な感じで登る所もある
ファイト、一発!的な感じで登る所もある
岩盤を削って作られた道は比較的平坦ではあるものの、それ以外にも上下に移動する箇所が何ヶ所かあり、意外と体力を使った。

特に大岩を迂回する高巻きの梯子は恐怖そのものであった。堅固に作られているとはいえ、下は峡谷の底までストーンと落ちる崖である。足を踏み外したらタダでは済まない。

断崖絶壁の道に精神力を削られ、そしてこのような上り下りで体力も消耗する。想像していたよりずっとハードな道である。
下ノ廊下の中ほど、白竜峡という場所の界隈
下ノ廊下の中ほど、白竜峡という場所の界隈
なるほど、確かに白竜っぽい感じである
なるほど、確かに白竜っぽい感じである
滝が道を洗っていて、通るのが怖いし飛沫が冷たい
滝が道を洗っていて、通るのが怖いし飛沫が冷たい
昼過ぎ、下ノ廊下最大の名所である十字峡に着いた
昼過ぎ、下ノ廊下最大の名所である十字峡に着いた
谷底を流れる黒部川に左右から沢が十字の形に流れ込む十字峡。なかなか珍しい景勝地である。これは良いモノを見れたとホクホク気分で先に進んだ私であったが、間もなくその顔が青ざめる事になる。

十字峡を境に、黒部の道はさらに凶悪なものへ変貌を遂げたのだ。
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ますます高さを増す断崖絶壁の道

私の進行速度は遅く、予定よりかなりスローなペースであった。既に太陽は傾きつつあり、できるだけ急ぎたい所ではあるのだが体が思うように動いてくれない。

そんな私に追い討ちをかけるかのように道はより高さを増し、私の精神はどんどん擦り減らされて行った。
だって、これだもの
だって、これだもの
ズームで撮らないと、人が点にしか写らないスケール感
ズームで撮らないと、人が点にしか写らないスケール感
この辺りの高さは谷底まで100メートル以上。30階建てビルの屋上の縁を延々歩いているようなものである。

写真を撮るにも身動きが取れる範囲が非常に狭く、カメラバックからカメラを取り出し、レンズキャップを開け、シャッターを押す。その一挙一動がいちいち怖い。
肩幅くらいしか歩ける場所がない
肩幅くらいしか歩ける場所がない
下を見ると泣きそうになる
下を見ると泣きそうになる
精神的にも肉体的にもすっかり疲れ果て、へろへろになりながら壁側に重心を持たせつつ歩く。進行速度は十字峡の前より確実に落ちていた。

いつの間にか私を追い抜く人もいなくなり、こりゃ日没までに阿曽原温泉にたどり着けるか怪しくなってきたと思い始めた頃、対岸の崖に二つのトンネルがぽっかり見えた。
黒部川第四発電所の送電線口だ
黒部川第四発電所の送電線口だ
送電線は鉄塔を経由して山の向こうに伸びている
送電線は鉄塔を経由して山の向こうに伸びている
あぁ、ようやくここまでたどり着いたのか。私は少しだけほっとした。

黒部川第四発電所はその施設がすべて山の中に納まっており、外部に露出しているのはこの送電線口だけだ。下ノ廊下の景観をできるだけ破壊しないようにという配慮の元、地下に作られたらしい。

ずっと続いていた高所の道もこの発電所付近で終わり、ここからは谷の下へ降りる事になる。しかし相変わらず険しい地形なので、下り道も物凄く急だ。
っていうか道なのか、これは
っていうか道なのか、これは
対岸に渡る吊り橋も揺れに揺れる
対岸に渡る吊り橋も揺れに揺れる
その先には廃墟のようなたたずまいのトンネルが
その先には廃墟のようなたたずまいのトンネルが
奥は真っ暗なので、ヘッドライトを付けて進む
奥は真っ暗なので、ヘッドライトを付けて進む
さらに進むと仙人谷ダムが見えた
さらに進むと仙人谷ダムが見えた
矢印に従ってダムの堤体を渡る
矢印に従ってダムの堤体を渡る
堤体を越えた後は――え、ここに入るの?
堤体を越えた後は――え、ここに入るの?
これには少々驚かされた。矢印はダム管理所の入口を指示していたのだ。

私は恐る恐るノブを回し、失礼しますと中に入る。廊下沿いの部屋には、職員さんが作業をする姿があった。
管理所から続く幅の狭いトンネルを通る
管理所から続く幅の狭いトンネルを通る
鉄道の軌道を横切った
鉄道の軌道を横切った
この線路は黒部第四発電所へと続く関西電力専用の鉄道だ。写真は通路から峡谷側を向いて撮ったものだが、逆側のトンネル奥からは物凄い熱気と硫黄のにおいが漂っていた。

線路を敷く土地が無い下ノ廊下では、仙人谷ダムを建設するにあたり資材を運ぶ鉄道トンネルが山の中に通された。しかしこの付近は地熱の温度が高く、トンネル内はサウナ状態。高熱隧道と呼ばれている。

工事中には作業員が熱中症で倒れたり、熱でダイナマイトが暴発したりと多大な犠牲者が出たらしい。
しかし凄い雰囲気の施設だ
しかし凄い雰囲気の施設だ
このような光景を横目に行く
このような光景を横目に行く
鉄格子の扉を開いて外に出た
鉄格子の扉を開いて外に出た
第四発電所近くのトンネルといいこの仙人谷ダムの施設といい、人工的なモノが多い谷底の道が続いたのでこのまま阿曽原温泉に出るのかと思いきや、道は再び山へと入っていく。

しかも、梯子が掛けられている程の急坂だ。いや、もう、体力ないです。カラッカラです。
全身が錆び付いたように重い中、山に入る
全身が錆び付いたように重い中、山に入る
そして山の中で日が暮れた
そして山の中で日が暮れた
結局、日のあるうちに阿曽原温泉にたどり着く事はできなかった。ヘッドライトを頼りに山を下りる。

なんとか山小屋にたどり着いたのは午後6時。既に体力の限界を迎えており、ほとんど動く事ができなくなっていた。

荒い息を吐きながらテントを建て、寝袋に横たわる。気温はみるみるうちに下がり、手持ちの衣類を全部着込んでもまだ寒かった。なんとか体を温めて横になったが、このまま目を覚まさないんじゃないかと本気で思った。
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良かった、生きていた

翌朝4時半、私は無事目を覚ます事ができた。時間に余裕が無かった昨日の轍を踏まないよう、今日は早目の出発である。

寝た事により体力は多少回復したものの、全身が筋肉痛で体は重い。特に上り坂は息切れが早く、その度に休憩しながらゆっくり歩いた。
今日もまたこのような道が続く
今日もまたこのような道が続く
砂防ダムの内部をくぐって沢を越えるという貴重な体験
砂防ダムの内部をくぐって沢を越えるという貴重な体験
この絶壁具合、昨日よりさらにパワーアップしている気がする
この絶壁具合、昨日よりさらにパワーアップしている気がする
なお、昨日の終盤に通過した仙人谷ダムから本日の目的地である欅平までの区間の道は、「水平歩道」と呼ばれている。

この「水平歩道」もまた仙人谷ダム建設の事前調査の為に通されたもので、昨日の「旧日電歩道」と同様、岩盤に穿たれた道がその名の通り水平にどこまでも続いているのだ。
横一閃、スパンと切ったように通る水平歩道
横一閃、スパンと切ったように通る水平歩道
この「水平歩道」は「旧日電歩道」以上に高所を歩く道であるが、冷静になって考えてみると30メートルも100メートルも落ちたら死ぬ事には変わりない。高い高いとビビる必要は無いのではないだろうか。

そのある種の開き直りが功を奏したのか、はたまた単に高所に慣れただけなのか、この道は昨日ほど怖く感じなかった。
崖沿いの道が崩落している部分ではトンネルに入る
崖沿いの道が崩落している部分ではトンネルに入る
真っ暗で長く、しかも底には水が流れている
真っ暗で長く、しかも底には水が流れている
トンネルから出て再度崖。いやぁ、ダイナミックな景観だ
トンネルから出て再度崖。いやぁ、ダイナミックな景観だ
そしてついに、水平歩道も終わりを迎えた
そしてついに、水平歩道も終わりを迎えた
が、下りる道がまたもや急
が、下りる道がまたもや急
そうして到着、終着点の欅平
そうして到着、終着点の欅平

いろいろ大変だけど、でも凄い、黒部峡谷下ノ廊下

紅葉のシーズンだからか、欅平には物凄い数の人がいた。この欅平には富山方面から黒部峡谷鉄道が通っており、誰でも簡単にアクセスする事ができる(仙人谷ダムで見た関西電力専用鉄道は、この黒部峡谷鉄道の延長線だ)。

しかし下ノ廊下中枢の景観は、やはり歩かなければ見る事ができない。精神的にも肉体的にもくたくたになる道ではあるが、それでも行って良かったと思わせるに十分な景色を見る事ができた。

なお、下ノ廊下を歩く事ができるのは雪が解けて道の整備が終わる9月始めから10月末までのわずか二ヶ月間だけ。限られた期間、黒部までのアクセス、道の険しさと、訪れるにはなかなか厳しい条件の場所だけれども、だからこそ満足感が大きいワケですな。
黒部峡谷鉄道の電気機関車が武骨でカッコいい
黒部峡谷鉄道の電気機関車が武骨でカッコいい
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