ビニール傘の歴史
おじゃましたのは田原町にあるホワイトローズ株式会社。社長の須藤さんで10代目という老舗中の老舗。
ちょっと長くなるけど、ビニール傘とこの会社の歴史が超絶ダイナミックなので、読んでいただこう。
享保六年から始まったお店の10代目、須藤さん
暴れん坊将軍からシベリア抑留まで
「元々は江戸時代のまんなか、吉宗の時代にできた刻みたばこのお店です。そのうち、このたばこの保管箱の内側にしく油紙を使ってレインコートを作ったんですね。
今で言うポケットコートみたいなもので、参勤交代のお武家さまが使ったそうです。 それが雨具に入っていくきっかけですね。
明治維新が終わって、洋傘の時代になるんですが戦争で一度店はたたみます。
その後、うちの父の九代目が帰ってきたのが昭和24年、シベリア抑留のため4年間遅かったんですね。そのころには他の傘屋さんはみんな立ち上がっていて、材料とりっこ状態でマーケットもできあがっていた」
一体どうしたことだ。ビニール傘のことを聞いたつもりが、暴れん坊将軍が出てきた。吉宗、明治維新、シベリア抑留、なんというスケールのでかさ。そしてこのシベリアの出遅れスタートから傘に革命がもたらされる。
ビニールで肩の黒い点々が消える
「戦後当時の庶民の傘は綿だったんですね。綿というのは色が落ちて、雨も漏る。一般的だった黒い傘なんかは、しずくが黒くなって、たれた肩にみんな黒い点々を作ってた。でもみんなそれが当たり前だということで使ってたんです。
そんなとき、うちの父が進駐軍のビニール製のテーブルクロスを見つけたんです。これで傘のカバーを作れば漏らなくていいんじゃないかと作ったのがこれです。再現品なんですけど…」
傘のカバーって……なんですかそれは!?
これが傘カバー(再現品)。爆発的ヒットとなる。
「傘を濡らさないためのカバーなんですよね。これだったら綿の傘でも漏れない。
これが大ヒットしまして、当時は傘売り場でこれがないとクレームがくるほどに広まりました」
一発逆転大ヒット。しかし当時はこんなにまわりくどいものをさしていたのか。さしてる人はうすうす(……これもうカバーだけでいいんじゃない?)と思ってたのではないか。
そもそもビニール傘を作ったのがここ
「でも今度は、ナイロンやポリエステルなどの合成繊維の傘ができたんですね。色落ちもなく防水性も高い。となると、このカバーが要らなくなっちゃったんですよ。
これはどうしようかとなったところ、今度はあのカバーで傘を作っちゃえば絶対漏らない傘ができるんじゃないかと動き出したんです。
当時アメリカの会社と日本の三菱がさあ日本でどんどんビニール作りましょうよといってた時代。でも何に使うかはまだ開発されてなかった。それを傘を作るために加工して、昭和30年代に今とそんなに変わらないようなビニール傘が誕生したんです」
ビニール傘が生まれたものの、あれだけ大ヒットの傘カバーが全部なし。新しい素材や技術が出てくるたびに、ご破算になって一から何か作らないといけなくなる。ものづくりって、た、大変だなあ。
「そこから普及にも七転八倒するんですが、結局それはそのままみなさん中国に持っていってコピー商品を作りました。今から25年30年くらい前に台湾中国に生産地が移行していって、100円のビニール傘が誕生するんです。
うちは海外生産しなかったものですから、同業他社が廃業していくなか、うちだけ残っています。ものづくりっていうのは一回やめちゃうと元に戻すというのはなかなかできないので、シャワーカーテンだとか細々と作っておりました」
なんてダイナミックな話。大ヒットしては全部なしになってまた大ヒットしては全部なしに……ビニール傘ひとつとってもこれだ。製造業、おそろしや~。
は~い、全日本人ここ注目~!
「そして、ここにきて値段としては10倍以上のビニール傘が生産ロットになってきたものです。生産ロットっていったって何十本とか何百本なので、中国のビニール傘なんて一説には年間八千万本くらい輸入してるっていう話ですからケタちがいなんですけどね。
それでも普通の傘でも5,000円以上の傘売るっていうのは大変なことなので、ビニール傘で5,000円はかなり高価だと思います」
海外の安い労働力に負けないためには独自の価値を生み出せ、なんて話をよく聞く。でもそんな簡単にうまくいかないよな~と思ってたが、うまくいってしまってる。悩めるグローバル化時代の答えがこの高級ビニール傘なのだ。
さあ、見せてください、グローバル化時代に生み落とされた8,400円の超高級傘を。
(高そう!)と(でもビニール……)という思いが拮抗する「縁結」
園遊会で使われた「縁結」
ウインドウに出てた8,400円の傘とは「縁結」という女性用のビニール傘。デパートの輸入傘よりも高い。文句なく高級品だ。
はたして100均の傘80本分の価値はあるのだろうか。この縁結の特徴をみていこう。
骨はグラスファイバー、中についてる中とじで丈夫に。フィルムは貼りつかずパラっとなる多層化フィルムを使用。
逆止弁、ペンがささるが逆から水は漏らない
ビニール傘なのに先はアルミの棒だ
APOとか書いてなくて、こんな玉がついている。
風速30mにも耐えられるビニール傘
縁結の特徴はまず丈夫であること。骨がグラスファイバーを使っているし、普通のビニール傘にはない”中とじ”という留め具もある。これでおちょこになっても(裏返っても)すぐ元通り。風速30mくらいまで耐えられるそうだ。
ビニールも貼り付いたかないフィルムを使っている。フィルムは普通、傷ついて透明でなくなってくるが、三枚の多層フィルムのに一番外を取り替えられる。丈夫だから100円傘のように使い捨てじゃないのだ。
次に高級感。傘の先はアルミ棒、ビニールの縁と傘カバーは布素材で、手元にも装飾が。
そして軽い。女性ものの傘では一般的なサイズだが、傘の内側に逆止弁がついていて風が抜ける。これはビニール傘だけできる技術らしい。
丈夫、高級、軽い。なぜこの仕様か。じつはこの傘はあの美智子さまがお使いになるからだ。
「美智子さまはこの角度で持つんですよ」美智子さま!?
美智子さま
雨の日に見に来てくださるのに傘で隠れては申し訳ない、と美智子さまが園遊会でお使いになったのがこのビニール傘。
あの美智子さまがビニール傘、それもそんなお心遣いで!と、そりゃもう週刊誌からテレビからこぞってとりあげたそうだ。
そうとも知らずデイリーポータルZが「街で見かけたちょっとおもしろいもの」という視点でとりあげるのは2年後のことである。
美智子様気分を味わおうとするも、これは絶望的に遠いぞ
これは選挙用ビニール傘「新カテール」5,250円
選挙用傘、新カテール
選挙用のビニール傘をご存知だろうか。たまにテレビで取り上げられるこの新カテールもここの高級ビニール傘の一つだ。
もともとは区の議員さんの要望があって作ったものだという。演説中の候補者は、えらそうに見えないようにビニール傘を使うのだが、小さくこわれやすいのでびしょびしょになってしまうらしい。そこで丈夫で大きく透明な傘を、と依頼されて作ったのがカテールらしい。
それがクチコミで広まった。今では選挙はもちろん警備などの透明の必要があって壊れては困るような業務でよく使われているらしい。
竹型の持ち手は目立たないように白色に
遠目にはただのビニール傘に見えるように
このカテールのウリは丈夫さ。丈夫だから重いが、持ちやすいように取手も寒竹という竹の模様をプラスチックにしたもの。
高級感もあって持ちやすいが白色なので地味だ。それもそのはず、この傘は遠目に見るとただのビニール傘に見えるようにわざわざ地味に作っているそうだ。
なにもそこまで、と思うがそれが選挙の厳しさなのだろう。泥水すすってでも、高級傘を100円に見せてでも勝たないといけない勝負の世界なのだ。
これは若い人向けに16本になった丈夫な傘、カテール16
セールスマンの理想的展開、カテール16
カテールには16本骨のカテール16という商品もある。若い人用のデザインだという。
「保険会社の飛び込みのセールスの方なんかがこれを持ってらっしゃるようですね。
ふだんなら追い返されるお客さんでも、この傘持ってると『おまえ何その傘は?』って聞かれるらしいんですよ。そこで浅草のこうこうこうで、って説明すると『へ~。おもしろいもの考えるね、ちょっとお茶でも飲んでく?』ってなるらしいんです」と須藤さんはいう。
なんて傘にとって都合の良い話だろう。まるで進研ゼミのマンガ広告のようだ。
個人的にはこうした虫のいい話に目がなくて、一気に欲しくなった。持ち歩いていつか「君、その傘はなんだい?」と巨人軍のスカウトに声をかけられたい。
二人が入れる大きい傘はテラボゼン。価格は12,600円で100円傘120本分。
住職の乙女心を救ったテラボゼン
高級ビニール傘の中でもっとも高いテラボゼンは12,600円。
お寺の住職がお墓の前で読経するときに誰かに持ってもらう傘だから「寺墓前」なんだそうだ。寺をカタカナにしたことで、一気にかっこよくなった。テラフォーミング(惑星地球化)のような響きとお線香の香りが共存する。
二人が入れる大きさである。読経以外にも、JRAのインタビューや映画スターが来たときにも使われている。ちょっとしたテントですよね、と須藤さんはいう。
この傘ももともとはある住職の要望によるもの。墓前での読経は、住職自身一番いい着物をきて見栄えもよくしている状態なので、あつまってる人にもっとちゃんと見てもらいたいという思いがあったらしい。
ご住職、少女のような気持ちである。
すっとんきょうな顔
よさ、改めて気付かされるビニール傘のよさ
「今これだけ支持していただいてわかったのが、透明素材の傘のファンっていうのはものすごく多いんですよね」
ファッションとしてのビニール傘をすすめてきた須藤さんたちだが、そうしたお客さんに教えてもらったのはビニール傘の安全性だという。
「これなかなか気づかなかったんですが、透明の傘は“自分から外が見える”という点での安全と、“相手から自分が見える”ことの安全があるんですね。
すれ違う相手が杖をついたご老人であると分かっていれば、気持ち距離をとってすれ違ってくれると。その安心感っていうのは味わってみないとわかりませんよ、って言われたんです」
透明であることがこんなにも変化を与えるとは。ビニール傘の世界は奥深く、未だに発見があるようだ。
なんだろう、この写真の味。
ビニール傘にも深い歴史があった
「毎年ちょこちょこと改良してるのでまた来ていただければ新しい傘をお見せしますよ」と須藤さんは言う。国内でビニール傘を作っているのはもはやここだけ。ここで生まれて、その兄弟は中国にうつったものの、またここで独自の進化をとげているビニール傘。
今後グラスファイバー製のものすごく丈夫な100円傘とか出てくるかもしれないが、そのときはそのときでまた新しく何か考えるんだろうなと思わされる歴史がそこにはあった。
逆止弁の具合をためすつもりが野球の応援みたいになって恥ずかしかった