スポーツ用品売場ではなく、電化製品売り場に置かれてしまっていた
テニス少女は量販店にいた
電撃蚊取りラケットはドンキホーテで498円だった。安い。ラケットなのになんて安いんだ。こんなに安くなってふびんで泣けてくる。
しかも置いてある場所はスポーツ用品売場でなく電化製品売り場。ひぃー、エレキ!とお父さんお母さんが卒倒するのは目に見えている。こんな不良の来るところに君はいるべきではない!
なんてこった。「テニスに!!」と一言も書いてないじゃないか
テニスを忘れたパッケージ
パッケージには「台所・お部屋 アウトドアに!!」とある。テニスのテの字も入っていない。だけどまだ望みはある。「アウトドアに」の「に」の字をよくご覧いただこう。そうだ、テニスのニの字なのだ。
かつてのテニス少女、その目はまだ死んではいなかった。
合ってるのはグリップ部くらいしかない
すっかり変わってしまった体
ボールを追っていた少女が、蚊やハエを殺しているのである。オオカミが育てた少女ではないが、その顔つきはもう完全に変わっていた。
まずネットだ。これがすでに金属に変わっている。そしてスイッチ、ランプ、カバー……夏休みデビューした生徒に持ち物チェックしたら青龍刀が出てきたような、生活指導の教員も卒倒するほどの変わりっぷり。
こんな体じゃ電流流すくらいしかできないじゃねえか
おれが変えてみせる!
「もうアタイはどうなってもいいのサ……」自暴自棄になって蚊やハエを殺しまくる少女。ひどい、だがこの子は悪くない。こんなことにした大人たちが悪いんだ。
ならもう一度大人たちの力で正しい道に引き戻すしかない。おれだ。おれがテニスをさせてやる!
おれだ、そう、テニス歴0年のおれが変えてみせる!
テニス歴0年のこのおれだ!
テニス歴0年。テニスウェアはこのために揃えてきた。ヘアバンドは100円ショップで、ポロシャツは店員用ユニフォームのバーゲン品だ。そして手には電撃蚊取りラケット。
人は笑うかもしれない。テニスど素人が店員用ユニフォームで蚊取りラケット持って立っているだけだと。バイトが店の前で蚊の駆除してるだけだと。
だが庭の球と書いてテニス。テニスは手でやるんじゃない。心意気でやるものだ。やるといったらやるんだ。思いだせラケットよ。テニスの心を取り戻せ!(申し訳ありません、庭は関係ありませんでした)
おれだ!そしてだれなんだ、おれは!
肩たたき器の先についてるゴルフボール
眠れる獅子を叩き起こせ!
君はそんなことするために生まれてきたんじゃないだろという物は蚊取りラケットの他にもある。
こちらは電気蚊取りラケットの逆パターン。ゴルフボールが肩たたき器に。イケイケのゴルファーが現役を引退し、「あれはもう昔の話ですけえ」とマッサージ師になったイメージ。
外してみると、この見た目。じいさん、まだいけるじゃねえか!
君はまだまだいける!
肩たたきからパコっとボールを外す。とれた。接着部に穴はあいているものの、十分ボールとして使えそうだ。
「大丈夫、これシュミレーターでもつかえますよ」と店長の檀原さん
ゴルフバーにやってきた
肩たたき器でゴルフをするべくゴルフバーにやってきた。ゴルフシミュレーターでどれくらい飛ぶのか試し打ちをするのだ。
「大丈夫、問題ないでしょう」とシミュレーターに肩たたきボールが対応するのかどうか確かめたのは店長の檀原さん。設備、スタッフ、プレイヤー、すべてが肩たたき器を歓迎している。今だ、肩たたき器がゴルフデビューだ!
「いけるか?本当にいけるのか?」だが本当にいけないのは初めてゴルフクラブを持つおれだ
初ゴルフが肩たたき器
だが問題は意外なところにあった。ゴルフ未経験の私だ。ゴルフクラブを握り「こんなに軽いのか!」と驚く自分を見て、店長は折れにくいクラブをあわてて持ってきた。わしゃゴリラか。
そしておそるおそる初スウィング。床を叩いてしまい、心底折れにくいクラブでよかったと思った。そして私は今後の人生ゴリラくらいの扱いがちょうどいいのではないかと思った。
数回の空振りのあと、当たった。20Yくらいしか飛ばない。(1ヤードは約90センチ)
肩たたきを打つリプレイが流れる。人生で三本の指に入るほどの要らない時間だ。
うまい人に代わってもらおう
肩たたきゴルフボールはへなへなスイングにかすって20Y飛んだ。18mくらいなものか。うーん、ゴルフはゴルフなんだがどうもスカッとしない。店長さん、お願いします。
肩たたきが!!!!!!!!!!!!
これが肩たたき用なのか!
轟音。思わず写真にマンガ表現を足してしまうほどの大迫力。ドゴォオンッ!と大きな音が鳴ってスクリーンが波打った。雷かこれは、いや、ゴルフ、それも肩たたきゴルフボールだ!
記録は202Y。180mくらい肩たたき器が飛んだことになる。引退したと思われた肩たたきボールが立派に空を飛んだのだ。やっぱり君の体はゴルフのためにあったのだ!
普通のゴルフボールは音も飛距離も肩たたき器を上回る。
ゴルフボールとしてやっていける
何度かやって肩たたき用ゴルフボールの飛距離は200Yいかないくらいだとわかった。対して普通のゴルフボールは230Yくらいは出る。20%減はコースに出るのに十分な値じゃないだろうか。
これで実際にゴルフできるんですか?と店長に聞いてみたところ「個人で楽しむ分にはいいんじゃないですか」とのこと。
マナー的には?「バレない程度なら……」とのことで思いっきりグレー。本人の意思とはべつに、世間が認めないというパターンもあるのか。
「肩たたき器で肩たたき器を飛ばすのやってみていいですか?」
結果、14mくらい。実際に考えるとむちゃくちゃ飛んだな。
無理してコースでなくていいかもしれない
せっかくだから、と肩たたきの棒でボールを打ってみた。14mくらい飛んだ。肩たたき器で肩たたき器を遠くへ飛ばした。なんだこの記録は。ことわざか、それかなぞなぞか。
気づけば写真を撮ってくれていた編集部古賀が肩をたたいていた。わしゃやっぱりここが一番ですけえ。そんな風に言ってるように見えた。
でもやっぱり肩たたきがきもちいいんじゃないか
こんなことをするために生まれてきたんだよ
180mくらい飛ぶ君はそんな肩たたきをするために生まれてきたんじゃない。しかし肩たたきもやはり気持ちがいい。
周囲も認めてくれないなら、肩たたき器でいることが正しいのかもしれない。
ランチタイムに肩たたき器飛ばしはいかがだろうか
取材協力
Bar. D (バーディー)
月~木 17:00~翌2:00
土 17:00~23:00
金・祝前 17:00~翌4:00
ランチタイム 月~金 11:00~14:30(LO 14:00)
定休日 日曜
東京都港区新橋2-12-15田中田村町ビル2F
TEL:03-3592-1871
でかい肩たたき器が目印です
そして再び電撃蚊取りラケットテニスである
よし、いけるのか、いけるんだろ、いけるのかおい
対話がつづく
かつてのテニス少女にテニスをさせるべくグラウンドまでやってきた。
「バスケがしたいです……」といったスラムダンクのような展開はやはりマンガの世界である。実際にやってみると、蚊取りラケットはなかなか首を縦にふらない。
いくぞいくぞいくぞ、いくのか、いけるのかおい。こういう感じでいくぞおい
おい、聞いているのか、おい、本当にいくぞ、いくんだぞ
自信を失った少女
蚊取りラケットはこう言っているのだろう。「おっさん、今さらテニスなんてやってられねえよ、ヤブ蚊はどこにいんだよ」と。
ふざけるな!人の気も知らないで何がヤブ蚊だ。しかしそのとき私は一つ気づいた。いつもは赤く光るはずの電源ランプが光っていない。そうか、彼女はテニスを怖がっている。
私は、ここで一つ賭けに出ることにした。自信をつけさせるために大技をさせる。そう、ジャンプショットだ。
ボールが来たらこうやって走るんだぞ、おい、おい、聞いてるのか!
よし、いけるのか、いけるんだろ、いけるのかおい、ジャンプショットいくぞおい
どうだ、蚊取りラケットよ。これがテニスだ!!
かっこいいのはだれだ!おれだ!
か、かっこいい。すばらしくかっこいい。蚊取りラケットでするジャンプショットの素振りはすばらしくかっこよかった。ボールを使ってない今は、ただの殺虫行為であるがそれでもかっこいい。これで彼女も自信を取り戻したろう。
だがここでひとつ思い当たった。かっこよすぎるのだ。このかっこよさは、ラケット関係ないんじゃないか。
ためしに両手にボールを持って飛んでみた。やはりかっこよかった。しまった、かっこいいのはおれだ。テニスが今、関係ない!
両手にボールを持って飛ぶ男……これはテニスではない、奇行だ!
蚊取りつながりで蚊取り線香についても言ってあげたい
線香としての自分を取り戻せ!
蚊取りラケットといえば、蚊取り線香もそうだ。お仏壇にあげる線香だったはずなのに、今は蚊の殺戮兵器に……。
いかんいかん!蚊取り線香で供養だ!
ペット供養塔に線香をあげてお参りだ
さすがにこれはちがうのではないか
お線香とはまたちょっと違ったいい匂いが立ち込める。「いい匂いをさせて安らぎを与える」といった線香の役割は十分に果たしていると思う。
だがその匂いは「ついでに蚊も殺す」ので十分どころか十二分の役割。そもそも仏前で殺生してもいいものなのか。
蚊をペットにしている者もいるかもしれない。ペット供養塔にあげる線香としては失格だろう。蚊取り線香よ、供養に関しては気にしなくていいからこれからは存分に蚊だけ殺せ。
考えてみれば蚊を殺しながらペットを供養するのどうなんだろうか……
ラケットの対話はまだ続き、日が傾きはじめる
こっからビシッと振ってやるぞおい!蚊取りラケットとしての自分を忘れるんだ!
素振りと対話でテニスに慣らす
テニスにはこんな動きもこんな動きもある、と素振りを繰り返す。適度な重さを持つうえに、ラケット構造はやはり振りやすい。
「へへへ、やっぱり思った通りだ。こいつはすげえ素材だぜ」私は存在しない“おやっさん”に向かって喋りかけていた。
お前は、蚊取りラケットじゃない、テニスラケットなんだ!
聞いているのか、おい、返事をしろ、返事しろって言ってるだろ!
徐々になじんでくる
何度も振っていると、私は蚊取りラケットが自信を取り戻していくのを感じた。以前は点きっぱなしだった電源ランプがほとんど点いていないのだ。
電源スイッチにそえられた親指を離し、グリップ部全体を包み込むように持つ。
どうだ、この方がテニスしやすいだろう。問いかけても相変わらずラケットからの返答はない。この野郎!返事をしろ、おい!
ほら何ラケットだ、言ってみろ何ラケ……返事をしろと言ってるだろ!!
テニスに必要なこんな横っ飛びもおまえはでき……返事をしろ!!
おりゃー、このまま打ってやろうかおりゃー、む……!!
そしていよいよその時がきた
スマッシュの素振りをしたとき、私には電撃蚊取りラケットが首を縦にふったように見えた。来たか、この時が。私は何も言わずに電撃蚊取りラケットから電池をそっと抜き、グリップをにぎりしめた。
さあ来い、教えてやる。これがテニスだ!
カメラマンが投げたテニスボールを今電撃蚊取りラケットが……
ボデ。
飛ばずにひしゃげた
鈍い感触があり、続けて地面に落ちるボール。あっ。ひしゃげた。金属ラケットが曲がった。
ひしゃげた。これはテニスラケットじゃない。
輝かしい部活帰り。だが、待て。手に持っているのは殺虫ラケット。これは部活じゃない!
クレープを作るトンボというのがある
クレープ用トンボで整地をする
グラウンドでする部活終わりにやるトンボがけ。片やお菓子業界にもトンボが存在する。クレープを引き伸ばすトンボである。
ガリガリガリいけるいける、忘れてないなお前、忘れてないな整地を
かつてのパティシエ
「菓子なんて浮かれたもん作ってねえで、早くグランド整備しやがれ!」そんな父の言葉に嫌気がさし、東京でパティシエやっていた息子。
しかし父が病気で倒れ、実家で父がやってた用務員のポストにおさまる。パティシエも力仕事である。彼はなんなく整地をこなせることだろうと思っていた。
いけるいける、この慣らしっぷり
終わらないだろこれ
徹夜でグラウンドを整備するかつてのパティシエ。整地された面はクリームを慣らしたようにきれいになっていた。
しかしその面積よ。菓子はグラウンドより圧倒的に小さかった。このままではグラウンドの整地は終わらない……そう思ったパティシエは荷物をまとめて再び東京の菓子屋に戻ることになった。
終わらない
同様に蚊取りラケットも
振り返ってみると「君はそんなことをするために生まれてきたんじゃないけどまあいいか」なケースがほとんどだ。だけど今それを志しているのだからいいじゃないか。
電撃蚊取りラケットを住宅街で振り回していると、パチッ、パチッ、と蚊が死んでいく。
夕涼みに軒先で水を撒いてたおばあさんは「まだまだこの時間帯は少ないよ、蚊が出てくるのはこれからだねえ」と言う。
今夜は忙しくなるぞ。殺戮兵器の電源スイッチに再び赤ランプが灯った。
住宅街で少し小さめのラケットを振る男……これはテニスではない、殺虫だ!
お母さん、人生は色々です
更生させることのむずかしさ。だがそれ以上に更生させること自体どうなのというむずかしさもある。
たとえばとんでもない不良がいたとして、YOSAKOIで更生させてその筋では有名なよさこいダンサーになるのと、そのままにしてたら不良も飽きてきてトラックに乗り始めてプロジェクター20台くらい使うデコトラ作り始めてYoutubeで大人気、みたいなのとどっちがいいのだろうか。
もちろんどっちでもいい。本人がしたいのならどっちでもいいじゃないかと思うだろう。でもそう思うのは他人だからそう思うのであって、そうそう、人生いろいろなんていうのは他人の人生いろいろということなのである。
「電撃蚊取りラケットのことは放っておいてやれ!」
今度蚊取りラケット振り回してるテニスプレイヤーがいたら私は怒ることにする。場合によってはどやす。みなさんも気軽にどやしつけてみてはいかがかな。
「いかがかな」で終わるのは心がこもってない証拠だ!