発見したカニを、実家に来てた二人に試食してもらう
試食
まず私が発見したこのカニが他の人にもカニなのかどうか試してみよう。
現段階でこれがカニだということに同意してくれているのは私と家内の二人だけである。
今日は連休中のデイリーポータルZのイベントスタッフとして私の実家に泊まりに来ていた若い二人、地主と藤原に試食をしてもらう。
タラコを食べたあと
ポン酢をつけた鶏ササミを食べると……
食べ方
最初にタラコを一切れ食べてそのまま飲み込んでもらう。これで口の中はタラコの香りと後味で充満する。
その後、鶏のササミをポン酢につけて食べる。香りはタラコ、タンパク質はササミ、味付けはポン酢。そう、そこに現れるのはカニ鍋のカニだ。
イメージはカニ鍋のカニである
「F1?いや、カニだ!」
食べてみると、やはりカニの味がする。口に入れた瞬間、鮮烈なカニのイメージが現れる。サーキットの観客席で見守る私たちの前を、フン!と音を立ててカニのF1が走り去っていくような感覚だ。
「速すぎてよくは見えなかったけど、あれはF1じゃなくてカニだった」
それくらいの自信を持って言えるくらいカニである。その後は噛むほどに鶏ササミの味が強まっていく。
だがトータルでみると十分にカニ。さあ、どうだ。試食の二人よ。
押し黙る藤原
「おいしい!」の過剰表現がウリのあの地主が固まってしまった
ふーん、カニの味するけどな
問い詰めよう
おかしい。地主と藤原が何も言わずにうつむいている。そんなはずはないとばかりに自分でも食べてみる。いや、カニだ。ちゃんとカニのF1が走っているではないか。
これは一体どういうことなのか。彼らを問い詰めることにした。
藤原に感想を聞く
藤原浩一(デイリーポータルZライター)インタビュー「僕は例外ではありません」
――カニだった?
「カニじゃなかった。」
――どちらかといえば?
「ササミだった。」
――カニが好きでないのではないか?
「そうですね、あんまり」
――だから分からなかった、と
「いや、でも分かりますよ。」
――最近カニを食べたのは?
「食べてないですね、一年かそれくらいのスパンで」
――それは分からないはずだ
「そういうこともないです」
――これがカニでなく何だというのだ
「ササミですね」
――タラコを食べただろう
「タラコは口の中からすぐいなくなった。その後、上書きされた感じというか、単純にササミの味になりました」
――こちらがイメージしているカニはカニ鍋のイメージだが
「それはほとんど食べたことがないですね」
――それじゃあ分からないのも道理だ
「社会調査で『例外』とされるケースですかね」
問い詰めても、全く心を改めようとしない藤原。それほどまでにササミの味だったのだろうか。こちらの自信がなくなってきた。同様に地主の方はどうだろうか。
持ち前の「おいしい!」を言っておくれよ、地主よ
地主恵亮(デイリーポータルZライター)
「このササミ、おいしいですね」
この話をしたときに、試食が楽しみだと言ってくれていた地主も腹痛をおこしたかのように押し黙ったままだった。
――カニか?
「いや、ササミでしたね」
――どちらかといえば?
「ササミですね……でも、タラコの磯臭さ?海臭さみたいなものはありました」
――それがカニだと思う?
「うーん、海っぽいと思います」
――ん?カニっぽいと?
「カニと言われればカニ……でも食べてるときはササミでした。このササミ、パサついてなくておいしいですね」
――カニみたいにパサついてないと?
「いや、カニではなかったです」
――カニが嫌いになってどれくらい経つ?
「カニは好きです」
――好きだけどカニの味は忘れた、と
「イメージする味はありますよ。(お鍋のカニ?)それとは違う気がしますけど」
――タラコの味は作用したか?
「タラコの支配力はすごかったです!それでもその後はササミの塩味が勝ってました」
――カニについての思い出はあるか?
「中学生の頃にカニ釣りに行きましたね。ワタリガニの小さいやつです。鹿児島県の谷山港というところに。テトラポットみたいなのがあってそこで釣りました。カニがもう見えているので、エサをたらして、上げるともう釣れてるんです。食べましたよ。おいしかった」
――なるほど、それがこの味だと
「いやー……」
――最近カニを食べたのはいつか?
「東京来てから食べてないから、八年くらいは食べてないですね」
――食べたい?
「食べたいと思いますよ」
――食べれてよかったね
「そうですね」
こちらもがんこだった。八年食べてないものの味を思い出せるのかという気もするが、全く折れない。
人ん家に泊まりに来ておいて、その折れなさはなんだ!と怒鳴ってみようか。だがはたしてそれが調査なのかどうか疑問が残るので我慢をした。
納得がいかず、イベント会場に持ち込んで他のスタッフに試食してもらう
大勢に聞く
納得がいかない。同じものを食べて私はカニだと思ったのだ。本当に私がまちがっているのだろうか?
もっと多くの意見がほしい。そこでデイリーポータルZのイベントに持ち込んで、他のスタッフにも試食してもらうことにした。
もしかして本当に私だけ?私だけがカニだと思っているのだろうか。京阪特急の長い道程は私をどんどん不安にさせていった。
「カニですねえ(笑)!」来た来た来た!
カニ軍に援軍あらわる!
「あ、ほんとだ(笑)。カニですねえ」
京都出身だけあるはんなりした関西弁で同意してくれたのは
ワラパッパのスエヒロさん。ちょっと食べてみてください、とお願いしたらすぐに同意してくれた。やった、カニなのだ。
そうでしょう、と大きな声をあげると、それを聞きつけたスタッフが集まってくる。さあ、ここからは賛辞のパレードをごらんいただこう。
べつやく「大北くん、すごいこれ。カニだね!」
「一瞬だけどカニの味するわ」
「最初にカニの味がする!」
「カニだー!」
「カニだ(笑)」
「カニの味しますね」
「カニの味はしませんね」
「ワッハッハ、カニの味するする!」
「いやー、鶏ササミでしょこれは」
古賀「あー、あー、ちょっと待ってね、今わかろうとしてるから」
「うん、うん、うん、うん、うん、うん、わかるわかる」
「カニの味するする!最初にカニの味がするよね!」長い!
大勝利
よかった。本当によかった。私の舌は正しかった。
「これ大北ガニと呼んで、うちの食卓に出すよ」と言ってくれたべつやくさん、そしてテンション先行でカニの味を引き出した古賀さん、他同意の仕方はさまざまだったが実にうれしい。
何よりうれしいのはこの盛り上がり。
不思議なことに、カニの味がした瞬間にみんな笑顔になってしまうのだ。こんなパーティー向けのメニューもない。
結局、10名以上のスタッフに聞いて、ほとんどが同意してくれた。カニの味わからず屋はニ名。この二人は呼び出して再び問い詰めることにした。
お前、カニの味しなかったそうだな
スタッフの窪田くん(大学生)
「あれがカニかあ……」
まず呼び出したのは、イベントスタッフ最年少19才の窪田くん。一回りちがう年齢差なので押せばカニの味だと改心してくれるかもしれない。
――カニの味?
「しません」
――どちらかといえば?
「カニかササミかなら…カニかな、いや、生臭いササミ」
――それをカニと言ってもいいのでは?
「あー、ですかね、いや、質問がずるいですよね」
――最近カニいつ食べた?
「一年くらい前」
――カニの鍋食ったことあるか?
「あります」
――カニが好きか?
「好きですけど、カニカマの方が好き」
――好きだけどカニの味はわからない、と言うのか
「味が思い出せるかというと、自信はないです」
――あれがカニだったかもしれない
「そうすかね、カニだったかもしれないですね」
――あれがカニだよ
「カニかあ……」
――感謝の気持ちは?
「……ありがとうございます」
全く納得してないのに自白と感謝を強要される窪田くん。グレる。このままだと彼はカニのせいでグレてしまうかもしれない。
いずれこれがカニの味だと本気の理解をしてもらいたいのだが、その前にもう一人いる。
柏さん、カニの味がわかってないんじゃないですか?
柏さん(ヨーロッパ企画)
「海っぽいササミでしかない」
――カニの味?
「しなかった」
――どちらかといえば?
「ササミ、塩味のササミ。海っぽさはありますよ。でも"海っぽいササミ=カニ"ではない」
――最近カニを食べたか?
「カニカマは二日前に食べた。それはカニの味がしましたよ。本物は十何年食べてないです」
――カニが嫌い?
「食べられるなら食べたいですよ」
――出身は?
「奈良県の五位堂です」
――そんなカニがとれない所に住んでいたのか?
「そうですね、あんまり食うたりはしないですね」
――カニの味が分からない、と?
「いや、分かりますよ。あれはカニではない。カニ特有の汁的な部分が再現されてない」
――みんなあれをカニと言っている
「あれをカニとするなら、塩味のササミをカニと言ってることになりますよ」
会場側の運営スタッフの柏さんなので、気遣わなければならない部分はあるのだが、それにしてもカニの味が分かっていない。
それもそのはず、どこでカニがとれるのかという奈良県出身である。もしかしたらシカと間違っているのかもしれない。ここはひとつ本物のカニを食わせて、カニ本来の味と、シカを食べてはいけないのだということを教えてあげようと思う。
カニ缶を買ってきてリベンジだ
カニの味を分かっているのか?
舌のおかしい者は4名。はたして本当に彼らの舌がおかしいのだろうか。ただカニの味を忘れているだけではないだろうか。
そう思ってカニ缶を買ってきた。 さあ、カニの味わからず屋どもを更生させる時が来た。
地主「はい、カニ缶はカニの味がします」
それではタラコからもう一度食べてください
「します!」と破顔の地主。ほれ!ほれ見い!
不良の更生に成功
大成功。カニの味がわからなかった地主だが「カニの味がします!」と笑い出した。よかった、立ち直ってくれて。私も彼が本当に悪い人間だとは思ってなかった。
「感動しました、これならいくらでもカニが食えますね!」とまで
「本当においしいです」「もうちょっと食べていいですか?」と地主が続ける。 「(コスト面で)これならいくらでもカニが食べられるじゃないですか」と言う。感動した、とさえ言っていた。
先程から打って変わってカニ派の急進派となった地主。私は、こういう人間が有事の際に戦争へと導くのだと思う。
藤原「カニ缶食べた瞬間にタラコだと思いました」
「カニですねえ」そうだ、それが19才らしい笑顔だ
次々と更生に成功
藤原も窪田くんも、言ってた意味がわかりました、と心を改めて同意してくれた。
こちらの言ってることを理解して、そして気持ちを共有すること、それがこんなにうれしいなんて。よさこいやってきて本当によかった!
いや、私がやってきたのはただの鶏の試食だが、それでも人を更生させる喜びは同じだ。出来の悪い生徒ほどかわいく思えるというが、お前たち、来年から同窓会しよう!
柏「やっぱり、塩味の鶏ササミですね」
何を言っているのだこの人は
「やっぱり鶏ササミです。塩味のササミ」
一際強い語調でカニを否定していた柏さんだが、この期に及んでもまだカニを否定している。
今そういう流れですか?空気を読んでくださいよ、というアイコンタクトを試みても分かってくれない。
「一口目はたしかにわからんこともないけど、やっぱり違いますよ」
それはこの同意してくれている人たちを否定することになるんですよ。
「カニです!」
「ほんとだ!」
なかったことにする
「でも違う、やっぱり違う。たしかに最初のインパクトはある。でもそれは本物のピークより弱い」
柏さんが何を言ってるのかもうさっぱりわからない。さすがに出来の悪すぎる生徒は軽蔑し、見放して置いていく。
調査においても彼は除外する。
除外することになりました
結論:カニの味はする
サンプル数は15人程度。最後までカニの味が分からなかった者は1人。その1人は例外として除いたので、結果全員がカニの味だと認めた。
「もしかしたらササミとポン酢だけでいけるんじゃない?」「タラコにポン酢だけだと?」「タラコとササミ一緒に食べたら?」試食時にはさまざまな試みがあったが、どれも微妙にカニではなかった。
もちろんこれはセットなので、カニの代用品にはならない。だが、たとえば鶏の水炊きをするときにちょくちょくタラコを舐めていれば、カニ鍋になるのではないだろうか。
人類は新しい火を手に入れたばかりだ。可能性は無限に拡がっていく。さあ今夜は灯りを消して、カニを食おう。