この部屋を密室にします
早速、鍵のかかる部屋にて検証を行なう。ちょっとわくわくしていることは否めない。密室トリック、というのはどうしたって心をくすぐるキーワードなのだ。
カチャリと回してロックするタイプの、いたってシンプルな鍵のついた扉
推理小説で密室に仕立てられる部屋の鍵はもう少しクラシカルなイメージである気もするが、まぁそこは目をつむろう。今回はこの扉を利用して、密室殺人を企てることにする。
やや余談ではあるが、密室を作るからにはターゲットを下手にナイフで刺し殺したりしてはならない。自殺に見せかけなくては意味がない。
氷のナイフとの併用は不可だ。毒殺か、首吊りに見せかけるか、死者の手に拳銃を握らせておくか。その場合利き手の事前確認は欠かせない。加えて、ちゃちゃっと偽造遺書のひとつも用意しておきたいところである。
その辺の諸々をスマートに終えたという設定で、いよいよ密室の作成開始だ。
例えばこんなのはどうだろうか。
ある殺人犯の告白
4月某日。私はかねてより企てていた殺人を実行した。その現場である小さな部屋を密室に仕立てることで、事件を隠蔽しようという計画だ。
ありきたりなサムターンのついた扉。これを外側から回すことができれば…。
用意したのは、これまたごく普通の糸
糸をサムターン部分に固定して外側から引っ張ろうというわけだ。しかしすべすべと滑らかなフォルムのこの金属、糸を引っ掛けられそうな突起などはない。素材はステンレスだろうか。簡単に穴なども開けられそうにないし、第一そんな痕跡を残しておいては怪しすぎる。名探偵でなくともトリックを疑うだろう。
結んだところでつるっと外れてしまう。仕方ないのでアレを使おう。
セロハンテープをべたべたと
何の意外性もない方法だが、しっかりと固定されてはいる。シンプルイズベストだ。
針と糸の密室、というのはよく聞く言葉だが、この場合はセロハンテープと糸の密室、である。急に緊張感のない言葉になった。なぜか子ども向けの牛乳パック工作が頭に浮かぶ。数々の偽装工作をスマートに終えたくせにやっていることは糸とテープ。みみっちい。
ともあれこの糸をするすると伸ばしていき、
扉の下をくぐらせる
扉の周囲に通気口などの穴は全くなく、また扉と床の隙間は指先すら入りそうにはなかったが、糸一本程度であれば通すのに何の問題もない。
私は糸の片端を持ったまま部屋の外に出た。周囲に人影がないことはもちろん確認済みだ。
部屋の外。ここまできても糸は外れる気配がない。セロハンテープ、優秀だ。
このままパタリと扉を閉じる。もちろん、部屋の中には死体が転がっている。(マウスオーバーで糸の軌跡が見やすくなります)
後は糸を強く引いて、内側の鍵を回すという単純な仕組みだ。
尚、ご覧のとおりこの扉は外側からも普通にキーを使ってロックできるが、それをやってしまっては密室の意味が無い。この場合は部屋のキーは一つしかなく、それが後ほど死体のポケットから発見される、という状況を作っておけばいいだろう。要は部屋を出る前にキーをポケットに仕込んでおくのだ。または、鍵を保管していた人間が疑われるよう罪をなすりつける、という方向を狙ってもよいかもしれない。いずれにしてもよくある話だ。
こうして密室が出来上がった
さて糸を引っ張ってみる。上手くいくだろうか。
途中で糸が外れないか、きちんと回ってくれるか、とドキドキしながら糸を強く引く。
さほど力を使うこともなく、少し引いたところで扉の内側からカチャリという音が響いた。
同時に伝わってくる確かな手応え。おお、これはもしかして。
その様子、サムターンの動きを内側から見るとこうなる
なんと、見事に回っている。一度の失敗もなくあっさり成功してしまった。密室殺人成立だ。
しかしちょっと待って、と思う人もいるだろう。セロハンテープはどうするのだ、と。
べったりと張り付いたセロハンテープは現場に残ったままだ。こんなに分かりやすい証拠はない。
思いっきり引っ張ると糸だけ外れて回収できた。しかしテープまでは無理だ。
そこで、これもよくある手法で片付けることにする。死体発見時のどさくさに紛れてテープの痕跡を隠そうというのだ。
部屋の外から何度呼びかけても返事がない、これはおかしいぞ、と複数人で扉を破って中に踏み込むその瞬間がチャンス。全員の目が死体に集まっている隙にさり気なく扉ににじり寄り、テープを回収しよう。
「ああ大変、救急車を呼ばなくちゃ!」とかなんとか言いながら
後ろ手でこっそり素早く
これでよし。
現場に残る証拠を隠滅し、後は死体を前にして適当に泣いたりパニックになったりしていればいいだろう。
しかし微妙にテープの破片が残っていたりして、名探偵とやらが虫眼鏡片手に「なんだこれは?」とか言いながら発見したりするのだきっと。
おまけという名の蛇足~窓の鍵の場合
よくあるタイプの窓鍵も同じ方法で外から掛けられる。(やはりテープは残るが)
つまみに糸を固定し、半分ほど起こしておく。この時点ではまだ窓の開閉は可能な状態。
外に出てガラス戸を閉めた後、改めて糸を上に引っ張ればよい。
ただしガラスの場合は外から見た時にテープの存在がばればれなので、名探偵を連れてくるまでもなくあっさり見抜かれるだろうけど。
針はどうした、という話
繰り返すが、針と糸、というフレーズは密室トリックにおいておなじみのものである。しかしどうにも針の出番が思いつかない。
では例えばこんなのはどうだ。糸もテープも使わず、普通に扉の外からキーを使って鍵をかける。扉自体、又は扉付近には室内に通じる小さな隙間がある。死体の胸ポケットから糸を伸ばし、隙間から外に出す。ピンと張ったその糸を伝わせて鍵をすべらせ、ポケットの中に鍵を投入。全て終わったら糸回収。
これなら針の出番もありそうだ。こっちもぜひやってみたい。
というわけで外から鍵がかかって、室内に通じる隙間が存在していて、且つ死体を転がしても良い撮影OKな場所がありましたらぜひお知らせください。
「針と糸」の針って実は縫い針じゃなくて留め針(ピン)だっていう説は本当?