たしか5万くらいした
大学を出て就職したときに、スーツといっしょにこのアタッシュケースを買ったのだ。当時持っていたカードの上限近かった気がするので、たぶん5万くらいしたと思う。
引っ越しの時に運んで以来始めてさわる。
買った当時はうれしくてスーツじゃない日もこれを持って自転車で出勤していた。いま考えるとおかしな新入社員である。ライフルとか入っていそうだ。
職場が変って最近ではほとんどスーツを着ることがなくなってしまったので、このアタッシュケースもずっとしまいこんだままだった。これはもったいない。
この格好には合わないもんなあ。
鍵の番号も忘れていた(123でした)。
まるでタイムカプセル
アタッシュケースはロックを解除すると「パシュッ」っというこぎみのいい音を立てて開いた。放っておかれた4、5年の歳月をまったく意に介していない様子だ。さすが硬派なやつである。
接合部にはパッキンが使われているので中の空気は何年も前に閉じこめられたままなのだろう。なんとなく古本屋みたいな匂いが流れ出た。
中からはタイムカプセルよろしくかなり懐かしいアイテムがいくつも出てきた。
64MBのデジカメメモリ。ギガじゃない、メガだ。
送別会の時の写真も出てきた。泣きそうになる。
感慨にふけってばかりいてもはじまらない。今日はこの使われなくなったアタッシュケースの使い道を考えて新しい人生に道しるべを示すのだ。捨てない、という点でエコにもつながるたいへん有益な記事である(あまり共感が得られなさそうな記事なのでいろいろ言い訳しています)。
形から入る
前々から思っていたのだが、アタッシュケースって湯たんぽっぽいだろう。
これは確か前の会社でアタッシュケース使っていた頃から思っていたことだが、あの時は実行に移す場がなかった。
今ならやれる。これは湯たんぽである。
たとえばアタッシュケースを知らない人にこれを見せたら「ああ、お湯入れて冬に使うやつね」って何人かは言うだろう。試しにうちの子どもに聞いてみたら「カバン」って言っていたけれど。
今こそアタッシュケースを湯たんぽとして使ってみよう。
湯たんぽにしては開きすぎだが。
しかしいくらぱっと見湯たんぽに似ているからといってアタッシュケースは湯たんぽではないので、お湯を入れる口もなければ書類を取りだしやすいようにぱかっと半分にも開く。
お湯を入れる口をドリルで開けようかとも思ったが、中をあさっていたら買った当時の保証書が出てきてそうだこれはいいものだった、と躊躇した。どうするか。
打開策。
直接お湯を入れるのは厳しそうなので、お湯の入ったタンクを中に仕込むことにした。防災用に買っておいた水タンクである。これに80度くらいのあつあつのお湯を入れる。
うむ、温かい。
アタッシュケースは金属製なので冬とか触っていられないくらい冷たいのだけれど、同じく温まるのも早いのではないか。お湯の入ったアタッシュケースをしばらく体にひっつけてみた。
ふとももがじんわりと温かい。
これが予想どおり温かいのだ。湯たんぽほどではないがそれはアタッシュケースが内装と水タンクの二重構造になっているせいだろう。湯たんぽにも毛糸で編んだカバーをかぶせると思うが、それが内蔵されていると思えばいいだけの話である。
うん、これは湯たんぽだ。
じんわり温かい。これはいい。このまま抱いて寝たくなる。
でもこれ抱いて寝たら前の会社の夢とか見てうなされるんだぜ。
湯たんぽとしての第二の人生はおおいにアリである。できることなら電熱線を配して電気仕掛けで温かくなったりするとさらにかっこいいかもしれない。可能性が見えた以上、寒くなった頃に第二弾としてやってみたいと思う。
弁当箱という人生
最初にも書いたが、アタッシュケースは接合部にパッキンが使われているので機密性が高い。おかげで雨が降っても中の書類が濡れたりしないのだ。ビジネスマンにはうれしい性能である。
しかしここに今、その機密性を他に利用できないか考えている元ビジネスマンがいる。
日常生活でこの機能を必要とされる場面といったらどこだろうか。
断然ここだろう。
水が入らないということは中の水も外に出ないということである。これすなわち性能のいい弁当箱ということだ。弁当箱から汁が漏れると電車で自分の周囲だけカレーの匂いとかして困るだろう(経験者)。あれがなくなる。
このアタッシュケースに弁当箱としての人生をさずける。
外には漏れないとわかっていてもなんとなくラップはした。
はやりの弁当男子ではないが、僕は趣味で週に1日だけ家族分の弁当を作っている。今回の企画ではその経験が物をいった。
このサイズの弁当は初めてだぜ。
今回のプロジェクトにわかりやすい名称をつけるため、この弁当をアタッシュケース弁当と名づけることにする。単純に語呂がいいからと、あとどうしても頭をよぎる(いいんだろうか)という罪悪感を名前の勢いで振り払うためでもある。
弁当作りに戻る。
アタッシュケース弁当は予想以上のボリュームだった。コンビニ弁当だったら4つ分くらい入りそうだ。きっとこれ一つで一家族ピクニックに行けるぞ。
今回はそこまで豪華なことができないので(家の冷蔵庫の中身の問題)周囲に飲み物を配してみた。これは二次的に保冷効果も期待できる。
これだけ入れてもまだオードブルが入るくらいの空き面積ある。
アタッシュケース弁当の唯一の欠点は内装が布張りである点である。蓋を閉じたときに中身が上蓋に触れないよう高さを慎重に調整する必要がある。
蓋がしまるかどうか、おかずを入れる度にいちいち確認する。
サンドイッチは「かさ」が高くて入らなかったので半分に切って斜めに配置した。
家にあったベーコンや野菜やからあげを次々と配置していく。それでもいっこうに隙間が埋まらないのでバナナをまるごと配してみた。どれだけでも入る。アタッシュケース弁当は宇宙だ。
入れようと思えばまだまだ入ると思う。
できた。
ぱっと見豪華な花見弁当のようにも見えるが、一歩下がって見ると印象は一変する。
ビジネス!
いま勢いキャプションにビジネスって書いたが、これでビジネスはない。
作っているときは興奮が勝っていたが、いざ完成すると罪悪感というか、誰かに叱られるんじゃないかという弱い心が頭をもたげる。
弁当を前にもやもやしているところにちょうど妻が帰ってきた。彼女は一目見て「美味しそうね」と言っていた。だろう、時間かかったもの。
でもその前になにか言うことないか。お前んちの旦那、通勤かばんに弁当詰めてるんだぞ。
それとももしかしたらこれ、そんなにおかしいことではないのだろうか。記事にするようなことでもない?
閉じるとビジネス。
開くと花見。上蓋の書類ポケットにはちょうどお花見シートが収まった。
しかしいまさら考えていても始まらない。せっかく作ったのだから、これを持ってピクニックに出かけたい。
ビジネス花見ってこういうこと?
完成したアタッシュケース弁当を持って出かけることにした。
レッツゴー、ピクニック!
作ってみて初めて気づいたことだが、アタッシュケース弁当は中身を詰めると縦にして持てないのだ。中でぐしゃぐしゃになる。
というわけで横にしたまま慎重に運ぶことになる。アタッシュケースを持つからご近所に見られても不自然じゃないように、と久しぶりにスーツを着てきたのだが、こんな風にカバン持ってるビジネスマンおかしい。
到着。犬連れてるのは近所の人。
ともかく丘の上についた。天気も良い。さっそく始めよう。おもむろにアタッシュケースを開ける。
ほほう、こんな場所でも仕事ですか。はやりのノマドってやつですか。
いいえ違います、お昼ご飯です。
カバンは横持ちだが開けるまではまだビジネスマンっぽさを保っていたと思う。でもレジャーシート広げた時点で一気に遠足になるのは不思議だ。
お花見とビジネスのレアなツーショット。
撮った写真を見たら加工してないのにミニチュア写真みたいになっていて驚いた。まわりにうちの子の幼稚園の同級生がお母さん方と一緒に遊んでいたので気持ちが縮こまっていたのだろうか。
こういう人、鉄道模型のジオラマの中にいそうだ。
あらためて見るとアタッシュケースを開けてPCでメールチェックでもしているビジネスマンに見えなくもない。
実際は行楽だが。
平日の公園をアタッシュケース持ってうろうろしている大人も稀だが、その中身が弁当となるともはや想像の範疇を超えてやった感がある。
それにしても外で食べる弁当は格別ですね。
この直後、草刈りのおじさんに「ここの下草をこれから刈るから、ちょっとあっちで食べてくれ」と打診された。「この辺はトンビが弁当さらいにくるから気をつけろよ」とも。言葉に従いすぐに移動した。
移動してから気づいたのだが、おじさんは僕がアタッシュケースで弁当食べていることにはまったく触れなかった。それほど自然だったということだろうか(もしくは言っても無駄な人だと思われたか)。
すみません、すぐにどきます。
ともかく、アタッシュケースは思いのほか機能的に弁当箱として使うことができたというわけだ。満足である。
アタッシュケース、使えます
物置の隅でほこりをかぶっていたアタッシュケースに第二の人生を提案した今回の企画、おおむね目的は達成できたと言っていいのではないだろうか。10年くらい前にかっこつけてこんなアタッシュケースを買った自分に一番読ませたい記事である。