「そこ」は、とあるバス停のそばにあった。入り口には赤ちょうちん。とりあえず小さなラーメン屋、ということは分かる。でも中は見れず、とても入りにくい。
えいやっとドアを開けると、いきなりネコのエサがあって、ニャーンとネコがゴハンを食べているのだった。まじか。
年とってて痩せてるけど、美形ちゃん。
まあ、ほかにも、こっそりネコを飼ってる飲食店ってあるけど…店内はネコのエサと、ネコの匂いでいっぱいだった。匂いに敏感な人は、絶対に駄目だと思う。
店内にはネコ缶の山が。
しかし、ネコは可愛かった。そんなになつっこくはないが、一度くらいはすりよって、営業してくれる。かわいい…。
店内を見渡してみる。無造作に積まれたマンガ、すすけた姫だるま、なぜかでかい鏡、そしてネコ缶。
客層の分かりにくい、マンガの山。知ってる作品少なし。
時間が早いせいだったのか(なんとこの店、午後8時開店で朝閉店という、新宿ゴールデン街みたいな営業スタイル)、まだ誰も客がいなかった。
普通の中華屋のように、お酒を飲んでからラーメンを食べてみようと思ったので、注文してみる。
「すいません、瓶ビールとニラ玉を…」
中から、おそらく80代くらいのおばあさんが出て来た。きっと彼女一人でやっている店なのだろう。
「はあい」
ほどなく、ビールが出て来た。おばあちゃんは、見知らぬ私に「おつかれさま~」といって、ビールをついでくれた。親切だ。
突き出しは、キャベツ茹でたやつに、おかかかけたやつ。味がなかったので、店に添え付けのポン酢をかけて食べました。
おばあちゃんは、ラップをしたリモコンを渡して、「好きなテレビ見ていいわよう~」と言った。親切だ。
がっつりと巻かれたラップ。一瞬、リモコンだとは分からなかった。
そして出て来たニラ玉は…衝撃のルックスをしていた。
すごく家庭料理っぽいニラ玉。
不味くないけど、美味しくない…。
ニラ玉をちょびちょび食べていると、見知らぬ男の人が、入り口をひょいと開けて、「ねえ、この傘、ここで借りたんだっけ!?」と言った。
「ええ~ちがうわよう~」とおばあちゃんが答えると、男のひとは「あ、そう」と言って、扉をバンッと閉め、去って行った。な、なんなんだ。…多分、近所の常連さんなんだと思うけど。
次にチャーシューを頼んだ。これもまた、ものすごいルックスをしていた。
どう見ても、焼いた豚には見えないチャーシュー。マヨネーズたっぷり。
味は…何故か「パザパザの、味のないコンビーフ」みたいな味がした。これは、正直不味かった…。食べているうちに、少々気持ち悪くなってきてしまった。結構不潔な店でも、平気なんだけど…ネコの匂いが、強かったせいか?
全身が緊張していたし、辛くて、早く帰りたかった。最後に、噂の醤油タンメンを食べることにした。
注文すると、じゃ、じゃ、じゃーっと野菜を炒める音がした。腰がまがったおばあちゃんが、全身で料理する音。なんだかドキドキする。どんな麺が出て来るんだろうと思ったら、
「はいおまたせー」
中華どんぶり、みちみちの野菜麺が出て来たのだった。なんだこれ。
五目あんかけ麺のような、サンマーメンのような、全然違うような。
大盛り、650円。
汁を飲んでみる。
う、うまい!
う、うまいよこれ! うまいよ! なんだこれ!!!!!!
野菜と、何かのダシがきいていて、とてもやさしい味。どこでも食べたことがない味。
野菜は、にんじん、キャベツ、キクラゲ、玉子、モヤシ…などなど。どろりとしたスープに、麺がからむ。
夢中で食べる。
これでキレイな店だったら。せめてネコのエサが置いてなかったら。評判になるだろうに。しかし、おばあちゃんの体力では、このサイズで営業するのが、ベストなんだろうか…。
私がタンメンを食べている間、別のお客が入ってきた。
「おばあちゃん、お久しぶり、山田(仮名)です。お元気ですかあ?」
おばあちゃんは「いやー、もう腰が曲がっちゃってねえ」と答えた。男は「今年は冬、寒かったですもんねー」と答えた。
あれ? この人、冬の前から来店してなかったんだ、どんなスパンで来てるんだ? とナゾだった。
店を出たら、春の清浄な空気が、おいしかった。
また醤油タンメンを食べに行こう。
そしてネコの背中をさわろう。
いつになったら常連になれるんだろうか。それは全く分からないことなのだけれど。
そして、この店の場所は、もちろん秘密である。
貴方の近所にも、あるかもしれませんよ、こんな店ー。