スナックの敷居の高さ
ここ数年、ちょいちょいスナックに飲みに行っている。
スナックといえば、やはりだいぶご年配の方向けの飲み屋というイメージが強いので、ボクと同年代でスナックに通っている人ってそんなに多くはないんじゃないかと思うけど、スナックで飲んでいると味わい深いママやマスター、そしてイイ感じのおっちゃんたちと出会うことができてなかなか楽しいのだ。
でも、スナックってなぜかガイドブックみたいなものも出ていないし、インターネット上で手に入る情報もかなり少ないので(サイトを持ってるスナックなんてまずないもんなぁ)、外観や看板からどんなお店か読み取ってフラッと入ってみるしかない。
スナックに行き慣れている手練れのおっちゃんたちから言わせると、その「フラッと」感がイイらしいけど、大抵どの店も重厚な扉で閉ざされていて店内の様子が全然うかがえないし、値段設定もイマイチ分かりづらいしで、はじめて行くスナックに足を踏み入れるのって精神的になかなかハードルが高いのだ。
フラッとは入りづらいですよね
ボクの家からもほど近い西新宿に、ひときわ入りづらい雰囲気をプンプンに放っているスナックがある。
「プレジデントハウス」という、ハイソサイエティなニオイ漂う名前のこのお店。外観からして、色とりどりのネオンで描かれた「エンカ」「ナツメロ」「ラテン」「バラード」の文字、紫の光を放つアヤシゲな看板、さらに窓から見えている仏像の首(なんでだよ!)。入りづらいにもほどがあるよ!
何ともいえないフォント&色
窓から見える仏陀ヘッド
お店というのは、基本的に沢山のお客さんが来てくれれば来てくれるほど喜ばしいもののハズ。ところがこの店に渦巻く初心者を完全に拒絶するかのような威圧感はどーしたことか!?
入口への階段がまた初心者を思いっきり拒んでいる
ちなみにニフティの新社屋から道一本隔てたすぐご近所
そうは言えボクの方も、数々のデンジャラスなお店に突入してきた冒険野郎。非常に入りづらい店に行くときに心がけている「ま、取って食われるこたぁないだろう」精神を全開にして足を踏み入れたところ……店内もまた、フラッとやって来た若造をビビらせるのには十分なデンジャラス感だったのだ。
ザ・ゴージャスなお店!
何というか……僕の思う「高級スナック」のイメージそのまんま
木張りの壁、天井から吊されたシャンデリア、よく分からない西洋鎧のレリーフ、居酒屋では明らかに見かけない感じの椅子、床がじゅうたん敷き、何より店名が「プレジデントハウス」……この店、お高いんじゃないの!? 普段、こんな店じゃ飲まないもんなぁー。
天井にはシャンデリア
古びてるけど高そうな椅子
しかもサーベル&盾まで飾られてるのよ
妙にゴージャスな雰囲気漂う店内……ゆえに、このゴージャス感から逆算したお値段がすんごく気になってしまうのだ。
一応、表にはワンドリンク・席料・おつまみ付で2500円というリーズナブルな料金設定が書かれた看板が出ていたものの、そのワンドリンク以降のドリンクでいくらかかるのやら!?
一般論として、こういう看板ってどの程度信用していいんですかねぇ?
「確か財布に1万ちょいは入ってたハズだよなぁ……」などと、プレジデントらしからぬみみっちいことを考えていると、「アラー、いらっしゃいいらっしゃい、ここに座って~」とママさんらしきおばちゃんが声をかけてきた。
まあ普通のスナックなら5千円前後で十分ですけどね
お店も空いているようなので隅っこの方に座っておとなしく飲んでようと思ったら「そんな端っこダメダメ、こっちに座って」と、常連らしきおっちゃんたち数名と相席状態にされてしまった。
う……ううーん、なに話そ。
おっちゃん&ママと合コン状態
ゴージャスゆえの居心地の悪さ……
さて、店の威圧感にビビリまくってる状態でいきなりおっちゃんたちと相席にされてしまったのだが、さらにママまでその卓に座り込んできた。
6~70代くらいと思しきおっちゃんたち2名とママ、そしてボクという地獄のような合コン状態に突入!
じょじょにおっちゃんたちと仲良くなるのはいいけど、シラフ状態からいきなりコレはキツイ!
「はじめての人だよねぇー、こっちは早くからはじめてるから酔っぱらっちゃってるけど、ヨロシク! ヨロシク!」
「は、はい……みなさんよく来られるんですかね? エヘエヘ」
さすがの酔っ払いおっちゃんたちも、店の雰囲気から浮きまくった変なヤツの登場に若干緊張気味、そしてボクもアワアワしちゃってる状態でぎこちない会話で腹を探り合う。
こういう時、何を話すのが普通なのか……合コンみたいに自己紹介とかはじめるのも変だしねぇ
そんな均衡をやぶったのはやはりママさんだった。
「お腹減ってる?」
「まあそこそこ……。料理って何があるんですか?」
「あー、この店はママにまかせとけば大丈夫だから!」
「……あ、はあ、それじゃおまかせで」
そう答えたところ、「じゃあコレ食べなさい」「コレも食べなさい」の、食いねえ食いねえ寿司食いねぇ状態でママのお手製っぽい料理がドンドン出てくるわ出てくるわ……。
料金の話は一切されず、ドンドン料理が出てくる
スナックって、乾き物くらいしか食べものは置いていない店も多いので、小腹が減っていたこともあり、嬉しいは嬉しいんだけど、メニューもなければ値段表もないスナックだけに「コレが一皿何千円もしたらどうしよう……」と超・不安になってしまう。
乾き物もテキトーに食いねえ状態
こういうとこのフルーツって高そうでしょ?
さらにビックリしたのが、
「コレ、自分で食べようと思ってたんだけど、お腹いっぱいになっちゃったから……食べる?」
と、明らかにコンビニのものと思われる梅おにぎりを手渡されたこと。
「あ、はい……」
「食べる?」と聞かれたら「はい」って答えちゃうけど、コレがサービスなのか料金取られるのかの説明はして欲しいよッ
まさか、このおにぎりまで料金取られたりしないよなぁ……。
疑心暗鬼になりながら、もしゃもしゃとおにぎりを食べていると、おっちゃんグループが「よーし、次はコレ歌っちゃうぞ」とカラオケを入れだした。
カラオケ専用の本格的ステージ完備
まあ、結構なご年配の方たちがやるカラオケなもんで、古い曲ばっか。たとえば、ミッチーこと三橋美智也(『行け!稲中卓球部』に名前が出てきたから、かろうじて知っている)の「古城」、菅原洋一(愛称・ハンバーグ)の「知りたくないの」、石原裕次郎の「赤いハンカチ」、フランク永井の「君恋し」等々……普段、友達とカラオケに行った時にはまず歌われることのないラインナップ。
懐かしのおっちゃんソングにしても、もうちょっと最近の……スナックでの定番、布施明の「マイ・ウェイ」くらいなら対応できるんだけどねぇ。
それでもがんばって、「ヨッ!」「イエイッ!」「声がいいデスネー!」「あーっ、渋いッ!」「お父さん、音楽やってたんじゃないの?」などと合いの手を入れまくって盛り上げた我に幸あれ。
こういう時のスナックでの作法もよく分かりません
スナックにカラオケはつきものだけど、その中でもここプレジデントハウスは本格的なカラオケ設備に力を入れているため、普段からカラオケ好きなおっちゃんたちが集っているらしい。
一本200万円するという自慢の高級JBLスピーカー……でも、スピーカーの前に扇風機やら像やらを置いちゃってるから本領発揮できているのかどうかは不明
そういえば、おっちゃんたちがみんな紙キレを持っているので「何だろう?」と思っていたのだが、「歌いたいと思っている曲を書き出してきた紙」らしい。確かに曲名らしき単語がしこたま羅列されている。
「今日はカラオケを練習しようと思って来たんだよね」
おっちゃん世代ではこういうカラオケ作法が一般的なんですかね?
おそらくヤング諸氏がカラオケで新たなレパートリーを増やそうとする場合は、CDを買ったり、レンタルしてきたり、最近だとネットで聴いたりして、あるていど曲を覚えてから、場合によってはひとりカラオケで練習して、それからみんなとのカラオケで披露……というような手順を踏んでいるんじゃないかと思われるが、おっちゃんたちの場合はそんなまどろっこしいことはしない。
スナックで他の人が歌っているのを聴いて「いいなー」と思ったら曲名をメモしておき、次スナックに行った時にとりあえず入れてみてぶっつけ本番で歌ってみる。それが「カラオケの練習」なのだ。……じゃあ、本番はいつなの!?
70代のおっちゃんたちの中で何を歌う!?
うろ覚えなのにイイ気分でカラオケを歌いまくるおっちゃんたちを見ながら、とりあえず「ヨッ!」「イエイッ!」などとテキトーに合いの手を入れていたボクに、ママがカラオケを勧めてきた。
「ウチに来たらやっぱりカラオケ歌わなきゃ! 歌い放題だからドンドン歌って! ほらほら」
ええーっ、ボクも歌うの!?
こ……心の準備が……
「この店に入ったからにはカラオケ歌わずに返さないぞ」とばかりにグイグイとリモコンを押しつけてくるママ。そうは言ってもこの状況で何を歌ったらいいのやら……最近カラオケ行ったら絶対に歌うのはももいろクローバーZ(アイドル)の曲とかだけど、そんなのでいいの!? ……と悩んでいると。
「でもこの間、来てた若い子たちはダメだったわよねー。AKB48かなんか入れちゃって、自分たちだけで大騒ぎしちゃって……。スナックでの飲み方をしらないのよ、アレは」
なんて話をはじめたじゃないの。
ひょーっ、アブナイアブナイ……明らかにももクロ入れてる場合じゃなかった! 仕方ないので「おっちゃんたちも、この辺ならアリかな?」というギリギリのセンでジュリー(沢田研二)の「勝手にしやがれ」を入れて見ることに。
イベントでステージに立つより遙かに緊張しました
我、歌う!
確かに気持ちいいステージ
チャラッチャラッチャーン! と店内に鳴り響く「勝手にしやがれ」のイントロ。
手元には歌詞を見る専用のテレビ、足下には歌声を確認するためのモニタースピーカー、そして何より200万円以上したというJBLのスピーカー……確かにカラオケボックスとは次元の違う設備で、歌っていても気持ちイイ!
俺・オンステージ
選曲をかなりすり寄ったつもりだったのに、おっちゃんたちの反応は極薄……。
次、何を歌おうか選ぶのに集中しているみたい。その辺は若い子もおっちゃんも一緒ね。
笛吹けど踊らず
しかし、さすがに長年スナックを回しているママだけは違った!
「イエーイッ、ジュリーッ!」
「ヨイショーッ!」
「ソレソレソレ!」
「イイゾーッ! イイゾーッ!」
……などと、的確にズバズバ合いの手を入れてくるのだ。まあ、盛り上がり皆無な状態でママの声だけが響き渡ってるのは逆に悲しいんだけどね。
海底のわかめのごとくゆらゆら揺れるママ
とりあえずジュリーを歌いきり、席に戻ると「いやぁ、やっぱ若い人が歌う曲は違うなぁ」と、おっちゃん。
イヤイヤ、おっちゃんたちとギリギリ折り合いをつけられそうな曲を選んだだけであって、別にボク、ジュリー世代じゃないからね。どっちらというと映画『妖怪ハンターヒルコ』あたりの、ちょいと太りだした以降のイメージの方が強いもん。
ママ、歌い踊る!
「じゃ、今日は若い子が来てるからアタシも最近の曲を歌っちゃおうかしら!」
と、次にママが入れた曲は秋元順子の「マディソン郡の恋」……団塊世代の星ッ! 確かに2005年の発売らしいので、三橋美智也とかと比べたら果てしなく最近の曲ではあるけれど、若干意味合いが違うよねぇ。
ママが歌う!
踊る!
歌う!
踊り狂う! さすが、振り付けも完璧です
長年カラオケスナックをやっているだけあって、達人級の歌いっぷり。
「いやぁ、さすがに上手いですねぇ」と褒めたら、「腹式呼吸は基本」「口元からマイクを近づけたり遠ざけたりして抑揚をつける」「座りながら歌うなんてもってのほか」と、カラオケ三原則を教えてくれた。
「じゃあ、その辺を意識しながらもう一曲歌ってね!」
し……しまったぁ~、また歌わなきゃならないのか。
それでも、キャンディーズ、山口百恵など、ギリギリおっちゃん世代と折り合いのつきそうなあたりを歌いまくっていたら、おっちゃんたちも盛り上がってくれて、段々楽しくなってきましたぞ。
元祖カラオケスナック!?
そんなこんなでいい時間となり、おっちゃんたちも帰っていき、ママとふたりっきりになったので、いよいよ色っぽい話をしっぽりと……するわけもなく、店内を色々と見学させてもらうことに。
入口付近はこんな感じ。全体的に過剰なハイソサイエティ感!
古くからやってるだけあって、カラオケ設備もすごい! 通信カラオケはもちろん、LDカラオケ、VHDカラオケ(←その昔、こういう映像ディスクがあったの)。
ジュークボックスに入ったレコードカラオケ
さらにオープンリールテープのカラオケまで!
「もともとは、流しのギター弾きの伴奏で歌うというお店をやってたんだけど、歌を抜いた伴奏だけのレコードが発売されたって聞いて、これはウケると思ってこの店を作ったの。あの頃はまだカラオケっていう呼び方もなかった時代だから、日本でもかなり早い時期にできたカラオケスナックだと思うわよ」
すごくデカイパワーアンプがあったりして、ママいわく「武道館でもライブできるくらいの機材が揃ってる」とのこと。……さすがにそれは大げさだとは思うけど、確かにこれだけのシステムでカラオケを歌える場所というのはなかなかなさそうだ。
奥には、さらにゴージャス感の高いVIPルームがありました
さて、店内もひととおり見せてもらったし、いい塩梅で酔っぱらったことだし帰ろうかな……と思ったところで思い出した! いったい会計はいくらになってしまうのか。ウーロン茶割も勧められるままに飲みまくってしまった、料理も結構食べた、カラオケも歌ったしさぁ……。
その辺の居酒屋で飲むより安かったです
「今回ははじめてだったから、飲み物は私のボトルから出しておいたからー」だそうな。
次からも1000円の焼酎ボトルを入れてくれれば、あとは3000円でカラオケ歌い放題、ママの料理食べ放題(テキトーに出してくる分)とのこと。新宿駅にもわりと近いこんな場所で逆に安すぎるんじゃないの!?
「昔、たくさん儲けさせてもらったから、あとはみなさんに喜んでもらえればそれでいいのよ」
ものすごいボッタくられるんじゃないか疑ってゴメン、ママ!
かつてはよりビカビカ
帰り際、ママに「いやー、すごく安いんですね! ネオンピカピカな外観だから入りづらくてビビッてましたよ」と言ったら「あらー、やっぱり入りづらい? 昔はもっとビカビカ点滅するネオンをつけてたんだけど……」だって。
む、昔はもっとビッカビカだったのか! その頃だったら絶対に入れなかったろうなぁ。
●プレジデントハウス
東京都新宿区西新宿5-1-18 西新宿パレスビル
【電話番号】03-3375-8188
【営業時間】17:00~24:00
【定休日】日曜