「オサ掘り」の「オサ」は「オサムシ」の「オサ」
というわけでその秘密を知るため、ディープインセクトマニアである友人の「オサ掘り」に同行させてもらうことにした。
寒々しい。
これから虫を採りに入る山だ。褐色に染まっている。つい半年前までみずみずしい緑にあふれていたのが嘘のようだ。冬に肌が荒れがちなのは人も山も同じということか。まあ雪で化粧をされるよりはマシかなあ。
いずれにせよこの有り様ではとても昆虫なんて見つかるとは思えないのだが…。
ここで虫が採れるらしい。
「あー、この辺なんかいい感じです。」
林道を歩く友人Aくんが歩みを止める。虫がいそうなポイントを見つけたらしいのだが、ぱっと見た感じではそうは思えない。山の中でそこだけ春を先取りして花が咲き乱れているとか、日が差してポカポカ暖かいなんていうことはない。むしろ薄暗くじめっとしていて寒い。道の両脇は冷たい土の露出した斜面に挟まれているだけだ。
そして何より虫の姿が見当たらない。
「これを使います。」
Aくんがバックパックから取り出したのはピッケルと手鍬。
え?こんなもんでどうするの?
「こうします。」
おもむろに小さな崖の土を掘りはじめるAくん。
なんとオサ掘りとは崖の中で冬眠している昆虫を掘り出す昆虫採集方法だったのだ!
Aくんは虫を潰さぬように少しずつ、慎重に土を削っていく。
しかし、そんなチマチマした方法で山のあちこちに散らばって冬眠している虫をピンポイントで見つけ出せるのか?気が遠くなるんだが…。
でも見つかるんだなこれが。
開始早々、「出ましたよー!」の声。うそっ!?
駆け寄ってみると、土の中にぽっかりと口を開けた小部屋の中に確かに、鈍い金属光沢を放つ昆虫の姿があった。
ツクバクロオサムシという虫。
採れたのはオサムシという昆虫の一種。「オサ掘り」の「オサ」とはオサムシのオサだったのだ。このオサムシ、実は美麗な種も多く、コレクション性が高いため世界中にとても多くのファンがいる。その名をペンネームに織り込んだ手塚治虫もその一人だ。昆虫好きの間ではチョウやクワガタなどと並ぶメジャーどころなのである。名前がついた特有の採集法が確立されていることからも、その愛されぶりがうかがえる。
これはクロナガオサムシという種類。真っ黒で地味だが大型で迫力がある。
いろんな虫が出てくる出てくる
当初の心配は完全に杞憂だったようだ。崖の表面を削っただけでポンポン次から次へオサムシが出てくる!
すげえ!俺も!俺もやる!
ピッケルを借りてオサ掘り初挑戦。
ぎこちない手つきでオサ掘りに挑む。いざ本当に虫がいると分かると、うっかり勢い余って彼らを殺してしまったらと思い、必要以上に慎重になってしまうのだ。それでも開始十数分あまりでたくさんの虫の姿を拝めた。
紫色がきれいなハナムグリの一種。
メタリックグリーンが目をひくオオアトボシアオゴミムシ。
どういうわけか見つかるのは色鮮やかできれいな虫が多い。そのため、土の中にキラリと輝く姿を見つけた瞬間はさながら宝石を発掘したようにさえ感じる。すごい、めちゃくちゃ楽しいぞこれ!
怖い虫も。
でもあまり歓迎できない虫もいる(まあ彼らにしてみれば、真冬に寝床を暴くこちらこそまさに招かれざる存在なのだが)。オオスズメバチの女王である。
Aくんもさすがにこれは持って帰りたくなさそうだったので、そっと寝室の壁に空いた穴をふさぎ、冬眠に戻っていただいた。
春が来るまで今一度おやすみください、女王陛下。
なんかレアらしいのが採れる
その後も小さな虫たちがポロポロ土の中からこぼれてくる。その中で妙に目をひいたのがこの虫。
ゴミムシという甲虫の一種であることは間違いないんだけどこのカラーリングは見たことないな。名前を教えてもらおうとAくんを呼んで見てもらったところ、「うぅわ…、それ…。」とつぶやいてへたり込んでしまった。
赤紫と緑の金属光沢に翅を縁取る黄色のラインが美しい。
これはオオキベリアオゴミムシというなかなか珍しい虫で、幼虫はカエルに寄生して体液を吸うという変わった生態を持つ。特に僕らが住んでいるつくば市ではほとんど採れた記録が無いそうだ。
Aくんはこの虫がこのポイントで採れるのではないかとにらみ、密かにずっと狙っていたらしい。そんなに情熱を注いで探しても見つからなかった宝物を、初挑戦の僕がへらへら笑いながらあっさり掘り出してしまったのだからもうやっていられないというわけだ。しかも僕はこの直後にまた3匹も捕まえてしまった。僕は昆虫標本を収集する趣味は無いから当然すべて彼に譲ったのだが、すごく複雑な表情で「うわあ、やった…ああちっくしょおお…なんで…。」と呻いていたのが印象的だった
「自分の手で捕まえたかった…。」と言いながら写真を撮りまくるAくん。なんかすまん。
この日、Aくんはオサムシを大量に捕まえたけれど他の虫はあまり採れていなかった。一方僕はなぜかレアなゴミムシを複数捕まえられた反面、オサムシは一匹しか見つけられなかった。どうやら各人の掘る場所の選び方によって成果に如実な差が出るようだ。これは同じ崖でも虫の種類によって冬眠している位置が異なることを示しているのだろう。
河川敷でクワガタ発見!
気を取り直して今度は河川敷へ移動する。ところ変われば品変わるということで、ここでは山では採れなかったヒメマイマイカブリというヘンテコな名前のオサムシを狙う。
一面が枯れ草と裸の木で覆われている。先程の山以上に生命を感じられない。
ここでは倒木の根に絡んだ土や、ボロボロに腐って土に還ろうとしている枯れ木を掘る。
この河川敷でたくさん見つかるアオゴミムシ。写真だとあまり伝わらないが、実物は本当にきれいな緑色をしている。
このアオゴミムシは複数で固まって冬を越していることが多いようだ。大きな集団を掘りあてると、土の上にエメラルドのネックレスをちぎってぶちまけたようで目が覚める。
で、この真っ黒なのが本命のヒメマイマイカブリ
ヒメマイマイカブリも無事捕獲。マイマイカブリとは「カタツムリをかぶる虫」という意味らしい。カタツムリを専門に食べる世にも変わった虫なのだが、殻に首を突っ込んで中身を食べる様子が殻をかぶっているように見えるのだろう。マイマイカブリ類は実は日本にしかいない虫で、海外のオサムシコレクターにとっては憧れの的だという。
こっちは胸と頭がメタリックネイビーで脚はブルーというド派手さ。
ほんの数キロ離れた川で採れたヒメマイマイカブリは別の種類じゃないかと思うほど色鮮やかだった。
同じ種類でも採れる場所によってがらりと姿が変わる。これもオサムシが多くの愛好家たちを惹きつける所以なのかもしれない。
ちなみにこんな虫も採れた。
コクワガタ。
うわっ!クワガタじゃん!!小さいけど。やっぱり男たるもの、いくつになってもこの造形はかっこいいと思っちゃうよね。でもまさか冬に出会えるとは思ってなかったなあ。
番外:虫以外の動物も!
クワガタまで出てくるなんて、「オサ掘り」ってオサムシだけじゃなくていろんな虫が採れるんだなあ。しかも短時間でたくさん。もしかしたら春に野山を駆け回るよりも案外効率が良いかもしれない。
それに運次第では虫以外の生き物まで掘り出せるのだ。
トカゲの一種、ニホンカナヘビ。
崖から冬眠中のカナヘビが出てきた。ピクリとも動かないし、色も褪せてミイラみたいだがちゃんと生きている。この姿を見た時、「ああ、もしかしたら化石になってしまった恐竜の中には、土の中で冬眠したまま目が覚めなかったやつらもいたのかなあ」と思った。
これはニホンアマガエル。体色がバッチリ土と同じ色になっている。
カエルも出てきた。乾燥に弱い両生類は冬眠するのに適した場所を探すのも大変だろう。「冬を過ごすなら暖かくて日当たりのいいお部屋を~」なんて人間の奥様みたいな感覚で選んでしまったら、あっという間にカリカリに乾いて二度と春を迎えられないだろう。
ミミズじゃないよ。
小さなヘビも飛び出した。たぶんヒバカリという種類の子ヘビだろう。
虫以外はいずれも一通り観察した後は巣穴に帰して冬眠に戻ってもらった。
あとはもう一月と待たずに春の陽気に目を覚まして、自分から地上へ這い出してくるだろう。
エチケットは守ろう!
あまりにボロボロと虫が出てくるものだから、実は冬の崖の中はどこもかしこも虫だらけなのか!?と思ったが、どうやらそういうわけでもないようだ。
ちゃんと虫たちは虫たちで、冬を越しやすい「いい崖」を選んでいるそうだ。その条件は「温度がなるべく一定である」「土に湿り気がある」などで、虫を探す人間にはそういう崖を見抜く目利きが求められるのだ。今回はひとえに案内人が優秀だったということだろう。ありがとうAくん!
それからこの「オサ掘り」を試す際に気をつけたいことがある。「むやみやたらに崖を崩さないこと」さらには「掘った土は放置せずに必ず戻すこと」である。道がドロドロになればそこを通る人に迷惑がかかるし、地形が変わるような掘り方をして虫たちが来年のベッドを失ったらかわいそうではないか。
オサ掘りの後に国蝶オオムラサキの幼虫を観察しに行った。落ち葉の裏で寒さに耐えておりました。