塀の上の死にそうなあれ
平和な住宅街に突如としてあらわれる塀の上の死にそうなあれ。あれは忍び返しというそうだ。
あの危なそうな形。包丁だって食材を切る道具なのだ。今の世の中あんな物騒なものはなかなかない。
一体忍び返しとはどういうものなのか?今回はメーカーの方に丁寧に金物の話を聞くという、非常に慎ましやかな記事となっております、ではどうぞ。
大阪は上本町、これぞリアル大阪という風景
忍び返しのメーカーへ
お邪魔したのは大阪上本町にある株式会社エイトさん。忍び返しの「品数やったらうちが一番ちゃうかな」と言っていたメーカーさんだ。
「これですよね」と株式会社エイトの厚地さん
取材に対応してくれた厚地さんにいくつか現物の忍び返しを見せてもらった。
――けっこうありますね、これで全部?
「そうですね、今あるのはこの辺りかなあ。
デザインがあるやつもあったり、背が高いやつとか低いやつとかね、といを伝ってくる泥棒のことを考えたものとか」
高いの、低いの、おい、おい、次から次へと物騒なものが出てくるぞ
――間近で見ても危なそうですよね
「これなんかすごく危ないですよ」
これが危ない、と見せてもらった忍び返しには花弁のように四方八方に刃がついていた。危険の花が咲いているようだった。
花だ!危険の花だ!
プロも生傷が絶えない
「(保護カバーの)チューブついてるでしょ?取り付けの時には傷だらけになっちゃうんでね。
僕らもほんまに生傷が絶えないんですよ。今はお正月休み空けやから手もきれいですけどね、梱包してたら刺されるんですよ」
危なそうだなと思っていたら、プロにとっても危ないのだ。
自分を生み出した博士を殺すモンスター。そんなフランケンシュタインみたいな存在が忍び返しだ。
後から写真見なおしてたらケガしてるんじゃないか疑惑
忍び返しって何?
――そもそも忍び返しってどういうものなんですか?
「塀の上にある泥棒よけの総称ですね。泥棒が登ってこれないようにするための。(全部尖ってる?)そうですね、思い出せる範囲のものは全部尖ってますね」
うちの近所の忍び返しは刃が並んでいる。近所の方によると「ガラス→針→刃」と変遷をたどったらしい。
――うちの近所の家では昔ガラスで今刃物が並んでるんですが‥‥
「あ~、ありますね。昔はガラス割って埋め込んでるのがいっぱいあったみたいですね」
ガラスが埋め込まれている家も探してみたらあった。原始的な手法であるからこそ見た目の残忍性は高い。
――どういうところについているんですか?
「一般のご家庭ならマンションの塀とかもちろん戸建てとか、今はマンションが多いですね。
あとは学校や幼稚園も多い。工場なんかもありますよね。鉄条網あったりとかね。
注意して見ていくとけっこうあるんですよ。」
注意して歩くとたしかにある。周囲を倣ってなのか、ある地域にはある、という印象を受けた。
危なくないと意味がない
――どういうものが良いとか悪いとかあるんですか?
「実際に尖ってるかどうかとは別に、視覚的な効果もありますしね。やっぱり怖そうな方がいいですよね。
ここ時間かかりそうやな、と思う家は泥棒もさけるんでね。
今はデザインがいいのもいっぱいあるでしょ?でもやっぱり
危なくないと意味がないんです」
今まで怖そうだ物騒だとさわいでいたが、だからこそ、効果があったのだ。
かわいいから、とキティちゃんの耳の先端を尖らせて塀の上に並べようとしても、それでは意味がないようだ。
私たちが感じていた「殺る気」=泥棒よけだったのだ
危なければ危ないほどよいのか?
「ただあまりあまり危なすぎたらイヤ
ということもありますね。
学校とかだと、子供が登ったらケガするんじゃないか?と、お客さんから言われますね。
そしたらあんまり尖らせないように先端落としとこ、とかね。でも基本は鋭利なもんですよ」
泥棒をよけるために針を置いたら子供がなぜか引っかかる。
「高い所好きですしね」
と言っていた厚地さんのあきらめた眼差し。子供のバカさというのは永遠の真理だ。
こんななりですが、先端を少し丸くするのと、ビニールコーティングで危なさを減らしてます
どのタイミングでつけるのか?
ところでこんな危ないものをどのタイミングでつけようと思うのだろう?きれいなお家を建てて、さあ、刃物並べようか、となるのだろうか?
厚地「実際に泥棒に入られたから、という方が多いですね。
泥棒に入られて調査してみるとすき間があってどうもそこから入られたらしい、と。そんならそこ入れとこか、みたいなね」
やっとるかね的に八木社長も途中参加。前日にナニワ金融道を読んでいたので頭はその世界です。
八木「今は装飾の一つとして、ということもありますね。和風建築には合いますよね。
昔は『お金持ってるでって言うてるみたいやないか』と言われたりもしたみたいですけどね」
そうか「かっこいいから」という理由か。家を要塞っぽく見せると悪の秘密結社みたいでかっこいいのかもしれない。
仮面ライダーが最終回で乗り込んできそうな家、というのも一度住んでみたい気がする。
デザイン要素が入ったもの。日本刀にリボン巻くような感覚だろうか。
関西?関東?
――調べたんですが、忍び返しを作ってる会社は大阪に集中してませんか?
(ここで私は「戦国最大規模の攻城戦である、大坂城冬の陣があったから」という仮説を立てていて、この取材で一番体重がかかっていた質問だった)
八木「う~ん、大阪というよりは西が多いですね。金物全般で関西が多いんですわ。
でも需要は首都圏が多いですかね、田舎よりは都会。治安が悪いところとかね。
(金持ち地域と治安悪い地域だったら?)そら基本はお金持ちの方が付けるんじゃないですかね。」
仮説はもろくも崩れ去った。それも「金物全般関西が多い」という非常にわかりやすい現実にである。
「足掛けられないようにここにも矢じりがついてます」微に入り細に穿ってデンジャラス
名称について
――さっき「矢じり」とか言ってましたが、個々の名称があったりするんですか?
「パーツ各々の名称とかはありませんね。ここはフラットバーで、丸棒とかはいいますけど」
尖ってる部分は名前がないらしい。まずそこ付けるべきなんじゃないか。
名前がない世界
「忍び返し自体呼称のない世界で『あのサメの歯みたいな』とか『ハトよけ』とか『鳥よけ』とかお客さんから色々呼ばれますね。
うちは『15』とか品番で呼んでますけど。数字割り振っていくしかないですね」
部品の名前もほとんどなければ、形の名称もない。忍者の時代から「塀の上の死にそうなあれ」と呼ばれつづけたのだろう。
――ところでハトよけになるんですか?
「そうです、これなんか猫よけ用に間隔が狭くなってるんですわ」
「これ猫が入らないように狭くなってるんです」
猫よけにもなる
――猫よけ?ペットボトルが並んでたりする?
「ペットボトルですか?あれは意味がないみたいですね。
猫は狭いところも入っていくので、間が狭いんです。これだけ狭かったら入れませんもん。
忍び返しは猫よけ、ハトよけなんかの小動物よけになるんですよ。ハトだったら背の低いタイプの忍び返しを設置したりしてますね」
人だけではなかったのだ。今のところ忍び返しの対象は、忍者、泥棒、子供、猫、ハト、その他小動物、ということである。
忍び返し危なそうなのベスト3
ここでどれが危ないのかベスト3を決めてもらった。
第三位「高いやつ」
第三位は忍び返し(高いやつ)
「これ危ないですよ」
とすすめてもらった忍び返しは、先端がとにかく鋭利。ちょっとふれただけで痛い。
スタンダードなタイプが第三位。忍び返しの形に大差はないので、ものすごく地味なランキングが展開される恐れもあるが第二位を見よう。
第ニ位「樋用忍び返し」
樋用忍び返し
――おおっ、すごい形状ですね
八木「といを登る泥棒が6~7年前に出ましたよね。スパイダーマンやとかいうて。それで作ったんですわ」
対忍者から対スパイダーマンへ。忍びが進化した時に忍び返しも進化するようだ。
――これ留め金のとこまで小さく刃になってますね
八木「チューブついてますけど、こんなん危ないでしょ。一歩間違ったら人殺しの道具ですわ」
第二位にして人殺しの道具が出た。じゃあ第一位はなんなのだ?兵器か?殺戮兵器くるか?
第一位「低いやつ」
第一位忍び返し(背の低いもの)
兵器がくるかと思っていたら、先のハトよけで話題に上がった低いタイプのものだった。
――これが一番危ないんですか?
「薄い板状になってますからね。刃物のところだけでなく、手を滑らせるだけでスパッと切れますね」
業者が梱包するときの危険さに限定されている気もするがとにかく危ないらしい。
そして一番危険なものをぶつけられるのが平和の象徴ハトというのも皮肉だ。
危ない三傑。できればお友達になりたくない。
形は変わらないのか?
――昔から形はみんな大体同じですかね?
「もう出きってる感じはありますね。デザインに特化したものとかもでてきてますが、そんなに変化ないでしょうね。
人の命を守る、人の財産を守る、とにかく守るのが第一ですから、見た目よりも安全性が求められますね」
――へんなのは作らないんですか?
「デザイン的にいいやんってものがあっても、シンプルなものが生き残っていきますからね。
ニーズがあってデザインが生まれてくるし。好まれるのはシンプルなものですね。並べてみるとけっこうきれいですよ。」
「え?あの武器が!?」となるけっこうきれい宣言。馬子にも衣装、忍び返しにも「並べてみる」である。
いや、もしかしたら「並べてみるときれい」というのは何においてもあてはまるのかもしれない。実はなかなかきれいだったのだ。
会社の近くに「350枚寄付した」という幼稚園がある。「並べてみるとけっこうきれい」というのもうなずける。なかなか壮観である。
忍び返しで景気も分かる
――最近の流れとかあるんですか?
「数は出てますね。泥棒が入ったからつけるという方が多くなったように思います。あとは周囲の家でつけるようになったから、とか。
治安が悪くなったら忍び返しがよく出るというのも皮肉ですけど、今はそういう流れになってますね」
――今後はどういうの作っていくんですか?
「泥棒も次から次に考えてるんでね。といから登ってみようとか。といとかはノーマークな場合が多いですからね。そういううちらで解決できるとこはうちらでやっていこうと思います」
安全と危険が同居しているおもしろさ
平和な住宅街にあんな物騒なものがついているのにはこういうわけがあった。
だが、わけがわかったとしても、あのミスマッチな感じはやっぱりこれからも気になり続けるとは思う。
平和な家に兵器みたいな忍び返し、その中にデザイン性、だけど尖っている、だけどもビニールコーティングされていて安全‥‥そんなミスマッチ子亀孫亀無限連鎖の世界があそこに並んでいるのだ。
やっぱり変だよなあ、という思いは尽きることがない。
ところでめちゃくちゃ変なの出さないんですか?と聞いたら「今…すごいの開発してるとこですわ」と八木社長はにや~っと笑って答えてくれた。これはやはり兵器なんじゃないか?という思いもある。
取材協力 株式会社 エイト
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