カチクラ、という名前
東京は御徒町(おかちまち)。さらにその少し東側に、蔵前(くらまえ)という駅がある。 この一帯を総称して「カチクラ」と呼ぶらしい。
今回のイベントは、このカチクラ地域で開催されたのだ。
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台東区南部。細かな地名で言うと、東上野・台東・元浅草・小島・三筋・鳥越・蔵前柳橋・浅草橋…辺り。
まずは地図をゲット
さて残念ながらこの辺りの地理にはあまり詳しくない。街全体を使ったイベントだけあって広い範囲に参加店舗や企業が点在しているらしく、特にどこか一箇所に集まるというものでもないそうだ。自分の足で各所を回らねばならないのだが、どう巡ったらいいものやら。
無駄にウロウロして途中で行き倒れる展開は避けたい。
そこで、まずは蔵前駅近くの「ミラー」というビルにやってきました
中にはインフォメーションと、レンタサイクルの受付が
ガイドマップや案内チラシなどをもらうことができる
地域内の各所に、こういったイベントインフォメーションが設けられているそうだ。初心者にも親切な街である。
ガイドマップを入手。なんだかRPGみたいな展開。
「ツアーに参加しませんか?」
インフォメーションであると同時に、この場所はレンタサイクルの貸出受付でもある。 二日間のイベント期間中、トーキョーバイクという自転車屋さんが特別レンタルしてくれるらしいのだ。
そのため、スペース内にはおしゃれな自転車がたくさん展示されている
しつこいようだが、街は広い。加えて私は体力がない。とてもない。すぐ足が痛いとか言い出す。
なのでここは大人しく自転車を貸していただくことにした。地図に続いて乗り物までゲットである。いよいよRPGじみてきた。
さっそく貸出の手続きを…と思ったところで、予想外の声を掛けられた。
「あの、よかったらこれから一緒に街をツアーで巡りませんか?」
神の声かと思った
そう提案してくださったのは、トーキョーバイクの代表者の方だった。ちょうど今から、何名かで街を巡る予定なのだという。
渡りに船ならぬ、モノマチにトーキョーバイクだ。ぜひ! と勢い良く頷き、同行させていただくことにした。なんと地図と乗り物に続いて旅の仲間まで出来てしまった。
スタッフさん含め、計6名でのスタート。
知らない街で自転車に乗るのってちょっとわくわくする
革小物と明太子
まずはトーキョーバイクさんオススメ、すぐ近くのm+(エムピウ)という革小物のお店へ向かうこととなった。
このイベントに参加しているお店はどこもオレンジののぼりが立っている
一歩店内に入ると、革の良い香りがした。財布やバッグ等がずらりと並んでいる。店主兼デザイナーの村上さんはとても気さくな方で、「よかったら2階の作業場も見ていきますか?」と。
「今ならめんたいこ屋さんにも会えますよ」
ん? めんたいこ屋さん…?
2階に上がるといきなり目の前には革の山。イタリアやベルギー産が多いそうだ。
ずらりと並んだ工具類。いかにも制作現場、という趣。
そしてそこには一人の男性がいた。
「こちらがめんたいこ屋さんです」と紹介していただいたものの、ツアー参加者全員の頭に「?」が浮かんだと思う。
なぜ革小物屋さんにめんたいこ?
な、何者ですか?
めんたいこもカメラケースも売る男性
話を聞くと、めんたいこ屋さんを営みつつ革を使ったカメラケースの製作も行なっているのだという。店主の村上さんとは飲み友達で、今日はこのイベントの話を聞いて見学に来たのだそうだ。
明太子とカメラケースとは、なかなか愉快な二足のわらじを履いていらっしゃる。
こちらが、めんたいこ屋さんのデザインしたカメラケース
「カメラは自腹です」
――革の厚みが頼もしい、すごくしっかりした造りですね。
めんたいこ屋さん:そうなんです、なのでなかなか数が作れないんですよ。これだけのしっかりした革を縫い合わせられる職人さんは日本に数人しかいなくて、縫うミシン自体も世界中探してもあまり数がないんです。すごく人気のある商品なんですが、大量生産となると難しくて。
――これは、このカメラ専用のケースですものね。カメラに合わせてデザインを一から作っているということですよね?
め:はい、しかもケースを作る際のカメラは全部自腹で買っています。おかげでカメラ屋さんの常連客になっちゃいまして(笑)
――そ、それは大変ですね。このカメラのケースを作ろう、というカメラ選びはどういう基準で?
め:ケース自体が本革使用で決して安いものではないので、それに見合うそこそこのハイエンド機というのがまず一番ですね。でもそうなるとカメラ本体を買い揃えるのもなかなか大変ですし、一個一個のデザインと製作にもかなり時間がかかりますから簡単に種類を増やせるものでもなくて…。あとはお客様の要望を聞いたりとか。最近人気なのはオリンパスのPENですか、作ってほしいという要望はよくいただきますよ。特に女性からの声が多いですね。
ツアー参加者から口々に「自腹なんだ…」「そりゃすごい」「モックとかもらえたらいいのにねえ」などと声が上がり、めんたいこ屋さんもあははと笑っていた。
そして次なるお店へ
街めぐり一軒目から、普段であればまず見られない場所でまず聞けない話が飛び出してきた。いきなりお腹いっぱいになりかけるが、まだまだこれからだ。
予想以上に濃密な一日となりそうな予感を抱えながら、次なる場所に向かうこととなった。
「次は、革製品を実際に製造してる工場に向かいますよ~」「は~い」
それから、めんたいこめんたいこと連呼していましたが、カメラケース屋さんとして「ユリシーズ」というしっかりしたブランド名を(当然ながら)お持ちですのでご報告させていただきます。
革製品ができるまで
続いてやってきたのは「ヤマダ」さん。革製品の製造を請け負っている企業だそうで、もちろん普段は一般公開などされていない。
今日は特別に、実際の製造工程を見学できるとのこと。
一般人が中に入れるのは、このイベント期間中だけです
入り口には沢山の革。なんと、カードケースの製作体験(無料)も実施中。
見学させてもらう上に、無料でこれが作れるとは。なんて良心的サービス!
牛だって美肌が命
それぞれが好きな革を選んだところで、早速工場見学のスタート。まずは素材となる革の紹介から。目の前には敷物のような大きな黒い革が広げられた。
正体は牛革。これ一枚が牛半分にあたるそうだ。
「同じ一頭の牛でも、部位によって革の質が全然違うんですよ」
と、丁寧な説明が始まった。
「人間と同じで、首はよく動きますでしょう。そうするとシワが入るんですよね。お腹もたるみがちですから、その分だけ皮が伸びちゃうんです。背中側はしっかりとしたハリがあるので、良い革財布なんかを作るにはこの辺を使いますね」
なるほど、ハラミだのロースだのといった肉部分だけでなく、皮にも場所によって差があったとは。
「もっと高級な革製品になりますと、牛の育て方から違います。身体を傷つけるような草木には近づけないようにとか、吹き出物なんかも皮膚に跡が残りますから、食事にも気を遣ったりしてね」
吹き出物に気を遣う牛!(いや、実際に気を遣うのはお世話する側の人間だけど)
牛の世界でも肌のお手入れが重要だとは。なんとも身につまされるお話である。牛の頑張りを自分も見習っていきたい。
牛とお肌の関係に感心しつつ、ここから製造現場の見学へ
こちらは革の抜き型。一つの革財布を作るのに、たくさんの型が必要なのだそうだ。
切ったり漉いたり、刻印したり
ここからは見学と同時に機械の操作も体験させてもらえる。まずは革の型抜きに挑戦だ。
大仰な機械を前に参加者がちょっと譲り合う格好を見せる中、真っ先に「はい!」と手を挙げて一番乗りで体験させてもらった。我ながらなかなかの張り切りっぷりである。
最初に選んだ革の上に、専用の型を置き、
大きな機械をスライドさせ、型の上にかぶせる。そして手元のレバースイッチを押すと、
さくっ、と軽やかな感触で型抜きが完了
ゴミとなるはずの細い革もなんとなく記念に、ということで持ち帰ってきたが、どうしていいのか分からず今でもカバンの中に眠っている。張り切った割には行動がみみっちい。(多分忘れた頃にゴミとして捨てられる)
さておき、続いては「革漉き」の工程。
要は革の厚みを調整し、部分的に薄くする加工を施す作業だ。ここが上手くできていないと、貼り合わせたり縫い合わせたりという後の工程に支障が出るらしい。
年代物のミシンのようだが違う。これが革漉き機。
さすがに素人には無理ということで、ここは職人さんに漉いていただいた
左から右にしゃっ、っと通すと、高速に回転する刃が革を漉いてくれる仕組みだ。革の種類や厚みによって、微妙に調整する必要があるのだという。
そのためどの店(どの職人)に革漉き作業を委託するかによって、仕上がりの質が全然違うらしい。決して機械任せでは済ませられない、熟練のワザなのだ。
縫い代の部分だけ少し薄くなっている。下手にやるとこれが歪んだり、最悪裂けたり切れたりするらしい。
ギューンと音を立てて回転する刃。ちょっと怖い。
ちなみにこの後、いらない革キレで漉き作業を体験させてもらった。
結果、見事にぐにゃりと歪んだ。中には革がすっぱりと切れてしまう人もいた。体験して改めて身にしみる、職人のスゴ技である。
お次はブランドロゴなどをプレスする工程
こちらは自分でチャレンジ。熱くなった真鍮製の刻印を押し付けると…
こうなる。MADE IN JAPANの刻印が入ったカードケースとなるのだ。
こういった作業、もっと全自動の流れ作業で、機械が勝手にガシャガシャやるのだろうと思っていた。
しかしこれも先ほどの漉き作業同様、革の種類、同じ革でも状態の差などで微妙に調整を加えつつ作業しないと、美しく均一な刻印にはならないらしい。
そういうわけで、専門の職人さんが一個一個丁寧にプレス作業を行なっているとのこと。プロはどんな革だろうと均一に仕上げるそうだ。頭の下がる話である。
一同で感心しつつ、カードケースはいよいよ仕上げの段階へ。
革製品のプロとして
今回作ったカードケースはたった一枚の革から出来ているので完成もあっという間だが(それでも全工程合わせると結構な手間がかかっているけど)、普段この会社で作られている革財布は多いもので1個あたり40パーツ以上の型抜きを行なっているそうだ。
製造の最終段階、検品作業。レディース財布は特に使用する型が多くなり大変なんだとか。
もちろん、財布のデザインが変われば使用する型もゼロから作る。形によってはできることとできないことがあり、依頼してくるデザイナーとの協議もしばしばだという。
しかし製造のプロとして少しでも良い方法を提案すること。それが我々の仕事です。と、最後にお話を聞くことができた。プロフェッショナルとしての自信と誇り、キラーンと輝くその光を垣間見たような気がした。
そして完成したカードケース。大切にします。
さてそうこうしているうちに、ヤマダさんを出る頃には辺りもだいぶ薄暗くなってきた。
しかし街巡りツアーはまだまだ続くのだ。
ぐにゃぐにゃガラス瓶
続いてやってきたのはガラス食器の「木本硝子」さん。
店頭には綺麗な江戸切子のグラスや、イベント限定の特別セール品などが並んでいる。
明日になれば職人の実演販売などもあるのだという。
モダンな江戸切子。かっこよくて好みだが、お値段もかなりのかっこよさ。
ここで、なんだこりゃ、というものを見つけた。
ぐにゃりと溶けて、ぺたんこになったガラス瓶である。
ガラスビン界のたれぱんだ
こちらは元「いいちこ」の瓶だそうな
ガラスボトルの再利用例として、こうしたトレー(トレーだったのだ)やグラスに再加工しているという。
確かにこんなトレーに料理が盛りつけられていたら、ちょっと面白いかもしれない。きっとおしゃれな人がおしゃれな料理を盛りつけて小洒落た雰囲気を出したりするのだろう。なんだ。マリネか。マリネとかか。(私が思いつく最大限のおしゃれ料理=マリネ)
名前が可愛い。ふにゅ。
紙、選び放題なノート作り
さらにツアーは移動。この頃になると辺りはもう真っ暗だ。
陽が落ちると共に寒さも増してきた。よって、結果的にはここが最後の立ち寄り場所となった。
「カキモリ」、という文具のお店。ロゴの一部が試し書きみたいで面白い。
ここではオリジナルのノートが作れるのだ
表紙裏表紙、中の紙、これらを好きに選んでその場でノートの形に組み上げてくれる。さらにリングの色と留め具の種類まで選ばせてもらえるのだ。こころゆくまで選びたい放題だ。
表紙、色とりどりで手触りもさまざまです
中の紙もたくさんの種類から選んで、組み合わせてもOK
もちろん試し書きも自由
昔、何かで佐藤雅彦氏(ピタゴラスイッチの生みの親)が「ペンの試し書き用紙にはウナギ(ell)がいる」と言っていたが、今回は残念ながら見当たらない。惜しいものはあるのだが。
いろんなお店を巡って試し書きの内容を調べる記事はどうだろうか、と一瞬思ったが、とっくの昔にヨシダプロが実行していた
(こちら)。発想が数年単位で遅い。
ともあれ今回はノートである
選んだ紙たちをレジに持って行き、5-10分ほど待てば完成!
ここから更にもう一工夫
世界に一冊、自分だけのノートができあがった。
これだけで十分愛着が湧くというものだが、実は更にとめどなく愛着を湧かせる方法がある。このノートを持って、同じく「モノマチ」参加企業である某箔押所にもっていくと、その場で自分の名前の刻印を押してくれるのだ。
しかしさすがに今日はもう遅い。明日また出直すことにしよう。
一日お世話になったトーキョーバイクのスタッフさん達と、同じくツアー参加者の皆様ともお別れし、一旦カチクラ地域を去る。
続きはまた明日、だ。
箔押所に行こう!
翌日、東京はあいにくの土砂降りとなった。
結構な勢いの雨と風。これではレンタサイクルも使えない。
仕方が無いので今日は徒歩で回ることにする。幸い、行きたかったところは昨日ほとんど巡っているし、駅の周辺だけでも様々なお店が密集しているためなんとかなるだろう。
そしてここが本日一番のお目当て、田中箔押所さん
中には資材と、ガシャンガシャンと音を立てる機械が並んでいる。
こういったイベントでもなければ、まず立ち入ることはないであろう雰囲気。店頭に立つオレンジののぼりがフレンドリーで心強い。
中は自由に見学して良いとのことだったので、失礼して職人さんのすぐ横にて作業を覗かせていただいた。
年代物と思われる機械、昭和55年というシールが貼ってあった。私が生まれるよりも前から動いてるのか!
ここでは小さな革にロゴを刻印しているようだ
海外ブランドだってここから生まれる
――これはブランドタグ、ですか?
「そう、こういうバッグのね、内側につくようなタグだね。もっとあなたが知ってるようなブランドのタグも、ここで作ったりしますよ」
――というと…?
「前は【某イギリス発の有名ブランド】とかね、【某フランス発の有名ブランド】なんかも作ったことありますね。女の人は好きでしょ、ああいうの」
――へー!すごいですね、海外ブランドのタグなんかもこちらで?
「うん、日本の中で売られてるのはね、そういう海外のブランド物なんかでも結局は日本国内で作ってるんだよね」
なるほどライセンス契約とかいうやつだろうか。海外ブランドの名前がついていてもメイドインジャパンな商品、というのはたくさんあるらしい。
思わぬところでブランド品の知識を得たところで、さらに奥では別の職人さんが箔押し作業をてきぱきこなしていた。
そのヒザには、昨日作った私のノート!
自分の名前を箔押しに
そう、ここではこのイベント期間中、「カキモリ」にて作ったノートに名前を箔押してくれる。その作業の真っ最中だったのだ。
もちろん、このようなサービスを普段から受けているわけではなく、この二日間のイベント限定の企画である。これは、お願いしない手はない。
金属の「活字」がずらり。ここから文字を拾って、版を作っていく。
一回一回、組み替えて名前の版を作る職人さん。その手の動きの早いこと早いこと。
何がどこにあるのかさっぱり把握できない文字の羅列から、ひょいひょいと拾っていく。ちょっと油断しているとあっという間に版が組み上がっていた。目にもとまらぬ活字拾いだ。
ちなみに箔の色も自由に選ばせてもらえた。銀や金も素敵だが、私は「黒」をオーダー。
押す素材が革なのか紙なのか、紙であればどんな紙なのか、によって押す箔の種類や機械の調整も異なってくるのだそうだ。
ここでもやはり職人技が活きている。
熱く見つめているうちにちゃっちゃと作業は進み、いよいよ、私のノートに箔が押された。ドキドキしながら見守るが、職人さんにとっては手馴れた一作業。あっという間に箔押しは完了となった。
「はいできたよ」と差し出されたそのノートに、くっきりと刻印された自分の名前。滲み出るスペシャル感に頬が緩む。
これでいよいよ世界に一つの、自分だけのノートとなった。大切に使いたい。
私の箔押しが仕上がった瞬間、周りで同じように作業を眺めていた数名のギャラリーから小さな歓声が沸いた。
「あら、いい紙を選びましたね~」「黒が映えてて素敵!」「すごく綺麗な仕上がり!」などなど。
でへへ、と思ったが褒められているのは私ではなくノートと箔押し技術の方なので、調子に乗っている場合ではない。冷静になりたい。
見学させていただいた田中箔押所さん、こういったサービスは今回限りだが、普段も個人からの発注を受け付けているそうだ。箔押ししてほしいものがあったら、持ち込んでみるのも面白いかもしれない。
モノマチ、ありがとうございました
これ以外にも多くの店舗を巡ったのだがとても書き切れない。見学や体験やお買い物、二日間みっちりと楽しんだ濃密イベントだった。
次回はまた来年5月に開催予定とのこと、首を長くして待ちたいと思う。
一日目には見られなかった江戸切子の実演も見られたよ!