僕は運動ができない
折にふれ当サイトでも告白しているが、僕は全ての運動が全くできない子供だった。
自転車乗れない、水泳できない、さかあがりできない、跳び箱跳べない、立ち漕ぎできない……。
そんな小学生の僕を特に苦しめたのが、なわとびである。
なわとび。当時、これは地獄のアイテムにしか見えなかった。
普通にできる人は気付かないかもしれないが、なわとびは運動苦手人には極めて難易度の高い種目である。
手と足を同時にリズミカルに動かすのが非常に困難で、ふつうの「なみとび」を初めて3回連続で跳べたのが、小学校3年生の時だった。
そのころの僕。まあ、運動できなさそうな顔してる。
それまでの2年間はと言えば、なわとびの時間には参加できず、死んだ魚のようにぼやっとその場に立っていた。担任の先生も、さぞかし困ったことだろう。
まあそんな僕だったので、当然最後まで二重とびなどできるわけがなかった。
そして時は流れ、なわとびに触れることもなくなり、当時の苦労も思い出さなくなって今に至るわけである。
二重とびができなくても、人生は楽しめる。
今再び思い出す、二重とびへの憧憬
そして僕は就職し、普通に毎日働いているわけだが、とある昼休みにコーヒーを飲みながら、共済組合から配布される冊子を読んでいたら、このページが目に入ってきたのだ。
誰でも!? 誰でも二重跳びが跳べる!?
ずん。
心が小さく震える。
ずん。
もしかして、僕でも跳べる?
おーい。おーい。
遠い昔に封印したはずの、自分から心の声が聞こえる。
「おーい、加藤よ。お前はこのままでいいのかい。子供の頃の自分を乗り越えたくはないのかい」
母校の校庭。僕はここで6年間、二重とびを跳べない苦悩を抱えて過ごした。
僕はなわとびと共済組合の冊子を手に持ち、近所の公園に出かけることにした。
人目に付かない公園を選びました。
もしかしたら跳べるようになってないか。
高校2年生の頃、さかあがりが、いきなりできるようになった。
大人になって筋肉が付いたら、できるようになってたのだ。
こんなふうに、二重とびも実はできるようになったりしてないだろうか。試してみた。
STEP0 いきなり跳べたりしないか?(約22秒)
みごとに縄が引っ掛かっている
どう考えても力み過ぎ。
できなかった。
世間はそんなに甘くは無い。
ここは大人しく共済組合の冊子に目を通すことにしよう
共済組合の冊子をこんなに真剣に読んだのは、初めてです。
STEP1 30秒で70回跳び
まずはスピーディーに飛ぶことが大事だという。
目標は30秒で70回。一回当たり0.5秒以下だ。そんなスピードで僕は跳べるだろうか。
あっさり跳べた。
実は、大人になってから少しだけ空手を習ってたので、並とびなら普通にできるのだ。
しかし、二重とびはできなかったため、師範代に「ウソつけ、さぼるな」とすごまれたことが一度だけあった。
そう考えると、大人になってからも二重とびで損してるな、自分。
STEP2 手打ちジャンプ
続いて二重とびのリズムをつかむために、手打ちジャンプ、というのをやるといいらしい。
縄は持たず、跳んでいる間にすばやく2回、手をたたくとのこと。
やってみよう。
怪しい。
こんな怪しい動き、これまでやったことが無い。
下北沢あたりの薄暗い劇場の、マイナーな一人芝居でやってそうな動きだ。
果たしてこれが二重とびの練習になっているのだろうか。
ヨガの力で空中浮遊しているようにも見える。
いまいち効果が実感できないが、練習は続く。
次は腰打ちジャンプだ。
STEP3 腰打ちジャンプ
続いて、胸ではなく、腰の位置で手を打つ。
ことにより、縄を持つ体勢に近い状態でリズムに慣れるという。
なるほど、これは説得力がある。
やってみよう。
やはり怪しい。
さっきよりは多少マシだが、単調な動きがファミコンゲームの弱い敵キャラみたいで、やりながら非常に物悲しくなる。
青い空。腰を打つ僕。
さて、ここまで練習の手引きをそつなくこなすことに成功している。
腰打ちジャンプも、問題無く20回以上跳んだ。
いいかげん疲れたけど。
これ以上単純ジャンプをやっている暇は無い。
そろそろ縄を持つ練習に進もう。
STEP4 縄空打ちジャンプ
この練習はやったことがある!
跳びながら片手に縄を持ち、2回転させるのだ。
小学生の頃、この練習に邁進したが、結局二重とびは跳べなかった。
なので僕はこの練習に非常に懐疑的だ。果たして効果はあるのか。
飽きた。
そう、小学生の頃、跳べるようにならないので、すぐ飽きてムチ打ちごっこを始めてしまう僕だったのだ。
当たるとマジに痛い、なつかしのムチ打ちごっこ。
今思えば、だから跳べなかったのではないかという気もする。
担任だった佐藤先生は3年前に亡くなられたのだが、天国に向けて謝りたい気持ちでいっぱいだ。
すいません先生、あれから20年、跳べないまま大人になりました。
でも、今から練習するので許して下さい。
STEP5 ○○○◎→○○◎→○◎
この練習は長く続かない、と判断した僕は、より実戦的な練習へと入った。
織り交ぜ跳びだ。
いきなり二重とびに入るのではなく、一重跳び(○)の中に、徐々に二重とび(◎)を織り交ぜていくのだという。
しかしこの日は疲れ切っており、かなり練習したが、織り交ぜとびはたまに成功するものの、連続した二重とびまでには至らなかった。
下の動画がこの日のベストプレイである。
本当に疲れた。
一日の成果としてはもう十分だろう。
今日はここまでにして、翌日に持ち越そうと思う。
ポイントは「リズム」
夜、一日を思い出しながら失敗ビデオを多数見ているうちに、あることに気が付く。
うまくいって無いときは大体、リズムに乗れてない
のだ。
こうして引っかかる。縄のリズムとジャンプの不一致。
素早く縄を回そうとして縄自体のリズムが崩れ、そこに引っかかってしまうのである。つまりポイントは跳ぶ跳ばないより、縄のリズムを崩さないこと
の方ではないのか。
そうであれば、まずはリズムをそろえよう。
僕は「ひゅん・ひゅん・ひゅひゅん、ひゅん・ひゅん・ひゅひゅん」と、縄のリズムを脳内でシミュレートしながら眠りに就き、翌日に備えた。
昨晩のリズムを思い出す。
ひゅん・ひゅん・ひゅひゅん。
ひゅん・ひゅん・ひゅひゅん。
このリズムだ。
このリズムを保つことを意識し、さっそく織り交ぜ跳びに挑戦してみたところ、自分でも驚くほどに安定して跳ぶことができた。
できるかできないか不安になりながら挑戦し続けた昨日が、まるで嘘のようだった。
STEP5-2 リズムで跳べる、この違い!(20秒)
明らかに無理がある昨日のフォーム。
まったく無理がない今日のフォーム!
リズム!
大切なのは縄のリズムだったのか!
リズムに合わせて足を動かす、という意識の優先順位を変えるだけで、フォームも見違えるほど落ち着いた。
続いて脳内リズムを「ひゅん・ひゅひゅん、ひゅん・ひゅひゅん」と、○→◎→○→◎のものにバージョンアップし、さらなる高みへ挑戦した。
STEP5-3 ひゅん・ひゅひゅん、ひゅん・ひゅひゅん(32秒)
完璧な安定感だ。
リズムとグルーヴが混然一体となって僕の周りを駆け巡っていく。
ひゅん・ひゅひゅん、ひゅん・ひゅひゅん。
このままずっと、世界の終りまで「ひゅん・ひゅひゅん」が鳴り響き続けていくかのように思われる時間だった。
ここまでくれば二重とびも、すぐにできるだろう。
僕は確信を持って最後の段階へと進んだ。
しかし、そう簡単ではなかった。
あとは脳内リズムを「ひゅひゅん・ひゅひゅん」に変更すれば、すぐに何回でも跳べるんじゃないか。
そう考えた僕は、やはりシュガーボーイだった。
連続する二重とびはこれまでと違い、格段に難しかったのだ。
無残に3回目でひっかかる縄。
小学生の頃のなわとびカードで、一番最初にハンコを押してもらえる回数は「二重とび 5回」だった。
しかしその5回が続かない。どうしてもリズムに乗り切れないのだ。
そこで、これまでの練習をもう一度、やり直すことにした。
飽きて途中で放り投げたSTEP4「空縄打ち」を丁寧にやりこみ、「ひゅひゅん・ひゅひゅん」のリズムを体に叩き込んだ。
ひゅひゅん・ひゅひゅん・いける・いける・ぼくは・とべる!
その成果が以下の動画である。
ぜひ期待して見てほしい。
やった!やった!
とうとう跳べた!
かなりフォームが崩れているものの、カードにハンコを押してもらえる5回を超え、連続7回に成功である。
このあと記録を伸ばすことはできなかったが、それでも安定して5回は跳べるようになった。
あとは毎日練習すれば、10回・20回も夢ではないだろう。
いやっほう!
喜びのあまりのダイブ!
天国の先生、ハンコ押して下さい。
天国にいる佐藤先生は、今の僕を見てどう思うだろうか。
あの加藤がとうとう二重とびができるようになったと喜んでくれるだろうか。
いい加減大人になったのだから、もっとマシなことを頑張りなさいと叱るだろうか。
まあ、まず間違い無く後者だと思うが、それでも僕は世界全体に向けて伝えたい。
「いい大人が公園でなわとびやってると、ものすごく変な目で見られます」
昔できなかった立ち漕ぎは、なぜかできるようになってました。