モテをあきらめた先に
血気盛んな中学生なら「自分の髪が好きな形にできる!」の先には「かっこいい髪型にしてモテよう!」があるのだろう。でも大人になるとちょっと事情も変わってくる。所帯持ちの身分で急にものすごくモテても対処に困るし(まあなったらなったで嬉しいけどさ)、それ以前に「髪型がかっこいい!」でモテさせてもらえるのは高校生までだろう。大人がモテるにはもっと別の要素(仕事がすごいできるとか、包容力とか、金とか)が必要なのだ。
そんな僕が「自分の髪が好きな形にできる!」の先に見いだしたのは、「工作に使えるかも!」であった。
ヘアジェルなら4倍のスピードで糸が通る
もともと髪の毛を固めるためのものだから、繊維状のものを成形するのに向いているはず。手芸領域に活路を見いだすことができるのではないか。
実験台として、3種類の整髪料を用意した。
ヘアワックス、ジェル、ムース
最初に小手調べとして、縫い針の糸通しに活用してみることにした。
糸通し、いったん何も仕掛けなしでやってみる。
やる度に背中がすごくちっちゃくなる作業
一発で糸が通ればいいのだが、いちどでも引っかかると糸がほつれてきて収拾がつかなくなる。
糸通しは人との出会いと同じだ。どちらもファーストインプレッションが重要なのだ。
そこで失敗すると、糸通しの場合うまく通るまで38.9秒かかる
そこで整髪料の登場である。かっこいい髪型にしておけば出会いの第一印象もよくなるし、糸の先をガッチリ固めてしまえば、糸はほつれることなくスイスイと針穴を通り抜けていくはずだ。
まずジェルで実験。毛先にすり込むように塗ると
直立
糸が立った。パンクスのモヒカンのごとく、天に向かってまっすぐと。
触った感じもガッチリと固い。そうめんの乾麺を想像してもらえれば、それに近い感触だ。もうちょっと細いけど。これを針穴に通してみよう。
10秒のセルフタイマーが動く前に糸が通ってしまった。
もう毛先がほつれることも引っかかることも、プルプルすることもない。
針の穴にもう1本極細の針を通すような感じで、糸はスーッと通り抜けた。
針を持ち上げることさえできるキープ力
すごい!
すごいキープ力だ!と思ったが写真を見返してみると残念ながら僕の髪型がキープできていなかった。
撮影にあたり、ジェルをイメージした髪型・オールバックにしたのだ。しかし撮影に手間取るうちに前髪が跳ねてきて、パイナップルみたいになっている。
この「実験ごとに髪型を変える」という思いつきのせいで、この記事は短いのに撮影に丸一日かかった。7回もシャワーを浴びたのである。
ちなみにジェルを使った糸通しの記録は8秒6
ムースもワックスも侮りがたし
とにかく、ジェルを使うとふつうにやるより4倍のスピードでの糸通しができることがわかった。
その後、ワックスとムースも試したのだが、どちらも効果はてきめんだったのである。
ムースの場合。ジェルよりはちょっと弱いけど
スルスル行く
11.1秒。
ムースの場合、糸に含ませるとちょっと膨張して固まるようだ。針穴に入れるとき太くて引っかかったのだ。
水分が多いため、繊維の間まで浸透しやすいということだろうか。
続いてヘアワックス。
しなやかに固まる
こちらは乾麺のようなガチガチの固まり方ではなく、しなりの効く固さ。むかし東急ハンズで見た光ファイバーがこんな質感だった。
いちいち自分撮りが混じるのはせっかく髪型を変えたのを見せたいからです
ちょっと手間取って16.2秒
ワックスは油っぽいから針穴に糸がくっついたりするのでは、と思ったが全然大丈夫であった。
3つとも、素の糸を通すよりはずいぶん楽だ。これはけっこう本気でおすすめできるノウハウ。(不器用な人で、かつ糸通しを持ってない場合限定)
応用編・フェルティングに使う
もっと高度な手芸にも応用してみたい。
フェルティングというのは羊毛を丸めて針でチクチクすることによって繊維をからませて成形していく手芸で、このサイトでも過去にライターの乙幡さんが作品を作っている。
おー楽しそう、と思って僕も以前挑戦したことがある。
しかし、できた物はこのありさまであった。
「かわいそう」としか言い表しようのない生物
こうなってしまったのは僕の造形技術の未熟さもあるのだけど、それ以上に根気の問題があった。フェルトを針でチクチクチクチクする作業がものすごくめんどくさいのだ。しかもかなりの高頻度で自分の手を刺す。
これでもたっぷり半日やったのだが、刺し方が雑なのでフェルトもゆるゆる、形も固まってないし、耳もちゃんと繋がっていない。(あ、一応言っておくけどウサギです。)
刺さずに固めたい
もうちょっと楽してフェルトを固めることはできないだろうか。そこで整髪料である。
繊維を固めるといえば整髪料の本分。僕のかわいそうなウサギも、原宿で踊ってるロカビリーのリーゼントのごとく、ガッチリ固めてくれるのではないか。
ジェル編
まずは玉を作って、ジェルのキープ力を高めるため霧吹きでちょっと濡らす。
ふつうは少量の羊毛から始めて固めながら大きくしていくようだが、今回は整髪料で一気に固めるため、最初からたくさんの羊毛を使っている。
あらかじめウサギっぽく成形しておこう。
手にジェルをつけて、なでつけていきます
綿状のフェルトがジェルを含むと、なんというか、ぬめぬめした非常に気色の悪い手触りになった。
不快感を我慢してしばらくなで続けていたのだが…。
うっ
ゴミやわー
目の前にあるのは、ただのベチャッとした毛玉。
手芸というか、水回りの掃除をしてる気分になってきた。
しかしこれ以上かわいそうな命を生み出すわけにはいかない、なんとかウサギ型に…
…
写真で見るとウサギ型になってるように見えるが、実際にはかなりベチャッとしており、例えるなら…味噌汁の中にいったん入れたとろろ昆布を素手で取り出した感じだろうか。
その後、乾燥工程を経て、たどりついた完成形。
乾いたらゴワゴワになった
半溶けのとろろ昆布よりは幾分かマシになったけど、フェルトのフワフワした感じは一切なく、雑な毛並み+ゴワゴワの手触り。ズボンのポケットにティッシュ入れたまま洗濯すると、あとでこういうの出てくるよねー、といった仕上がりである。
どう工夫しても状況が改善する気がしない。ここはあまり粘らず次に進むことにする。
ムース編
実のところ、やる前からジェルはあんまりうまくいかないだろうなーと思っていた。奥まで浸透しにくいからフェルトもあんまり締まらないだろう。
その点、ムースなら泡状だし、揉み込めば繊維によく浸透するのではないか。
ムースとフェルトをもみ合わせる。ハンカチでも手洗いしてるような感触で気持ちがいい。
のも、つかの間、
ゴミやわー…
びっくりした。ムースを吸ったフェルトはみるみる厚みを失い、ペラッペラになってしまったのだ。
先ほどを上回る、もはや堂々たるゴミ感。
無理やり成形し、乾燥させたところ
さっきジェルのとき「ポケットにティッシュ入れたまま洗濯したような…」と書いたが、アレはポケットティッシュ丸ごと入れた場合。2~3枚だけ入れて洗濯するとこの状態になる。
同じ量の羊毛を使ったのにここまで体積が変わるのは不思議だが、いずれにしろゴミであることにかわりはない。
真っ白でなく、混色の羊毛を使ったのもゴミさを強調していた
ワックス編
この時点でほぼあきらめているのだが、一応試しておこう。ワックス編。
家にワックスが2種類あったので、なんとかファイバー入りの方を使った。5年くらい前にどこかでもらった試供品である。
すごい伸びます
このなんとかファイバーが、羊毛と絡んでギュッとしたフェルトができるのではないだろうか。
手のひらによく伸ばしたら、すり込むように揉む
どんどん揉む
おおっ
きた。
ゴワゴワしたり縮んだりしないで、フカフカ感を保ったまま形が作れる!
触ってベタベタと油っぽいということもない。
せっかくなので顔もつけてみた。
あれっ…、なんか…不憫…
動物やキャラクターの顔を見たとき「かわいい」とか「怖い」とか思うことはよくあるが、時に「かわいそう」という感情も生じうるようなのだ。
お腹を空かしてるとか雨に濡れてるとか、そういうシチュエーションによる「かわいそう」ではない。生き物の存在そのものからにじみ出る「かわいそう」を。
僕は、いままでの人生の中でこの感情を2回だけ味わったことがある。
1回目は、始めてフェルトを刺して、さっき載せたウサギを作ったとき。
2回目は、ヘアワックスを使ってこのウサギを作ったとき。
なんか見ただけで泣きそうになる可哀想さ
質感からにじみ出る、ほんものの「不憫」がそこにあった。この後もけっこう揉んだけど、フェルトがこれ以上締まることはなし。かわいそうが解消されることもなし。
結論ですが、整髪料でフェルティングはできません!
俺が親父に似てる
いまこの記事を書いてて気づいた。ふだん前髪を下ろしてメガネをかけているからわからなかったんだけど、自分の顔がうちの父にすっごい似てるのだ。僕はたしか父が23才だかの時に生まれたので、父がいまの僕とおなじ31才だった頃、僕は7才だったわけだ。7才ともなると、いまでもだいぶ記憶が残っている。その記憶の中の父に、僕はうり二つなのだ。
…まったく予定外に親子の絆を感じてしまったところで、この情報のない記事は終わりとなる。最後にこの場を借りて、故郷で暮らす父へのメッセージを伝えさせてほしい。
親父へ。俺もいつのまにかこんな年になりました。小さい頃になりたかったパイロットには慣れなかったけど、いまはゴミを作って写真を撮ってインターネットに載せる仕事をしています…。