現代のシンデレラ
ある程度の都会に住んでいると、電車の時刻表が僕たちを束縛する。
待ち合わせの時間だったり、出社時間だったり、そして飲み会から帰る時間だったり。
特に「終電」というのは大きな影響を与え、数多くのいわば「現代のシンデレラ」を毎晩生み出している。
終電は何時かな
思いっきり過ぎてしまっているではないか
まあ僕の場合、中年の一人暮らしであるからして、終電なんぞ関係なく飲み会ではカプカプと飲み続けることが常なのだが、それでも電車がなくなると帰宅手段がタクシーになってしまい、飲み代よりも高い交通費となってしまう。
そんなとき、マンガ喫茶に入ったり、カプセルホテルに泊まったりという選択肢もあるが、始発を待つまでの間、ひと駅ふた駅歩くというのを僕はときおりやっている。
いってきます
終電を逃して歩くと楽しいのだ
真夜中の町を歩くというのは、昼間見る景色と違っていて、新鮮だ。
特に酔っていると、たとえば橋の上から見る水面なんかでも「なんと美しいのだ」と感動できる。
だいたいにおいて、終電を逃すというのはそれまで楽しいひとときがあったからで、その楽しさでかさ上げされた感情に夜の景色が追加されると、テンションが高まる。
14時間47分って出た
ひと駅が遠い
というわけで、京都の夜を楽しくすごしたのだが、東京へ帰る終電はとっくの昔に出発している。
もちろんそれはあらかじめわかっていて、本来ならホテルに泊まるところではあるのだが、いつもの調子で、始発までひと駅分歩いてみよう。
と思ったのだが、新幹線のとなり駅は米原で、携帯電話から徒歩検索してみたところ72kmと出た。
なんでも東海道新幹線の駅間距離が最も長いのが、京都-米原であるらしい。
これは歩けないだろうな、というのは明らかではあるが、一応目標は米原駅ということにして、午後11時少しすぎから夜の京都を歩き始めた。
待ってろよ、俺のマイ リトル マイバラ
東京行き深夜バスを目撃
携帯のナビを頼りに数分歩いたところで、「東京」とか「新宿」という行き先の書かれたバスが僕の前を通り過ぎていった。
その手があったか…。
企画を揺るがす大事件だが、この件に関しては一切無視することに心に決めた。
そうか
深夜バスという手があったか
雨の中を歩きます
当サイトのライター三土たつおさんが作った、土地勘のない町と知っているところの地図を見比べられる「くらべ地図」で見たところ、米原は新宿から見た霞ヶ浦くらいの距離にあるらしい(
→地図を見る)。
はやりひと駅歩く距離ではないなという認識を深めつつ、あいにくの雨になった京都をひたひたひたとひた歩いた。
京都市内の中心部は
わりとサクサク進んだ
靴をかえる
いつも履いている靴だと長距離を歩くのがたいへんなので、以前マラソンランナーのコスプレをした時(→
この記事)に買ったランニングシューズをあらかじめ持参していた。
普段の飲み会に靴を持っていったりしないのでズルではないかという気もしなくはないが、足が痛くなるのはいやなのでまあいいだろう。
長距離歩く靴ではないので
歩きやすいのに取り替えた
雨強まる
そのうちだんだんと雨が強まってきた。
そうなるだろうと予感して(天気予報の情報から)、雨合羽を持ってきていたのだ。
これも普通の飲み会に持っていかないものだが、これがあるとないとでは快適さは大違いだ。
こんどから雨が降りそうな日の飲み会には雨合羽を用意していこう。
胸がはだけているのは暑い(この時はまだ)から
人家がなくなる
歩き始めて一時間ほどで国道一号線に出た。
周辺に人家がなくなり、車がびゅんびゅん走っている。
都内やその周辺で飲んだ帰りに歩く時も、たまにこういう景色になってしまうことがあるが、その場合もこれからが長いのだ。
自動車以外周囲にひとけはまったくない
自動車専用トンネルの脇にある人用のトンネル(こわい)
山を越える
京都から米原に向かう場合、琵琶湖方面へ抜けるのが一般的だが、一度山を越える必要がある。
車で抜けるとあっという間だが、歩くと長い。
このあたりで、「まあだめだろうな」と思っていた米原はやはりあきらめるべきだという思いを強くした。
いくら思いが強くとも、叶わぬ事というものはある。
さようなら、僕のマイ リトル マイバラ。
東山トンネルを抜けると
山科の夜景が見えた
山を越えると新幹線と平行する
ローソンの軒先で雨宿り
大津をめざせ
米原という目標を失った僕がつぎの目的地として選んだのは大津だ。
大津の手前にもいくつか駅はあるが、せっかくなので琵琶湖くらいは見ていきたい。
新幹線の止まる米原ほどの魅力には欠けるが、妥協点としてはちょうどよいのではないだろうか。
この数字がぜんぜん減らないのにも心が折れる
滋賀県に入った
歩き始めて3時間で滋賀県に入った。
雨はときおり呼吸が苦しいくらいに降る。
雨合羽自体は防水性が強いのだけれど、その分内側が蒸してしまい、その湿気が冷えてきて寒さを感じてきた。
この時点でまだ米原にささやかな未練を感じていたが、この寒さではどう考えても無理だ。
おおつかれさま
カメが現れる
雨だし寒いしで気分が暗くなりかけていたところに突然、カメが現れた。
雨が顔に当たるのを避けるために、うつむき加減で歩いていたところ、甲羅を金色に光らせた大きなカメがこちらを向いてたたずんでいる。
「おぬしどこまで行くのじゃ」
カメは僕にそういって、ひとかたまりの雲を口から吐き出し、
「これに乗って米原へ行くがいい」
と言葉を残して…
というのは嘘だが、そんな展開になるのではないかと思うほど、目の前にカメが現れるというよくわからない状況だ。
どうやら近所の池からでも出てきたのか、僕の姿を見つけてあわてて逃げ出した。
大津に行くのはやめにして、このカメにどこまでもついていったらどうだろうかと思ったが、かなりわけのわからない記事になりそうなので思いとどまった。
ぶれているがこれがそのカメだ。カメは結構動きが速い
決断の時
カメに後ろ髪をひかれつつも(僕はカメが好きで家でも飼っているのだ)歩き続けていたら、大津市街にさしかかった。
まっすぐ行けば米原、左にそれると大津駅。
ここで曲がれば米原への希望は完全に絶たれる。
しかし、雨で濡れた靴のせいで僕の足もふやけて皮がむけ始めているので、カメが出した雲にでも乗らない限り米原へ行くのは無理だ。
おとなしく大津駅へとむかう道に入ろう。
決断の分かれ道
気が楽になる
米原への道が絶たれたので、ずいぶんと気が楽になった。
雨も小降りになった。
鼻歌気分で大津の町を歩く。
駅に行く前に琵琶湖を見ておこう。
もうすぐ琵琶湖だ
でも靴はぐしょぐしょ
琵琶湖到着
数分で琵琶湖を見渡せる広場にたどりついた。
しかし、時刻は午前3時半すぎ、まだ真っ暗で対岸の明かりがチラチラ見える程度だ。
雨が止んだので、合羽を脱いでリラックスしたところ、その数秒後に突然カミナリと共に激しい雨が落ちてきて、ずぶ濡れになった。
ずいぶんと手荒い歓迎だ。
米原から妥協したなんて思っているから大津が怒ったのだろうか。
なんにも見えないけど、琵琶湖
大津駅でゴール
午前四時前に大津駅に到着した。
飲み会帰りに歩くのは、琵琶湖くらいまでがちょうどいいという事がわかった。
ここから電車に乗って米原まで行こうと始発電車を検索したら、何度調べてもいちど京都へ戻る経路を示される。
さすがにそれを見た時は「へへへへ」と乾いた笑いをしてしまった。
なんだったのだ、この5時間は。
それではあんまりなので、もう少し電車を待って、米原へと向かった。
始発の時間になり扉が開いた駅舎に入ると、雨は止んだ。
大津駅に到着しました
朝焼けが始発っぽい
9分を5時間かけた
あとで調べたら、京都大津間は、在来線でも乗車時間9分だそうだ。
運賃は190円で、それを5時間弱かけて歩いたのだから、終電を逃したから歩くというのがいかに無駄なことかがわかる。
でも、途中でカメにあったり、あとカメにあったり、それからカメにあったりして楽しかった。
カメに出くわす以外のトピックはこれといってないのだが、高台から夜景を見たり、知らない道で迷いそうになったり、怖いトンネルをぬけるなど、電車に乗っていたのでは経験できないちょっとしたこともあるので、僕はまた終電を逃して歩くのだろうと思う。
大津駅は北緯35度線上にあるのでGPSロガーと記念撮影