どうやってもらうのか?
まず参考書代を親にもらわないといけない。
幸い、母との関係は悪くない。娘の顔を見せるために正月、GW、そしてこの夏にも帰省をした。教育にはお金を惜しまない母は、参考書代もよく出してくれた記憶がある。
問題は僕がもう三十代で仕事も所帯も持っていることだろう。
孫に骨抜きにされる母
とりあえず頼むしかない
家で一人電話するのがかえって照れくさく、デイリーポータルZのustream放送前に電話をした。ねだる参考書はなんだろう、今の映像の仕事ということにすればいいだろうか。
――ビデオの参考書を買うからお金を送ってくれへん?
そう切り出すと、一体いくらすんねんな、と不安そうな母の声。どうしよう、こういう悪銭はちょっと高く見積もるべきか。
――3,000円やねんけど‥‥
※画面右下には罪悪感をミシュランの星で表した罪悪ミシュランをつけている、これは一つ星 ボイスレコーダーとカメラ2台で母との電話を撮影する悪人とその仲間。
朗らかな母の声が重い
「なんや、3000円?そんなん頼んでくるんやから、もっと高いんかと思ったわ~」
予想に反して良い反応だった。4人も大学に送り出すうちに、参考書を頼まれると自然とOKを出すようになってしまったのだろうか。僕はもう大学を卒業して8年になる。
「せやけど、一体なんでやのんな?」
来た、核心をついた質問だ。なぜ母に参考書を買わせないといけないのだろう。本当になぜ!?
これがその悪人の顔だ(星、一ツ半)
平成の小悪党誕生!
――もらうことに意味があるかと思って‥‥
なんて悪いのだろう。母からお金をもらうことによって、より勉強する気がおこる。そんな匂いを漂わせた悪質な答えだ。
「なんやそうかいな~、ほなええよ、3000円?」
――うん、3,150円(すきを見て消費税を足した小悪党)
「ほなええよ~」と笑いながら母は快諾してくれた。その後、宅急便で他にも色々送ること、孫の様子などを話し、電話を切った手は若干震えていた。
今、天上ではダーツが投げられ、僕の来世は虫けらに決定いたしました。どうか母はまた人間にしてください。
そしてついに来た、この悪い意味での胸キュン。ふつうの遊びに飽きた貴族たちの遊びだ。
胸キュン2。地蔵盆のお下がりとお手紙。
仕送りの箱は、パンドラの箱だ!
荷物が届き、胸が痛むので手紙はできるだけ見ずに中身を確認した。
お菓子が入っていた。「六ケ所地蔵」と書いてある。ああ、これは地蔵盆(※)のおさがりだ。小さな数珠の数を一つ一つ数えては、大きな珠がやってくるとちょっと持ち上げて頭を垂れて、お地蔵さんに熱心な母が遠いとこまで連れてってくれたんだよな‥‥
(※デイリーポータルに記事もある『
地蔵盆と百万遍ってなんだ?』)
あじゃじゃ。これはだめだ。遠い日の記憶はだめだ。涙腺ゆるむし、胸が痛い。救心が必要だ。
早く金を確かめ終わりにしようと封筒開けたらお札が全部新札だった。
ああ、もう店じまいだ。ハンカチと養命酒持ってこい!
新しいお札が出てきた、じゃじゃじゃこれはもうだめだ!
いざゲーセン
そして翌日、近所のゲームセンターに向かった。前に一度、普段しないことしようとこのゲーセンに来たことがあった。
そのときは興味がわかず、味もそっけもなく虚しい思いをしたが、今回はちがう。手元にほかほかの悪銭がある。
さあスペクタクルだ。
実家から送られてきたきれいなお札を両替機に突っ込む背徳感たるや凄まじいぞ
一体そこまでしてやりたいゲームってなんなんだろうか?
下品が出てきた
まず両替でスペクタクル一山来た。
新札を100円両替機に突っ込むと出てくるジャリジャリジャリンと10枚の百円玉の下品さよ。おわーっ、と声に出たほどだ。
気を利かしてくれた母の新札パワーだがあまりにも強力だった。お姫様が山賊に連れ去られる場面を思い出した。
ダーツは再び投げられて、来世はミイデラゴミムシに決定。よろしく熱い屁の先輩たち!
題材とゲーム形式のなじみやすさから『北斗の拳』を選択
一回50円だと63回もあるのか‥‥私はあの少年の頃にはもう戻れないのだと知った
悲しみの北斗七星
漫画『北斗の拳』のゲームを選んだ。やったことはないが、スト2なんかでなじみのある対戦格闘ゲームというやつだ。なんとなくわかる。
説明書を見て覚えようとしたが、次第に面倒くさくなって結局がちゃがちゃやるだけになった。
家族を待たせてゲームをするこの背徳感もすごい、日常がハリウッド級サスペンスに
どっちでもいい!というケンシロウ
がちゃがちゃやるだけでも初心者にやさしいゲームなのか、勝負に勝って次に進めた。
「貴様の攻撃は欲望が足りん!」という声が聞こえてきてハッとする。ゲーム内のシンというキャラクターのセリフだ。
たしかに勝利に対しての欲がない。だが負けたいという思いもない。ひたすら「どっちでもいい!」と思い、がちゃがちゃやっている。
次第に操作レバーが重くなっていった。罪悪感の重みだった。
まだ働いている父の仕事の手伝いをするようになり、急に忙しくなったと母が言っていた。蚊にさされやすい娘を見て、私と一緒やと母は笑っていた。
どっちでもいいぞケンシロウ!いや、ほんとそれどころじゃないんだ、ケンシロウ!
音がうるさいし、と家族も帰った
ケンシロウの死に様に気持ちがこもる
シンはその後がちゃがちゃとどうでもよさを体現するケンシロウに倒された。
気づくと、油粘土の中でゲームをしていた。背中の汗が冷たい、どうやら体が冷えきっている。
次の対戦相手にマミヤさんという女性が出てきて、僕のケンシロウはマミヤさんのバイクに何度も轢かれた。
気持ちがこもった。もうこんなやつは轢かれてしまえばいいとさえ思った。
自責の念とバイクに同時に襲われたケンシロウはマミヤさんに轢き殺された。ケンシロウよ、本当の敵は内にあるんだぞ。
それにしてもこんなに厳しいゲームだったとは。ケンシロウも思いもよらなかったろう。
このままでは絶対カツアゲにあうだろうな
学生の悪銭を大人がやるとすごいぞ
やっと終わった。時間にして10分もいかなかったろうが、長かった。
ナタデココの中でもがいてるかのような背徳のゲームプレイ。「1000年後にあけて」と書いた紙をはっつけて、私をコールドスリープさせて宇宙に流してもらいたかった。ゲームに興味がなくても、その体験は凄まじいものだった。
幸い僕は大人だったから、こんな感情の振れ幅味わったことないぞ!と楽しめたが、学生よ、君たちよくこんなことやっているな。
そしてあと3,100円ある。62回こんなことをやるのか。
ノー!断固ノーだ。今の今までイエスマンで生きていたが、こればかりはノーだ。
UFOキャッチャーなら孫も喜び、結果的に母も喜んでくれるのではないか
イガグリ頭の高校生が景品の香水に群がっている。君たちの母も喜んでることだろう。
参考書代もらって親孝行する
さてどうしようか。少しは母のために使うのはどうか。
母の金を使ってゲーセンに行くにしても、家族を孫を喜ばせることで、すこしばかりは母も喜んでくれるのではないかと思った。
ゲーセンで子供が喜んで早く終わるもの、その答えはUFOキャッチャーだと思う。
母のお金はさらに減るが、孫が喜ぶので母も喜んでいるにちがいない‥‥考え方も狂気を帯びてきた
「罪悪感vsお楽しみ」は川中島のように
やったことのないUFOキャッチャーでさらに母のお金を使ってようやく人形を落とした。
人形を落とした瞬間はゲームとして嬉しかったが、拾った瞬間には使ったお金を思い出してまた罪悪感。
前半は謙信の勝ち。後半は信玄の勝ち。そう評された川中島の戦いのことを思い出したが、そんなことはどうだっていい。
僕は今、それどころではないのだ。
この写真を写メールで母に送る。参考書代での親孝行。
これが親不孝プレイか
ある時から怖い夢を見るのが楽しくなった。ジェットコースターみたいなものだ、と思うようになると楽しかったのだ。
同様に悪銭に向きあってみたらどうかと思ったのだが、たしかにその罪悪感たるや凄まじいものだった。日常がハリウッド映画みたいになった。
良いか悪いかは置いといて、ちょっとすごい体験ができた。母に電話して事情を説明するとケラケラ笑っていた。そうか、この人は四人も男を育てたのだ。
孝行せねばと思いながら未だに親不孝ばかりしている。(了)