元の内容は昭和12年のもの
「復刻 軍隊調理法」は1982年に発行されました。昭和12年7月26日陸軍省検閲済み「軍隊調理法」の復刻本です。
本に残っていた帯に11PMに紹介されたとの記述。時代を感じる。親に隠れてコッソリ見た人、手を挙げろ!
旧日本軍の炊事における調理法や279種の献立、11種の食品の製法などが書かれています。
元の本は旧字で書かれていたので読みづらく、復刻の際に誤字などと共に今の人にも読みやすいように直されています。
なにしろ軍隊で使われていたものなので、非常に初歩的なことから高度な内容まで細かく書かれている。例えばこちら。
一番最初に書かれているのは火の焚き方。基本過ぎるぞ。
かまどの作り方も図解で説明。分かりやすい。
まずは「火の焚き方」から。凄く基本的な所から入ります。かと思うと、一般家庭ではまずやらないようなこんな事も書かれている。
鶏のさばき方や、生きている豚を肉にする方法まで書かれている。基本過ぎる。
鶏や豚を肉にする方法です。他にも獣肉の切り方や、生野菜の消毒方法なんてものまで書かれていましてとても軍隊的。
所々に尺貫法が使われていたりする。
そして、分量の指示に関しては、非常に細かく書かれています。各メニューにはカロリー量やタンパク質量なども記載されている。活動用のエネルギー補給を意識しているのが分かります。
調理手順は大体3、4行。シンプル且つ的確な記述。
しかし、分量の指示が細かいのに比べて調理手順は非常にシンプルです。「熱してまさに煙たたんとす」とか「汁を加えてどろどろとなし」など見たままの状態が書かれている。
実際のところ、分量の細かい指示もあくまで基準値ということで、正確に量って作ってはいなかったと思われます。「開けた缶詰の空き缶で水を5杯入れる」などの記述があり、軍隊式の調理法は実に大胆で合理的です。
記載されているメニューは素朴で伝統的な物が多い。
記載されているメニューは、大半が普通に家庭で作られているような物です。軍隊式とはいえ、食べる内容は変わりません。変わっているといえば、使う食材に缶詰や乾燥野菜、根菜類が多いこと。冷蔵庫のあるような環境ではないので、保存性が考慮されています。
こういった方法は、緊急時や1人暮らしの人に有効かもしれません。軍隊式に暮らすというのは疲れそうなので避けたいですが、方法は是非取り入れてみたいです。
実際に作ってみよう。
では、実際に本に出てくるメニューを幾つか作ってみたいと思います。割と普通なものから、これぞ正に軍隊式!と驚く物まで選らんでみました。最初がこちら。
美味しい缶詰料理を作ります。
鮭の水煮缶を使った料理です。他に、ジャガイモ、ニンジン、タマネギなどを使います。詳しい作り方は次のページで。
鮭缶肉煮込み
では鮭缶肉煮込みを作っていきます。用意する材料はこちら。
鮭水煮缶、ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、ラード、小麦粉、砂糖、塩を使用。お好みで胡椒も少々。
本の指示では1人分で以下の量になります。
鮭缶肉 70g
ジャガイモ 180g
タマネギ(またはネギ) 80g
ニンジン 20g
小麦粉 4g
ラード 4g
砂糖 4g
食塩 少々
胡椒 少々
この本では、大半が1人分の分量で記載されています。しかし、時々50人分とか凄い人数の分量で書かれているものがあるので注意が必要です。
一応、大雑把ながらも指示通りの分量を量る。
指示通りジャガイモ、ニンジンを1.5cm角に切り分ける。タマネギは小口切りに。
ジャガイモ、ニンジンは先に茹でて、煮汁は捨てずにとっておきます。
野菜のダシを使うという事か。それとも水をムダにしない工夫か。
鮭缶の汁もとっておきます。こちらも後で使う。
鮭缶内の汁も別に取り分けておく。野菜の煮汁も、鮭缶の汁も後で煮込む時に使います。無駄が無い。
まず鍋にラードを入れて熱して、鮭肉とタマネギを入れて掻き混ぜる。要するにサッと炒めろということか?
鮭缶肉煮込みの調理方法にはこのように記載されています。
「鍋にラードを入れ、熱してまさに煙立たんとするとき、鮭肉および玉葱を入れ、掻き混ぜ、小麦粉を振り掛けて攪拌し、人参、馬鈴薯の煮汁および鮭の汁を加えてどろどろとなし、次に野菜を入れて混ぜ合わせ、砂糖、食塩にて調味す。なお嗜好により胡椒を加味するを可とす。」
これだけです。実にシンプル。とりあえず書いてある通りにやってみます。
小麦粉を入れて攪拌。煮汁と鮭の汁を投入。200mlぐらい入れればいいのか?
「どろどろ」とはこんなものだろうか?迷いつつ野菜を投入。続けて砂糖、塩で調味。嗜好で胡椒も入れてみた。
美味しそうには出来たが、これが正解なのかは分からず。今時の料理本なら写真があるから分かるのに。
これ、凄くうまい!
この料理、凄くうまいです。ジャガイモやニンジンが鮭の旨味で包まれたような感じ。タマネギのシャキシャキした歯応えと甘さが鮭の味ともよく合っています。ご飯に、酒にどちらにも最適の味です。
ちょっと手がかかっているように見えて、調理時間は10分程度とお手軽。それでいてとても美味しい。是非、我が家の定番料理の一つに加えたい1品ですね。軍隊式料理凄いぞ!
お次は不思議な組合せによる驚きの味
続いての軍隊式料理は、ピーナッツやバターを全く使ってないのに遠くの方にピーナツバターの味を感じる「葱味噌バター」。発酵は全くしてないのにほぼカルピスの味になる「カルピス様飲料速製法」の2つを紹介していきます。使う材料はこちら。
葱味噌バターの材料。タマネギ、鰹節、味噌、小麦粉。あと、砂糖と水を使用。
カルピス様飲料速製法の材料。コンデンスミルク、クエン酸、オレンジ香料、レモン香料。あと砂糖と水を使用。
これで本当にピーナツバター風のものや、カルピス風の物が出来るのか。作り方を説明していきます。
葱味噌バターの作り方
バターを使ってないのにバターです。
では葱味噌バターの作り方です。
本に記載されていた材料は以下。2人分の分量です。
味噌 30g
煮干粉または削り節 4g
玉葱(または葱) 30g
小麦粉 10g
赤砂糖 50g
水 180mml
赤砂糖はザラメや三温糖、ブラウンシュガーといった白砂糖以外の物のことです。今回は三温糖を使いました。恐らく白砂糖で作っても大丈夫でしょう。
おろし金でおろすか、細かく粉砕したタマネギと鰹節を、用意した水の半分でじゅうぶんに煮立てる。
煮立てたら味噌と砂糖を投入。
更に残りの水で小麦粉を溶かして投入。
弱火で攪拌しながら練り上げていく。
作り方を見るとバターというより、ジャムです。葱味噌鰹節ジャムですね。
ジャムの空き瓶に入れてみた。見た目もバターというよりジャム。
食べてみると、ドロッとしていて甘じょっぱい。海苔の佃煮をもっと甘くしたような感じです。そこに味噌と鰹節の風味が合わさっていて、遠くのほうではありますが、ピーナツバターの味を感じます。かなり美味しいです。
ただ、ジャム風ではありますが、パンに塗ると鰹節の香りが引き立ってしまいイマイチ。また、ご飯には甘過ぎる。そのままを食べるか、こんにゃくや豆腐などにつけて焼き、田楽として食べるととても美味しいと思います。
カルピス様飲料速製法
全く発酵してないのにカルピス味。そして、材料は50人分。
次はカルピス様飲料速製法です。材料は以下のように書いてありました。
脱脂練乳 1缶(400g)
砂糖 1kg
クエン酸 20g
香料 3mmg(レモン1、オレンジ2の割合)
あと、水を脱脂練乳の空き缶で5杯使います。大体2リットルぐらい。これで50人分のカルピス様飲料が出来ます。あまりに多いので、10分の1の量で作りました。また、脱脂練乳は手に入らなかったので、今回は普通のコンデンスミルクを使っています。
鍋にコンデンスミルクを入れます。
水かお湯を入れて火にかけ、砂糖を入れます。
砂糖が溶けたら火を止めて、急速に攪拌しながら少量の熱湯で溶かしたクエン酸をたらし込む。
香料を加えて完成。
化学実験といいますか。本当にアッという間に出来ます。本来のカルピスは牛乳を乳酸菌などで発酵させて作るのですが、これは発酵過程が一切ありません。暖めて混ぜるだけ。
(カルピスの製法については、カルピス株式会社のサイトに出ています。
こちら。)
砂糖に三温糖を浸かったので若干茶色がかっていますが、ほぼカルピス色。
飲み方は通常のカルピス原液と同じです。水で割って飲みます。本では出来た原液1に対して水3、冬なら熱湯で薄めるとあります。
見た目はほぼカルピス。
香りも大体カルピスだな。
あっ、これカルピスだ。カルピスの味がする!
驚くことに、出来上がったカルピス様飲料は正にカルピス味。黙って出されたら10人中10人気づかないのではないかと思うほどカルピスです。並べて飲むと、スッキリとした酸味など本物の方が美味しいのは確かなのですが、これはこれで美味しく飲めます。
ただ、クエン酸やら香料やら各種食品添加物使用で、全くもって体にピースな感じはしません。あくまでもカルピス様ですね。
これは料理なのだろうか?それとも薬か。驚きの肉料理。
最後は、病兵用の流動食から2つ。これは料理なのかという驚きのメニューです。その1つがこちら。
汁と言ってもスープのことではない。
肉汁(にくじゅう)です。汁と言っても肉を使ったスープではなく、肉の汁です。さて、どんな料理なのか。作ってみましょう。
肉汁とはこんな料理
肉汁に使う材料はとてもシンプルです。
材料、脂肪少なき牛肉、塩。以上。
肉と味付け用の少量の塩。肉汁の材料はこれだけです。本の指示では1人分で牛肉を150g使います。脂肪少なき牛肉(ランプ肉)と記載されていますが、大雑把にモモ肉でいいでしょう。
二、三分(6mm~9mm)の厚さに切り分ける。あとは焼いて絞るだけ。
肉汁の調理方法には以下のように記載されています。
「牛肉は二、三分の厚さに平たく切り、くしを刺して強き炭火にて表面が焦げる程度に手早く焼き上げるか、または熱したるフライ鍋に強く圧しつけるようにして手早く表面を焦がし、肉絞り器に入れてその汁を絞りとり、薄く食塩にて味をつけ、ガーゼで漉して用う。」
表面が焦げるぐらい焼いて絞り、塩で薄味をつけろ。要するに、肉を焼いた時に出てくる肉の汁を集めた物がこの料理,、肉汁(にくじゅう)なのです。
そのまんまだ。まあ、いい。とにかく作ってみます。
フライパンに押し付けて表面に焦げ目がつくまで焼く。
焼けた。既に肉汁が出ている!絞って集めろ!
肉絞り器なんてないからヘラで力任せに押し付ける。
出てきた汁を集めて塩で味付けして。布で漉したら肉汁完成!
あっという間に肉汁(にくじゅう)出来また。こちら。
肉の汁だ・・・
ちなみに、この肉汁。調理の項目の隣に備考の項目がありまして、こう書いてありました。
服用は医師の指示に従ってください。
病兵向けのメニューなので、使用量は医師の指示に従えとあります。現在特に主治医はいないので、指示無く飲んでみます。
ステーキから出てきた汁だから飲んで問題はないと分かっているが、これだけ集めて飲むのは抵抗あるなあ。
あっ、スナック菓子のバーベキュー味。凄くうまい!
肉汁、凄くうまいです。そりゃ、焼いた肉から出てきている汁ですから、うまくて当然なんですけどね。肉と一緒に食べることはあっても、これだけを集めて飲むことはないので凄く抵抗感があります。しかし、お菓子のバーベーキュー味そのもの。色々美味しく出来そうな感じがします。
また、絞った後の肉は多少パサパサしますがそのまま食べられますし、スープなどに入れてもいいです。まあ、健康で塊を食べる事が問題ない人ならば、何も肉の汁を絞り出して飲まずにそのまま調理すればいいでしょう。
もう1つ肉の汁を集めた料理
本にはもう1つ肉の汁を集めた料理が出てきます。それがこちら。
肉漿(にくしょう)。材料は同じく肉と塩少々。
肉漿(にくしょう)という料理です。「漿」はとろりとした液状のものをあらわします。肉汁と同じく肉を熱して出てきた汁を集めるのですが、熱し方が違います。
賽の目に切った肉と大サジ1杯程度の水を広口瓶の中へ。
フタをして40分ほど沸騰した湯で湯煎する。以上。
使う肉は肉汁の時と同じです。肉汁は焼くの対して、肉漿は少量の水を入れた瓶に肉を入れてフタをして湯煎します。40分するとこんな感じになります。
これが肉漿だ!
漉すと薄茶色の透明な液体となる。塩で味付け。
油とも違う液体が底に溜まります。これを漉して少量の塩で薄味をつけたものが肉漿です。
味はなんといいますか・・・肉、ですね。
肉漿は肉汁に比べるとサッパリとしています。肉の旨味を濃縮したような味です。味そのものは割りと美味しい。しかし、決定的に肉臭いというか、生臭いというか。ちょっと飲むのが辛いです。
何かハーブ類や胡椒などを入れて作れば美味しい肉のダシ汁になると思います。あまりこのまま飲むものじゃないですね。病兵もこれを飲んで大丈夫だったのだろうか?疑問が残ります。
軍隊料理は不思議でうまかった
本を参考に軍隊式の料理を作ってみました。他にも幾つか気になる料理は有りました。牛乳やラード、小麦粉を使って作る牛乳クリーム。乾パンを使って作るおはぎ。擬製豆腐。どれも限られた物資の中から創意工夫により生まれたメニューなのでしょう。実際に作ってないので、その材料で本当にそうなるのか不思議です。
また、昔ながらの家庭料理でも、軍隊式で作ると合理的で無駄が無く、かつ味もいい。いかなる状況下でも、うまくて楽しい飯が食えるように今後の参考にしたいと思います。
気になった料理の一つ。青色スープ。どうやらほうれん草をメインに使ったスープのようです。全体が緑なので青色スープ。青色ではなく、ほうれん草スープとした方が美味しそうなのですが、その辺りが軍隊式なのだろうか。