スタジアムでサッカーを観戦したのは初めてである。フィールドからはかなり離れた席だったのだが、観客席の一体感を存分に味わうことができた。家の中では体験できないリアルな空気を吸い込んだ気分だ。また行ってみたい。
なお、試合は1-0でフロンターレが勝利した。やったね。
腕を組むとき、右腕が上になる人もいれば、左腕が上になる人もいる。
どちらにせよ、「だいたいいつもはこっちが上」と決まってる人がほとんどだろう。
ところが、年によってそれがブレる人物がいるのだ。川崎フロンターレに。
川崎市には、Jリーガーの腕組みを無料で鑑賞できるスポットがあるのをご存じだろうか。
それは、マルイファミリー溝口(みぞのくち)の連絡通路だ。
ここは川崎フロンターレの特設コーナー。選手の写真や等身大パネルが展示されている回廊だ。フロンターレファンには高揚感を、ライバルチームのファンには緊張感をもたらす空間である。
このコーナーが気になり始めたのは3年前、2019年のことだった。急で申し訳ないがタイムスリップさせて頂きたい。
当時在籍していた選手の写真がずらりと並ぶ。
ここで私は、選手の腕組みが2種類あることに気づいてしまった。
写真が載っていた選手30人のうち、「右腕が上」は13人、「左腕が上」は17人だった。
おそらく、撮影の際に「腕組みをすること」は全体で取り決めがあったんだろう。だが、左右どっちの腕を上にするかはどうやって決めたんだろうか?そこに何らかの法則はあるんだろうか?
手始めに、選手のポジションごとに腕組みを分類してみた。
DFは右と左が半々。GKは全員左腕が上。法則らしきものは見出せない。
ならば、血液型とか出身地とか、もっとパーソナルな情報で決まっているのではないか?
幸いなことに、フロンターレの公式サイトでは選手のプロフィールが詳しく紹介されている。今「詳しく」と聞いて皆さんが想像した詳しさの10倍詳しく紹介されている。
生年月日、身長、体重などは序の口で、
・サッカーを始めたきっかけ
・子どもの頃に一生懸命やったトレーニング
・好きな芸能人
・朝食はご飯派? パン派?
など、項目数は実に200を超える。いにしえのインターネットで流行ったバトンのようだ。
これだけ材料があるなら、きっと腕組みを分ける秘密が隠れているはず!
夜空に星座を探すような心境で、膨大なリストを丹念に眺める。
あきらめずに観察すれば、腕組みにつながる手がかりが……
見つからなかった。
もし、ルールを発見できれば紫綬褒章も視野に入る偉業だったのだが、私の分析力では「ご飯派が多いんだな」ぐらいの感想が精一杯だった。
紫綬褒章を惜しくも逃した年が明け、再びマルイを訪れた。
私はなんとなく、前年の写真と見比べていただけなのだ。GK・ソンリョン選手に異変が起きていることなど予想できただろうか。
ソンリョン選手の比較をご覧頂こう。
説明なき路線変更。しかも、こんな変化が起きているのはチーム内でソンリョン選手だけなのだ。
いったい彼に何があったんだろうか? たけのこ派がきのこ派に鞍替えするかのような一大決心をしたはずだ。
これほど気になる振る舞いを見てしまっては、調査を止めるわけにはいかない。光陰は矢の如く過ぎて2021年。
この年も、ソンリョン選手の腕組みは「右腕が上」だった。
「右腕が上」に変わった2020年、フロンターレはJ1リーグ優勝を果たしている。もしかして「右を上にしたら優勝できたから2021年もこっちでいこう」という判断なのだろうか。サッカーってそんなスポーツだったっけ?
2021年もJ1リーグ優勝を飾ったフロンターレ。まさか腕組みの効果ではあるまいな、と冷や汗をかきつつ、今年も私はソンリョン選手のチェックに向かう。
しかし、今年の展開はひと味違っていた。
なんと、腕組みがフレームアウトしていて見えない!
どうした、ソンリョン選手。謎を残したまま歴史に終止符を打つつもりなのか。
いや、一流のスポーツ選手がそんな中途半端な決着を許すはずはない。何か意図があるはず……
なるほど。言わんとしていることはわかったぞ。
直接その目で確かめろ、ってことだな。
2022年3月12日、川崎フロンターレ vs 名古屋グランパス戦。
呼ばれた気がしてやって来た。
サッカーの試合中、選手が腕組みをする機会があるかどうかはわからない。だが、もしその瞬間を激写できれば動かぬ証拠になるはずだ。この目でソンリョン選手の生腕組みをとらえよう。
……と意気込んでいたら、試合が始まる前に答えがわかってしまった。
それはキックオフの直前に流れる、フロンターレのスタメン発表。
選手が一人ずつスタイリッシュな映像で紹介されるのだが、その冒頭。
あっ!
2022年の腕組みは、新作ゲームのPVみたいな豪華さで公開された。そうか、マルイで隠していたのはこれを見せるためだったのか。小説のようにあざやかな伏線回収だ。
こうして歴史に刻まれた1ページは、2年ぶりに「左腕が上」のフォームに戻ったことを示していた。腕組みを変えるだけでは優勝できない、と初心に帰る決意だろうか。それとも、優勝と腕組みは元々無関係だったんだろうか。
ちなみに、試合中もソンリョン選手の動きにずっと注目していたのだが、一度たりとも腕組みをすることはなかった。サッカー選手の腕組みは貴重なのだ。
スタジアムでの取材によって、調査の打ち切りは回避できた。だが、最大の疑問である「ソンリョン選手の腕組みがブレる理由」は不明のままだ。
これはもう、公式にあたるしかないだろう。
デイリーポータルZ編集部を通して川崎フロンターレの広報に質問したところ、有難いことにソンリョン選手ご本人に確認して頂けた。その回答がこちらだ。
「ソンリョン選手の撮影時の腕組みに関して、特にこだわりがあるわけではなく意識もしていないとのことでしたが、強いて言えば撮影時に着用しているグローブのデザインに合わせて、手の位置を変えているようです。(右手を出した方がグローブのデザインが見やすいなど)」
つまり、腕組みは何かしらのジンクスを信じて変えているのではなく、写真映えを意識してのことだったのだ。グローブをはめるゴールキーパーならではの事情である。
4年にわたる調査と公式の証言によって、ゆるぎない結論が得られた。発表しよう。
これからもソンリョン選手には、紫綬褒章を授与されるぐらいの活躍を期待したい。
スタジアムでサッカーを観戦したのは初めてである。フィールドからはかなり離れた席だったのだが、観客席の一体感を存分に味わうことができた。家の中では体験できないリアルな空気を吸い込んだ気分だ。また行ってみたい。
なお、試合は1-0でフロンターレが勝利した。やったね。
▽デイリーポータルZトップへ | ||
▲デイリーポータルZトップへ | バックナンバーいちらんへ |