特集 2022年3月1日

建物でおぼえる!古代の記憶術をためす

昔の人は建物をおぼえて関連付けて記憶したそうだ。これでどうでもいいことをおぼえよう

今はわからないことがあるとその場でスマホで検索できる。もちろん本を開くのも有効だが、印刷が生まれるまでは記憶をする必要があった。そこで記憶術というものが生まれたそうだ。

古代ギリシアで生まれた記憶術として「記憶の宮殿」「場所の方法」というものがある。頭の中に建物をイメージするそうだ。

やってみたい。どうでもいいものでもおぼえてみたい。例えば知り合いのミクシィ日記とか。

2006年より参加。興味対象がユーモアにあり動画を作ったり明日のアーという舞台を作ったり。

前の記事:大阪観光の最終兵器は国立民族学博物館

> 個人サイト Twitter(@ohkitashigeto) 明日のアー

人間はとにかく場所をおぼえているそうだ

発端は古代ギリシアで天井崩落事故があったときのこと。誰が死んだかわからなくなったときに「そこに座ってたのは◯◯」と思い出せた人がいた。

記憶は場所と関係させると強く残ることがわかり、それは記憶術となった。もちろんこれは古代の話であり、検索した程度なので真偽は怪しい。

いや、由来の真偽はどうでもいい。「で、実際どうなの?」が知りたいのだ(やってみたその答えを先に言うと「使いどころによるが効果はある」だ)。

実際に体験すべく担当編集の安藤さんと渋谷の公共施設に集った。

安藤さんと今回おぼえるのは同じくデイリーポータルZ編集部石川くんの昔のブログ

今回は安藤さんと二人で記憶術を体験する。おぼえるのは同じくデイリーポータルZ編集部石川のブログである。それも9年くらい前のものであり、中でも固有名詞が多くておぼえにくそうな回を選んだ。

おぼえるのはこちら。1600文字程度。Sun Raという当時石川が夢中になっていたミュージシャンについてのテキスト。
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記憶用の建物を頭の中に入れる

やり方はこうである。まず頭の中に建物をイメージできるようにする。その場所をめぐっていく。入り口から入って、階段を上がって、ライオンの像の前を通って…というように。これは建物でなくても屋外でもいいらしく、今回も屋外でおぼえる。

今回はここのモニュメントからスタートした。ここの場所を歩きながらおぼえていく

イメージできる建物が頭の中にあったらそこにおぼえたいものと関連付けた物体を置く。頭の中で。

例えばここで「The cast of the shadow of tomorrow」というのを覚えないといけなかったので
「tomorrow」をとうもろこしとして​​​​おぼえた

入り口にはとうもろこしがあって、その次の廊下にトマトがあって、階段にライオン像があって…というように頭の中の建物に置いていく。これで忘れないらしい。

記憶術の達人になると頭の中にこのような建物を何百棟と用意できるらしい。脳内のSDカードのようなものだろうか。

宗教施設ではおぼえたい聖典に関連付けて建物をさわりながら何度も歩いたとか。今回はこれと同じように実際に歩くことで頭の中に新たな建物を建てることにした。

とくにおぼえたくないことを記憶術でガッチリおぼえる。これが大人のロマンである
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天から与えられた才を使ってどうでもいいことをおぼえる

大人はすごい。何をやってもいい。おぼえなくていいことをおぼえたっていい。人間の脳の容量は1ペタバイトあるらしい。それが10の何乗なのかは今後もおぼえない。だが、知り合いのどうでもいいブログは今日おぼえる。しかも記憶術で。今後も忘れないように。

まずおぼえるのは「Sun Ra の名曲 Love in outer space いろいろ」という文言。そこでこのモニュメントを「Love in outer space」とし、酸辣湯を置いて「Sun Ra」とする。不安な出だしである…
一個半分のマスを「一年半前」と考え「一年半くらい前に公開した内容ですが」という文言をおぼえる。石川くんがブログを公開した時期なんてどうでもいい…。どうでもいい文言をおぼえることに脳が拒否反応をしめす​​​​

安藤:さあ次の文言は「tweet」は釣り糸?
大北:「togetter」は下駄ですかね
安藤:下駄に釣り糸がのってるんだ
大北:「意味のわからない公開方法」は? 公開は航海?
安藤:釣り糸ののった下駄で海に出ようとしてるんだ
大北:たしかに全く「意味がわからない」ですね

こういうわけのわからないものを置いていく。脳が混乱する…!!

安藤:「バージョン」は…なんだ? ばあちゃん?
大北:色んなばあちゃんを置くんですね。バージョンをおぼえるために……なんだ、色んなばあちゃんを置くって
安藤:置いた? 置いた?
大北:置きました、置きました。わけがわからない。このペースでやってたら脳の倫理がもたない!

「自称土星からやってきたジャズピアニスト」をおぼえるため、「じしょう!」と怒声を浴びせてるジャズピアニストを置こうと。だがイメージしにくいものはよく忘れることが後にわかった

安藤:「Sigles」って「Singles」のまちがいですよね
大北:シリウスみたいだからちょうどあそこの天体望遠鏡で
安藤:「初期の曲がたくさん入った」はどうする?
大北:「初期」…はじゃあ、シャケでどうですか、鮭
安藤:鮭がパンパンに入った望遠鏡か~ 
大北:意味が! 意味がわからない!

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建物の中に天体望遠鏡が見える。「Siglesって星っぽいからあれで」ちなみに「Singles」の脱字である。間違いもそのままおぼえる。この徒労感たるや…
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わけのわからなさに混乱する

こうして冒頭200字程度のおぼえ方を考えたのでためしに一回反復することにした。

安藤:あれ? さっきのここなんだっけ?  罵声浴びせてなかったっけ?
大北:怒声ですね、怒声。ジャズピアニストは怒声浴びせてるんですよ
安藤:あと「たゆたうばあちゃん」いなかったっけ?
大北:波にたゆたうばあちゃん?? そんなのいましたっけ? 色んなばあちゃんじゃなかったですか?
安藤:色んなばあちゃんってなんだ???

もう全くよくわからない事態である。記憶のトリガーはなんでもいいといっても、なかなかセレクトが難しい。 

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おぼえる内容がどうでもいいことに腹を立てる

今回はブログの一字一句をおぼえていくので、言い回しもおぼえる対象である。キーワードだけならまだおぼえやすい。たとえば「とうもろこし」ならまだいいが、「とうもろこしは」なのか「とうもろこしが」なのかは本当にどうでもよい。しかも題材自体が興味のないことについてだ。ふとした瞬間に私達の心の中にあるコーラにメントスを入れることになる。

安藤:なんでもいいよここ…うお~っ!! だんだん腹たってきた!

と、時折、人間からシュワシュワしたものが噴き出すのである。

ここは「序盤は穏やかに始まって中盤は徐々に熱が入り…」のところ。ものを置かずともカーブの形などそこにあるものでおぼえることも可能だ
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おぼえ方を考えるのがしんどい

おそらくやり方として正しいのは「一文を音読なりスラスラ言えるようになって」「一文を呼び出すきっかけを記憶術でおぼえていく」なのだろう。

私達はできるだけ関連付けておぼえていく方法をとってしまった。なのでおぼえるよりも考える方に頭を使っていた。

安藤:「Alt take」?
大北:タケ、じゃないですか?
安藤:……折ると竹だ!
大北:折る前は一体なんなんだ!? 何を置けばいいんだ!?

「一番最初にあげた」をおぼえるためにこれを古代の何かだと思うことにした。そんな一節をおぼえるためだけに一個使うのは非効率である

安藤:「動画のアニメはアップしてくれた人が」は?
大北:宮崎駿置きましょう、宮さんがアップアップ
安藤:締め切り前、みたいな?
大北:いや、単純におぼれかけてる宮崎駿
安藤:おぼれかけてる宮崎駿監督がアニメを「勝手に作ってくれた」んだ、すごい
大北:わけがわからない事態ですね 

ここには「神泉のアル・パチーノ」がいる。ただのおっさんである。

二人でやる楽しさもあるが…

二人でやると物のイメージを共有する手間はあるのだが、「思いついた!」という楽しさはある。たとえば「シンセのアルペジオ」をおぼえるために「神泉のアル・パチーノ」を用意したり。

だれなんだ、神泉のアル・パチーノ。スナックの常連のおっさんをイメージしたのだが、それでも良いゴロが出ると「でかした!」感が出る。何より、つらい作業がおしゃべりでまぎれるのも良い。

そう、語呂合わせはおぼえやすいが思いつくまでがしんどいのである。きっとこれは語呂合わせにこだわる必要はなく、おぼえるべきなのが「シンセのアルペジオ」であるならきれいな「宝石」程度でよかったのかもしれない。

1時間40分かかって1600文字。ようやくたどりついた。

1600字おぼえるのに1時間40分

こうして一回おぼえきった。いや、おぼえきったというより、足と頭が疲れてやめた。ふつうの散歩よりも疲労が大きい。

「これ絶対机の上でおぼえた方が早いよね」と安藤さんが言う。まさにそう。書いて音読しておぼえた方が体も楽だろう。

しかし一回この建物を頭の中に作ってしまうと、今後別のものを置くことも可能だそうだ。長期的には効率が良いのかもしれない。

何もしらない石川に成果発表をしにいく

いよいよ成果発表であるが、ブログを書いた本人である石川くんを呼び出して、二人で暗唱していくことにした。当の石川はなにも知らない。

記憶術の成果をみてくれとだけ聞かされている
「じゃあ、いきます」「はい」
「Sun Raの名曲Love in outer space いろいろ」「(笑)!」このタイトルだけでわかったそうだ
延々と自分のブログを朗読される。人生は何が起こるかわからない

動画でもどうぞ。他人に自分のブログを暗唱される人です

定着力はあるが、労力もかかる

二人でアシストしながらではあるが1600文字の最後まで完走をした。わかったことは箇条書きにしていこう

・単語はおぼえている
単語はパーフェクトに近かった

・言い回しはおぼえていない
細かい言い回しは物と結びついていないのであやふやである

・文の意味がわかってない
単語はおぼえてるが言い回しはダメとなると、たとえば「パイナップルだ」なのか「パイナップルでない」なのかがよくわかってない。まるっきり逆の意味でおぼえていることもあった。てんでダメである

・記憶だけでいうと脳の負担は少ない
文字を書いたりや読んで音で覚えていく場合よりも、入れていくときも出していくときも脳の負担は少なかったように思う。ただし、語呂合わせを考えるのはしんどい

・ブログを読まれても恥ずかしくはないようだ
当の石川くんは「あれだ!」という感じだったが、そこまで恥ずかしくもないようだ。これは人によりそうだ

これくらいのクオリティで覚えてました、というノーカット版はこちら。長いので資料としておいときます

定着力を見てみる

記憶してからまる4日が経ったのだが、どれくらいおぼえているかもう一回思い出してみた。その間、記憶を呼び出したことはない。

左が思い出して書いた文章、右が正解。物体はおぼえているが、言い回しは全滅に近い

以下、わかったことの追加である。

・定着力がある
場所自体は思い出せるし、まる4日なんにもしないにしては意外と思い出せた。なんとなくであるが書いたり暗唱したりよりかは定着力がある気がする

・場所>物>言い回し、の順で定着力があった
場所のイメージはすべておぼえているのだが物に関しては置いたもの自体忘れるものがあった。言い回しに関しては10~20%くらいしか達成できてないような気がする。全滅に近い。ただし文意に関しては成果発表のときにまとめて振り返ったからかなんとなくおぼえている。

・イメージ力の弱い物は思い出せない
物で忘れたものは、はっきりしたイメージのないものだった。「物体のイメージはぼんやりとあるものの、それがなんだったのか詳しくわからないパターンもある。「とうもろこし」から「cast the shadows of tomorrow」は全く出なかった

・行動だと思い出せない
物のかわりに振り返ったり方向転換することでおぼえたものもあったのだが、これは忘れる確率が高かった。物の方が視覚的におぼえているのではないだろうか

ところで安藤さんも同時期にもう一度思い出しをやってみたそうだ。やはり言い回しは全滅に近いが、置いた物や単語はおぼえていると。

・結論、ここぞの場合きっかけをおぼえていくのはアリ

一文字一句この方法でおぼえるのはしんどいが、一文を思い出すきっかけだけを記憶していくにはよさそうだ。従来の記憶の仕方とミックスさせるような。一文字一句おぼえるようなことは日常生活では少ないし、キーワードだけおぼえるならこれでよいような。
ただし、建物をおぼえていく作業は1人でやると「なぜこんなことをしているのか、こんなことに意味があるのか」と不安になるだろう。ふだんの散歩コースや思い出の建物がある方にはおすすめしたい。

石川くんがサンラについて思ってることを私は一生忘れない

私達大人は子どもに向かって「君たちはなんだってできる」と言う。だとしたら月旅行やノーベル賞やら金メダルら良いものだけを例示するのでは偏りがある。それは戦争や犯罪ら悪いことも同様で「なんだって」ではない。

大人は文字通り無限の可能性を見せつけるべきだ。そこで記憶術である。知り合いのどうでも良いものをがっちりとおぼえる。一生をかけておぼえる。サンラについては一生聴く機会がないかもしれない。それでも私達はサンラを酸辣湯として一生忘れない。

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