構想段階では指令の出し方をもう数種類ほど考えていたが、ボツになった。ボツになった理由は「めんどうだったから」。今後は「『めんどうなことをスマートこなすためのしかけ』をスマートに作るためのしかけ」が求められる。

私は怠惰な人間である。特に朝起きてからの顔を洗う、歯を磨く、ご飯を食べる......といった一連の支度がめんどうでめんどうで仕方がない。これをもしスパイが指令を遂行するようにこなせたら、幾分スマートに取り組めるというものだ。試してみようと思う。
朝である。
全人類のほとんどが起床に失敗することでおなじみの朝。たとえ起床に成功したとしても、その後の顔を洗う、歯を磨く…といった行為を行うことは大変めんどうであり、一度もだらだらする事なく完遂できる人間はほんの一握りと言われている。
例えば私の場合は各工程にちょっとした休憩が入る。「顔を洗う→ひとやすみ→歯を磨く→ひとやすみ→朝ごはんを食べる→ひとやすみ……」といった具合だ。何せめんどうなのだ。とにかく気が乗らないのだ。しかしこれは非効率的である。
朝スマートに起きて支度ができるのは一体どんな人間なのだろう。実はこの問いには答えが出ている。スパイだ。スパイは朝スマートに起きて支度ができるのだ。なぜならスパイとは指令を受け、それを速やかに遂行する職業だからだ。きっと朝の支度も同じだろう。
それならば朝起きてからスパイのように指令を受ければ、私のように何一つ諜報したことのない人間でも華麗に支度ができるのではないか。我ながら隙のない論理展開である。試してみようと思う。
ねむい。とにかくねむい。どうして布団はこんなにやわらかいのだろうか。ねむい。
…ああ、そうだった。俺の名はりばすと。しがないスパイだ。俺の一日は大抵このクソッタレな指令書から始まるんだ。
「顔を洗え」だと?今回の指令は機密情報の入手や爆弾の解除などではないらしい。まあいい、プロは仕事を選ばないものだ。
一体この行為に何の意味があるんだ。謎めいた指令だ。ま、いくらか目は覚めたがな。
次は「歯を磨け」ときたか。いいだろう、歯でもなんでも磨いてやろうじゃないか。
やれやれ、ここまで手が込んでいると大したものだ。
分かった分かった、気が済むまで付き合ってやる。そのかわり報酬はきちんといただくぜ。
そうだった。私は極秘任務を行うスパイなどではなく、ふつうの会社員であった。仕事用のGmailを見た瞬間に思い出してしまった。
しかも支度を終えてパソコンの前に座っているため、すぐに仕事を始められてしまうじゃないか。なんてこった。仕方ない、メールチェックから始めるか……
さて、上記のように一通り試してみたのだが、これは意外といいかもしれない。指令に従っている内にいつの間にか支度が終わっているため、めんどうくさがる暇がない。それに指令は各所に隠されているため、新たな指令を見つけた時にちょっとした楽しさがあるのだ。
もちろん自分がスパイではない事は分かっているので、指令に「乗ってあげている」という感覚はある。しかし、それを差し引いてもなんだかんだスムーズに支度が進められたので成功と言えるだろう。
指令を受け取るのが自分ならば、指令を出すのも自分である。当然のことだ。なぜなら私はスパイではないので、指令を下す人間ももちろんいないからだ。
指令を出す側に華麗さは求められない。ただただ地味な作業があるだけだ。
小学生の工作と勘違いされる方もいるかもしれないが、れっきとした指令を出す側の作業である。きっと本当にスパイに指令を出す人間もこういった地味な作業を行なっているのだと思う。
USBメモリの中の指令を開くと自動的にGmailが立ち上がるしかけだけは、プログラムを用いて行った。唯一小学生の工作を超えた部分である。
また「水をかけると指令が浮き出る」といったしかけも仕込もうとしてみたのだが、さっぱりうまくいかなかった。こういった試行錯誤も指令を出す側の苦悩なのかもしれない。勉強になる。
朝起きてから支度をするまでにおいて、指令を受けると気分良く進められる事が分かった。せっかくなので別のシチュエーションでも試してみたい。まだまだめんどうなことはある。とにかくめんどうくさがりなのだ。
今度は「酔っ払って帰ってきた後の寝支度」において指令を出してみたい。すでに述べたとおり、指令は自分が仕込むものであるため、朝の支度では何もかも分かった上で乗ってあげている感覚があった。酔っ払うことによってこの感覚を薄れさせ、より素の感情を引き出そうというわけだ。
ああ、やっと家に着いた。早く寝たい。まず寝たい。
うわあ、めんどうだな。でも確かにコンタクトレンズをつけたまま寝ると目が大変なことになるからな。でもめんどうだなあ。
また指令だ。勘弁してくれ。とにかく寝させてほしいんだ。酔っ払っている状態で寝るのが何より気持ちいいんだ。それが分からないのか。
ちくしょう。風呂に入るのが一番めんどうなんだ。明日の朝とかじゃだめなのか。でも入れと言われている。めんどうだ、めんどうだ。
全く楽しくない。
指令に乗ってあげている感覚は確かになくなったが、代わりに指令に従う楽しさもほとんど失われてしまった。ただただ指令がうっとおしい。やらなきゃいけないことくらい分かっているからいちいち言わないで欲しい。そんな気分だ。
また寝支度が朝の支度に比べてはるかにめんどうな作業であることも楽しくない要因の一つかもしれない。朝の支度は後ろに仕事が控えてるため、最終的には行わなければならない。しかし寝支度は最悪次の日に帳尻を合わせれば良いので、その日にやらなくてもよい気がしてくるためだ。
しかしめんどうでもなんだかんだ寝支度をこなせたことは評価できる。寝支度にもスパイ、いけます。全く楽しくないけれど。
構想段階では指令の出し方をもう数種類ほど考えていたが、ボツになった。ボツになった理由は「めんどうだったから」。今後は「『めんどうなことをスマートこなすためのしかけ』をスマートに作るためのしかけ」が求められる。
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