手書きすぎるおねがい坊やがいる
2022年6月、都内某所の工事現場にて、工事中の注意を促すおねがい坊やを1体確認した。
手書きすぎんか?
ペンで描いてパソコンに取り込んだのか、マウスで描いたのか。なんというか……、妙にへたっぴというか、それは決して悪い意味ではなく…とにかく味わいがあるのだ。ぐじぐじといびつな線、控えめな表情、少し歪んだ靴。そういうタッチのイラストなのかと納得しかけたところに、上半身をつらぬくまっすぐな線。そこはフリーハンドじゃないのかい。
通路の先にいくつもの案内が続くのが見えた。せっかくなのでもう少し見てみることにしよう。
おねがい坊やはアップデート中
工事現場をぐるりと周ると、そこかしこでおねがい坊やが安全をお願いしてまわっている。
この工事現場で見つかったおねがい坊やはなんと7種類。
しかもこのおねがい坊や、たんなるタイプ違い・色違いではなく、どうやらアップデートを繰り返しながら生きているらしい。
おねがい坊やを構成するのは①ヘルメット②顔③上半身④腕⑤下半身の5つのパーツだ。
ここからそれぞれのパーツが独自のタイミングで進化を重ね、パーツ同士の組み合わせによって多様なお願い坊やが発生したとみられる。
①ヘルメット
例えばおじぎ群のヘルメットに注目したい。1から2の段階で線が整えられ、2と3・4を比べると会社のロゴマークに三本線が書き加えられている。
一方だめよ群においてはいずれも三本線まで揃った状態であるから、おじぎ群の-3・4と同時期に作成されたと推測される。
②顔
表情については初期のいびつな線がおじぎ-2 以降なめらかな曲線に整えられている他、もうひとつ重大な変化がある。もみあげの発生だ。
だめよ群においては、いずれももみあげがしっかり描かれている。1では太眉・濃い唇が2,3とあっさりメイクに、代わりにアイラインは濃く仕上げるというメイクの流行り廃りを見ているようだ。
④上半身
まだ分析が続くのかとお思いかもしれないが、とにかく一事が万事、すべてがこの調子で微調整が重ねられているのである。
⑤下半身
たかが工事現場の案内だ。この場所を通り過ぎる何人が掲示物に気づき、おねがい坊やに気づき、そしてそのおかしさに気づくだろう。
一体誰がこんな酔狂なことをしたのか、おねがい坊やはこの7体だけなのか。気づけばわたしもすっかり熱にあてられて、おねがい坊やをもっと知らねばならぬという使命感でいっぱいになっていた。
より多くの個体を収集する
工事を行っていたのは、いくつものランドマーク建設に携わる東急建設だ。
東急建設のグループ会社には鉄道の運営会社がある。その沿線で実施されている工事現場をまわって、おねがい坊やを探してみることにした。
向いのホーム、路地裏の工事現場、新駅の建設、駅のリニューアル工事。探せど探せどいないのだ。脳内では山崎まさよしが高らかに歌い上げる。
あちこち路線を乗り換えながら探し回り、日が傾き始めた頃、小さな奇跡が起こった。
何だそのメガネは???
駆け寄り抱きつかんとするわたしの恋心はしゅるしゅるとしぼんでいった。これが本当に何年かぶりの、待ちに待った再会だったら、わたしは思わずメガネをはたき落としていたかもしれない。
あからさまにとってつけたメガネが全然似合ってなくって、でも本人はちょっと得意げで、ちょっと情けなくてかわいいのだ。
そして我々は実写との接触に成功した
調査を終え、再び最初の現場に戻ってきた。
最後にもう一度おねがい坊やを目に焼き付けて帰ろうとしたときだ。
夕方17時をまわるころ、作業服姿の人々が工事現場から現れたのである。そして、その人々の左胸には
思わず追いかけて声をかけた。
おそらく普段は工事内容や期間に関する質問やクレームを受けるのだろう、少し身構えていた二人が、わたしのすっとんきょうな質問を聞いて完全に困惑されていた。
顔を見合わせて無言で相談する二人、申し訳なさで汗がだらだら垂れるわたし、やっぱり大丈夫です、と切り上げようかと思った矢先。
思わぬ出会いに恵まれつつも、おねがい坊やの真実にはあと一歩というところか。いつかは作者に会ってみたいものだ。
そして真実にたどり着く
……やっぱりおねがい坊やは社内の人が書いたんじゃないのかなあ。
希望を捨てきれないまま東急建設に問い合わせたところ、なんとあっさり真実にたどり着いた。
作業所に勤務する従業員さんの手によって、おねがい坊やは生まれたのだそうだ。
やっぱり!思っていたとおり、現場で働く本人だからこそ描けたこの表情、この味わいなのだ。そう思うと肩をくんで応援したくなるような、親近感がふつふつ湧いてくる。
あちこちの工事現場を渡り歩きながら進化を続けるおねがい坊や。読者の皆様も、外出先でおねがい坊やの新たな仲間を見つけたらぜひ教えて下さい!