私の場合、自分のルーツでもあり昔からよく耳にしてきたものではあったのだが、取材と記事執筆をきっかけにちょっと詳しくなれた気がしている。やっぱり話だけ聞いてても、見ないとリアルに想像できないところがあったのだ。
あとダイナミックな現象が起こる見学自体にも楽しさを感じた。ほかにもまたすごいものを見る機会が欲しいなぁ……という頭わるそうな感想が最後に出てきた。
古来から日本各地に伝わる「たたら製鉄」という製鉄技法がある。砂鉄を還元して鉄を得る技法で、得られた鉄は日本刀などの材料として使われてきた。
盛んにおこなわれていた島根県の奥出雲地方では、毎年操業体験ツアーが行われており、なんとふらりとカジュアルに見に行ってもOKだそうだ。
ツアーは4泊5日の長丁場。ずっと見学するのはこちらの予定的にも無理なので、いいところだけでも見学したい。なかなか見る機会のない製鉄の、クライマックスを狙って行ってみよう……!
「たたら製鉄」が行われる「たたら場」というのは昔の製鉄所だ。江戸時代以降は「高殿」という作業場でおこなわれた。
現存するのは、島根県の奥出雲地方にある「菅谷たたら」のみ。高殿見学もできる。
盛んだった当時は、粘土で作られた炉の中に砂鉄と木炭を入れて三日三晩燃やし続け、最後に炉はすべて壊していた。鉄を取り出すにはそうする必要があったのだ。
この大掛かりさは、すっかり便利になってしまった今の時代に完全に再現するのはかなりハードルが高い。なので操業体験で使われる高殿では、多少現代風にアレンジはされている。
今回の体験ツアーは、機械化されてる部分はありつつも、出来る限りは昔のままで……! と、現代ならふつうは機械でおこなう作業も機械はナシで。
たとえば製鉄の材料になる木炭を鉈(なた)で切り続ける作業だと、朝から昼過ぎまでかけて10人程度で1.2トンを切り続ける。途中でふと「なんで機械を使わないんだ……」という気分にもなるだろう、きっと。
そんなハードなツアーの参加者は今年は9名だ。定員の20名ちかく集まる年もあるのでちょっと少なめか。
鉄鋼関連や鉄を使った製造業の社員研修で来る人が多めだが、趣味で参加する人も毎年何名かはいるようだ。
ここは携帯も圏外の山奥なので、ちょっと離れた町にある宿を常宿にして4泊5日。最終日だけは、24時間操業(炉に火を入れて燃やす作業)で現地に泊まり込み……というか、細切れの睡眠を取りつつの作業となる。
今回は、ちょうど参加者のみなさんが疲れ切ってるラスト3時間ぐらいの時間帯を見学させてもらいに行ってみた。クライマックスはきっと見ごたえあるだろうと期待しよう。
「たたら製鉄」は、「砂鉄と木炭を入れて三日三晩燃やし続ける(体験ツアーは短縮版なので24時間)」という製鉄技法なのだが、今回どんな作業をやるのだろう。
まずこちらが体験操業で使われてる炉だ。なんだかものすごく顔っぽい。
もう顔にしか見えないので、絵に描いてみることにした。こんな感じか。キャラっぽさがある。
この炉の場合、上釜・中釜・元釜と3パーツに分かれている。試しに手を付けてみたら、より擬人化されたような、そうでもないような。
炉の準備は、操業3日前から始まっていたようだ。
炉床を乾燥させておくため、雑木の薪を燃やして灰床をつくったり、釜土を作るための土をこねたり……という下ごしらえをする。
古来の手法だと、炉ごとすべて粘土で作るところから始まるが、今回は一から作るわけではない。元からある枠に土を貼り付けていく作業になる。
横から風を入れるため、送風するための穴をあける必要もある。確かに炉の写真を見ると、管が通ってる。
これで一番下の元釜から空気が入るようになる。
枠組みがある下の釜とは違い、上釜だけは一から作るようだ。耐火煉瓦を3段設置し、
周囲を土で塗り固める。これで上釜ができる。
炉づくりの合間に1.2トンもあったという炭切りをおこなったり、炉の乾燥のために炉内で雑木炭も燃やしたりもする。準備段階でかなりの重労働だ。
そして操業当日、鉄の神様である金屋子の神に安全祈願をし、送風を開始し火を入れる。
問題なく空気が入ってることを確認したあとは、いよいよ炭入れ。着火の状態を見ながら、足していく。
最初の木炭投入から5時間以上燃やし続け、炉の温度が充分に上がったら木炭投入のあと、砂鉄を投入する。
炉内にある程度砂鉄を投入すると、炉壁が溶けて、反応した砂鉄の不純物が炉底にどろどろ溶けた溶岩のような状態で溜まる。これを「ノロ」という。
この「木炭投入」と「ノロ出し」を繰り返すことで、純度の高い鉄になっていく。この24時間操業では、一晩のあいだにこれが30回前後繰り返される。
実は私は4年前にも一度この体験ツアーを見学させてもらったことがあった。
そのときはちょうど初回のノロ出しをしているタイミングだった。溶岩のようなものがトロリと目の前で出てくる光景なんてそうそう見る機会がないから、結構「おおおっ……」となる。
初めて出たノロは「初花」と呼ばれ、昔は米の粉を焼いて祝う風習があり、それに遭遇できたのだった。
あと、そのときはUstreamで操業実況もしていた。様子がそんなに変化しない時間帯が長いので、ずっと炎が写り続けてるチャンネルだった。
スタッフの方によると、「大阪かどっかで見てた人は、今から仕事行きますってコメント残したりしてましたよ」とのこと。私信か。
これは色んなイベントをLIVE配信するという企画の一環でこのときだけやってたものだったらしく、今はもうやってないらしい。面白かったのになぁ、燃えてるだけだったけど。
それにしても、私はなぜこんなにちょこちょこ見学に行ったりしているかというと、実家の家業が大昔にたたら製鉄をやっていて、なんとなく話を聞く機会が昔からあった……というのがある。
とは言え、全然詳しくもないので、ここで見聞きするものなにもかもが新鮮だ。
説明もかなりざっくりしかできないので、もし詳しく知りたい場合はこのジモコロの取材記事を読んでください。
体験ツアーが行われている高殿の中もじっくり見せてもらえた。その中でも気になったのがこちら。「たたら炉操作盤」って書いてある。
どうやらこの装置は昭和60年頃に温度管理を機械化しようとして設置されたが上手くいかず、今は炉に風を送る装置の電源としての役割を果たしている。
「おれ、たたらの炉を操作してるんすよ!」っていつも自慢してるくせに、「おまえ風送ってるだけかよ」みたいなところがすごくいい。現場では「ただの電源」という扱いだったが……。
その横の方にあるのが砂鉄置き場。
これはダムを作ったときに土を削って、砂鉄が入ったらダメなので磁石で取り除いたという砂鉄の山だ。かれこれ30年近く、ここにストックされているらしい。
ここで参加者の方たちにお話を聞いてみよう。9名の参加者のうち、7名が会社の研修で、残りの2名はなんと女子高生とお父さんだ。
このお父さんは、愛知県で自動車関係の仕事をされている高山さん。職場の研修で3年前にもきたことあり、今回はプライベートで2度目の参加だ。
娘さんは、「進学先でこんなことやる……かも?」とのことで、どうやら美術系に進むらしい。
4年まえに見学に来たときも芸術系の参加者さんがいたので、なるほど……そういう方面の人の参加ってのもたまにあるんだろうなぁ。
年によっては20代から70代まで参加者がいることもあるが、今年は高山さん以外は全員20代以下だ。 携帯が圏外で、暇があれば団らんしてるからか、すっかり打ち解けてるっぽい。
楽しそうにしつつも、一晩中細切れにハードな作業をして休憩して……という連続で、「日にちと時間の感覚がない」「今日何曜日だっけ」「あれ何日前だっけ」と口々に言いつつ、疲れすぎて逆にテンションが上がってるような様子だ。
「夜食のカレーは染みる」「漬物にみんな群がってて、生き返った」という話になってて、想像してみるとそこだけめちゃめちゃうらやましくなった。
カレーの臭いがほんのり漂う中、広島市から会社の研修で来てたマツダの座賀白さんに話を聞いてみた。
──なにが大変だったとかありますか?
座賀白さん:「寝るのがルール違反なのが……。2時間作業して、2時間休憩して……っていうのをずーっとローテーションでやるのが厳しかったです。結構、炉内の炭がへたって6回か7回ぐらい連続で、炭→砂鉄→炭→砂鉄……ってのをやりよって、ノンストップで手が休めれん……追われとる感がすごくて大変でした。」
──それ昔の人って3日間もやってたんですよね。やれって言われたらできそうですか? 若さと勢いでなんとか……
座賀白さん:「いやー、無理ですね! 勢いじゃカバーできん時間帯があるんですよ」
──熱いのって大変でした? 1000度を超える炉のすぐ近くで作業ってきつくないですか?
座賀白さん:「僕は普段から仕事(鋳物関連)でやりよるんで、抵抗はなかったです。それより普段の仕事なら1週間に一回やるような力仕事を、今日だけで数十回もやったのがきつくて。汗が半端じゃない。湯気出てました。」
──こういう体験する機会もなかなかないですよね。
高山さん:「生で体験できるこんなツアーないですよ。」
座賀白さん:「うちの現場の仕事より、数倍レベル高いですよ。」
高山さん:「手抜きなしで自動化されてない。炭切りだってマシンにかけて砕けばいいんですけど、鉈(なた)で!? マジか! って。そのノリがいいんです。」
さて、いよいよクライマックスだ。「鉧(けら)出し」という作業は、一番ダイナミックな工程でもあるので、これを狙って来る人は多い。
どういう工程かというと、まず送風を止めて鎮火する。
上釜を砕き、その欠片を下の炉の中に放り込む。
実際は熱がすごいので、みんなぶ厚めの防護服を着てから作業に入っていた。
そして、下の釜たちがクレーンによって撤去され、金へんに母と書く「鉧(けら)」が出てくるらしいのだが……
釜がズズズ……と吊り上げられる様子は動画でどうぞ。想像してたよりもダイナミック!
そしてこの「鉧(けら)」が現れたのだった。これがなくては何も作ることができないから「金へんに母」で「鉧(けら)」。昔は安産祈願にも使われたらしい。
今回は777キログラムの砂鉄を使って、これだけの「鉧(けら)」が出た。ここから2日間冷やしたあと、不純物を取り除いて、鉄を取り出していく。
取れる鉄の量は砂鉄の4分の1ぐらいなので、これはだいたい200キログラム程度の鉄になる。
写真や動画だと伝えきれないだろうな……としみじみ思うほどに圧巻で、気が付けばスマホとデジカメ、ダブルで動画を撮っていた。
すごいから、みなさん騙されたと思って一度製鉄見学を……!
私の場合、自分のルーツでもあり昔からよく耳にしてきたものではあったのだが、取材と記事執筆をきっかけにちょっと詳しくなれた気がしている。やっぱり話だけ聞いてても、見ないとリアルに想像できないところがあったのだ。
あとダイナミックな現象が起こる見学自体にも楽しさを感じた。ほかにもまたすごいものを見る機会が欲しいなぁ……という頭わるそうな感想が最後に出てきた。
▽デイリーポータルZトップへ | ||
▲デイリーポータルZトップへ | バックナンバーいちらんへ |